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恋におちる
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「悪い。考え事してたらのぼせた。」
「冷却剤と水を、もって来ましょうか?」
「水だけでいい。」
昌磨はすぐに立ち上がって、部屋の隅に置いてあった小さめの冷蔵庫からペットボトルの水をもってきた。キャップを外して渡してくれた。気の利く奴だ。
祐樹はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「昌磨は俺のどこが好きなの?」
「それは、今答えたほうがいいですか?」
「そう言う訳じゃないけど、気になってたから。でも、答えずらかったらいいよ。」
昌磨はそう言われると、祐樹の傍から一度離れた。冷蔵庫を開けて、冷却材を取り出しタオルで巻いてから、もう一度祐樹の傍に戻って、枕元に置いた。
「やはり、必要になるかもしれませんから置いておきます。」
そう言い残して、部屋から立ち去った。自分は、それほど何か失言をしてしまっただろうか。今まで散々口悪く昌磨に話していたくせに、今になって自分の言葉を相手がどう捉えたのか気になって仕方がなかった。そんな、自分が解せなかった。どうして、今更気にしてしまうのだろうか。むしろ、悪い印象を残しておいたほうがいい。それなのに、心がいつまでも傷む。
昌磨は部屋から出てすぐ、ドアの前にしゃがみこんだ。祐樹さんはいったいどういうつもりなのだろう。また自分をからかっているのだろうか。だとしたら、本当に悪魔のような人だ。人の自制心を試して遊んでいる。昌磨は祐樹の柔らかな肌の感触を思い返していた。重い瞼で、開ききらない瞳はまどろんでいて、昌磨の心をかき乱す。そんな媚態で好きな理由を聞かれて、ただ答えるだけで終われる気がしなかった。
翌日の朝、祐樹は起きたが着る服がみあたらない。昨日脱いだ服は、脱衣所だ。浴室から運ばれてベットに寝かされたから、今は何も着ていない。部屋のドアを少し開けて、昌磨に呼びかけた。
「昌磨!俺の服ってどうすればいい?」
返事はなかった。もしかして、まだ寝ているのか?
祐樹は仕方なく、シーツを体に巻いて浴室を探そうとしたが、方向が分からず迷った。迷子になれる家なんてなかなかないものだ。
「祐樹さん。何をしているのですか?」
昌磨は祐樹の無防備な姿に、目線の落としどころを探していた。動くたびに、シーツが揺れて隙間から祐樹の肌が見える。
「いや、服がないから、脱衣所行ってとってこようと思って。」
嘘をついているのではないかと思った。今まで知り合った女性で何人か、自分を誘惑するために使っていた手段と似ているせいで、錯覚を起こしそうになる。せめて、彼女たちのように自分の社会的立場を利用したいともう一度思ってくれたらいいのに。
「祐樹さんが着ていた昨日の服なら、洗濯中です。着替えなら用意してありますから、自由に着てください。それに、寝ていた部屋を右に曲がってまっすぐ行った左が浴室なので、今いるところは真逆ですよ。」
確かに、思い返してみれば、浴室を出て直ぐベットに運ばれた気がする。昌磨はこちらですよといって、祐樹がタキシードに着替えた部屋まで案内してくれた。部屋の西にある扉を開けると、そこはウォーキングクローゼットだった。
「好きなのを選んでください。僕は、朝食を用意しておきますね。」
祐樹は立ち去る昌磨の後ろ姿を見て感嘆としていた。まさか、ここにある大量の服も用意してくれていたのだろうか。この日のために?祐樹は、昔テレビで流れていた映画を思い出していた。シンデレラストーリーよろしく、平凡な女の子に大富豪が恋をする。びっくりするような非日常を女の子はプレゼントされて、女の子も恋に落ちる。だが、そんな二人の前には困難が立ちはだかり、といった陳腐な内容だった。しかし、昌磨の行動はその大富豪を超えている。間違いがあるとすれば、相手が男だっていう点だろう。その映画は母が大好きで、録画して何度も見ていた。お金に苦労する生活から救い出してくれる話は憧れだったのだろう。今の自分を知ったらなんていうだろうか。男同士に引くかな?いや、自分の息子に売春させていたのだ。そんなこと気にしないだろう。むしろ、これほどお金持ちだと知れば、男でも構わないと言うかもしれない。
