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CHAPTER 29
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星岬技術研究所本部棟F20 エレベーターホール
展望レストラン直通エレベーター前 深夜
倒れかけたレジーを支えると、さすがに棄てては置けないと男子2人もレシートに目を落とした。
一般的大卒の初任給程の合計金額とその大半を占めるブランデーの値段。
庶民の眼には眩し過ぎた。
「ありがとうございました」
背中で愛想の良い声を聞きながら店を後にした3人はエレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていた。
レジ―は目を覚まさない。
仲良と根倉がレジーを挟む形で立っている。
「裸白衣(サーディア)、レジーさんより大きかったですよね」根倉は思い出していた。
「レジーの方が大きいだろ」仲良は今、自分(と根倉)に支えられて立ったままノビているレジーを見て異議を唱えた。
「・・・背丈の話しですよ仲良サン」仲良がレジーを見て答えたのを分かっていて、あえて口にするのだから、根倉もヒトが悪い。
「〇×△□!」すると仲良は言葉にならない呻きを上げて抗議した。
「あはは、どこの話だと思ったんですか? 仲良サン」根倉、悪質である。
「うるさい! お前なんか知らん!」仲良はスネてみせた。
「そんなに怒んないで下さいよ」根倉は、やり過ぎたことを詫びた。
「まったく、・・・170だったかな」仲良は知っていて当然、とでも言うかのようにさらりと解答した。
「え? 身長? やっぱ、結構あったな。でも、どうして170cmだったんだろう」
「ゴリラが立ち上がると、その位あるからって話らしい」
「なんだってゴリラなんだ? どの筋の情報?」根倉がネタの出所を怪しんだ。
「それ、訊く?」
「なんだガセか」はぐらかす仲良を根倉はバッサリ切った。
「言ってろ!」
ケンカするほど仲が良い・・・のか?
程なくエレベーターがやって来た。
星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(通称「開かずの間」)前の通路
「レジー、着いたぞ。」
「第3実験室、開かずの間だ!」
「ん・・・」
レジ―は意識を取り戻した。
「I・D・カードぉ」と青を基本色にした、だみ声で2頭身のロボットのモノマネで、タイトな私服のその、豊かなでっぱりの間から・・・そうです!たわわな乳房の間からIDカードを取り出したのです!!
レジ―は嬉しそうに笑顔を作ると、くすくすと笑いながらドア横のカードリーダにIDカードを通した。
ブー!
派手にエラー音を鳴らしたカードリーダはドアを固く閉ざしたままでいた。
レジーの表情が一転して険しくなった。
やあぁ!
カードリーダの下の壁をピンヒールで蹴り込んだレジーは、足を抜くと同時に落ちた壁材を避けながら、嬉々として壁の中に配置されている配線を読み解き始めた。
ブツブツとつぶやきながらあれこれと配線を手繰ったところで他より太いグレーの被覆線をグッと握りしめると全体重を掛けて引き抜いた。
危ないとばかりにレジーの後ろに回り込んだ根倉だったが、予想以上の力によってなぎ倒された。
カコン・・・と小さな音がしたが、他に何かが起こるという事はなかった。
時刻は午前3時になろうとしているところだ。
仲良は取り敢えず、今一番ドアに近いモノの役目としてドアの開錠を確認する事にした。
ドアに平手を密着させるようにして手をかけると、確かめるようにスライドさせる。
意外とあっけなく開錠は確認された。
「お二人さん、開いたよ」
仲良の声に我に返ったレジーは、自分が何処に尻もちをついているのか気が付いて慌てて立ち上がった。
