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闇
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諸橋はその生徒たちの雰囲気であらかたの事は察した。あの生徒は2年の久根、河西、小山……そうか、次は小山が標的にされてしまったんだな。諸橋は虚ろな目線の内側でどこか外れくじを引いてしまったような苦々しい気分になった。
正直、迷惑で仕方がない。イジメを行う生徒も、イジメられる生徒も、そして変な正義感を持って出しゃばる偽善者ぶった連中も。次いでいえば、内情を知っていながら学年主任の諸橋に対応を指示するあの薄らハゲデブの二代目も。俺は何の波風も立てずに学校生活を送れればそれで良いのだ。人並み以上の給料と、ちゃんとした福利厚生さえ受けられれば。
授業が終われば、残務が待っている。授業が終わってからも教師の勤務は終わらない。定時を迎え、諸橋は最低限の持ち物を持ち、挨拶もせずに職員室を出て行った。生徒からも若手の教師からも、蛇蝎のように見られている事は分かっている。べつにそんな事を気にするような人間ではない。昔からそうだった。ただ勉強しかしてこなかった。小、中、高、何も楽しみもないまま名門大学に合格し、そこでもただひたすら勉強しかしなかった。サークルにも入らず、恋愛すらもせず、遊び呆ける連中をただ冷ややかに蔑視していた。
そうして、得意な物理の教員免許を取得した。ついでに化学の教員免許も。はじめに配属された学校では、生徒の成績を上げる事に全力を注ぎ、効果を上げた。今の妻とは見合いだ。恋愛など一切しなかった彼には結婚などというのは単なる人生の敷かれたレールにおける単なる通過駅でしかなかったのだ。言われるままに結婚し、なすがままに子供を授かり、なし崩しのように家を建てた。妻もそうだ、彼はただ単に給料を家に入れるだけの財布でしかないのだ。
車を駐車場に停める。先程夕立のように雨が降った。自宅の駐車場の車一台分のところが変に乾いている。誰か来ていたのかもしれない。諸橋は車を降り、門扉を開いた。手入れもろくにしていない小さめの庭。小さくても庭が欲しいとほざいていたくせに、虫が嫌いだとかいう理由で手入れもしない。伸び放題の雑草のうち、通行の邪魔になりそうなものだけを引っこ抜く。
がちゃ
玄関の鍵を開いた。鍵を吊るすフックにキーケースをぶら下げると、靴を脱ぎ、スリッパに足を通した。リビングには高校2年生になった娘がいた。おかえりとも言わずに、リビングのテーブルに両肘をついてスマホを弄っているだけだ。娘はちらりとこちらを見て、そのままスマホの画面に目を落とした。妻はというと、ソファに腰を下ろしたままテレビを観ている。
「あ、帰ったんだ」
「あぁ」
「早いね、今日も」
「あぁ」
暗に、趣味も何もなく、帰ってきても役に立ちもしないんだから、何処かで時間を使ってくればいいのに、と言っているようだ。諸橋は無駄な時間と金を使う事を嫌う。投資にならないただの消費は愚者のやる事だ。そんな物に使う金も時間も鐚一文としてないのだ。無視して諸橋はリビングのドアを閉じる。
ふと、強めの香水の香りがした気がした。娘の趣味ではなかろう。匂いにうるさい娘は香水の匂いはおろか、柔軟剤の匂いすら敏感に反応する。と、なると、妻に違いない。諸橋は察した。乾いている駐車場、強めの香水の匂い……
「いい御身分だな」
「ん?なんか言った?」
「いや、別に」
娘がいる時間帯に…成程、知らないのは自分だけだろう。さぞ立派なお人なんだろうな。妻も娘も巻き込んで…しかし諸橋には口惜しい気持ちは微塵も湧いてこなかった。そもそも、人に興味などなかった。それは伴侶であっても、血を分けた子供であっても。
部屋のドアを閉めると、諸橋はデスクに腰掛け、目頭を揉みほぐした。
正直、迷惑で仕方がない。イジメを行う生徒も、イジメられる生徒も、そして変な正義感を持って出しゃばる偽善者ぶった連中も。次いでいえば、内情を知っていながら学年主任の諸橋に対応を指示するあの薄らハゲデブの二代目も。俺は何の波風も立てずに学校生活を送れればそれで良いのだ。人並み以上の給料と、ちゃんとした福利厚生さえ受けられれば。
授業が終われば、残務が待っている。授業が終わってからも教師の勤務は終わらない。定時を迎え、諸橋は最低限の持ち物を持ち、挨拶もせずに職員室を出て行った。生徒からも若手の教師からも、蛇蝎のように見られている事は分かっている。べつにそんな事を気にするような人間ではない。昔からそうだった。ただ勉強しかしてこなかった。小、中、高、何も楽しみもないまま名門大学に合格し、そこでもただひたすら勉強しかしなかった。サークルにも入らず、恋愛すらもせず、遊び呆ける連中をただ冷ややかに蔑視していた。
そうして、得意な物理の教員免許を取得した。ついでに化学の教員免許も。はじめに配属された学校では、生徒の成績を上げる事に全力を注ぎ、効果を上げた。今の妻とは見合いだ。恋愛など一切しなかった彼には結婚などというのは単なる人生の敷かれたレールにおける単なる通過駅でしかなかったのだ。言われるままに結婚し、なすがままに子供を授かり、なし崩しのように家を建てた。妻もそうだ、彼はただ単に給料を家に入れるだけの財布でしかないのだ。
車を駐車場に停める。先程夕立のように雨が降った。自宅の駐車場の車一台分のところが変に乾いている。誰か来ていたのかもしれない。諸橋は車を降り、門扉を開いた。手入れもろくにしていない小さめの庭。小さくても庭が欲しいとほざいていたくせに、虫が嫌いだとかいう理由で手入れもしない。伸び放題の雑草のうち、通行の邪魔になりそうなものだけを引っこ抜く。
がちゃ
玄関の鍵を開いた。鍵を吊るすフックにキーケースをぶら下げると、靴を脱ぎ、スリッパに足を通した。リビングには高校2年生になった娘がいた。おかえりとも言わずに、リビングのテーブルに両肘をついてスマホを弄っているだけだ。娘はちらりとこちらを見て、そのままスマホの画面に目を落とした。妻はというと、ソファに腰を下ろしたままテレビを観ている。
「あ、帰ったんだ」
「あぁ」
「早いね、今日も」
「あぁ」
暗に、趣味も何もなく、帰ってきても役に立ちもしないんだから、何処かで時間を使ってくればいいのに、と言っているようだ。諸橋は無駄な時間と金を使う事を嫌う。投資にならないただの消費は愚者のやる事だ。そんな物に使う金も時間も鐚一文としてないのだ。無視して諸橋はリビングのドアを閉じる。
ふと、強めの香水の香りがした気がした。娘の趣味ではなかろう。匂いにうるさい娘は香水の匂いはおろか、柔軟剤の匂いすら敏感に反応する。と、なると、妻に違いない。諸橋は察した。乾いている駐車場、強めの香水の匂い……
「いい御身分だな」
「ん?なんか言った?」
「いや、別に」
娘がいる時間帯に…成程、知らないのは自分だけだろう。さぞ立派なお人なんだろうな。妻も娘も巻き込んで…しかし諸橋には口惜しい気持ちは微塵も湧いてこなかった。そもそも、人に興味などなかった。それは伴侶であっても、血を分けた子供であっても。
部屋のドアを閉めると、諸橋はデスクに腰掛け、目頭を揉みほぐした。
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