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第七章
1.運命の呼ぶ声
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エリスは泣いていた。
青年の話を聞きながら、ずっと泣き続けていた。
「そうして、ずっと旅して来たの? これからもずっと、旅していくの? 何百年も、ひとりで…ひとりぼっちで…」
「それが、僕の運命だから」
青年は静かに笑う。どうしてこんなに優しい笑顔でいられるのだろう。
半身ともいえる双子の妹と親友とも生き別れ、ディアナという女性は恋人だったはずだ。大事な人も亡くして、何故、これが運命だなんて受け入れられるのか。
「運命、だなんて。そんな言葉で、片付けてしまえるの?」
「そうじゃない。僕が、僕自身が探しているんだ。時を…ああ、でもエリス。僕の願いは叶うんだね。君が叶えてくれたんだ」
「私?」
ルーリックは心底嬉しそうに微笑む。
「僕の願いは、君に帰るんだ。君は、僕の願いがいつか叶うことの証。光と闇の両方をもつ…君が」
自分の存在をそんなふうに認めてくれることが、エリスはとても嬉しく思った。逆に気恥ずかしくもある。
ずっと自分に自信が持てなくて、曖昧な自分の存在が許せなかった。
肩肘を張って、周りを拒絶していた。
自分の存在を認めて欲しくて、しかし、認めてもらえることなどないと分かっていたからだ。
同じ大地に立っていたとしても、光と闇は全く正反対のもの。
神話の時代ほどの純度は薄れたものの、対極に位置する光と闇である。しのぎ削りあう関係は崩れてはいない。
全くの突然変異であるエリスの存在は、アスファーダで知らぬものがいないほど、広く知られ、驚愕を呼んだ。
まるで珍獣を見るような目、忌避の目からは、逃れられなかった。
誰が信じられるだろう。
光と闇が、同じ体の中に、同居しているということを。
「私はいつも、忌まわしい者でしかなかったわ。…人ではないって」
「でも、この大地も君と同じなんだよ。光と闇を同様に内包している」
エリスは目を見張る。
「そう神々が創造された」
目の前が突然開けたようだった。
この奇跡の大地のことを、皆、忘れてしまっている。
同じ大地に立っているのに。
触れても消えぬほどには共存できている。
争いがなくなっても、お互いが相入れない存在だと言うことを忘れられなかった二つの民。
神々によって、とっくにその枷は外されていたことも気が付かずに。
奇跡は初めに与えられていたのに。
「でも、やはり不安定でね。そのために、僕とアルダスは三つの塔を建てた。後年になって、学舎が設立されたようだが、初めの三つの塔がティアルーヴァの塔と言われていた。大地のバランスを保つために」
「私、は…?」
エリスは、闇鬼の襲撃の際、自分の光が失われていったのを覚えていた。
「世界のバランスが崩れれば、この大地は消滅すると言われているわ。もし、私の中のバランスも、同じように崩れたら…私は、死ぬの?」
青年は首を振った。
「この世界は神々の希望なんだ。そんな簡単にバランスは崩れやしない。そうあれ、と造られている。君は、塔で『水晶の鍵』を見ているはずだ。君の中にも『水晶の鍵』がある」
エリスはぼうっと、青年の言葉を聞いていた。
緑の塔で『水晶の鍵』を初めて見たとき、その存在に圧倒された。
美しい神々の御業に震えた。
世界の理を具現するその完成された存在に魅せられて、エリスは震えたのだ。
今まで、こんなふうに好意を向けてくれる人間はリヴァしかいなかった。
けれど、今思うと、口は悪いけれど何故か優しかったリョウラや同期では唯一対等に話してくれていたリューイが緑の塔にはいた。ネリアム老もまっすぐエリスを見てくれた。ここでは、小さいけれど頼りになるやんちゃなイアンと豪快だけど温かいおばあちゃんのナナに出会えた。
そして、小さいころ憧れた光の子ルーリックが目の前にいる。
彼らはみんなエリスを認めてくれていた。
ありのままのエリスを。
「ありがとう。嬉しい」
「エリスはエリスだよ。君はそのままでいいんだ」
