朧月楼の殺人

回転焼き。

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 正直、駿河謙也(するがけんや)は乗り気ではなかった。
そもそも、横浜の市街地で生まれ育ち、あまり郊外の、というよりも、辺鄙な場所に行ったこともない彼にとっては、未知との遭遇とも呼べるであろう。それに、北関東の有名な温泉地とは言っても、謙也はあまり温泉というものがあまり好きではないのである。
 彼が所属する某大学の演劇サークルの部長である楠木伸之(くすきのぶゆき)は言う。

「うちはね、昔から合宿には温泉だって決まってるんだよ」

 昔からだとは言っても、たかだか3年4年くらい前を昔と言うのか、と、謙也はひねくれた頭で考えてしまう。去年はそう言えば群馬だったと訊いている。歴代の部長が皆温泉好きだったのだろうか。些か不思議ではあるが…

「しかも、なかなかムードのある場所なんだって訊きましたよ?ね?神戸ちゃん」

 副部長の御厨敦郎(みくりやあつろう)がにやけた顔をして言った。真面目な顔をしていたって、彼の柔和なブルドッグのような顔はにやついているように見えてしまう。些か損な性分だと思う。
 いきなり話を振られた部員の神戸京平(かみどきょうへい)は、甲高いひっくり返った声で、はぁ?と言った。

「なんだよその素っ頓狂な声は?お前さんのチョイスじゃないのか?」
「だって、むちゃくちゃムードあるじゃないですか?ねぇ、翔子ちゃん」
「えっ、あ、あたしに振らないでよっ!」
「で、でも勧めてくれたのは沢井先輩ですよ!」
「お前、そこで俺を売るか?変えたいならいいんだぜ?」
「今さら… 」

 沢井瑛一(さわいえいいち)は口を尖らせながら言った。痩せ型でなんとなく神経質そうな顔をした沢井は、神戸や先程話を振られた牧翔子(まきしょうこ)の一学年上の3年生だ。

「まぁ、どうあれあの場所にするのに皆異論はなかったんだし、な?」

 部長の楠木は別に押し付けるような言い方をしない。しかし何か反論できないのはきっと、彼の柔和な人柄のせいであろう。楠木が全員に「そうじゃない?」と尋ねる時、何か分からないけれど、反論してはバチが当たりそうな、そんな感じになるのである。

「ま、行ってみたら絶対にいいとこだと思うから!だよな?謙也」

 謙也はどっちともとれないような気のない返事をした。正直、乗り気ではない謙也は当日、腹痛にでもなればいいのにと思っているくらいだ。

「でも、なんか少し不気味な雰囲気なんですよねぇ…」
「どうした翔子ちゃん」
「だって、外観はただの塔なんですって」
「ははは、ムードとしては問題ないじゃないか?だって、これからやるうちらの劇にはもってこいのロケーションじゃないか。脚本家の僕のイマジネーションを掻き立てるというか…」
「それ、御厨さんだけですってば」

 沢井は腕を頭の後ろで組み、パイプ椅子をロッキングチェアのように揺らす。

「とりあえず、もう決めたからな」

 
 
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