「祐樹さん。着替えは終わりましたか?」
「えっあごめん。まだだ。」昌磨は朝食を作り終わったようで、降りてこない祐樹を呼びに来た。
「いつまでも、そんな恰好では風邪をひきますよ。」
確かに、暖かくなってきたといってもまだ肌寒くシーツ一枚では鳥肌が立ってくる。
「どの服がいいか決められなくって。」
「それなら、少しお時間をいただけますか?」
昌磨はそういって、手前にあったコートを俺にかけて部屋から消えた。しかし、直ぐに戻ってきた。手には、きれいにラッピングされた箱がある。慣れた手つきで、包装紙を破り箱を開けると中には服が入っていた。昌磨から受け取り、見てみる。
大人っぽいデザインだがどこか可愛らしいのは、ところどころに小さなワンポイントの柄が入っているせいだろう。手に取ると、肌触りのよさにちょっと感動する。普段祐樹が着ないような服だが、特別に用意してくれたことはわかったので、それを着ることに決めた。
「昨日渡すつもりでしたが、すっかり忘れていました。それは、フランスにいる母が送ってくれたプレゼントです。」
たしか、昌磨の母親はデザイナーだったはずだ。
「わざわざ、送ってきてくれたのか?」
「はい。僕の家で撮った写真を母にも送りました。そしたら、祐樹さんをずいぶん気に入って、急きょ送ってくれたのです。昨日、祐樹さんの家いたのは、そのプレゼントを渡すためでした。少し、遅くなりましたが受け取ってください。」
ここまでされるのは、嬉しいようで恐縮する。
「僕は、先に降りているので、祐樹さんも着替え終わったら、降りてきてください。」そういって、昌磨は先に部屋を出た。
本当にもらっていいのか迷ったが、高い送料を払ってまで送ってくれたプレゼントを突き返すのは失礼にあたるかもしれない。祐樹は考えてから、服に袖を通した。写真でしか自分を知らないはずなのに、サイズは驚くほどぴったりだった。着替え終わって直ぐに、リビングに降りた。おいしそうな香りが漂う。出来立てのパンの匂いだ。
「もしかして、パンを焼いたのか?」
「はい。」昌磨は、祐樹に見惚れて一瞬手をとめた。
祐樹にもそれが伝わって嬉しくなる。
「えっと、クイックブレッドといって、短時間で作れるものです。出来立てが一番おいしいので早く食べましょう。」昌磨は極まりが悪そうに、顔を背けたが、それはそれは可愛い仕草だった。それにしても、パンまで作れるとは、本当に器用なやつだ。
祐樹は上機嫌で椅子に座った。
「昨日みたいに、似合うとかかわいいとか言ってくれないの。」
祐樹は明らかに昌磨の態度を楽しんでいた。
「祐樹さんは性格が悪いです。」
「いきなり悪口かよ。可愛いって言ってほしかったのにな~。」
昌磨はハンドタオルで濡れた手を拭いてから、キッチンから座っている祐樹の前に移動し、そこで片膝をついた。
「この服を送ってくれた偉大な母に感謝を。」
それだけ、言って昌磨は祐樹の手を大きな手で包み込みそっと口ずけた。きざなやつだ。祐樹は顔が赤くなったことを知られないように、わざと乱暴に手を振り払った。
「もいいから、飯食おうぜ。腹減ったし。」
昌磨は、笑って答えた。それが、むかつくので後で仕返ししてやる。
パンは一口噛むと、ほのかな甘みが口全体に広がって、おいしかった。サラダは、庭でとったものらしい。新鮮で歯ごたえがあって、苦みが少なくレモン風味のドレッシングがよくあう。目玉焼きは半熟で、潰すとオレンジ色の黄身が皿に広がった。目玉焼きには最初から何かのソースがかかっていて、相性が抜群だった。
朝ごはんはどれもおいしく、シンプルなメニューだけど、一つ一つの品の質が高かく食べ終わるころには、満足しきっていた。
「昌磨、フランスって今何時だ?」
「日本とは7時間の時差があるので、今は深夜ですね。」
「そうか。」