「根倉サン、ゴメン」お辞儀した頭の上で両手を合わせて謝意を表すと、レジ―はその場から逃げるように暗い実験室へ入って行った。
後頭部を強打したらしい根倉が、顔を真っ赤にして何事か呟いている。
「顔騎じゃあ、顔騎・・・」
根倉は、どこか違う世界へ意識を飛ばしてしまっていた。
根倉を放置しておく事も出来ないので、仲良は根倉を引きずって第3実験室の中へ入れると、扉のところに寝かせた。
この時朦朧とした意識の中、根倉はネクタイを緩めると、タイピンが邪魔に思ったのか摘み取ると無造作に放ってしまった。
壊してしまった壁はどうしようもないので、仲良は壁材を元あった場所に立て掛けて良しとした。
非常灯に照らし出された薄暗い実験室内をレジーは1人で見て回っている。
壁だと思っていた場所に、突然灯りが点り出したのでレジーが慌てているのが仲良の眼に入った。仲良はおっとりと駆け付けるとこれは何だ?と独り言ちた。
うぉぉぉぉぉぉ・・・ん・・・
何かが唸り声を上げたように聞こえた。
勇ましかったレジーが不安なのか仲良の腕にしがみ付いてきた。
仲良は眼の前の、恐らくは機械だと思われる壁の表面に単調に並ぶ計器類が何処まで続くのか?興味本位で見上げていって恐らく見てはいけないものを見たのだった。
「おい、マジか…?」仲良が息を呑む。
レジーが声にならない声で“どうしたの?”と聞いている。
「アレは・・・脳じゃないのか?」見上げる視線で目標物を指し示すと、仲良はレジーを真っすぐに見て言った。
「ここはヤバい。何だか嫌な予感がする。すぐに出よう!」
レジ―は仲良の見たことのない一面を見たと思った。
「確かに。」レジーが同意し、行こうとしたその時だった!
ううぉぉぉぉぉぉ・・・ん・・・
何かが唸ったと今度は確信した。
腕が締め付けられて痛い位にレジーがしがみ付いている。
仲良はレジーを気遣いながら、ドアの所に寝かせておいた根倉を探した。
根倉はさっきよりグッタリして見えた。
実験室内に異様な気配が漂う。
うをぉぉぉぉぉぉん・・・
脳が収まっているシリンダーがぼんやりと光を放つと、中でごぼごぼと泡が湧き上がり保存液をかき回すように下から上に移動する。まるで脳が何かを訴えたいと主張しているように感じる光景だった。
「一体何だというんだ?」仲良は独り言ちた。
仲良がレジーを伴い立ち去ろうとした時、開いたままにしていたスライドドアがゆっくりと閉まりだした。
「何ぃ!?」距離にしておよそ5メートル。みんなで部屋を出るのは難しいかもしれない。
そう考えた時、仲良の背中を恐ろしく冷たい汗が流れ落ちるのを感じて思わず振り返った。
実験室の突き当り、距離にして15メートル程あるだろうか。
薄暗い室内に高輝度ダイオードの赤い輝きが二つ、明らかにこちらを見ている。
仲良はゆっくり後退してみた。
赤い視線はそれと分かる程ハッキリと仲良を捉えている。
ヤバい!
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
アレは何だ!?
ロボットか?
所長はロボットを完成させていたのか?
それはそうか、人工人間装置を既に試作し、稼働試験の段階に持ち込んでいる程の科学者だ! だけれど、今そこでこっちを見ているアレはサーディアではないぞ!? 大きさはどうやら同じくらいだが、なんだかゴツイ。
仲良が考えを纏め切れなくなっているのを察したレジーは、仲良しに肘鉄を食らわせた。
「痛ってぇ・・・?」
「アレは何?」レジーが聞いてくる。
「こっちが訊きたいよ」語気荒く仲良が発したとき、再び唸りが聞こえた。
だが今度は今迄とはいささか様子が違った。
その唸りに明確な意思を感じたのだ。
え? あぶない?
まるで合図されたかのように奥に居たロボットがずんずんと向かってきた。
仲良とレジ―はパニックになった。
だが、そんな時だからだろうか?
