2 / 18
1
しおりを挟む
正直、駿河謙也(するがけんや)は乗り気ではなかった。
そもそも、横浜の市街地で生まれ育ち、あまり郊外の、というよりも、辺鄙な場所に行ったこともない彼にとっては、未知との遭遇とも呼べるであろう。それに、北関東の有名な温泉地とは言っても、謙也はあまり温泉というものがあまり好きではないのである。
彼が所属する某大学の演劇サークルの部長である楠木伸之(くすきのぶゆき)は言う。
「うちはね、昔から合宿には温泉だって決まってるんだよ」
昔からだとは言っても、たかだか3年4年くらい前を昔と言うのか、と、謙也はひねくれた頭で考えてしまう。去年はそう言えば群馬だったと訊いている。歴代の部長が皆温泉好きだったのだろうか。些か不思議ではあるが…
「しかも、なかなかムードのある場所なんだって訊きましたよ?ね?神戸ちゃん」
副部長の御厨敦郎(みくりやあつろう)がにやけた顔をして言った。真面目な顔をしていたって、彼の柔和なブルドッグのような顔はにやついているように見えてしまう。些か損な性分だと思う。
いきなり話を振られた部員の神戸京平(かみどきょうへい)は、甲高いひっくり返った声で、はぁ?と言った。
「なんだよその素っ頓狂な声は?お前さんのチョイスじゃないのか?」
「だって、むちゃくちゃムードあるじゃないですか?ねぇ、翔子ちゃん」
「えっ、あ、あたしに振らないでよっ!」
「で、でも勧めてくれたのは沢井先輩ですよ!」
「お前、そこで俺を売るか?変えたいならいいんだぜ?」
「今さら… 」
沢井瑛一(さわいえいいち)は口を尖らせながら言った。痩せ型でなんとなく神経質そうな顔をした沢井は、神戸や先程話を振られた牧翔子(まきしょうこ)の一学年上の3年生だ。
「まぁ、どうあれあの場所にするのに皆異論はなかったんだし、な?」
部長の楠木は別に押し付けるような言い方をしない。しかし何か反論できないのはきっと、彼の柔和な人柄のせいであろう。楠木が全員に「そうじゃない?」と尋ねる時、何か分からないけれど、反論してはバチが当たりそうな、そんな感じになるのである。
「ま、行ってみたら絶対にいいとこだと思うから!だよな?謙也」
謙也はどっちともとれないような気のない返事をした。正直、乗り気ではない謙也は当日、腹痛にでもなればいいのにと思っているくらいだ。
「でも、なんか少し不気味な雰囲気なんですよねぇ…」
「どうした翔子ちゃん」
「だって、外観はただの塔なんですって」
「ははは、ムードとしては問題ないじゃないか?だって、これからやるうちらの劇にはもってこいのロケーションじゃないか。脚本家の僕のイマジネーションを掻き立てるというか…」
「それ、御厨さんだけですってば」
沢井は腕を頭の後ろで組み、パイプ椅子をロッキングチェアのように揺らす。
「とりあえず、もう決めたからな」
そもそも、横浜の市街地で生まれ育ち、あまり郊外の、というよりも、辺鄙な場所に行ったこともない彼にとっては、未知との遭遇とも呼べるであろう。それに、北関東の有名な温泉地とは言っても、謙也はあまり温泉というものがあまり好きではないのである。
彼が所属する某大学の演劇サークルの部長である楠木伸之(くすきのぶゆき)は言う。
「うちはね、昔から合宿には温泉だって決まってるんだよ」
昔からだとは言っても、たかだか3年4年くらい前を昔と言うのか、と、謙也はひねくれた頭で考えてしまう。去年はそう言えば群馬だったと訊いている。歴代の部長が皆温泉好きだったのだろうか。些か不思議ではあるが…
「しかも、なかなかムードのある場所なんだって訊きましたよ?ね?神戸ちゃん」
副部長の御厨敦郎(みくりやあつろう)がにやけた顔をして言った。真面目な顔をしていたって、彼の柔和なブルドッグのような顔はにやついているように見えてしまう。些か損な性分だと思う。
いきなり話を振られた部員の神戸京平(かみどきょうへい)は、甲高いひっくり返った声で、はぁ?と言った。
「なんだよその素っ頓狂な声は?お前さんのチョイスじゃないのか?」
「だって、むちゃくちゃムードあるじゃないですか?ねぇ、翔子ちゃん」
「えっ、あ、あたしに振らないでよっ!」
「で、でも勧めてくれたのは沢井先輩ですよ!」
「お前、そこで俺を売るか?変えたいならいいんだぜ?」
「今さら… 」
沢井瑛一(さわいえいいち)は口を尖らせながら言った。痩せ型でなんとなく神経質そうな顔をした沢井は、神戸や先程話を振られた牧翔子(まきしょうこ)の一学年上の3年生だ。
「まぁ、どうあれあの場所にするのに皆異論はなかったんだし、な?」
部長の楠木は別に押し付けるような言い方をしない。しかし何か反論できないのはきっと、彼の柔和な人柄のせいであろう。楠木が全員に「そうじゃない?」と尋ねる時、何か分からないけれど、反論してはバチが当たりそうな、そんな感じになるのである。
「ま、行ってみたら絶対にいいとこだと思うから!だよな?謙也」
謙也はどっちともとれないような気のない返事をした。正直、乗り気ではない謙也は当日、腹痛にでもなればいいのにと思っているくらいだ。
「でも、なんか少し不気味な雰囲気なんですよねぇ…」
「どうした翔子ちゃん」
「だって、外観はただの塔なんですって」
「ははは、ムードとしては問題ないじゃないか?だって、これからやるうちらの劇にはもってこいのロケーションじゃないか。脚本家の僕のイマジネーションを掻き立てるというか…」
「それ、御厨さんだけですってば」
沢井は腕を頭の後ろで組み、パイプ椅子をロッキングチェアのように揺らす。
「とりあえず、もう決めたからな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる