ハロウィン・ナイト【完結】

しょこら

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消えた王子様

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「じゃあ、行ってくる」
 ラグは余裕の笑みを浮かべ、手を振った。
 学院の卒業試験など、プレッシャーを感じるほどのものではないと言わんばかりに。
 彼は、自信にあふれ、輝いていた。



 ここフェルシナ学院は優れた魔法使いや魔女たちを数多く育ててきた、伝統ある魔法学院である。
 この卒業試験に受かれば、正式な魔法使いとして王国から認定される。
 ファルカは、試験が滞りなく行われ、ラグが無事に認定されることを信じていたし、疑いもしなかった。
 けれど、あの一瞬ですべてが変わってしまった。
 今でもまだ夢だったのではないかと思う。
 あの事故が。
 彼を世界から消してしまった。
 誰も知らない。
 誰も覚えていない。
 ついさっきまで、一緒に話していたのに。
 彼の痕跡だけが綺麗に消え去ってしまっている。
 記憶から。
 世界から。
 ファルカ以外のすべてから。
 これは魔法?
 意地悪な魔女が、私にかけた魔法なのだろうか。
 炎とともに消えてしまったラグ。
 誰かがそれは夢だという。夢の中の人を追い求めているのだと嘲笑あざわらう。
 違う!夢じゃない。
 彼は確かに私のそばにいて、生きていたのだから。
 誰も知らない彼を、ファルカだけが覚えている。
 だから。
 たった一人でも、誰も信じてくれなくても、彼を探すと決めたのだ。

 

「ねぇねぇ、ファルカ。今夜、空いてる?」
 ミモザが、まるで内緒話でも始めるかのように、声を潜めながら聞いてきた。
「今夜?」
 テキストを鞄の中に詰めていたファルカの手が一瞬だけ止まる。
「あのねあのね、今日はハロウィンでしょ? 今夜、みんなで占いをしようって話していたの。ほら、知ってる? ハロウィンの夜に部屋を真っ暗にして、ろうそくを一本持ちながら鏡を覗くと、未来のだんなさまの姿が見えるんですって」
 ふわふわした金の髪が彼女の動きにあわせて揺れる。ミモザの夢見がちな大きなはしばみ色の瞳がきらきらと輝いていた。
「……聞いたことあるわね」
「でしょでしょ? だからね、ファルカも一緒にやってみない?」
 教室の入り口付近で輪を作っている少女たちが、興味深そうにこちらの会話に聞き耳立てているのが分かる。
「悪いけど、私はいいわ」
 まさか断られるとは思っていなかったらしい。ミモザは顔色を変えた。
「え、どうして?」
 興味ないから。
 そんなことは言えない。
 実際、興味はなかったけれど、今夜はだめなのだ。
「ごめん、用事があるの」
「そ、そっかぁ、残念」
 ミモザは心底がっかりしたように肩を落とす。
「用事があるんじゃ、仕方ないものね」
 ミモザは手でバッテンをつくり、少女たちに合図をする。途端に落胆の声が上がった。
「興味ないんだー」
「ああ、だって彼女、あれでしょ? あの爆発事故のとき……」
 誰かが鋭く諫める声がして、ひそひそ声になった。だがまだ聞こえてくる。
「いるはずのない誰かのことを探し回ってるって噂じゃない?」
「空想の恋人でしょー?」
「きっとあの事故で頭を打ったんだわ。それで夢と現実がごっちゃに……」
「あんなに綺麗なのに、気の毒ね」
 彼女たちはあれで声を潜めているつもりなのだろうか。
 横にいたミモザにもはっきりと聞こえているようで、真っ赤になって、ふるふると震えながら拳を握り締めている。
「あの子たちったら!」
「いいのよ、ミモザ。気にしてないわ」
「でもっ、ひどいわ。ファルカのこと、あんな風に!」
 うるうると目を潤ませて、ミモザは憤慨する。こんな風に泣いて怒ってくれても、ミモザ自身も半信半疑なのだと思う。ミモザはラグの存在を夢だとか幻だとか、そんな言葉は言わないけれど、彼のことを覚えているとも、知っているとも言ってはくれない。申し訳なさそうに、謝るだけ。
「いいの、私は大丈夫だから」
 今にも泣き出しそうなミモザを慌てて宥めて、ファルカは鞄を持った。
「帰るわ、また明日ね」
「あ、うん。気をつけて、また明日」
 教室のもうひとつの出入り口へと足早に向かう。ファルカは、ふと思い直して振り返った。
「ああ、そうそう、ミモザ。りんごも忘れずにね。そうしないと見えるのは未来のだんなさまじゃなくて悪魔の顔だっていうわよ」
 それだけ言うと、ファルカはさっと身を翻し、教室を出た。
 背後で「りんご!?」と悲鳴のような声が上がった。
 ファルカはくすくすと笑いながら、廊下を抜けていった。
 予想通りというか、なんというか。ファルカが言わなければ、悪魔の顔を見るはめになっていただろう。まったくもって危なっかしい。けれどファルカには、そんなミモザが微笑ましくもあり、羨ましく思えた。

 ふとした時に彼のことを思い出す。
 学院から寮までの帰り道、嬉しそうにアイスクリームを頬張るラグ。
「ホント、アイス好きだね。何個目?」
 くすくす笑いながら、ファルカは聞く。
「んー、三つ目」
「おなか壊すよ?」
「平気、平気」
 彼の屈託のない笑い声。人好きのする朗らかな笑顔。今でもはっきりと思い浮かべることができる。
「卒業試験まであとちょっとだね」
 ラグの方が学年が上だから、ラグが卒業してしまったらこうして学院で会える時間も無くなってしまうのが寂しかった。少しばかり感傷的になって俯くと、ラグはいつものように明るい笑顔で、優しくファルカの頭をポンポンしてくれた。大きな手が温かくて、優しくて好きだった。
「ファルカも次の試験で受ければいいさ。魔法省からも誘いが来てるんだろう?」
「うん」
 無事に卒業試験に受かれば、ラグは魔法省に就職が決まっている。優秀な人材が集まる魔法省に誘われるのは学院でも一握りだ。ファルカもすでにお誘いはいただいている。一年我慢すればいいだけなのだが、一年も離れるのは寂しいと思ってしまう。
「まったく会えなくなるわけじゃないだろう?」
 そう言って笑ったラグだった。
 そう言っていたのに。会えなくなってしまった。
 なんてウソつきなんだろう。
 半年も。
 その存在のすべてを消し去って。
 行方知れずになるなんて、ひどすぎる。
 いつも当たり前のように一緒にいたから、不意に風が吹いただけでも、寂しさと心細さが、思い出したように彼の不在を主張する。
 どうして今、私はひとりなのだろう?
 それとも本当に幸せな夢を見ていただけだったのだろうか?
 そんなことを考えては慌てて頭を振って思い直す。
 夢ではない。
 確かに彼はいたのだ。ポケットにある硬い感触がそれを証明している。
 寂しさに負けて、彼を幻にしてしまうことはできない。
 誰も彼を覚えていなくても。
 ファルカだけは覚えている。
 あの幸せだった日々を。
 彼がちゃんと存在していたことを。
 そう。
 ファルカだけが覚えているのだ。



「寒っ」
 外を吹く風もだんだんと冷たさを増してきて、ファルカはぶるっと身震いすると、両手で腕をさすった。もうマントが必要な季節になったのかもしれない。
「寒い、寒い、寒―い。プルレ、何とかしてよ」
 癇癪かんしゃくを起こしたように大きな声で言うと、ファルカの目の前で風が螺旋らせんを描いた。
 つむじ風の中から、うっすらと人の形が見えてくる。
『これから《冬》がくるのに、今からそんなこと言ってどうするの、ファルカ?』
 まだ小さな子どもの細い四肢。乳白色の長い髪がゆらゆらと風になびいている。澄んだ空色の瞳が面白そうにファルカを見ていた。
 プルレは半年前、ファルカが契約を交わした守護精霊だ。
 風の精霊は皆が皆、好奇心旺盛で自由奔放、やんちゃな少年とばかり思っていたが、プルレはというと柔和な顔立ちで、はにかんで笑うところなどは女の子のようにも見える。初めて会ったとき、育ちのいいおぼっちゃまのようだと思った。その第一印象は、あながち間違ってはいなかったようで、どうやらプルレは風の精霊のなかでも高位にある存在らしい。本当は人間と契約を交わすことは禁じられているらしいのだが、未熟なので修行させられているのだと聞いた。
「だって寒いんだもの」
『ファルカってわがまま』
「いいの!」
 腰までのまっすぐな黒髪をわずらわしげにかきあげて、ファルカは空を仰いだ。そのファルカの周りをふわりと風が取り巻く。寒さも和らいでほんの少し暖かくなった。ちらりと横目でプルレを見ると、柔らかな笑顔でファルカを見ている。なんだかんだ言いつつも、プルレは優しい。優しい風に包まれて、身体だけじゃなく、心もほんわりと温かくなった。
 季節は容赦なく移っていく。時間の流れは決して止まることはない。いつの間にか、空の色は柔らかく、深みを増していた。
 けれどファルカの時間は半年前から止まったままだ。
 あの事件から、ずっと凍りついたまま動かない。
 悪夢のような一瞬を忘れることはできない。
 炎がファルカから一番大事なものを奪って行った。