不意に、それまで優しかったルーリックの表情が固く強張る。
「だから僕は、無理にバランスを崩そうとする奴を許せない」
「え?」
ふるふると握ったこぶしを震わせて、ルーリックは怒りを抑えきれないようだった。
「カイユに立ち込めている闇が人為的に集められ、保たれていると、ルーリックは考えているのさ」
席を外していたナナが、突然怖い顔で入って来て、言った。
エリスは信じられなかった。故郷を失ってしまうかもしれない危険な行為を、自ら行う人間がいるとは思いたくなかった。
「何故、そんなことを…?」
「さあね、何を考えているのかねぇ」
予言のことをエリスに話すつもりはナナにはなかった。なにせ、予言を残した本人が目の前にいるのだ。時の河を渡る光の旅人、ルーリックは何をどこまで知っているのかと、老婆は思った。
「何だか、厭な予感がするよ、わしは」
無気味な静けさがカイユを包んでいた。
まるで、嵐の前の静けさのようで、エリスは不安を感じていた。
上空を幾つもの光が飛んでいた。
それらは総て同じ方向に向かっているようだ。全部で、光は十個あった。
先頭の光が突然急降下し、大地へと降りて行く。それに連なって、幾つもの光の塊が地面へ降りて行った。
先頭の光の塊が地につく直前、それは人の形を取り、若者の姿を取る。
淡い金髪に青い目をした、涼やかな美貌の氷の光使い、リョウラだった。
次々とそれぞれの光の塊が人型に戻り、光使いの姿を見せる。
リョウラの横にザカエが、きびきびとした動作で歩み寄る。
外見上、はったりが聞く分、氷の光使いは責任者として動く場合、いつも彼を副官として横に置くのが常だった。ザカエは、ひどく真面目に人数を確認し、上官であるリョウラに報告する。
リョウラはカイユに向けていた目を戻すと、静かに頷く。再びカイユを覆っている闇に目を向ける。上官がカイユの闇に目を奪われているのを見て、他のティアルーヴァたちもカイユの空を仰ぎ見た。
誰かが呻き声を上げる。
「何て、闇だ」
「…昨日までとは全く違う。こんなに活性化している闇は、初めて見る」
不安が生じたのか、皆、口々に思ったことを口に出している。リョウラは無理もないと思った。思ったが、ここで逃げる訳にも行かないのだ。このまま予言どおりに事が進んでしまえば、とんでもないことが起きることを、この中でリョウラだけが知っていた。
「こらっ、無駄口をたたいている暇などないぞ!」
ザカエの一喝が轟き、全員が背筋を伸ばし、黙り込む。リョウラは微笑する。
こんなとき、やはりこの男の存在は役に立つ。リョウラには、この一喝はまね出来ない。
例えば、これが星の光使いだったとすると、おそらく青年の柔らかな微笑で、皆に不安を感じさせることもなく、任務を遂行させることが出来るだろう。
リョウラは顔を上げ、カイユを覆う闇を睨みつける。ここに、星の光使いとそのはねっかえりの従妹殿がいるはずだった。
「全員、持場へ付け。合図があるまで、待機」
「はっ!」
ティアルーヴァたちは一斉に光を纏い、上空へと飛び立って行く。リョウラはカイユとグラールの土地境に立ち、それらを見送った。後に残った闇使いの四名を見遣り、通信用の水晶玉をリューイに手渡す。
「これよりカイユの闇を浄化する。お前たちの役目はその後だ。タイミングを間違えるなよ、いいな」
しばらくして、ザカエから全員配置に付いたと水晶から通信が届いた。
リョウラは頷くと、水晶の通信を緑の塔に向ける。
「ネリアム老、準備完了しました」
『よろしい。カイユに入ってからの判断は、すべてそなたに任せる。充分、気を付けてかかるように』
「了解しました。ネリアム老。闇の塔の方はどうなりましたか?」
『未だ返答はない。使いを一人向かわせた、何か変わった動きがあれば、すぐに伝えるようにしてある』
「分かりました。では…任務を開始します」
『成功を祈る』
リョウラは緑の塔との通信を解くと、その身に光を纏い、カイユの闇の中へと足を踏み出した。
闇の中に入ると、途端に術の効きが悪くなった。ザカエの心の声がひどく聞き取りにくい。それでも、切れ切れに聞こえて来るザカエの声を聞き取り、逐一指令を発する。届いているかどうかも怪しいが、立ち止まる訳にも行かなかった。