仲良は腕にしがみ付いているレジ―を振り払うと向かってきたロボットに組み付いた。
そのシルエットは不格好に感じる黒い三角形をしていた。
「レジー逃げろ!」
「でも・・・!」
「何してる!? 早く行けー! 根倉! 根倉ー!」助けを呼ぶ、というより逃げて欲しかった。
「グルルグワァァァァァァァァァァ」ロボットはよく見るとゴリラの格好をしていた。
「え!? 何? ターニャ? ちょっと!なんだこれ?」
その不格好が次の瞬間、更に不格好になった。
首と思われる辺りから何やら生やし始めたのだ。
薄暗い室内はドアが閉じてしまったため、通路の照明の灯りが差し込まなくなった分暗く陰鬱な感じになっていた。
ロボットから生えた細長いものが蠢いている。
レジ―は自分の力ではどうにもできないと直感すると、もつれる足でバタバタと走ってスライドドアに取り付いた。
ブルブルと震えの止まらない手で力一杯スライドさせる!
スコーン!とドアは簡単に開いた。
レジ―は脱兎のごとく後ろを気にせず走った。
部屋を出るとき、何か小さな金属を蹴っ飛ばしたが気にしている場合ではない。
この小さな金属がドアのロックを阻んでいたなどとこの時誰に解ろうか?
レジーはドアは閉じたがロックは出来ないモノだと解釈した。
とにかくレジ―はもつれる足で懸命に走り続けた。
レジ―が飛び出してすぐにスライドドアは静かに動き出して閉じた。
カチリと小さな音がドアのロックがなされた事を語っていた。
ドアのロックは普通ならレジーが電源を絶ってしまった時点で既に気にしなくていい筈だったが、何故か勝手に閉じようと動く事からして、電源は他にもルートが有ったらしい。
通路の隅にさっきレジーが蹴っ飛ばした小さな金属がある。
それはよく見ればネクタイピンであった。
ベッケン州南西に拡がる夜の森にて
「何を思い出したっていうの?」
邦哉は大きな大きな黒いがま口バッグをガサゴソと漁って底の辺りから木箱を二つ取り出した。
ひとつを開けると周囲に甘い香りが漂い出した。葉巻だ。
邦哉は一本摘まみ上げると端を食いちぎった。
焚き火から火を借りて葉巻に当てるとゆっくり回すようにして満遍なく火を点けた。
邦哉が吐き出す紫煙によって、辺りはより一層濃厚な甘い香りで満たされていく。
甘い香りに包まれていると、何故か妙に落ち着いている自分に気付いた。
当の邦哉は漠然と受け止めていたのだが、その場にもう一人、同じ様に感じているモノがいた。それは誰あろうサーディアであった。
サーディアは、それこそ胎児が母の腹の中でまどろむ感覚を想起していた。その安心感たるや絶大なものであった。
「おぉ、そうだった」
邦哉はもう一つの木箱を取り上げると封を解いて中身を確認した。
「・・・」邦哉はまるで絶命したかのように固まっていた。
覗き込むと木箱から取り出した紙は何も書いていない真っ白な紙だった。
「おぉ~い、帰って来~い」サーディアは邦哉の耳元で声を掛ける。
何も反応がないので頬をつついて様子をみている。
「姉御、それじゃ駄目だよ」ターニャが自分に任せろとばかりに前に出た。
しゃがんだ状態で固まっている邦哉の後ろに回ると両肩を掴み、左右の肩甲骨の間に膝をあてがい、“えい”っと力を入れた。
「むう」
邦哉は意識を取り戻した。
「・・・どしたん?」
無言で白紙を見つめている邦哉にサーディアが尋ねた。
「・・・いや、言っても詮無い事だ」
「ふーん・。・」
邦哉が見つめていたのは、ドクトルが自分(邦哉)のためにしたためてくれていた書面であったが、今となっては何の意味もないただの上等な白紙でしかない。
これが白紙になってしまったという事は、自分が送って来た自分の知る歴史から外れたということを意味している。
「本当に何とかしないとこの時空での自己という存在を保持できず、最悪無かったものになってしまうぞ!」
邦哉が場の空気を一変させた。
不安に負けてしまいそうな自分に我慢がならないというのを見透かされているような気がして、声を荒げて誤魔化そうとしている。
「そんな心配は無用よ。あたしたち3人は消えたりなんかしない。
消滅なんて考えられない。だって邦哉、あーた自分で言ったじゃない、“キミたちが来た時点で、既存の歴史は意味を失った”って。既にこれからの日々は新しい未来に向かって動き出しているはずよ。オーバーテクノロジー?上等じゃない!