 精悍な顔つきの、背の高い少年が魔方陣の中央に立っていた。
 赤茶色の髪の毛は短くても自由奔放に跳ねまくり、魔方陣の放つ光を反射して、まるで炎のように輝いて見えた。怯えや緊張などまるで感じさせない、堂々とした態度。彼の実力ならば、卒業試験も難なくクリアできるだろう。その自信のままに、挑戦的なまなざしはいまはただ一点を見据えている。
 部屋の片隅で見学しているファルカの方が、情けなくも緊張で手に汗握っている。
 彼は右手を上げ、指をパチンと鳴らした。
「炎よ、来たれ!」
 彼の指先から赤い炎が生まれ、勢いよく吹き上がった。彼の得意な炎の魔法だ。
 魔方陣の中で踊るように炎が舞い上がる。
 高揚していたラグの表情が異変に気付き、さっと強張った。
 炎が大きく膨らみ、ラグを一瞬のうちに覆いつくす。
 誰かが息を飲む音が聞こえた。
 収縮する空気。肌を刺すような緊張はほんの一瞬。
 その時、ラグがいた魔方陣を中心に大爆発が起こった。
 ファルカは悲鳴を上げることもできず、光と爆風にはじき飛ばされた。
 講堂の柱や壁が音を立てて崩れる。
 ラグが形成した魔方陣からまばゆいばかりの光の柱が立ち上っているのを見ながら、ファルカは意識を失った。
 そして、気が付いたときには、ラグがこの世界から消えていた。
 あまりに突然で、何が起こったのか、あの時はよく分からなかった。
 爆発時、目の前でラグはいなくなってしまったのに、そこにいた学生たちや教師たちからは彼に関する記憶が一切なくなっていた。
 学院中の誰もが彼を知らないと言う。
 どうして誰も覚えていないのか、不思議で仕方がなかった。
 彼の痕跡はすべて消されていた。
 ただひとつを除いては。
 そのただ一つ残されたものが、手元にあるおかげで、ファルカは何とか信じていられる。
 夢ではないと、信じていられるのだ。
『ねぇ、ファルカ、本当に……本気なの?』
 心配そうにプルレは顔を覗き込んでくる。
「当たり前でしょ。そのために半年も待ったんだから」
『そりゃあ、今日が一番良いかもしれないけど……』
 この世界の一年は《夏》と《冬》の二つに分けられている。
 夏の終わりの日は魔法使いや魔女にとっては重要な日で、世間一般ではハロウィンの日であることも知られている。古くから伝わる言い伝えでは、一年で一番魔力の高まる日なのだという。
 そして、ファルカにとって重要なのは、もうひとつの言い伝えだ。
 この日が唯一、失われた恋人を取り戻すことができる日だ、ということ。
「今日しかないの。ラグを取り戻せるのは。だから……」
 プルレはずっと困ったようにファルカを見つめている。
「決めたの。ラグを探すって。絶対、彼を取り戻すって」
 半年前の卒業試験の真っ最中に、ラグは自らが敷いた魔方陣の中で姿を消した。
 炎の精霊を呼び出そうとしたのだろう。
 魔方陣の中心から、物凄い勢いで上がる赤い炎。炎は激しく膨らみ、あっという間にラグを覆い尽くした。
 一瞬にして消え去る炎。
 後に残ったのは、ラグが愛用していた金細工のルビーのブレスレットのみ。
「絶対、夢なんかじゃないわ。私の頭がおかしくなったんじゃないわ」
 ぎゅっとブレスレットを握り締める。
 それだけがファルカの心の拠り所だった。
「プルレ、君について来てほしいなんて言わないわ。君に危険が及ぶというのなら、契約を破……」
『嫌だ!』
 最後まで言わせずに、プルレは珍しく激しい口調で遮った。ファルカはびっくりして目を瞬いた。
 プルレは今にも泣きそうで、悔しそうに俯いた。
『僕は君の守護精霊だよ? そんな言い方はずるいよ……』
 ファルカははっと気付いた。プルレを気遣って言ったつもりの言葉は、逆に脅迫めいたものになってしまっていたのだ。お互いの、信頼の上で結ばれているはずの守護の契約を盾にすれば、プルレが反発するのも分かる。
「ごめんね。私の言い方が悪かったみたい」
 プルレは俯いたまま頷く。
『ファルカの決意がそこまで固いのなら、僕は反対しないよ』
「ありがと、わがままでごめんね」
『ファルカのわがままにはもう慣れたよ』
「あっそぅ」
 ようやくいつもの笑顔に戻ったプルレの額を、ファルカは指で軽く小突く。
 プルレは額を押さえ、痛そうにのけぞった。