できれば、プレゼントをしてくれた昌磨の母親にお礼を言いたかった。
昌磨は祐樹の意図を察したのか、母に電話してみますかと聞いてくれた。
「それは、さすがに悪いよ。」
「おそらく、問題ないですよ。母は夜型の人間なので、昼間は寝ています。夜になると活発になるので、今丁度仕事をしているかと思いますよ。」
「本当か?」
「証拠に今テレビ電話をしてみましょう。」
昌磨は言ってすぐに、携帯電話を取り出しテレビ電話を掛けた。
祐樹が何を言うべきかまだまとまっていないのに、コーリング音が鳴る。
「ちょと、はやすぎだって。」
祐樹が言い終わらないうちに、コーリング音が切れてアローという声が聞こえた。
携帯電話の画面に、きれいな女性が映った。
「こっこんにちは。」祐樹はとっさに日本語で返した。
「あら!可愛らしい子!あなたが祐樹ね。本当に男の子だなんて信じられないわ。昌磨やるわね。」
「母さん気が早いよ。まだ、だよ。」
この親にして、この子あり。昌磨の母親の早とちりも、昌磨の「まだ」という発言も引っかかって、全く腑に落ちないが、お礼だけは言っておかなくてはならない。
「えっと、由美子さん。こんな素敵な服をフランスからわざわざ送っていただきありがとうございます。」
「いいのよ。写真であなたを見たとき、その服は、あなたにふさわしいと思ったから送ったの。お礼を言われることはないわ。多くの服は似合う、似合わないに関わらず着られるけど、最もふさわしい人に選ばれることは服にとっても、その服を作ったデザイナーにとっても、この上なく幸福なことよ。」
祐樹は何と言っていいかわからなかったが、褒められているようで嬉しかった。
「私は、服のお礼よりも、あなた達の進展について知りたかったのに、それについては何も報告がないわけ?」
祐樹が由美子の素敵な言葉の余韻に浸る間もなく、発言した本人に邪魔をされた。
「ふがいないわね。」
「母さん、これ以上はやめてください。」
由美子はそれでも、何か言いたそうだったが肩を竦めた。
代わりに、昌磨が言葉を続けた。
「確かに、いつもの僕を見ている分ふがいなく感じると思います。しかし、これは本気の恋です。大切にしたい分臆病にもなります。」
昌磨が億劫もなく恥ずかしいセリフを言った。その相手と母親を目の前にして、こんな発言ができるなんて心臓に毛が生えているか思考回路が複雑すぎて常人と感性がかけ離れているのか、おそらくどっちもなのだろう。
「そうね。お母さんが悪かったわ。でも、本当に早くしたほうがいいわ。こんな、可愛らしい子をほっといたら、直ぐに取られちゃうわよ。」
「わかっていますよ。」
由美子の方に仕事があったので、その後は直ぐに電話を切られたが別れ際に祐樹は「バイバイ可愛いトマトちゃん。」と言われた。意味が分からず、磨かれた銀食器に移る自分の顔が目に入ってようやく、いつの間にか顔が真っ赤になっていたことに気が付いた。
隣にいた昌磨は、母親が言った余計な一言に困った表情をした。しかし、震える肩でそれが嘘だと分かった。
「昌磨、笑いを我慢してんじゃねえぞ。」全部お前の恥ずかしいセリフのせいだろう。
「笑いを我慢しているのではありません。誤解です。祐樹さんが可愛すぎて、抱きしめたい衝動を必死に抑えています。」
抱きしめたいという言葉に祐樹は昨日の車でのことを思い出した。また、あんなことをされたら、今度こそ原因不明の心臓発作で倒れる。
「祐樹さん」
「えっ」
昌磨が祐樹の体を包んで、体をくっつけたとき抱きしめられたことがわかった。
瞬時に、心臓が飛び跳ねてうるさくなる。体の体温が上昇していく。
「お前、」祐樹は話そうとしたが、言葉が続かない。それでも、必死に振り絞った。
「がまんは?」
「祐樹さん、今何を考えましたか?」
昨日のことを思い出していたことを悟られたのではないかと思った。
「何も。」
「嘘です。だって、今すごく、すごく可愛い。」
可愛いという言葉は祐樹にとっては侮辱のはずだが、今は自分をおかしくさせる呪文の言葉みたいだ。昌磨にそういわれるたびに、頭の奥が痺れて溶けていくような錯覚を起こす。
祐樹は手を伸ばして、昌磨の服につかもうとした瞬間、インターフォンの呼び鈴が鳴った。祐樹は、現実世界に引き戻され、慌てて手を引っ込み、自分と昌磨の間に両手をねじ込んで、押しのけた。昌磨は少しよろけて机に手をついた。
「裏庭の剪定が終わりました。」ドア越しに声をかけてきたのは、庭師のようで今まで庭にいたようだ。
「サインをお願いします。」
押された昌磨は立ち直し、玄関に向かった。戻ってくると、申し訳なさそうに謝ってきた。その顔があまりにも落ち込んでいたので、祐樹は間違っていると分かりながらも元気付ける言葉を探したが、自分の立場が微妙すぎて見当たらなかった。
「えっと、昨日言ってたよな。確か、裏庭見せてくれるって。」
「はい。」昌磨はとぼとぼと、裏庭のある方向に歩き出した。
祐樹は、そっと落ち込む背中に手をかけて、少しだけ撫でた。
昌磨は驚いた顔でこっちを振り向く。
「こっちこそごめん。押しのけて。背中机の角に当たっただろ?」
昌磨の顔は驚いたままだが、意味が違ってきたように見えた。
「もう少し、撫でてくれたら完璧に治ります。」
「調子にのるな。」祐樹は触れていた昌磨の背中に指を立ててつねった。昌磨は痛いと言っていたが、嬉しそうだった。
昨日の夕方見られなかった裏庭は、思ったより遠かった。別荘の広大な敷地面積が原因だろう。裏庭に通じる鉄門を開けて、レンガで敷き詰められた小道を歩く。レンガとレンガの隙間には、小さな菫の花が所狭しと咲いている。頭上は小さな白の花房がアーチにしだれかかって、背の高い昌磨は手で押しのけながら奥に進んでいった。
そして、花のトンネルを通って行きついた先は、春の花園だった。おとぎ話の世界でしか見たことがないような風景が広がっていた。一面の花。遠くには丸太で作られた水車小屋があって、小さな川が流れていた。植えられている木は故意に低いものを選んでいるのだろうか、自分が小人族の村に迷い込んだような錯覚を起こす。祐樹はわざと転んで、寝そべった。目を閉じても嗅覚から伝わる香りで、頭の中にも花が咲く。目をあければ、世界には美しい花しかなかった。そよ風が吹いて、揺れた花が頬に触れる。心地よかった。
「冷却剤と水を、もって来ましょうか?」
「水だけでいい。」
昌磨はすぐに立ち上がって、部屋の隅に置いてあった小さめの冷蔵庫からペットボトルの水をもってきた。キャップを外して渡してくれた。気の利く奴だ。
祐樹はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「昌磨は俺のどこが好きなの?」
「それは、今答えたほうがいいですか?」
「そう言う訳じゃないけど、気になってたから。でも、答えずらかったらいいよ。」
昌磨はそう言われると、祐樹の傍から一度離れた。冷蔵庫を開けて、冷却材を取り出しタオルで巻いてから、もう一度祐樹の傍に戻って、枕元に置いた。
「やはり、必要になるかもしれませんから置いておきます。」
そう言い残して、部屋から立ち去った。自分は、それほど何か失言をしてしまっただろうか。今まで散々口悪く昌磨に話していたくせに、今になって自分の言葉を相手がどう捉えたのか気になって仕方がなかった。そんな、自分が解せなかった。どうして、今更気にしてしまうのだろうか。むしろ、悪い印象を残しておいたほうがいい。それなのに、心がいつまでも傷む。
昌磨は部屋から出てすぐ、ドアの前にしゃがみこんだ。祐樹さんはいったいどういうつもりなのだろう。また自分をからかっているのだろうか。だとしたら、本当に悪魔のような人だ。人の自制心を試して遊んでいる。昌磨は祐樹の柔らかな肌の感触を思い返していた。重い瞼で、開ききらない瞳はまどろんでいて、昌磨の心をかき乱す。そんな媚態で好きな理由を聞かれて、ただ答えるだけで終われる気がしなかった。
翌日の朝、祐樹は起きたが着る服がみあたらない。昨日脱いだ服は、脱衣所だ。浴室から運ばれてベットに寝かされたから、今は何も着ていない。部屋のドアを少し開けて、昌磨に呼びかけた。
「昌磨!俺の服ってどうすればいい?」
返事はなかった。もしかして、まだ寝ているのか?