過去に縛られず、
未来に囚われず、
あたしたちは今この一瞬を、精一杯生きればいいの。」
サーディアとターニャ、2人と目が合う。
瞬間、2人は大きく頷いてみせた。
邦哉は2人から視線を外すと手に持ったままでいた白紙をクルクルと巻き取ると、雑巾を絞るようにギュッとねじり、躊躇なく焚き火にくべてしまった。
「あっ」サーディアとターニャが揃って邦哉の行動に驚いて戸惑い、声を上げた。
「紙ってのはこうやった方が火持ちが良いんだ。」
もともと細い目を更に細めた邦哉の表情は読めない。
ふっと思い出して、邦哉がターニャに突っかかる。
「そうだターニャ! さっき私を呼び捨てにしたな。別にどうでもいいがね」
ターニャは、これ以上は無いというほどゲンナリした顔でサーディアを見る。
「何なの、コノヒト」
「ツムジもヘソも、両方とも曲がってんのよ」サーディアは肩をすくめた。
それからしばらく邦哉は黙って焚き火の面倒を見ていた。
サーディアがメンテナンスモードに入るからという理由で、最長で2時間の眠りに入ると、いよいよ孤独感が出てきて邦哉からとっつきにくいオーラがゆらゆらと立ち昇り始める。
メンテナンスモードのサーディアは邦哉の左手にもたれかかっている。
ターニャは2人の様子を見ながら、少し前にもこんな事あったな、などと思い出していると不思議と火が気にならなくなって、2人の向かい側で横になった。
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室
もつれる足で懸命に走って来たレジーは、ドアの前に立つと息を整え姿勢を正した。
ドアには四角い小さな窓があり、今は消灯しているのが分かった。
「エネルギー分野研究チームのキャッシュマンです。こんな時間に申し訳ありません」
そこまで言うと、ドアの小窓に明かりが確認できた。
“主任が気付いてくれた!”
カチャ・・・と小さな音がドアから聞こえた。
開錠された! そう思うと気が急いてどうしようもなくなった。
レジーは、孤独感から逃れるようにドアを開けると明るい室内に滑り込んだ!
「お休みのところすみません!」
そこまで言ってレジーは室内にひと気が無いのに気が付いた。
背後でドアが閉まる音がする。
カチャ・・・と小さな音が施錠されたことを想起させる。
途端にさっきまで安心して忘れていた身体の震えが何倍にもなって思い出される。
ガタガタと震える身体でゆっくりと後ろを振り向くと、そこには鏡面仕上げが施されたメタル外装のゴリラ型ロボットが立っていた。
それを見るや否や、逃げ道を探して室内を右往左往するレジー。
ゆっくりと追い詰めながら、首周りからロボットアームを展開するゴリラ型ロボット。
その日を最後にレジー・キャッシュマン、仲良太助、根倉親道の3名の行方は杳として分からなくなった。
展望レストラン直通エレベーター前 深夜
倒れかけたレジーを支えると、さすがに棄てては置けないと男子2人もレシートに目を落とした。
一般的大卒の初任給程の合計金額とその大半を占めるブランデーの値段。
庶民の眼には眩し過ぎた。
「ありがとうございました」
背中で愛想の良い声を聞きながら店を後にした3人はエレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていた。
レジ―は目を覚まさない。
仲良と根倉がレジーを挟む形で立っている。
「裸白衣(サーディア)、レジーさんより大きかったですよね」根倉は思い出していた。
「レジーの方が大きいだろ」仲良は今、自分(と根倉)に支えられて立ったままノビているレジーを見て異議を唱えた。
「・・・背丈の話しですよ仲良サン」仲良がレジーを見て答えたのを分かっていて、あえて口にするのだから、根倉もヒトが悪い。
「〇×△□!」すると仲良は言葉にならない呻きを上げて抗議した。
「あはは、どこの話だと思ったんですか? 仲良サン」根倉、悪質である。
「うるさい! お前なんか知らん!」仲良はスネてみせた。
「そんなに怒んないで下さいよ」根倉は、やり過ぎたことを詫びた。
「まったく、・・・170だったかな」仲良は知っていて当然、とでも言うかのようにさらりと解答した。
「え? 身長? やっぱ、結構あったな。でも、どうして170cmだったんだろう」
「ゴリラが立ち上がると、その位あるからって話らしい」
「なんだってゴリラなんだ? どの筋の情報?」根倉がネタの出所を怪しんだ。
「それ、訊く?」
「なんだガセか」はぐらかす仲良を根倉はバッサリ切った。
「言ってろ!」
ケンカするほど仲が良い・・・のか?