しばらくして、リョウラは立ち止まり、持って来た小石大の水晶玉を、足元に置く。リョウラが念を吹き込むと、それは光を発し始めた。光はだんだん輝きを増し、リョウラをも包み込む。
リョウラは両手に光を灯し、腕を一杯に広げた。
両手から、光が音を立てて、勢い良く二手に伸びて行く。それは各地点に散ったティアルーヴァに届き、光で線を結ぶ。カイユを大きく円で結ぶのだ。
ティアルーヴァの光がカイユを結んだとき、それは起こった。
初めは微かな音だった。
次第にそれは強くなって行き、地面が大きく揺れた。
執拗に追い掛けて来るファークスを何度かやり過ごし、イアンは暗闇に乗じて、先程の光使いの行方を捜した。
イアンの気配を察した男は既にその部屋にはいず、光使いの姿もなかった。
あの青年が、エリスの従兄で、エリスに見せてもらったミニアチュールの人物と同一人物であるはずだと、イアンは考えた。随分やつれて面変わりしてしまっていたのが気になる。闇の民であるイアンには心地よいが、光使いにこの闇はつらいはずだ。
どこへ連れて行かれたのだろう。
イアンは螺旋階段を駆け降りて行った。
一体、ここはどこなのだろうか。
疑問は尽きる事なく、沸いて来る。
かなり広い敷地に立てられている建物のようだ。この螺旋階段から、高さもあるのだろう。しかも、建物に深く浸透したこの闇。普通では考えられない、闇の濃さである。家人はどうしているのだろう。闇使いでない限り、これはあまり歓迎される代物ではない。
この土地は、光と闇が同等に存在している。二つのバランスを保つために。
この建物全体にこれだけの闇が浸透しているのであれば、同等の光がどこかに存在していなくてはならないはずである。なのにまるで、当然のように闇はここにある。
「一体、ここはどこなんだ?」
「ティアルーヴァ三つの塔の一つ、闇の塔だ」
突然、低く冷やかな男の声が、イアンの問いに答えた。
イアンはぎくりとして、いつの間にか眼前にいた男を見上げた。
男は唇を吊り上げ、身構えているイアンを冷笑する。
「ようこそ、闇の塔へ」
男は優雅に椅子に座り、ひじを付いて興味深げにイアンを見ていた。
青年の話を聞きながら、ずっと泣き続けていた。
「そうして、ずっと旅して来たの? これからもずっと、旅していくの? 何百年も、ひとりで…ひとりぼっちで…」
「それが、僕の運命だから」
青年は静かに笑う。どうしてこんなに優しい笑顔でいられるのだろう。
半身ともいえる双子の妹と親友とも生き別れ、ディアナという女性は恋人だったはずだ。大事な人も亡くして、何故、これが運命だなんて受け入れられるのか。
「運命、だなんて。そんな言葉で、片付けてしまえるの?」
「そうじゃない。僕が、僕自身が探しているんだ。時を…ああ、でもエリス。僕の願いは叶うんだね。君が叶えてくれたんだ」
「私?」
ルーリックは心底嬉しそうに微笑む。
「僕の願いは、君に帰るんだ。君は、僕の願いがいつか叶うことの証。光と闇の両方をもつ…君が」
自分の存在をそんなふうに認めてくれることが、エリスはとても嬉しく思った。逆に気恥ずかしくもある。
ずっと自分に自信が持てなくて、曖昧な自分の存在が許せなかった。
肩肘を張って、周りを拒絶していた。
自分の存在を認めて欲しくて、しかし、認めてもらえることなどないと分かっていたからだ。
同じ大地に立っていたとしても、光と闇は全く正反対のもの。
神話の時代ほどの純度は薄れたものの、対極に位置する光と闇である。しのぎ削りあう関係は崩れてはいない。
全くの突然変異であるエリスの存在は、アスファーダで知らぬものがいないほど、広く知られ、驚愕を呼んだ。
まるで珍獣を見るような目、忌避の目からは、逃れられなかった。
誰が信じられるだろう。
光と闇が、同じ体の中に、同居しているということを。
「私はいつも、忌まわしい者でしかなかったわ。…人ではないって」
「でも、この大地も君と同じなんだよ。光と闇を同様に内包している」
エリスは目を見張る。
「そう神々が創造された」
目の前が突然開けたようだった。
この奇跡の大地のことを、皆、忘れてしまっている。