祐樹は仕方なく、シーツを体に巻いて浴室を探そうとしたが、方向が分からず迷った。迷子になれる家なんてなかなかないものだ。
「祐樹さん。何をしているのですか?」
昌磨は祐樹の無防備な姿に、目線の落としどころを探していた。動くたびに、シーツが揺れて隙間から祐樹の肌が見える。
「いや、服がないから、脱衣所行ってとってこようと思って。」
嘘をついているのではないかと思った。今まで知り合った女性で何人か、自分を誘惑するために使っていた手段と似ているせいで、錯覚を起こしそうになる。せめて、彼女たちのように自分の社会的立場を利用したいともう一度思ってくれたらいいのに。
「祐樹さんが着ていた昨日の服なら、洗濯中です。着替えなら用意してありますから、自由に着てください。それに、寝ていた部屋を右に曲がってまっすぐ行った左が浴室なので、今いるところは真逆ですよ。」
確かに、思い返してみれば、浴室を出て直ぐベットに運ばれた気がする。昌磨はこちらですよといって、祐樹がタキシードに着替えた部屋まで案内してくれた。部屋の西にある扉を開けると、そこはウォーキングクローゼットだった。
「好きなのを選んでください。僕は、朝食を用意しておきますね。」
祐樹は立ち去る昌磨の後ろ姿を見て感嘆としていた。まさか、ここにある大量の服も用意してくれていたのだろうか。この日のために?祐樹は、昔テレビで流れていた映画を思い出していた。シンデレラストーリーよろしく、平凡な女の子に大富豪が恋をする。びっくりするような非日常を女の子はプレゼントされて、女の子も恋に落ちる。だが、そんな二人の前には困難が立ちはだかり、といった陳腐な内容だった。しかし、昌磨の行動はその大富豪を超えている。間違いがあるとすれば、相手が男だっていう点だろう。その映画は母が大好きで、録画して何度も見ていた。お金に苦労する生活から救い出してくれる話は憧れだったのだろう。今の自分を知ったらなんていうだろうか。男同士に引くかな?いや、自分の息子に売春させていたのだ。そんなこと気にしないだろう。むしろ、これほどお金持ちだと知れば、男でも構わないと言うかもしれない。
「祐樹さん。着替えは終わりましたか?」
「えっあごめん。まだだ。」昌磨は朝食を作り終わったようで、降りてこない祐樹を呼びに来た。
「いつまでも、そんな恰好では風邪をひきますよ。」
確かに、暖かくなってきたといってもまだ肌寒くシーツ一枚では鳥肌が立ってくる。
「どの服がいいか決められなくって。」
「それなら、少しお時間をいただけますか?」
昌磨はそういって、手前にあったコートを俺にかけて部屋から消えた。しかし、直ぐに戻ってきた。手には、きれいにラッピングされた箱がある。慣れた手つきで、包装紙を破り箱を開けると中には服が入っていた。昌磨から受け取り、見てみる。
大人っぽいデザインだがどこか可愛らしいのは、ところどころに小さなワンポイントの柄が入っているせいだろう。手に取ると、肌触りのよさにちょっと感動する。普段祐樹が着ないような服だが、特別に用意してくれたことはわかったので、それを着ることに決めた。
「昨日渡すつもりでしたが、すっかり忘れていました。それは、フランスにいる母が送ってくれたプレゼントです。」
たしか、昌磨の母親はデザイナーだったはずだ。
「わざわざ、送ってきてくれたのか?」
「はい。僕の家で撮った写真を母にも送りました。そしたら、祐樹さんをずいぶん気に入って、急きょ送ってくれたのです。昨日、祐樹さんの家いたのは、そのプレゼントを渡すためでした。少し、遅くなりましたが受け取ってください。」
ここまでされるのは、嬉しいようで恐縮する。
「僕は、先に降りているので、祐樹さんも着替え終わったら、降りてきてください。」そういって、昌磨は先に部屋を出た。
本当にもらっていいのか迷ったが、高い送料を払ってまで送ってくれたプレゼントを突き返すのは失礼にあたるかもしれない。祐樹は考えてから、服に袖を通した。写真でしか自分を知らないはずなのに、サイズは驚くほどぴったりだった。着替え終わって直ぐに、リビングに降りた。おいしそうな香りが漂う。出来立てのパンの匂いだ。
「もしかして、パンを焼いたのか?」
「はい。」昌磨は、祐樹に見惚れて一瞬手をとめた。
