33 / 57
33
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、まぶたの裏を白く焼く。
カゲロウが意識を浮上させて最初に感じたのは、身体の芯に残る鈍い倦怠感と、肌にまとわりつく上質な絹のシーツの感触だった。
「……っ」
身体を動かそうとして、思わず喉の奥で小さな悲鳴が漏れる。全身の節々が、まるで激しい実戦訓練を数日間ぶっ通しで行ったかのように重い。特に、昨夜執拗に「上書き」された場所が、熱を持ったまま疼いている。
(……あの、ド変態め……)
脳裏に蘇るのは、獣のような情熱を剥き出しにしたゼノスの姿だ。普段の優雅な物腰など微塵も感じさせない、圧倒的なまでの執着。
ふと、己の首筋に手が伸びる。そこには、彼専用の「ペット」であるかのような首輪が、冷たい感触を保ったままそこにあった。
彼が嫌がらせで着けたはずの首輪。しかし、熱に浮かされた頭の片隅にこびりついて離れないのは、あの言葉だ。
『俺は、カゲロウを愛したい』
偽名のリリアではなく、己の本名を、あの男は確かに呼んだ。
あれは媚薬のせいだったのか。それとも、あの男の狂った感情が、ついに「嘘の恋人ごっこ」の境界線を踏み越えたということなのか。
それがどういうことなのか、カゲロウには分からず、ただ困惑するしかない。どう反応すれば正解なのか、その答えすら見つからなかった。
「おはようございます。ようやくお目覚めですか、私のかわいい小鳥さん」
聞き慣れた、低く甘い声が耳元で響く。
驚いて隣を向くと、そこには既に身なりを整え、一点の曇りもない完璧な「騎士団長」の笑顔を浮かべたゼノスが座っていた。昨夜の「獣」と同じ男だとは、到底信じがたい。
「ゼノス……貴様、いつから……」
「今しがたですよ。貴女の寝顔があまりに無防備で……つい、もう一度眠りの中へ引き戻してしまいたくなるのを、必死に堪えていたところです」
ゼノスはそう言うと、ベッドの縁に腰掛け、カゲロウの頬を指の背でなぞった。その眼差しは穏やかだが、瞳の奥に潜むドロリとした熱までは隠しきれていない。
「……身体はどうですか? 昨夜は少し、掃除に熱が入りすぎてしまいましたね」
「……最悪だ。身体中が痛い。今日はまた馬車で帰らなければいけないというのに……」
カゲロウは顔を赤くしながら、シーツを胸元まで引き上げた。そんな彼女の抵抗を慈しむように眺めながら、ゼノスはトレイに乗った白湯を差し出す。
「馬車でも私が抱きかかえて差し上げますよ。痛みが響かないようにキスをしてあげましょう」
「結構だ」
白湯を受け取り口に含むカゲロウの首元に、ゼノスが唐突に顔を埋めた。そのまま犬のようにクンクンと彼女の匂いを嗅ぐ。
「……っ、何をする!」
「あの腐った男の匂いは完璧に消えましたね。俺の匂いに染めたはずですが、また貴女の気高い香りに戻ってしまいました。この香りも好きですが、また僕の匂いに染め直さないといけませんね」
「何を馬鹿げたことを言っているんだ」
満足げに目を細めるゼノスに対し、カゲロウは毒づく言葉を探す。しかし、昨夜の「カゲロウを愛したい」という言葉を問いただそうとしても、声が喉に引っかかって出てこない。もし、あれが本気だったとしたら。自分は、好敵手ではない「男」としての彼に、どう向き合えばいいというのか。
「……ゼノス、あの……」
「はい、何でしょう?」
「昨夜、君は……」
言いかけたその時、寝室の扉が遠慮なくノックされた。
「ゼノス様、カゲロウ。もう、大丈夫?」
スズランの声だ。
カゲロウは反射的に首元の痕を隠そうとシーツに潜り込んだが、間に合わなかった。扉が開くと同時に、スズランの「見てはいけないものを見た」と言わばっかりの、引き攣った笑顔が飛び込んできた。
「すみませんスズランさん。ちょっと早かったので、一旦、引っ込んでもらえますか?」
ゼノスは笑顔だったが、その背後には「よくも二人のピロートークを邪魔してくれたな」という明白な憎悪が混じっている。対するスズランは、寝不足でその可愛らしい瞳に隈を作ったまま、冷ややかな視線を返した。
「あのねぇ。あなた達は一晩中お楽しみだったかもしれないけど、こっちは城とこの要塞を往復した上に、この不埒で悪趣味な場所を調べ上げて摘発まで済ませたのよ。こっちの身にもなってちょうだい」
「……すまない、スズラン殿。話を聞こう」
カゲロウは恥を忍んでシーツから這い出し、スズランを部屋に招き入れる。
「……ちょっと、目のやり場に困るわよ。せめて服を着てちょうだい!」
「これは失敬。ゼノス、スズラン殿の対応を頼む。私は君がくれた……あの悪趣味なランジェリーとドレスに着替えてくる」
「ドレスは上品で質素なものを選んだはずですよ!」
心外だと言わんばかりのゼノスだが、彼が選んだドレスは胸元がシースルー仕様になっており、カゲロウにとってはやはり「悪趣味」の範疇だった。
スズランとゼノスをリビングへ追い出し、カゲロウは独り、重い身体を引きずりながら着替えを始める。鏡に映る自分自身の姿と、首筋に残る紅い痕。
昨夜の告白は、果たして朝の光に溶けて消える幻なのだろうか。それとも――。
カゲロウが意識を浮上させて最初に感じたのは、身体の芯に残る鈍い倦怠感と、肌にまとわりつく上質な絹のシーツの感触だった。
「……っ」
