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閑静な高級住宅街にパトカーのパトランプが出す真っ赤な光が広がる。時刻は早朝、5時。サイレンを鳴らさずに走るパトカーの運転席に座った相棒の小杉慎也は、大きな欠伸をしながら目覚まし用のメントールがきつめのチューインガムを噛む。
「センパイが飲んでなきゃなぁ」
「なんだよ。しょうがないだろ。前々から友達と飲もうって言ってたんだから」
「俺なんて合コン中だったんすよ?なのにいきなり臨場しろって…」
「どうせいいじゃんか。女の子送って口説こうとでもしてたんだろ?だから車で行ったんじゃないの?」
目指す先は白い豪邸だ。入り口にはインターホン、高い塀の向こうには南国の植物みたいな平べったい葉っぱの木が揺れて見える。
インターホンを押すと、中から忙しなさそうな甲高い声のおばちゃんの声がした。僕と小杉は警察手帳をインターホンカメラに見えるように掲げた。
かちゃんと門扉の自動ロックが外れた。入れということらしい。門扉の奥のなんちゃって南国を抜けると、玄関ドアが立ち塞がる。中にはもう既に鑑識官が入っている。
「うっ……」
僕はつい中に入って思ったこと。とにかく、暑い。外の庭の暑苦しさに負けないくらいに暑い。僕と小杉は持参した袋に靴を突っ込み、中に入っていく。
壁には国内外のアーティストのポスターやら海外の絵画が飾られている。そして、件のリビングのドアを開いた。
「ごくろうさまです」
「こりゃあ…」
小杉は僕に倣って手を合わせた。リビングのガラステーブルの上のシャンデリア。その隣の止まったシーリングファンからぶら下がるのは、人だ。しかも、見たことがある。
「音楽評論家の、六車慶勝…」
軽妙な喋り方とハンサムな顔立ちで、女性ファンも多いという六車。やはり話がうまいほうがモテるのだろうか。実は相棒の小杉も、話がうまくモテる。顔は子役時代のえなり君をそのまんま大きくし、眉毛を濃い一本眉にしたようなフォルムだが。
「自殺、ですかね」
「これか?」
ガラステーブルには、直筆で名前を書いたとみられる遺書があった。
「今回は、本当に取り返しのつかない、大変な事を致しました。この生命で償います。六車慶勝…」
「確か、女優の羽生みずほとの不倫と、妊娠中絶の話…」
「だろうな」
羽生みずほは、今最も勢いのある若手清純派女優として売っている。色白で、笑うとできる笑窪とハスキーな声がチャームポイント。そんな中、いきなり沸いたのが2年前の話。かつて妻がいる身でありながら、羽生みずほと不倫関係にあった六車のスキャンダル。それに輪をかけたのが、羽生みずほの中絶問題。六車は不妊治療中の妻がいながら、羽生みずほに妊娠させてしまい、多額の手切金と共に中絶をさせたのだ。
――ここまで聞いても、救いようのないクズ野郎だ。こんな奴が、自殺?と思ったが……
「あれに乗って、首を吊ったんだと?」
白木の床にスツールが転がっている。爪先と床の距離からしても間違いなさそうだ。電気コードが首に巻き付いている。
「っすね。にしてもエアコンすら付けずに、あっつい部屋…これじゃいつ死んだかわかんないんじゃないスかね?」
「隣人の話によれば、昨晩もラジオを聴いていたそうなんです」
「ラジオ?」
「えぇ、SKYFMの毎週水曜日深夜0時にやる番組、【石井由梨亜のてっぺんGROOVE】」
――石井由梨亜のてっぺんGROOVEは、歌手兼パーソナリティの石井由梨亜が水曜日0時に生放送するラジオ番組。リスナーのリクエストから主に海外の曲を紹介する番組。あまり音楽に詳しくない僕でも、名前だけなら聞いた事がある。
「昨日もやってましたね。帰りの車で聴いてました。【さぁ、てっぺんですよ皆さん、日付が変わってもテンションてっぺんでグルービーにいきますよ!】っスよね」
「あれを、毎回聴いてるって?」
「えぇ、しかも結構大音量」
「こんな防音もしっかりしてそうなのに?」
「そこには、金かけてないみたいっスね」
僕は傍にある水槽に目を向けた。中には和金と出目金が数匹泳いでいる。毎回思うが、金魚ってあんな長いフンをずっとくっつけて、気持ち悪くないんだろうか。余計なお世話だな。
「動機もほぼ明確だし、多分自殺で送検っスね。先輩。今日はちょっと用事あるんスけど、明日【さくら庵】の安倍川餅奢ってくださいよ?」
「はぁ?なんで僕が?」