同じ大地に立っているのに。
触れても消えぬほどには共存できている。
争いがなくなっても、お互いが相入れない存在だと言うことを忘れられなかった二つの民。
神々によって、とっくにその枷は外されていたことも気が付かずに。
奇跡は初めに与えられていたのに。
「でも、やはり不安定でね。そのために、僕とアルダスは三つの塔を建てた。後年になって、学舎が設立されたようだが、初めの三つの塔がティアルーヴァの塔と言われていた。大地のバランスを保つために」
「私、は…?」
エリスは、闇鬼の襲撃の際、自分の光が失われていったのを覚えていた。
「世界のバランスが崩れれば、この大地は消滅すると言われているわ。もし、私の中のバランスも、同じように崩れたら…私は、死ぬの?」
青年は首を振った。
「この世界は神々の希望なんだ。そんな簡単にバランスは崩れやしない。そうあれ、と造られている。君は、塔で『水晶の鍵』を見ているはずだ。君の中にも『水晶の鍵』がある」
エリスはぼうっと、青年の言葉を聞いていた。
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美しい神々の御業に震えた。
世界の理を具現するその完成された存在に魅せられて、エリスは震えたのだ。
今まで、こんなふうに好意を向けてくれる人間はリヴァしかいなかった。
けれど、今思うと、口は悪いけれど何故か優しかったリョウラや同期では唯一対等に話してくれていたリューイが緑の塔にはいた。ネリアム老もまっすぐエリスを見てくれた。ここでは、小さいけれど頼りになるやんちゃなイアンと豪快だけど温かいおばあちゃんのナナに出会えた。
そして、小さいころ憧れた光の子ルーリックが目の前にいる。
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ありのままのエリスを。
「ありがとう。嬉しい」
「エリスはエリスだよ。君はそのままでいいんだ」
不意に、それまで優しかったルーリックの表情が固く強張る。
「だから僕は、無理にバランスを崩そうとする奴を許せない」
「え?」
ふるふると握ったこぶしを震わせて、ルーリックは怒りを抑えきれないようだった。
「カイユに立ち込めている闇が人為的に集められ、保たれていると、ルーリックは考えているのさ」
席を外していたナナが、突然怖い顔で入って来て、言った。
エリスは信じられなかった。故郷を失ってしまうかもしれない危険な行為を、自ら行う人間がいるとは思いたくなかった。
「何故、そんなことを…?」
「さあね、何を考えているのかねぇ」
予言のことをエリスに話すつもりはナナにはなかった。なにせ、予言を残した本人が目の前にいるのだ。時の河を渡る光の旅人、ルーリックは何をどこまで知っているのかと、老婆は思った。
「何だか、厭な予感がするよ、わしは」
無気味な静けさがカイユを包んでいた。
まるで、嵐の前の静けさのようで、エリスは不安を感じていた。
上空を幾つもの光が飛んでいた。
それらは総て同じ方向に向かっているようだ。全部で、光は十個あった。
先頭の光が突然急降下し、大地へと降りて行く。それに連なって、幾つもの光の塊が地面へ降りて行った。
先頭の光の塊が地につく直前、それは人の形を取り、若者の姿を取る。
淡い金髪に青い目をした、涼やかな美貌の氷の光使い、リョウラだった。
次々とそれぞれの光の塊が人型に戻り、光使いの姿を見せる。
リョウラの横にザカエが、きびきびとした動作で歩み寄る。
外見上、はったりが聞く分、氷の光使いは責任者として動く場合、いつも彼を副官として横に置くのが常だった。ザカエは、ひどく真面目に人数を確認し、上官であるリョウラに報告する。
リョウラはカイユに向けていた目を戻すと、静かに頷く。再びカイユを覆っている闇に目を向ける。上官がカイユの闇に目を奪われているのを見て、他のティアルーヴァたちもカイユの空を仰ぎ見た。
誰かが呻き声を上げる。
「何て、闇だ」
「…昨日までとは全く違う。こんなに活性化している闇は、初めて見る」
