遥かなる光の旅人

しょこら

文字の大きさ
18 / 22
第七章

2.闇の塔

しおりを挟む
「なるほど。ファークスを巻いて来るあたり、ただの子どもと侮れぬな」
 男の金色の瞳が、無気味にきらめき、少年を捕える。
 イアンは背筋に走ったものを不快げに追い払い、男を見返した。
「おいら、ファークスなんかにつかまりゃしねぇよ」
「あれでも、闇使い『カラス』の称号を持つ者だぞ」
「ああ、いたずらが過ぎて、光の君に怒られて真っ黒焦げにされたっていう、あれだろう?」
 イアンはナナに教えてもらった鴉の神話を話した。男は、どうやら笑ったようだ。
「おもしろいな、小僧」
「おじさんは、ちなみに称号は?」
 ただの好奇心だった。称号はティアルーヴァの本質を表すものだとナナに教えてもらっていたから、純粋にこの男の称号が何なのか聞きたかっただけだった。
 男はイアンの問いかけにも平然と笑みを浮かべる。
「私か? 私は、『紫』だ」
 その瞬間、イアンの体は硬直した。
 闇使い『紫』と言えば、闇使いの長の称号だ。
 光使いの長『日』と共に、既に称号を返上した五人の長老たちの次に立つ者である。
 イアンの頭はパニックを起こしかけた。男は薄ら寒い笑みを浮かべ、イアンの驚愕を楽しんでいるようだ。
「やはり、ただの子供では無さそうだな。『紫』の称号が何であるか知っているらしい」
 イアンは思わず後ずさろうとして、一歩も動けないことを悟った。闇が意志を持って、イアンの体を取り押さえている。両足に闇が纏わりついている。それはゆっくりとイアンの体を這い上がり、緩やかに拘束していた。
「あんた、一体、何するつもりだ? そういやぁ、さっき、エルナーダがどうとか…」
「耳聡い子だ」
 男はおもしろそうに瞳を閃かせる。金色の瞳が冷ややかな刃となってイアンを射抜く。
 その視線を跳ね返すように、イアンは男を睨みつけた。
「さっきの兄ちゃんをどうするつもりなんだよ!」
「好奇心旺盛な子供だな。お前も闇使いの卵なら、喜ぶが良い。カイユはエルナーダに選ばれたのだ」
「選ばれたって、何だよ、それ。エルナーダって、大昔の大地の名前だろう?」
 男は壮絶な笑みを浮かべた。思わずイアンは身を竦ませる。
「予言を知らぬのか?」
「予言?」
 ナナからそんな話は聞いたことはなかった。訝しむイアンを見て、男はさらに愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
 ゾクリと悪寒が走ったイアンは、顔をしかめる。底知れぬ不気味さを感じて萎縮しているのが自分でもわかった。危険だと、本能が叫んでいる。こいつは、危険だと思うのだが、さっきから体は動かないままだ。
「何だよ、それは」
「ティアリス・エル・クルトの予言だ。この世界がバランスを崩すとき、光と闇を合わせ持つ乙女が光の子を呼ぶのだ。古の大地を復活させるために」
「光と闇を合わせ持つ…?」
 思わずイアンの頭には、エリスの姿が浮かんだ。光と闇を持つ乙女と言えば、エリスしか知らない。エリスが光の子を呼ぶとはどういうことなのか?光の子は、女神の子のことだ。女神の子が古の大地を復活させると言えば、光の大地レイルーンのことではないか?
「あんた、さっきエルナーダって言わなかったか?」
 冷ややかに男はイアンを見下ろす。
「光の子が古の大地を復活させるなら、レイルーンだろう?」
「違うな」
 イアンは男が何を言いたいのか分からなかった。
「運命の乙女は、二つの力を持つ。光と闇と。どちらを望んでもおかしくはない」
「姉ちゃんがエルナーダを望むとは思えない…」
「それはどうかな…」
 そうは言ってもイアンもエリスがレイルーンを望んでいるかどうかも分かりはしないのだが。
 何故、この男はここまで自信ありげにいるのだろう?
 エリスを懐柔する自信がある、と言うことなのだろうか?
 それよりも、何よりも、エリスは予言があることを知っているのか?
 行方不明の従兄を探しに来たと、エリスは言った。初めは自分がカイユにくるはずだったとも言っていた。
 行方不明。
 イアンはハッとして顔を上げる。
「そのために、星を捕えてあるのだ」
 やはり、とイアンは思った。
「ファークスの話によれば、運命の乙女と一緒に子どもと光使いがいたらしいな。子どもはお前で間違いないようだ」
 底光りする金色の瞳が、イアンの呪縛を更に強める。体中に巻き付いた闇が一気に締め付けてきた。
