7 / 21
音路町シアター
2
しおりを挟む
俺は恋愛小説家、綺々詩先生と待ち合わせをすることにした。人気テレビドラマとなった【ラブ・バラードを聴かせて】の原作を書いた音路町在住の売れっ子小説家である。こんなに胸キュンの小説を書くのに、本人は強面でオールバックに撫でつけた髪をしている。久しぶりに今川焼きが食べたいと言う綺々先生に今川焼きを焼いて携えると、音路町ヒルズの一階にある中国茶カフェに入った。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どした?」
「ホントにあの人、あの綺々詩?」
「皆まで言うな!皆そう言うんだ」
美音が言った。椅子に座ったスーツにサングラスの堅気に見えない綺々先生はチャイナドレスの店員さんにジャスミンティーを淹れて貰うと、軽く香りを嗅いでそれをテーブルに置いた。
「飲まへんのですか?」
「小生は猫舌でな」
俺は今川焼きの包みを差し出すと、本題に入った。
「先生、脚本は書かれないんですか?」
「脚本?書かないな」
「え?小説と脚本って違うの?」
「お嬢さん、そうなんだよ」
綺々先生はいいかね、と前置きをして、唇を潤すようにジャスミンティーを含むとゆっくり飲み下した。
「脚本は基本的にキャラクターの所作や台詞のみ。それだけではあるが心情や全てを其処に集約させる必要がある。その点小説は心情描写も文章として表現できる。似てはいるが、小生は小説家だ。演技の経験もなければ、然程芝居も観たりしない。脚本は少しお門違いだな。ま、それは小生の解釈ではあるがな」
「そこを……なんとか」
手揉みをするように倭同は言った。綺々先生はくすっと笑うと言う。
「小生も脚本が書けるなら、そうしたい。すまないな。その代わり……小生の人脈を使って脚本家を捜してあげてもいいぞ」
「え?いらっしゃるんですか!?」
「【ラブ・バラードを聴かせて】の製作スタッフをあたってみようか」
倭同は綺々先生の足に縋りつかんばかりに深々と頭を下げる。
「本当に、有難うございます!」
「いやいや、若い才能は伸ばしてあげないとな。しかし君もなかなかだな。劇団を立ち上げたいだなんて……」
「劇団員なんです。【狂乱のドグマ】の」
「ほう……あのアングラの?」
「ご存じですか?」
「まぁ……な」
言葉を濁すように言うと、綺々先生はジャスミンティーを一気に飲み干した。
「こちらは頑張ってみる。君も頑張ってな」
綺々先生の足取りが何やら速くなったような気がしたのは俺だけだろうか。それとなく俺は夜湾に目を向けた。
夜湾と目が合った。珍しく本気な表情だった。
†
「なぁ、倭同」
俺は目の前で豚骨ラーメンを啜る倭同に訊いた。
「お前のいる【狂乱のドグマ】って劇団は、そんなにやばいのか?」
「やばいっていうより、クセがあるんです。かなり」
冷たい水を喉に流し込み、倭同は言った。
「ファンもいるはいるんですが、どっちかといえば劇団の団長の昔からのファンだったり、余所から引き抜かれた俳優のファンだったりですよ」
「団長は?」
「千石彌太郎っていう人です。演劇一本の人でして。おいらはその人の昔からのファンだったんです」
「脚本家ってのは?」
「出自は分からないですが、金城傑っていう人です。昔は俳優だったとか……確かに顔は二枚目なんですが」
「……クセ強めっちゅうわけやな」
「まぁ……」
倭同は俺達を見ると、にっと笑って言った。
「ホントに皆さん、仲が良さそうですよね」
「え?」
「皆割りとイケメンだし、おいら、スカウトしたいくらいですよ」
「ホンマかいな?わいはかまへんで?」
「人前で喋るとモスキートボイスになるじゃんかよ。夜湾」
「やかましいわ!濁声になる彩羽よりかはマシじゃ!」
俺達はラーメンを食べ終わると、別れを告げて出て行った。外はもう既に闇夜に包まれている。帰り道、美音が俺の服の袖を引っ張って言った。
「ねぇ、お兄ちゃん見てた?」
「何を?」
「倭同さんとラーメン屋で別れたじゃない?」
「あぁ」
「なんか倭同さん、尾行されてるみたいだったよ?」
「何?何で言わないんだよ?」
「だってわかんないじゃん。あたい、駆け出しなんだから」
「……そいつの顔は覚えてるか?」