祐樹にもそれが伝わって嬉しくなる。
「えっと、クイックブレッドといって、短時間で作れるものです。出来立てが一番おいしいので早く食べましょう。」昌磨は極まりが悪そうに、顔を背けたが、それはそれは可愛い仕草だった。それにしても、パンまで作れるとは、本当に器用なやつだ。
祐樹は上機嫌で椅子に座った。
「昨日みたいに、似合うとかかわいいとか言ってくれないの。」
祐樹は明らかに昌磨の態度を楽しんでいた。
「祐樹さんは性格が悪いです。」
「いきなり悪口かよ。可愛いって言ってほしかったのにな~。」
昌磨はハンドタオルで濡れた手を拭いてから、キッチンから座っている祐樹の前に移動し、そこで片膝をついた。
「この服を送ってくれた偉大な母に感謝を。」
それだけ、言って昌磨は祐樹の手を大きな手で包み込みそっと口ずけた。きざなやつだ。祐樹は顔が赤くなったことを知られないように、わざと乱暴に手を振り払った。
「もいいから、飯食おうぜ。腹減ったし。」
昌磨は、笑って答えた。それが、むかつくので後で仕返ししてやる。
パンは一口噛むと、ほのかな甘みが口全体に広がって、おいしかった。サラダは、庭でとったものらしい。新鮮で歯ごたえがあって、苦みが少なくレモン風味のドレッシングがよくあう。目玉焼きは半熟で、潰すとオレンジ色の黄身が皿に広がった。目玉焼きには最初から何かのソースがかかっていて、相性が抜群だった。
朝ごはんはどれもおいしく、シンプルなメニューだけど、一つ一つの品の質が高かく食べ終わるころには、満足しきっていた。
「昌磨、フランスって今何時だ?」
「日本とは7時間の時差があるので、今は深夜ですね。」
「そうか。」
できれば、プレゼントをしてくれた昌磨の母親にお礼を言いたかった。
昌磨は祐樹の意図を察したのか、母に電話してみますかと聞いてくれた。
「それは、さすがに悪いよ。」
「おそらく、問題ないですよ。母は夜型の人間なので、昼間は寝ています。夜になると活発になるので、今丁度仕事をしているかと思いますよ。」
「本当か?」
「証拠に今テレビ電話をしてみましょう。」
昌磨は言ってすぐに、携帯電話を取り出しテレビ電話を掛けた。
祐樹が何を言うべきかまだまとまっていないのに、コーリング音が鳴る。
「ちょと、はやすぎだって。」
祐樹が言い終わらないうちに、コーリング音が切れてアローという声が聞こえた。
携帯電話の画面に、きれいな女性が映った。
「こっこんにちは。」祐樹はとっさに日本語で返した。
「あら!可愛らしい子!あなたが祐樹ね。本当に男の子だなんて信じられないわ。昌磨やるわね。」
「母さん気が早いよ。まだ、だよ。」
この親にして、この子あり。昌磨の母親の早とちりも、昌磨の「まだ」という発言も引っかかって、全く腑に落ちないが、お礼だけは言っておかなくてはならない。
「えっと、由美子さん。こんな素敵な服をフランスからわざわざ送っていただきありがとうございます。」
「いいのよ。写真であなたを見たとき、その服は、あなたにふさわしいと思ったから送ったの。お礼を言われることはないわ。多くの服は似合う、似合わないに関わらず着られるけど、最もふさわしい人に選ばれることは服にとっても、その服を作ったデザイナーにとっても、この上なく幸福なことよ。」
祐樹は何と言っていいかわからなかったが、褒められているようで嬉しかった。
「私は、服のお礼よりも、あなた達の進展について知りたかったのに、それについては何も報告がないわけ?」
祐樹が由美子の素敵な言葉の余韻に浸る間もなく、発言した本人に邪魔をされた。
「ふがいないわね。」
「母さん、これ以上はやめてください。」
由美子はそれでも、何か言いたそうだったが肩を竦めた。
代わりに、昌磨が言葉を続けた。
「確かに、いつもの僕を見ている分ふがいなく感じると思います。しかし、これは本気の恋です。大切にしたい分臆病にもなります。」
昌磨が億劫もなく恥ずかしいセリフを言った。その相手と母親を目の前にして、こんな発言ができるなんて心臓に毛が生えているか思考回路が複雑すぎて常人と感性がかけ離れているのか、おそらくどっちもなのだろう。
「そうね。お母さんが悪かったわ。でも、本当に早くしたほうがいいわ。こんな、可愛らしい子をほっといたら、直ぐに取られちゃうわよ。」
「わかっていますよ。」
由美子の方に仕事があったので、その後は直ぐに電話を切られたが別れ際に祐樹は「バイバイ可愛いトマトちゃん。」と言われた。意味が分からず、磨かれた銀食器に移る自分の顔が目に入ってようやく、いつの間にか顔が真っ赤になっていたことに気が付いた。
隣にいた昌磨は、母親が言った余計な一言に困った表情をした。しかし、震える肩でそれが嘘だと分かった。
「昌磨、笑いを我慢してんじゃねえぞ。」全部お前の恥ずかしいセリフのせいだろう。
「笑いを我慢しているのではありません。誤解です。祐樹さんが可愛すぎて、抱きしめたい衝動を必死に抑えています。」
抱きしめたいという言葉に祐樹は昨日の車でのことを思い出した。また、あんなことをされたら、今度こそ原因不明の心臓発作で倒れる。
「祐樹さん」
「えっ」
昌磨が祐樹の体を包んで、体をくっつけたとき抱きしめられたことがわかった。
瞬時に、心臓が飛び跳ねてうるさくなる。体の体温が上昇していく。
「お前、」祐樹は話そうとしたが、言葉が続かない。それでも、必死に振り絞った。
「がまんは?」
「祐樹さん、今何を考えましたか?」
昨日のことを思い出していたことを悟られたのではないかと思った。
「何も。」
「嘘です。だって、今すごく、すごく可愛い。」
可愛いという言葉は祐樹にとっては侮辱のはずだが、今は自分をおかしくさせる呪文の言葉みたいだ。昌磨にそういわれるたびに、頭の奥が痺れて溶けていくような錯覚を起こす。
祐樹は手を伸ばして、昌磨の服につかもうとした瞬間、インターフォンの呼び鈴が鳴った。祐樹は、現実世界に引き戻され、慌てて手を引っ込み、自分と昌磨の間に両手をねじ込んで、押しのけた。昌磨は少しよろけて机に手をついた。
「裏庭の剪定が終わりました。」ドア越しに声をかけてきたのは、庭師のようで今まで庭にいたようだ。
「サインをお願いします。」
押された昌磨は立ち直し、玄関に向かった。戻ってくると、申し訳なさそうに謝ってきた。その顔があまりにも落ち込んでいたので、祐樹は間違っていると分かりながらも元気付ける言葉を探したが、自分の立場が微妙すぎて見当たらなかった。
「えっと、昨日言ってたよな。確か、裏庭見せてくれるって。」
「はい。」昌磨はとぼとぼと、裏庭のある方向に歩き出した。
祐樹は、そっと落ち込む背中に手をかけて、少しだけ撫でた。
昌磨は驚いた顔でこっちを振り向く。
「こっちこそごめん。押しのけて。背中机の角に当たっただろ?」
昌磨の顔は驚いたままだが、意味が違ってきたように見えた。
「もう少し、撫でてくれたら完璧に治ります。」
「調子にのるな。」祐樹は触れていた昌磨の背中に指を立ててつねった。昌磨は痛いと言っていたが、嬉しそうだった。
昨日の夕方見られなかった裏庭は、思ったより遠かった。別荘の広大な敷地面積が原因だろう。裏庭に通じる鉄門を開けて、レンガで敷き詰められた小道を歩く。レンガとレンガの隙間には、小さな菫の花が所狭しと咲いている。頭上は小さな白の花房がアーチにしだれかかって、背の高い昌磨は手で押しのけながら奥に進んでいった。
そして、花のトンネルを通って行きついた先は、春の花園だった。おとぎ話の世界でしか見たことがないような風景が広がっていた。一面の花。遠くには丸太で作られた水車小屋があって、小さな川が流れていた。植えられている木は故意に低いものを選んでいるのだろうか、自分が小人族の村に迷い込んだような錯覚を起こす。祐樹はわざと転んで、寝そべった。目を閉じても嗅覚から伝わる香りで、頭の中にも花が咲く。目をあければ、世界には美しい花しかなかった。そよ風が吹いて、揺れた花が頬に触れる。心地よかった。
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…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
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美形×平凡っていいですよね、、、、
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