「うあっ」
「その光使いは強烈な光を使うとファークスは言ったが、どんな男だ?名は?光の子に違いない、言え!」
 男は目を爛々と輝かせ、畳みかけるように問い詰め、イアンに迫る。
 闇の呪縛はきつく、とても話せる状態ではなかった。それに気付いた男は、戒めを緩めた。イアンは大きく息をはく。くらくらする頭で、男を睨みつける。
「…ルーリックが、…女神の、…子だって、言いたいのかよ!」
「おお、ルーリック!」
 男は目を見張り、顔を輝かせた。
「まこと、光の子の名だ。顔は、そうだ、初代女王セリスティーナに瓜二つのはず…」
 そう言って、男は銀製のコインをイアンに見せた。人の顔が彫ってある。その顔にイアンは目を円くした。
「…ルーリック」
 レリーフなので、瓜二つとまでは言えないが、コインに描かれているのはルーリックだった。
 男は高らかに笑い声を上げる。
「素晴らしい!混沌の地の乙女、光の子。まさに、予言どおりだ!」
 狂ったように笑い声を上げる男を尻目に、イアンは、何とか闇の呪縛から離れようとする。こいつは狂ってるんだ、とイアンは思った。本気でエルナーダを復活させようとしている。それにエリスとルーリックを利用しようとしているのだ。それがどんな方法でなのかは見当もつかないが、あんまりいい方法じゃないことは想像がつく。
 身を縛る闇の中でもがいていると、男の笑い声の向う側から、何か不安をそそる音が響いて来た。
 男も笑うのを止め、訝しく視線を空に飛ばしている。
「何だ?」
 ゴゴォー ゴゴゴゴゴォと無気味な振動と共にその音はだんだん大きくなって聞こえて来た。
 刹那、ぐらぐらっと床が揺れたと思うと、地面そのものが大きく波打ち、塔が揺れ始めた。
「地震?」
 小刻みに揺れを繰り返す。これは地震ではないとイアンは気が付いた。
 力の反発だ。どこか遠くで起きた反発の余波がここに届いているのだと分かった。
 しばらくして、揺れはおさまった。
 男はいらだたしげに舌打ちする。
「光使い共め、目障りな奴らだ」
 あわてふためいた足音が聞こえて来て、ファークスが飛び込んで来た。
「『紫』の長さま!緑の塔から光使いがカイユに遣わされたようです。氷の光使いを筆頭に総勢十名、カイユを『光輪』で浄化するつもりです」
 それぐらいは、この男も分かっていたことだろう、とイアンですら思った。
 この地震が、闇の浄化から起こる力の反発なのだと。イアンですら分かることを、この闇使いは、さも一大事のように騒ぎ立てている。しかも、第三者のイアンがいる前で、長の称号を叫んでしまっている。
 バカだろうか。こんな小者を部下にしているこの男は、もしかして気の長い人物なのかもしれない、とイアンは思った。
 ファークスははらはらと主人を見守っている。怒りに震えているのを自分のせいだとは分かっていない。
「愚かものが!闇鬼を操るぐらいしか、脳がないのか?」
 ビクリと雷にでも撃たれたように、ファークスの体が硬直する。
「行って、少しは光使い共の邪魔をしてくるがいい!」
「…はっ、ははっ!」
 ファークスはこっけいなほど血の気を失って、部屋を転がり出て行った。
 男はいらだちを隠せないようだった。
「あんた、部下の人選、間違ったんじゃないのか?」
 睨まれるかと思いきや、男は失笑しただけだった。
「そのようだな。まだお前のほうが使いがいがありそうだ」
 ぎょっとしてイアンは身を竦ませる。冗談でもこの男の下にはつきたくない。
「おいらは御免だぜ。姉ちゃんと先に約束してあるからな」
「ほう?」
 男は静かに笑う。また背筋に冷たいものが走り抜ける。この男が笑うのを見ると、どうしてか悪寒が走るのだ。
 力の差は歴然としている。さすがに闇の塔の長、『紫』の名を戴くだけのことはある。この男なら、ファークスのような小物を従えなくても、自分一人の力で何もかも事を成し得てしまえると思う。恐ろしいほどの力を持っているのが分かる。
「ふん、まあいいだろう。そろそろ場が固定される。お前も役に立つだろう」
 そう言うと、男は指を鳴らした。
 ふいに、背後から呻き声が聞こえ、イアンは振り返った。
 エリスの従兄、星の光使いリヴァだった。
「兄ちゃん!」
 男はもう一度指を鳴らすと、イアンとリヴァを連れて、闇の塔から姿を消した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...