「勝手に手出しするな」と怒る騎士団長ですが、影の彼女は今日も完璧に仕事を終えています

甘塩ます☆

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 ゼノスの舌先が、カゲロウの鎖骨から胸元の柔らかな膨らみへと這い上がる。熱を孕んだ彼の吐息が肌を焼き、カゲロウの思考は甘い麻薬に浸されたように混濁していった。

「あ、っ……ゼノス……」

 初めての快楽に、カゲロウの指先がゼノスの白い礼服の肩を強く掴む。それが「拒絶」ではないことを悟ったゼノスは、欲望を隠そうともせず、彼女の細い腰を引き寄せ、自身の熱を押し当てた。

(任務で……どこまでする気なんだ。やめてくれ、これ以上は本当に、わけがわからなくなる……)

 カゲロウがその快感に身を委ね、瞳を閉じた――その瞬間だった。


「――っ! やめて、離して……っ!! いやぁぁーー!!」

 隣室から、絹を引き裂くような悲鳴が響き渡った。
 続いて、重い何かが倒れる鈍い音と、男の下卑た笑い声。
 その音を聞いた刹那、カゲロウの脳内に氷水をぶっかけられたような衝撃が走った。混濁していた瞳から甘い熱が引き、代わりに鋭く、冷徹な「影」の光が宿る。

(――ターゲットが動いた!)

「……リリア?」

 突然、身体を強張らせた彼女に、ゼノスが不安げに声をかける。しかし、その時すでにカゲロウの意識の中に「騎士団長との情事」の居場所は残っていなかった。

「……そこを退いてくれ!」

 低く、温度を失った声。カゲロウは驚くべき筋力で、自分を押し込めていたゼノスの胸を突き飛ばした。

「え……っ?」

 最強の騎士団長ともあろう男が、ドレスをはだけさせた一人の令嬢に、たやすく突き放される。
 カゲロウは素早い手つきで、ずり落ちたドレスの胸元を力技で引き上げると、スカートの長い裾を無造作に引き裂いて足捌きを良くした。

「リリア、何を……!」

「すまんが、君の作戦にこれ以上付き合いきれない。私のやり方でやらせてもらうよ」

 ゼノスが驚愕に目を見開いた、その一瞬。
 カゲロウの右手が、吸い込まれるような軌道でゼノスの首筋へ走った。華麗かつ正確無比な手刀。

「あ……」

 ゼノスは何が起きたのか理解できぬまま、一瞬で意識を手放し、床に膝をついた。倒れ込む彼の身体をベッドへ放り投げ、カゲロウは窓を開け放つ。
 夜風が吹き込み、彼女の艶やかな黒髪と、破れた紺色のドレスを激しくなびかせる。月光を背負ったその姿は、先ほどまでゼノスの腕の中で震えていた令嬢とは別人のような、恐ろしくも美しい「死神」の風格を纏っていた。

 窓枠を掴み、三階の高さも恐れず外壁を伝って隣の部屋を覗く。
 案の定、可憐な女性が伯爵に押し倒され、必死に抵抗しているところだった。カゲロウは迷わず窓ガラスを蹴破り、部屋へと侵入する。 

「誰だぁっ!!」

 伯爵が驚愕して叫ぶ。カゲロウは手にしていた扇で顔の下半分を隠しつつ、瞬時に懐へと飛び込んだ。最短距離で振り抜かれた拳が伯爵の鳩尾をえぐり、一撃でその巨体を沈める。

「大丈夫か?」

 カゲロウは、崩れ落ちた令嬢の肩を抱き寄せた。

「無理やりワインを飲ませられそうになって……何だか私、怖くて断ったら、急に……っ」

「このワインか」

 カゲロウは落ちていたグラスのワインを少しだけ瓶に詰め、証拠品として胸元へしまった。

「応援を呼ぶ。落ち着いて、もう大丈夫だ」

「助けてくれて、有難うございます……」

 カゲロウは隠し持っていた呼び笛を吹いた。王宮から派遣され、近くに潜伏しているはずの協力者を呼び出すためだ。
 ほどなくして、バルコニーから一人の男が駆け込んできた。

「大丈夫か!? カゲロウ、それに――スズラン!」

「スズラン……?」

 聞き覚えのない名前にカゲロウが首を傾げると、先ほどまで震えていた「可憐な女性」が、フフッと余裕の笑みを浮かべて立ち上がった。

「私よ。お疲れ様、カゲロウ」

「え……」

「私、今回の潜入任務のメイン担当。貴女は私のバックアップ(予備)だったのよ」

 カゲロウは思わず頭を押さえた。
 どうやら彼女もまた、王宮から放たれた凄腕の刺客だったらしい。つまり、伯爵の暴挙も彼女にとっては「証拠を掴むための演技」の範囲内だった可能性がある。

(……ということは、自分は余計なことをしたのか?)

 潜入のプロとして、これ以上の失態はない。
 おまけに、隣の部屋には自分の勘違いで気絶させた騎士団長が転がっている。

(彼は彼女に合わせていたのかもしれない。やっぱり、大人しくゼノスに任せておけばよかった……)

 ドレス姿のまま、カゲロウは現場に駆けつけた同僚たちの視線を避け、夜の闇よりも深い溜息を吐いたのだった。
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