身体を動かそうとして、思わず喉の奥で小さな悲鳴が漏れる。全身の節々が、まるで激しい実戦訓練を数日間ぶっ通しで行ったかのように重い。特に、昨夜執拗に「上書き」された場所が、熱を持ったまま疼いている。
(……あの、ド変態め……)
脳裏に蘇るのは、獣のような情熱を剥き出しにしたゼノスの姿だ。普段の優雅な物腰など微塵も感じさせない、圧倒的なまでの執着。
ふと、己の首筋に手が伸びる。そこには、彼専用の「ペット」であるかのような首輪が、冷たい感触を保ったままそこにあった。
彼が嫌がらせで着けたはずの首輪。しかし、熱に浮かされた頭の片隅にこびりついて離れないのは、あの言葉だ。
『俺は、カゲロウを愛したい』
偽名のリリアではなく、己の本名を、あの男は確かに呼んだ。
あれは媚薬のせいだったのか。それとも、あの男の狂った感情が、ついに「嘘の恋人ごっこ」の境界線を踏み越えたということなのか。
それがどういうことなのか、カゲロウには分からず、ただ困惑するしかない。どう反応すれば正解なのか、その答えすら見つからなかった。
「おはようございます。ようやくお目覚めですか、私のかわいい小鳥さん」
聞き慣れた、低く甘い声が耳元で響く。
驚いて隣を向くと、そこには既に身なりを整え、一点の曇りもない完璧な「騎士団長」の笑顔を浮かべたゼノスが座っていた。昨夜の「獣」と同じ男だとは、到底信じがたい。
「ゼノス……貴様、いつから……」
「今しがたですよ。貴女の寝顔があまりに無防備で……つい、もう一度眠りの中へ引き戻してしまいたくなるのを、必死に堪えていたところです」
ゼノスはそう言うと、ベッドの縁に腰掛け、カゲロウの頬を指の背でなぞった。その眼差しは穏やかだが、瞳の奥に潜むドロリとした熱までは隠しきれていない。
「……身体はどうですか? 昨夜は少し、掃除に熱が入りすぎてしまいましたね」
「……最悪だ。身体中が痛い。今日はまた馬車で帰らなければいけないというのに……」
カゲロウは顔を赤くしながら、シーツを胸元まで引き上げた。そんな彼女の抵抗を慈しむように眺めながら、ゼノスはトレイに乗った白湯を差し出す。
「馬車でも私が抱きかかえて差し上げますよ。痛みが響かないようにキスをしてあげましょう」
「結構だ」
白湯を受け取り口に含むカゲロウの首元に、ゼノスが唐突に顔を埋めた。そのまま犬のようにクンクンと彼女の匂いを嗅ぐ。
「……っ、何をする!」
「あの腐った男の匂いは完璧に消えましたね。俺の匂いに染めたはずですが、また貴女の気高い香りに戻ってしまいました。この香りも好きですが、また僕の匂いに染め直さないといけませんね」
「何を馬鹿げたことを言っているんだ」
満足げに目を細めるゼノスに対し、カゲロウは毒づく言葉を探す。しかし、昨夜の「カゲロウを愛したい」という言葉を問いただそうとしても、声が喉に引っかかって出てこない。もし、あれが本気だったとしたら。自分は、好敵手ではない「男」としての彼に、どう向き合えばいいというのか。
「……ゼノス、あの……」
「はい、何でしょう?」
「昨夜、君は……」
言いかけたその時、寝室の扉が遠慮なくノックされた。
「ゼノス様、カゲロウ。もう、大丈夫?」
スズランの声だ。
カゲロウは反射的に首元の痕を隠そうとシーツに潜り込んだが、間に合わなかった。扉が開くと同時に、スズランの「見てはいけないものを見た」と言わばっかりの、引き攣った笑顔が飛び込んできた。
「すみませんスズランさん。ちょっと早かったので、一旦、引っ込んでもらえますか?」
ゼノスは笑顔だったが、その背後には「よくも二人のピロートークを邪魔してくれたな」という明白な憎悪が混じっている。対するスズランは、寝不足でその可愛らしい瞳に隈を作ったまま、冷ややかな視線を返した。
「あのねぇ。あなた達は一晩中お楽しみだったかもしれないけど、こっちは城とこの要塞を往復した上に、この不埒で悪趣味な場所を調べ上げて摘発まで済ませたのよ。こっちの身にもなってちょうだい」
「……すまない、スズラン殿。話を聞こう」
カゲロウは恥を忍んでシーツから這い出し、スズランを部屋に招き入れる。
「……ちょっと、目のやり場に困るわよ。せめて服を着てちょうだい!」
「これは失敬。ゼノス、スズラン殿の対応を頼む。私は君がくれた……あの悪趣味なランジェリーとドレスに着替えてくる」
「ドレスは上品で質素なものを選んだはずですよ!」
心外だと言わんばかりのゼノスだが、彼が選んだドレスは胸元がシースルー仕様になっており、カゲロウにとってはやはり「悪趣味」の範疇だった。
スズランとゼノスをリビングへ追い出し、カゲロウは独り、重い身体を引きずりながら着替えを始める。鏡に映る自分自身の姿と、首筋に残る紅い痕。
昨夜の告白は、果たして朝の光に溶けて消える幻なのだろうか。それとも――。
あなたにおすすめの小説
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される
狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった
公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む
すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて…
全編甘々を目指しています。
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。