「一人だけ酒飲んでおいて運転させといて、そりゃなくないスか?」
――いや、勝手に飲まなかったの、オマエじゃんよ
「センパイが飲んでなきゃなぁ」
「なんだよ。しょうがないだろ。前々から友達と飲もうって言ってたんだから」
「俺なんて合コン中だったんすよ?なのにいきなり臨場しろって…」
「どうせいいじゃんか。女の子送って口説こうとでもしてたんだろ?だから車で行ったんじゃないの?」
目指す先は白い豪邸だ。入り口にはインターホン、高い塀の向こうには南国の植物みたいな平べったい葉っぱの木が揺れて見える。
インターホンを押すと、中から忙しなさそうな甲高い声のおばちゃんの声がした。僕と小杉は警察手帳をインターホンカメラに見えるように掲げた。
かちゃんと門扉の自動ロックが外れた。入れということらしい。門扉の奥のなんちゃって南国を抜けると、玄関ドアが立ち塞がる。中にはもう既に鑑識官が入っている。
「うっ……」
僕はつい中に入って思ったこと。とにかく、暑い。外の庭の暑苦しさに負けないくらいに暑い。僕と小杉は持参した袋に靴を突っ込み、中に入っていく。
壁には国内外のアーティストのポスターやら海外の絵画が飾られている。そして、件のリビングのドアを開いた。
「ごくろうさまです」
「こりゃあ…」
小杉は僕に倣って手を合わせた。リビングのガラステーブルの上のシャンデリア。その隣の止まったシーリングファンからぶら下がるのは、人だ。しかも、見たことがある。
「音楽評論家の、六車慶勝…」
軽妙な喋り方とハンサムな顔立ちで、女性ファンも多いという六車。やはり話がうまいほうがモテるのだろうか。実は相棒の小杉も、話がうまくモテる。顔は子役時代のえなり君をそのまんま大きくし、眉毛を濃い一本眉にしたようなフォルムだが。
「自殺、ですかね」
「これか?」
ガラステーブルには、直筆で名前を書いたとみられる遺書があった。
「今回は、本当に取り返しのつかない、大変な事を致しました。この生命で償います。六車慶勝…」
「確か、女優の羽生みずほとの不倫と、妊娠中絶の話…」
「だろうな」
羽生みずほは、今最も勢いのある若手清純派女優として売っている。色白で、笑うとできる笑窪とハスキーな声がチャームポイント。そんな中、いきなり沸いたのが2年前の話。かつて妻がいる身でありながら、羽生みずほと不倫関係にあった六車のスキャンダル。それに輪をかけたのが、羽生みずほの中絶問題。六車は不妊治療中の妻がいながら、羽生みずほに妊娠させてしまい、多額の手切金と共に中絶をさせたのだ。
――ここまで聞いても、救いようのないクズ野郎だ。こんな奴が、自殺?と思ったが……
「あれに乗って、首を吊ったんだと?」
白木の床にスツールが転がっている。爪先と床の距離からしても間違いなさそうだ。電気コードが首に巻き付いている。
「っすね。にしてもエアコンすら付けずに、あっつい部屋…これじゃいつ死んだかわかんないんじゃないスかね?」
「隣人の話によれば、昨晩もラジオを聴いていたそうなんです」
「ラジオ?」
「えぇ、SKYFMの毎週水曜日深夜0時にやる番組、【石井由梨亜のてっぺんGROOVE】」
――石井由梨亜のてっぺんGROOVEは、歌手兼パーソナリティの石井由梨亜が水曜日0時に生放送するラジオ番組。リスナーのリクエストから主に海外の曲を紹介する番組。あまり音楽に詳しくない僕でも、名前だけなら聞いた事がある。
「昨日もやってましたね。帰りの車で聴いてました。【さぁ、てっぺんですよ皆さん、日付が変わってもテンションてっぺんでグルービーにいきますよ!】っスよね」
「あれを、毎回聴いてるって?」
「えぇ、しかも結構大音量」
「こんな防音もしっかりしてそうなのに?」
「そこには、金かけてないみたいっスね」
僕は傍にある水槽に目を向けた。中には和金と出目金が数匹泳いでいる。毎回思うが、金魚ってあんな長いフンをずっとくっつけて、気持ち悪くないんだろうか。余計なお世話だな。
「動機もほぼ明確だし、多分自殺で送検っスね。先輩。今日はちょっと用事あるんスけど、明日【さくら庵】の安倍川餅奢ってくださいよ?」
「はぁ?なんで僕が?」
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――いや、勝手に飲まなかったの、オマエじゃんよ
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