 

 いつものように大通りを抜け、角を曲がると、一軒の小さな店が見えてくる。レンガ造りのこぢんまりとした店だ。白いカフェカーテンが窓にかかっているのが見える。
 女の子が好みそうな喫茶店のようにも見えるが、洒落た小さな看板には『魔法石のお店・エイリィ』とある。
 王国では名の通った細工師エイリィが構える魔法石の専門店だ。
 ファルカは店の扉を開けた。
 軽やかな鈴の音が客の来訪を告げる。
 珍しいことに、今日は一人の客もいない。店主のエイリィの姿もなかった。
 開店休業中か、それとも定休日だったか。
 しばらく考え込んだが、外に札はかかっていなかったように思える。たまたま誰もいなかっただけなのだろう。この店に客が一人も入っていないなんて、珍しいこともあるものだとファルカは思った。
 学院の通学路に近いこともあって、いつもこの店は学生たちで賑わっている。もちろん学生だけでなく、学院を卒業し、一人前の魔法使いとなった後も、エイリィの魔法石を買い求める客は多い。客層が幅広いのも特徴かもしれない。お手ごろな価格とデザイン、それなのに専門店の名に恥じない魔法石の品質。
 ファルカはざっと店内を見回す。
 狭い店内にぎっしりと並べられているあらゆる種類の魔法石。
 店の中央にはルースの魔法石が種類や大きさごとに分けられ、それぞれケースに収まっている。
 アゲート、アメシスト、オニキスにガーネット、カーネリアン、コーラル、ジェード、セレスティン、トルマリンやフリント、ベリル、マラカイトにラピスラズリ。ほかにもまだまだ豊富に取り揃えてある。壁には魔法石を加工した細工品が展示してあり、それらの販売も行っているのだ。
 魔法石は加工して身につけるのが通常で、ネックレスやブレスレットにしたり、儀式用のナイフに埋め込んだりしている。ファルカも自分の瞳の色に合わせて、ラピスラズリのペンダントを愛用している。
 色とりどりの魔法石で作られたブレスレットに目が留まる。繊細なつる草模様の中にエメラルドがはめ込まれた幅広の銀細工のブレスレットだった。
「ああ、これなんかいいな」
 大きな手が大事そうにブレスレットを取り上げる。ラグがきらきらした目でファルカに見せびらかす。
 幻影はすぐに消えた。
 ファルカはポケットから同じデザインの金細工のブレスレットを取り出す。
 こちらにはルビーがはめ込まれている。これはラグがいつも身に着けていたものだ。ラグが唯一残していったもの。
 チリっとファルカの胸に痛みが走る。
 その痛みをやり過ごし、いまだ姿を見せない店主を探して、ファルカは店の奥へと入って行った。
「エイリィ、いないの?」
 建物の外観からするとそれほど広くないように思えるが、中は意外なほどゆったりとしたスペースがある。
 エイリィは、店にいないときは、だいたい奥の作業場にいる。
 奥の部屋から明かりが漏れている。やはりエイリィはそこにいるらしい。
 一際、明るい光が広がったと思うと、大きく息をつくエイリィの声が聞こえた。
「エイリィ。私よ、ファルカ」
「どうぞ」
 静かに扉を開けて中に入ると、小柄でほっそりとした女性が疲れたように椅子に沈み込んでいた。だが、顔は満足げに輝いている。一仕事終えたときのエイリィの顔だ。
 後ろで一つに括ったリボンを解くと、ウェーブがかかったダークブラウンの髪が柔らかくエイリィの肩を覆う。エイリィはもう一度、大きく息を吐くと、にっこりと笑ってファルカを見た。
「……ああ、ごめんなさい。もうそんな時間だったのね。……なあに、その顔。何かあったの?」
 何もかも見通すような、エイリィの深い青の瞳が静かにファルカを見つめる。少女のように若く見えるが、実際は幾つぐらいなのだろうかと思う。エイリィの醸し出す神秘的な空気が、彼女を年齢不詳に見せている。間違いなく、自分よりも年上であることは分かっているのだが。
 ファルカは肩をすくめ、さっきあったことをエイリィに話した。エイリィは面白そうに笑い声を上げた。
「ミモザらしいわね。あの子が無事卒業できるか、心配だわ、本当」
「ねぇ、それを教えたのって、エイリィ、あなたじゃないの?」
「あら、ばれてる」
 悪気もなさそうにエイリィは舌を出し、首をすくめて見せた。
