「勝手に手出しするな」と怒る騎士団長ですが、影の彼女は今日も完璧に仕事を終えています

甘塩ます☆

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「……もう、いつまで泣いているんですか。目が腫れますよ」

「だって……あんなの、怖かったんだもん……」

 バスローブを纏い、部屋に連れ戻された後も、カゲロウはソファの隅で鼻をすすっていた。

(……だもん? いま、『だもん』って言ったか!?)

 ゼノスは硬直した。

 普段の「無愛想な忍び」の面影はどこへやら。上目遣いで涙を溜め、子供のように語尾を甘えさせる姿に、ゼノスは「この生き物は誰だ?」と本気で戸惑う。
 そのあまりの可愛らしさに、彼の中の「守護欲」と「加虐心」が激しく火花を散らしだす。

「……お風呂に入り直しますか? それとも先に夕食にします? 湯冷めして体調を崩しては大変だ。まずは温まってきてはどうです?」

「……ゼノス様は、来ないのですか?」

「お風呂に? ……僕と入りたいなら一緒に入りますが、一人で入りたいなら、今度は邪魔しませんよ」 

「う、うゔ……一人でお風呂、入ってきます……」

「一人で行けますか?」

「うん。一人で行く」

 カゲロウはふらふらと、逃げるようにバスルームへ消えていった。
 一人残されたゼノスは、ソファに深く沈み込み、天を仰いで深い溜息を吐く。

(……あんな幼女のように泣かれると、たまったものではないな)

 もう少し優しく、紳士的に接したいという気持ちはある。だが、相手がカゲロウだと、どうあがいても理性が焼き切れてしまうのだ。これでは逃げ回る兎を追い詰めて食らおうとする狼そのものではないか。
 なぜ俺は、あの女に対してだけ、こんなにも余裕がないのだろう。
 俺が愛したのは理想の女性「リリア」だったはずなのに……。

「……調子が狂うな。あいつは、俺の理想のリリアよりずっと……」

 ゼノスは頭を振り、雑念を払うようにルームサービスのメニューを手に取った。
 しかし、ここにはダイニング会場も有る。
 任務を全うしたいカゲロウはそっちに行きたがるかもしれない。
 だが、どうせろくに飯も取れないだろうし、腹が減っては戦はできぬと言うし。
 取り敢えず、スープとパンぐらい注文しておくか。
 あと、ワインかな。
 カゲロウはどちらかと言えば酒っぽいが……あんな幼女みたいなところを見せられるとオレンジジュースが良いんじゃないだろうか。
 ゼノスは1人で考えて、クスクスと笑ってしまう。


「……何を一人で笑っているのですか」

 いつの間にか風呂から上がったカゲロウが、背後に立っていた。ゼノスは肩を跳ねさせて振り返る。

「もう上がったんですか!? もっとちゃんと温まらないと!」

「もう十分温まりましたよ。……ゼノス様の番です」

「ちょっと! 髪をちゃんと乾かしてください!」

 ビショビショの髪をタオルで無造作に拭いただけの姿にゼノスは声を荒らげた。

「……ゼノス様は、時々主様(側室)のようなことを言いますね」

 主との幸せなひとときを思い出してか、カゲロウはクスッと笑った。

「笑い事ではありませんよ。これではどちらが護衛か分かりません。側室様も苦労されているのでしょうね……」

 ゼノスは呆れ半分、愛おしさ半分で溜息を吐くと、カゲロウの手を引いて洗面台へ連れて行った。慣れない手つきながらも、壊れ物を扱うように丁寧にドライヤーをかけてやる。
 カゲロウは大人しく目を閉じ、その温かな風とゼノスの指先の感触に身を委ねていた。





 ゼノスが風呂に向かった後、カゲロウは夕食の形式を確認した。この離宮には、ダイニング会場がある。ターゲットが姿を見せるかも知れない。
 
(任務を考えれば、広間へ行くべきね。けれど……)