「いや、マスクしてたから。でも、ほっそい目だったなぁ」
――翌日、俺のもとに充から連絡がきた。勿論、充の口からは物騒な一言が告げられたのだが……
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どした?」
「ホントにあの人、あの綺々詩?」
「皆まで言うな!皆そう言うんだ」
美音が言った。椅子に座ったスーツにサングラスの堅気に見えない綺々先生はチャイナドレスの店員さんにジャスミンティーを淹れて貰うと、軽く香りを嗅いでそれをテーブルに置いた。
「飲まへんのですか?」
「小生は猫舌でな」
俺は今川焼きの包みを差し出すと、本題に入った。
「先生、脚本は書かれないんですか?」
「脚本?書かないな」
「え?小説と脚本って違うの?」
「お嬢さん、そうなんだよ」
綺々先生はいいかね、と前置きをして、唇を潤すようにジャスミンティーを含むとゆっくり飲み下した。
「脚本は基本的にキャラクターの所作や台詞のみ。それだけではあるが心情や全てを其処に集約させる必要がある。その点小説は心情描写も文章として表現できる。似てはいるが、小生は小説家だ。演技の経験もなければ、然程芝居も観たりしない。脚本は少しお門違いだな。ま、それは小生の解釈ではあるがな」
「そこを……なんとか」
手揉みをするように倭同は言った。綺々先生はくすっと笑うと言う。
「小生も脚本が書けるなら、そうしたい。すまないな。その代わり……小生の人脈を使って脚本家を捜してあげてもいいぞ」
「え?いらっしゃるんですか!?」
「【ラブ・バラードを聴かせて】の製作スタッフをあたってみようか」
倭同は綺々先生の足に縋りつかんばかりに深々と頭を下げる。
「本当に、有難うございます!」
「いやいや、若い才能は伸ばしてあげないとな。しかし君もなかなかだな。劇団を立ち上げたいだなんて……」
「劇団員なんです。【狂乱のドグマ】の」
「ほう……あのアングラの?」
「ご存じですか?」
「まぁ……な」
言葉を濁すように言うと、綺々先生はジャスミンティーを一気に飲み干した。
「こちらは頑張ってみる。君も頑張ってな」
綺々先生の足取りが何やら速くなったような気がしたのは俺だけだろうか。それとなく俺は夜湾に目を向けた。
夜湾と目が合った。珍しく本気な表情だった。
†
「なぁ、倭同」
俺は目の前で豚骨ラーメンを啜る倭同に訊いた。
「お前のいる【狂乱のドグマ】って劇団は、そんなにやばいのか?」
「やばいっていうより、クセがあるんです。かなり」
冷たい水を喉に流し込み、倭同は言った。
「ファンもいるはいるんですが、どっちかといえば劇団の団長の昔からのファンだったり、余所から引き抜かれた俳優のファンだったりですよ」
「団長は?」
「千石彌太郎っていう人です。演劇一本の人でして。おいらはその人の昔からのファンだったんです」
「脚本家ってのは?」
「出自は分からないですが、金城傑っていう人です。昔は俳優だったとか……確かに顔は二枚目なんですが」
「……クセ強めっちゅうわけやな」
「まぁ……」
倭同は俺達を見ると、にっと笑って言った。
「ホントに皆さん、仲が良さそうですよね」
「え?」
「皆割りとイケメンだし、おいら、スカウトしたいくらいですよ」
「ホンマかいな?わいはかまへんで?」
「人前で喋るとモスキートボイスになるじゃんかよ。夜湾」
「やかましいわ!濁声になる彩羽よりかはマシじゃ!」
俺達はラーメンを食べ終わると、別れを告げて出て行った。外はもう既に闇夜に包まれている。帰り道、美音が俺の服の袖を引っ張って言った。
「ねぇ、お兄ちゃん見てた?」
「何を?」
「倭同さんとラーメン屋で別れたじゃない?」
「あぁ」
「なんか倭同さん、尾行されてるみたいだったよ?」
「何?何で言わないんだよ?」
「だってわかんないじゃん。あたい、駆け出しなんだから」
「……そいつの顔は覚えてるか?」
「いや、マスクしてたから。でも、ほっそい目だったなぁ」
――翌日、俺のもとに充から連絡がきた。勿論、充の口からは物騒な一言が告げられたのだが……
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる