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78話 【完結】

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 でも、何だか引っ掛かる。 
 違う気がする。
 そう思った時に唐突に春岳も思い出した。

「あれは俺が足を滑らせたんだ。それを伊吹が庇ってくれて……」
「もしかして、春岳様も思い出しました?」
「うん。思い出した」

 あの頃、春岳は自分でも自分を女の子だと思っていた。
 母上が心配して女の子の様に育てて正室からの反感を受けない様にしていたのだ。
 春岳は、周りがからも『姫様』と呼ばれていた。
 伊吹が勘違いしてたのも仕方がないだろう。
 元々、乳兄弟だった春岳と伊吹。
 仲良が良かった。伊吹と春岳は良く二人で遊んでいた。
 家の中に閉じ込められがちだった春岳を、伊吹は自分が怒られてまで外に連れ出してあげていた。

 俺は伊吹が好きだった。
 だから結婚しようと言ってくれ嬉しかった。

 だが、運命は残酷である。
 春岳を庇って崖下に落ちてしまった伊吹は、生死の境を彷徨った。
 打ちは良く、運良く目は覚ましたのだが、春岳の事は覚えていなかった。
 その後、伊吹と春岳は大人たちによって引き離されてしまったのだ。
 そして思春期に入り、自分が男だと理解した春岳。
 伊吹と一緒にはなれないのだと知り、一晩中嘆いた。
 春岳は、ありとあらゆるショックから自分で自分の記憶を消してしまった。

 辛くて堪らなかった。
 だから伊吹の事を忘れる事にした。
 だけど、忘れていても伊吹を好きになったんだ。

 そして伊吹も。

「伊吹、これって俺たち運命だな!」
「え?」

 長々とあれこれ考えて無言でい春岳。
 伊吹は、もう桜を鑑賞する事に集中してしまっていたらしい。
 なんか恥ずかしい事を言ってしまった上に聞き流された。
 更になんか恥ずかしい。

「兎に角! 俺は伊吹が好きだ。伊吹も俺がすきだろ?」
「はい、好きです」
「それで良い!」

 伊吹は首を傾げたものの、春岳に抱きつくと、チュと接吻してくれるのだった。

 伊吹からしてくれるのは珍しい。

「もっとしてくれ!」
「もう、後は夜です。戻りますよ」

 顔を赤くして言うと、伊吹は春岳の手を引く。
 皆が宴会している場所に戻るのだった。




「そう言えば、許嫁の幼馴染みが居たそうだな」
「何の話ですか?」
「村人達から聞いたぞ。甲斐甲斐しく世話をしたが亡くなってしまって、俺も死ぬとかほざいたと」

 思い出すと腹立たしくなってくる春岳。
 だが、礼儀としてちゃんと挨拶はしたほうが良いだろう。

「ああ、あれですね。色々噂に尾ひれがついたやつですよ。その子は私のは腹違いの妹でした。だから亡くなった時は悲しくて辛くてそんな言葉を漏らしたかも知れませんが……」
「妹さん?」
「私が愛したのは初恋も二度目の恋も春岳様ですよ」
「俺も!!」

 はいはいと笑って流してしまう伊吹。
 まだ俺が恋愛初心者の童貞だって信じてない顔だ。
 
「後で妹の墓に報告に行きましょう」

 伊吹はそう言って笑った。
 春岳も頷く。

 二人は手を取り合いながら、桜並木を歩く。


 これからもずっと。



終り
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