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50話

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 戸口で仁王立ちをし、伊吹と千代を鬼の如く睨んでいる春岳。

「これはどう言う事か説明してもらおうか伊吹!」

 怒鳴られ、ハッとする伊吹は、春岳の側に寄った。

「殿、お怪我を、お怪我をされたのですか!? どうなさったのです。早く手当をしなければ!!」

 と、わたついている。
 千代はどうしようと冷や汗をかいていた。

「何事だ!」
「いかが致した!!」
「敵襲か!!」

 と、駆けつけてくる家来達。

「何でも有りません! 何でも有りません!!」

 と、脱衣の戸を閉め、中に入れない様にしている有理。


 真夜中だと言うのに城内はにわか騒がしくなってしまった。

「早く殿の身体を綺麗にしろ! 手当にしなければ!」
「は、はい!」

 伊吹に言われ慌てて立ち上がる千代も春岳の側に寄る。

「穢らわしい、触るな!」

 そう、伊吹の手も千代の手も振り払ってしまう春岳。

 脱衣の戸口では有理が困り果てていた。
 その様子に気づいた春岳は、先にあちらを何とか落ち着かせた方が良さそうだと、脱衣の戸口に向かった。
 伊吹は春岳に見捨てられた様な気がして、その場に座り込んでしまう。

「今井様、泡を落としますね。このままですと危のうございますので」
「あ、ああ」

 途中であったが、千代は取り敢えず伊吹の泡を流す。
 伊吹の身体は既に冷えてしまい、冷たい。

「このままでは風邪を召されてしまいます。今一度湯船に浸かって身体を温めませんと……」
「あ、ああ……」

 伊吹は頭が回らないのか、意味も無く『ああ』と頷くだけになってしまった。
 流石に千代では伊吹を抱き上げて湯に入れてやる事は難しい。

 脱衣の戸口を開けた春岳に家臣たちは驚く、ものすごい血まみれだったからだ。
 一体何事だとより一層ザワついた。
 
「これは猪の処理をしていたのですが、思いの外血を飛び散らせてしまいまして、湯に浸かろうと此方へ来たんです。どうも驚かせてしまいましたね。夜中に申し訳ありませんでした。誰か台所の血を片付けておいて下さい」

 テヘッと、戯けた様に笑って見せる春岳。
 家臣たちはホッとして自分の持ち場や部屋に戻っていく。
 春岳の説明は伊吹にも聞こえ、ホッと胸を撫で下ろしていた。


「さて、伊吹に千代。説明してもらいましょうかね?」

 戻って来た春岳は、また鬼の様な形相である。

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