不安が生じたのか、皆、口々に思ったことを口に出している。リョウラは無理もないと思った。思ったが、ここで逃げる訳にも行かないのだ。このまま予言どおりに事が進んでしまえば、とんでもないことが起きることを、この中でリョウラだけが知っていた。
「こらっ、無駄口をたたいている暇などないぞ!」
ザカエの一喝が轟き、全員が背筋を伸ばし、黙り込む。リョウラは微笑する。
こんなとき、やはりこの男の存在は役に立つ。リョウラには、この一喝はまね出来ない。
例えば、これが星の光使いだったとすると、おそらく青年の柔らかな微笑で、皆に不安を感じさせることもなく、任務を遂行させることが出来るだろう。
リョウラは顔を上げ、カイユを覆う闇を睨みつける。ここに、星の光使いとそのはねっかえりの従妹殿がいるはずだった。
「全員、持場へ付け。合図があるまで、待機」
「はっ!」
ティアルーヴァたちは一斉に光を纏い、上空へと飛び立って行く。リョウラはカイユとグラールの土地境に立ち、それらを見送った。後に残った闇使いの四名を見遣り、通信用の水晶玉をリューイに手渡す。
「これよりカイユの闇を浄化する。お前たちの役目はその後だ。タイミングを間違えるなよ、いいな」
しばらくして、ザカエから全員配置に付いたと水晶から通信が届いた。
リョウラは頷くと、水晶の通信を緑の塔に向ける。
「ネリアム老、準備完了しました」
『よろしい。カイユに入ってからの判断は、すべてそなたに任せる。充分、気を付けてかかるように』
「了解しました。ネリアム老。闇の塔の方はどうなりましたか?」
『未だ返答はない。使いを一人向かわせた、何か変わった動きがあれば、すぐに伝えるようにしてある』
「分かりました。では…任務を開始します」
『成功を祈る』
リョウラは緑の塔との通信を解くと、その身に光を纏い、カイユの闇の中へと足を踏み出した。
闇の中に入ると、途端に術の効きが悪くなった。ザカエの心の声がひどく聞き取りにくい。それでも、切れ切れに聞こえて来るザカエの声を聞き取り、逐一指令を発する。届いているかどうかも怪しいが、立ち止まる訳にも行かなかった。
しばらくして、リョウラは立ち止まり、持って来た小石大の水晶玉を、足元に置く。リョウラが念を吹き込むと、それは光を発し始めた。光はだんだん輝きを増し、リョウラをも包み込む。
リョウラは両手に光を灯し、腕を一杯に広げた。
両手から、光が音を立てて、勢い良く二手に伸びて行く。それは各地点に散ったティアルーヴァに届き、光で線を結ぶ。カイユを大きく円で結ぶのだ。
ティアルーヴァの光がカイユを結んだとき、それは起こった。
初めは微かな音だった。
次第にそれは強くなって行き、地面が大きく揺れた。
執拗に追い掛けて来るファークスを何度かやり過ごし、イアンは暗闇に乗じて、先程の光使いの行方を捜した。
イアンの気配を察した男は既にその部屋にはいず、光使いの姿もなかった。
あの青年が、エリスの従兄で、エリスに見せてもらったミニアチュールの人物と同一人物であるはずだと、イアンは考えた。随分やつれて面変わりしてしまっていたのが気になる。闇の民であるイアンには心地よいが、光使いにこの闇はつらいはずだ。
どこへ連れて行かれたのだろう。
イアンは螺旋階段を駆け降りて行った。
一体、ここはどこなのだろうか。
疑問は尽きる事なく、沸いて来る。
かなり広い敷地に立てられている建物のようだ。この螺旋階段から、高さもあるのだろう。しかも、建物に深く浸透したこの闇。普通では考えられない、闇の濃さである。家人はどうしているのだろう。闇使いでない限り、これはあまり歓迎される代物ではない。
この土地は、光と闇が同等に存在している。二つのバランスを保つために。
この建物全体にこれだけの闇が浸透しているのであれば、同等の光がどこかに存在していなくてはならないはずである。なのにまるで、当然のように闇はここにある。
「一体、ここはどこなんだ?」
「ティアルーヴァ三つの塔の一つ、闇の塔だ」
突然、低く冷やかな男の声が、イアンの問いに答えた。
イアンはぎくりとして、いつの間にか眼前にいた男を見上げた。
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