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 お風呂を出て部屋に戻る。
 雪那さんはよく寝ていた。

「縁側で乾杯しようか」

 月さんは冷蔵庫から用意されていたアルコールを持ってくる。
 俺は月さんからレモンサワーを受け取った。
 縁側の窓を開けると、満点の星空を楽しめた。

「庭を散歩しませんか?」

 散歩用なのだろうサンダルを見つけて月さんを誘う。
 
「歩き呑み行儀が悪いね。いいよ付き合う」

 月さんは徳利を片手にサンダルを履いた。
 徳利からラッパ呑みしながら歩くと言うのは豪快で月さんぽくない行儀の悪さだ。 
 ギップ萌だ。
 月さんの銀の髪が月明かりに照らされてキラキラしている。
 まさに月の女神が舞い降りたようだ。 
 もう崇めたいぐらいの神々しさである。
 この神々しさでサンダルを履いていると思うと、やっぱりギャップが強い。

「庭を散歩しようと言ったのはタマなのに、なんで僕ばっかり見てるの?」
「あまりに綺麗なので、見惚れてました」
「すごい素直」

 アハハと笑う月さんにつられて俺も笑った。
 レモンサワーだけで、酔ったかもしれない。

「わぁ、見て、蛍だ?」
「蛍ですね」

 庭の側には池が有り、その側の枝が光っている。
 一匹の蛍がとまっていた。

「すごい、飛んだよ!」
「蛍だもん。飛びます」

 蛍は飛び立つと、何処かへ飛んで行った。

「恋人を探しに行ったんだね。恋蛍かなぁ」
「いい恋蛍が見つかるといいですね」
「そうだね」

 なんて、適当な事を言って笑いあった。

「戻りましょう」
「もう?」
「なんか、蚊に刺されたみたいで。痒いです」
「え!?」

 浴衣で虫除けもせずに出てきてしまった。
 蚊には絶好のドリンクバーだ。 
 月さんは大丈夫だろうか。

「直ぐに薬を塗らなきゃ!」

 月さんは慌てた様子で俺の手を引く。
 縁側には蚊取り線香が置いてあるので安心である。
 これを持って歩けば良かった。

「薬箱に痒み止めが入っていたよ」

 月さんは直ぐに薬箱を持って来てくれる。

「先に洗った方がいいよね。うわぁ、すごい真赤だよ。腫れてる。蚊に負ける方なの? 大丈夫? 熱はないかなぁ」
「大げさですよ。冷やしておけば大丈夫ですから」

 蚊に刺されただけなのに、月さんはすごく狼狽えている。
 俺は取り敢えず洗面所で腕を洗う事にした。
 後から月さんがオロオロしながら着いてくる。

「蚊め、タマを指すなら僕を刺せばいいのに!」

 と、プンプンしている。

「俺を刺してくれて良かったですけどね。月さんは無傷ですか?」
「僕は大丈夫だよ」
「良かったです」

 腕を洗ったら痒み止めもだいぶ収まった。

「薬を塗ろう」

 月さんはまだ心配そうだ。
 腕の水気を拭いて薬を塗ってくれる。

「有難うございます」
「痒いの痒いのとんでけ~」
「すごい! 飛んでいきました!」
「そんなわけないでしょ!」

 本当にもう痒みはさしてしないのだけど。
 月さんは苦笑している。

 それから気を取り直し、二人で縁側で乾杯して仕切り直した。
 今度は窓を開けずに網戸をしめた。



「んんっ、ちょ、月さん!」
「ごめん、酔っちゃったみたい」
「駄目ですってば」

 キス魔の月さんにめちゃくちゃチュチュされている。
 気づけば押し倒されていた。
 この人、力強すぎる。

「向こうで雪那さんが寝てるんですよ!」
「大丈夫。起きない」
「そういう問題じゃなっ…… んん!」

 押し返そうと抵抗してみるが、月さんの力に敵わない。
 あんまり激しくキスするものだから、何か涙が溢れてきた。

「泣くほど嫌なの?」

 月さんが、眉間にシワを寄せ、泣きそうな表情になる。
 泣きたいのはこっちだ。

「嫌じゃないです」
「じゃあいい? 気持ちいい? 僕とのキス、興奮する?」
「興奮してるのは月さんじゃないですか」

 ハァハァと息が荒い。
 月さんはキスが大好きらしい。
 誰にもかれにもしないでほしい。

「あの、もう寝ませんか? 興奮するとまた蚊に刺された所が痒くなるので」
「え! ごめん。痒いの?」
「そうですね。痒いですね」
「水で冷やして薬塗る?」
「そうします」

 本当に結構痒さがぶり返して掻きむしりたい程なので、早く何とかしたい。
 だけど、蚊のおかげで月さんが離れてくれてよかった。

 月さんと二人っきりで酒を呑むのは本当に気をつけよう。
 雪那さんが一緒だが、雪那さんが居ても実質二人っきりになってしまう。
 思わず溜息を吐く俺をだった。
 月さんは急いで薬を取りに行ってくれたし、俺は洗面所で腕を冷やすのだった。
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