 カゲロウはパンフレットの説明文を見て、再び顔を真っ青にした。

『恋人、あるいは夫婦同士でのご参加をお願いします。服装は備え付けのナイトガウンをお召しください。セクシーな下着で、薄暗い空間での食事は、お二人の愛をより熱く燃え上がらせることでしょう』

「……なんだここは!! こんなのばっかりか!!」

 パンフレットを投げつけようとして、辛うじて踏みとどまる。
 そっとテーブルに戻しておいた。
 カゲロウは恐る恐るクローゼットを覗く。そこにかかっている黒いナイトガウンは、完全に透けて見える極薄のシルクだった。

(案の定だ。全く、悪趣味な場所に来てしまったものだな)

 そして、最悪なのが今カゲロウが身に着けているのは、あのゼノスが選んだ「紐と数センチの布しかない」悪趣味なランジェリーだけであるという事だ。

「……クソッタレ。……もう、どうにでもなれ!」

 もはやヤケクソだ。

 カゲロウは真っ赤な顔で、悪趣味ランジェリーとナイトガウンを身に纏い、ゼノスを待った。





 バスローブ姿で風呂から上がったゼノスは、リビングで待っていたカゲロウの姿を認めると、そのまま飛びかかりそうになった。だが、寸前で鋼の意志を総動員して堪える。

「ゼノス様……。これ、着てください」

 カゲロウが持っているのは同じようにスケスケデザインの黒いナイトガウンである。

「リリア。……貴女、さっきあんなに泣いていたのに。また飛んで火に入る夏の虫になるつもりですか?」

(……いや、これは『鴨が葱を背負って来た』というやつか?)

 ゼノスは再び額を押さえた。
 この女は、どうしてこうも中身と見た目が伴わないのか。
 見た目は百戦錬磨の男を手玉に取りそうな魔性の女。だが中身は、驚くほど無知で幼い。
 任務では姑息な手も厭わぬ凄腕の隠密。だが実際は、泣き虫の迷子だ。
 そのギャップが、ゼノスの独占欲を限界まで突き動かす。

「何を言っているのかよく分かりませんが、着てください。私だって、羞恥心に耐えながら着ているんですから!」

「分かりました、着ますよ! ……もう、どうなっても知りませんからね」

「それは知ってろよ! ちゃんと騎士らしく、私を守れ! ください!!」

 つい素の口調が出たカゲロウに、ゼノスは苦笑しながらも、指定のスケスケガウンを羽織った。
 彼の鍛えられた肉体が強調される。

(この男、こんな悪趣味な服を身に纏っても絵になるとは、腹立たしいな)

 カゲロウは見惚れそうになり、視線を逸らす。
 自分はゼノスの嫌がらせでこんなに無様な格好だと言うのに……
 
「リリア。……派手に動くと布がズレて、貴女の隠したいところが丸見えになりますよ。お淑やかにね」

「分かってる。……ん!」

 カゲロウが、両手を挙げてゼノスを見上げた。

「……ん?」

「抱っこして、連れて行ってください!」

「……は?」

 カゲロウは真剣だった。
 最悪、紐が解けるかもしれない危険を考えるなら、歩くのは悪手。だったら抱えられて移動すれば良いと考えたのだ。

(布の乱れを最小限に抑えられるはずだ)

 それはカゲロウなりの合理的な考えだった。しかし、ゼノス相手には致命的な判断である。
 バンザイをして「抱っこ待ち」をするその姿は、もはや猫か幼児のようだ。
 今日何度目かの(カゲロウ、可愛すぎる)という衝撃に脳を焼かれながら、ゼノスは「はいはい」と精一杯冷ややかに返事をした。
 そして、お姫様抱っこで彼女を抱き上げると、理性の最後の一線を全力で繋ぎ止めながら、欲望と狂気が渦巻くダイニング会場へと向かうのだった。
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