「でも私はちゃんとりんごのことも教えたわよ。……かじりながらって、覚えてるかしら、あの子?」
「……さあ? りんご自体忘れてるから、無理じゃない?」
 エイリィとファルカは顔を見合わせて、同時に大きくため息をついた。
「だめだわ、見るのはやっぱり悪魔の顔ね」
 呆れたようにファルカが言うと、エイリィはくすくす笑いながら同意した。
「ちょっと気の毒かも知れないけど、聞き逃したのはミモザの責任。でも……」
 エイリィの顔から笑みが消え、口調も冷ややかなものへと変わる。
「でも彼女たちにはいい薬よ。ほうって置きなさい。それに言いたいのなら言わせておけばいいじゃない。気にすることないわ」
「……うん」
 ファルカは力なく頷く。
 ずっと言われ続けてきたことだから、いまさら気にならないと思っていた。
 だが今になって弱気になっている。
 彼女たちの言うとおり、頭がおかしくなっているのは私なのかもしれない。
 エイリィももしかして迷惑に思っているのかも…。
「ファルカ、もしかして私をも疑っているでしょう? あんたに同情して、話を合わせているだけだと思っていたりするでしょう?」
「疑ってるって、なんだか人聞きが悪いわ」
 言い訳がましく言ったものの、否定できない自分がいるのは確かだ。そんなファルカにエイリィは不快げに顔をしかめた。
「忌々しいことにね。綺麗さっぱり記憶がないわ」
 きっぱりとエイリィは断言する。
 でも、とエイリィはファルカのポケットに目を遣る。
「あんたが持ってきたルビーのブレスレットは私が細工したものなのよ。石はね、嘘は言わないの。あんたが正しいって言ってる。でも私にはその記憶がない。おかしいって思うの当然じゃない。そうよ。何かが、誰かが、干渉している。気に入らないわ。不愉快よ。だから、私はあんたに協力するのよ」
 エイリィらしい。
 ファルカは思わず笑いをこぼした。
「ありがとう」
「いやね、お礼なんて言わないでよね」
 エイリィはくすぐったそうに肩をすくめる。
「ちょっと弱気になっちゃってたのよね。プルレもなんだか乗り気じゃなさそうだし……」
「ああ、守護精霊ってのはとかく心配性だからね。しかも今日は《夏の終わり》の日だから。教えたでしょ?」
「魔力が最大になる……」
「そう、魔女や魔法使いだけじゃなくて、聖も魔も、ありとあらゆる力が最大になるの。何が起こっても不思議じゃない日なの。だから、あんたの身を案じてくれてるんじゃない。 優しい子よ。大切にしてあげなさい」
「うん、それなのにひどいこと言って傷つけちゃったんだ。プルレは許してくれたけど……だめだなぁ、私。自分のことしか見えてない」
「人と精霊との関係は決して主従ではないわ。それさえ分かっていれば大丈夫よ。それより、今夜のことよ」
 エイリィは立ち上がって、テーブルの中央に置かれた細工物を引き寄せ、ファルカへ差し出す。
「なんとか間に合ったわ」
 銀のつる草模様のブレスレットだった。
 これもまた色違いの石がはめ込まれている。青金石、ラピスラズリだ。
 ファルカの瞳の色とあわせてくれたのか、綺麗な夜空の色だった。
「これを持っていって。あんたを守ってくれるはずだから」
 ファルカは左の手首に着けた。しっくりとなじむ。ファルカのために作られたものだとわかる。
「成功を祈ってる。でも、無茶はしないように。無事に、帰ってきなさい」
 ファルカは無言のまま頷いた。
 嬉しくて声にならなかった。信じてくれる人がいるということがとても嬉しい。
 そしてファルカのために、こんな風に力を尽くしてくれている。とてもありがたいことだ。
 エイリィのおかげで希望を見出せたような気がする。
 きっとファルカ一人ではずっと途方にくれて何もできなかったに違いない。
 エイリィに相談して良かったと思った。ハロウィンの言い伝えを教えてもらったし、いろいろなアドバイスをもらった。
 ファルカは今夜、半年前にラグが消えてしまった場所で、彼が使った魔法をもう一度発動させる。
 ラグが残したブレスレットを仲介に、ラグの行方を捜す。
 どこかに必ずいるはずの、彼を取り戻すために。







後編へ続く
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