「勝手に手出しするな」と怒る騎士団長ですが、影の彼女は今日も完璧に仕事を終えています

甘塩ます☆

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 後宮にある主の部屋へ、逃げるようにして帰ってきたカゲロウは、自室のベッドへとダイブした。

「カゲロウ、帰ってきたの?」

 天井伝いに潜入し、小部屋に降り立ったわずかな物音。それに気づいた主(側室)が、扉を開けて顔を出す。

「主様……。起こしてしまい、申し訳ありません。伯爵はスズラン殿の活躍により、無事に捕縛されました。一応、ワインからサンプルを入手しましたが、おそらくスズラン殿も持ち帰っているかと……」

 報告するカゲロウの顔は、茹で上がったように真っ赤だ。彼女はそれを隠すように枕に顔を埋めながら、小瓶を主に手渡した。

「やだぁ、そのドレス、どうしたのよ!?」

 主が悲鳴に近い声を上げた。カゲロウのドレスの裾は無残に引き裂かれ、月光に照らされたしなやかな白い脚が丸見えの状態だったからだ。

「あ、これは自分で……足捌きを良くするために、咄嗟に。主様からいただいた大切な品なのに、申し訳ありません」

「それはいいのだけど……。ねぇ、何もなかったのね?」

「…………何も、ありません」

 カゲロウの顔がさらに赤く染まり、ベッドに深く沈み込む。その様子は、誰がどう見ても「何かあった」と言っているようなものだった。

「ふふ、お疲れ様。ゆっくり休みなさいな」

 主は意味深な笑みを浮かべて部屋を後にした。

(スズランは皇后様の影だったわね。……状況を聞きに行かなくちゃ!)

 側室は好奇心に突き動かされ、早足で正室の元へと向かった。

「皇后様! 少し聞きたいことがありましてよ!」

 夜更けの訪問にもかかわらず、正室の部屋の主は優雅に迎え入れた。

「あら、側室様。こんばんは。貴女はいつもお元気ですこと」

「元気だけが取り柄ですから。……それで、スズランからの報告は受けました?」

 皇后は病弱でベッドに横たわっていることが多いが、今は読書を楽しんでいたようだ。側室の問いに、彼女はクスクスと楽しそうに笑った。

「ええ、受けましたよ。……なんだか、とても面白いことがあったみたいです」

「やっぱり! 詳しく聞かせて!」

 皇后は本を閉じ、悪戯っぽく瞳を輝かせた。

「スズランったら、『ゼノス卿とカゲロウが隣の部屋であまりに熱く盛り上がっているから、気になって仕事どころではなかった』と言っていましたわ。窓から飛び込んできたカゲロウが伯爵を片付けてくれたから事なきを得たけれど、自分はサンプルを取り忘れたから、あとはよろしく……ですって」

「まぁ、カゲロウったら……!」

 側室は呆れたように頭を押さえた。良い雰囲気だったはずの空気を自らぶち壊し、力技で仕事に走った愛しい「影」の姿が容易に想像できたからだ。
 二人は視線を合わせ、同時に同じ感想を抱く。

((ゼノス、可哀想……))

 そこへ、一人の男が足音もなく合流した。

「皇后、側室。一緒にいたか。ゼノスがまだ戻らんのだが、どうなったか分かるか?」

 帝国の頂点に立つ、皇帝その人であった。三人の視線が空中で交差する。

「……なるほど。二人の顔を見れば察しがつく。ゼノスが戻ってきたら、存分に慰めてやることにしよう」

 皇帝はやれやれと首を振った。
 見た目はレディキラーな色男だが、中身は筋金入りの堅物であるゼノス。そんな彼が、初めて「本気」を出した夜に気絶させられ、放置されたのだ。

「あの子(カゲロウ)、ゼノス卿に何か作戦が有ると思ったまま手刀を食らわせたらしです」

「……アイツ、明日どんな顔をして出勤してくるんだろうな」

 夜の後宮に、最高権力者たちの忍び笑いが漏れていた。










 静寂に包まれた暗闇の中で、ゼノスは弾かれたように飛び起きた。

「――っ! リリア!? どこだ、リリア!」

 荒い呼吸を整えながら辺りを見渡すが、そこには冷え切った空気と静寂しかない。開け放たれた窓から吹き抜ける夜風が、情熱に浮かされていた彼の肌を無慈悲に冷やしていく。

「夢……だったのか?」

 呆然と呟いた時、手のひらに硬い感触を覚えた。視線を落とすと、そこには紺色の絹の切れ端が握りしめられていた。リリアが纏っていたドレスの一部。それは、彼女が確かにここに存在したという、唯一にして動かぬ証拠だった。

「夢では……なかった。だが、俺はどうしたんだ?」

 断片的な記憶が脳裏をよぎる。
 愛おしい女性の柔らかな感触。高まる鼓動。そして――。

(……リリアが急に、あの憎たらしい『カゲロウ』のような殺気を放って、俺を攻撃し、窓から飛び去っていったような気がしたが……)

 ゼノスは激しく首を振った。その拍子に、手刀を食らった首筋に鋭い激痛が走り、思わず顔をしかめる。

「……いや、あり得ん。あんなに気高く美しい女性が、あの卑怯で傲慢な忍びと同一人物なわけがない。俺の正体を『団長』と呼び、あんなにも眩しいと言ってくれた彼女が……」

 ゼノスの脳内で、都合の悪い事実は瞬時に書き換えられていく。

「……そうか。俺としたことが、初めての情事に興奮しすぎて、途中で気絶してしまったのか」

 彼は深く項垂れた。白銀騎士団長、百戦錬磨の英雄。そんな男が、愛する女性との甘い時間の最中に、あろうことか感極まって「自爆」するように意識を失った。そう結論づけたのだ。

「リリアは……情けない俺に呆れて、部屋を出て行ってしまったのだろうな」 

 窓の外に広がる月夜を見上げ、ゼノスは深い、深い溜息を吐いた。
 首に残る痛重い感覚は、彼女に拒絶された心の痛みだと信じて疑わない。

「なんて虚しい初恋だ……。だがリリア、俺は諦めない。必ず君を見つけ出し、今度こそこの想いを……!」

 夜の小部屋で、一人静かに闘志を燃やすゼノス。
 そのすぐ隣の部屋で、彼が憎むべき「カゲロウ」が伯爵を叩きのめし、証拠のワインを持って鮮やかに撤退したことなど、今の彼には知る由もなかった。
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