程なくエレベーターがやって来た。
星岬技術研究所 東研究棟 第3実験室(通称「開かずの間」)前の通路
「レジー、着いたぞ。」
「第3実験室、開かずの間だ!」
「ん・・・」
レジ―は意識を取り戻した。
「I・D・カードぉ」と青を基本色にした、だみ声で2頭身のロボットのモノマネで、タイトな私服のその、豊かなでっぱりの間から・・・そうです!たわわな乳房の間からIDカードを取り出したのです!!
レジ―は嬉しそうに笑顔を作ると、くすくすと笑いながらドア横のカードリーダにIDカードを通した。
ブー!
派手にエラー音を鳴らしたカードリーダはドアを固く閉ざしたままでいた。
レジーの表情が一転して険しくなった。
やあぁ!
カードリーダの下の壁をピンヒールで蹴り込んだレジーは、足を抜くと同時に落ちた壁材を避けながら、嬉々として壁の中に配置されている配線を読み解き始めた。
ブツブツとつぶやきながらあれこれと配線を手繰ったところで他より太いグレーの被覆線をグッと握りしめると全体重を掛けて引き抜いた。
危ないとばかりにレジーの後ろに回り込んだ根倉だったが、予想以上の力によってなぎ倒された。
カコン・・・と小さな音がしたが、他に何かが起こるという事はなかった。
時刻は午前3時になろうとしているところだ。
仲良は取り敢えず、今一番ドアに近いモノの役目としてドアの開錠を確認する事にした。
ドアに平手を密着させるようにして手をかけると、確かめるようにスライドさせる。
意外とあっけなく開錠は確認された。
「お二人さん、開いたよ」
仲良の声に我に返ったレジーは、自分が何処に尻もちをついているのか気が付いて慌てて立ち上がった。
「根倉サン、ゴメン」お辞儀した頭の上で両手を合わせて謝意を表すと、レジ―はその場から逃げるように暗い実験室へ入って行った。
後頭部を強打したらしい根倉が、顔を真っ赤にして何事か呟いている。
「顔騎じゃあ、顔騎・・・」
根倉は、どこか違う世界へ意識を飛ばしてしまっていた。
根倉を放置しておく事も出来ないので、仲良は根倉を引きずって第3実験室の中へ入れると、扉のところに寝かせた。
この時朦朧とした意識の中、根倉はネクタイを緩めると、タイピンが邪魔に思ったのか摘み取ると無造作に放ってしまった。
壊してしまった壁はどうしようもないので、仲良は壁材を元あった場所に立て掛けて良しとした。
非常灯に照らし出された薄暗い実験室内をレジーは1人で見て回っている。
壁だと思っていた場所に、突然灯りが点り出したのでレジーが慌てているのが仲良の眼に入った。仲良はおっとりと駆け付けるとこれは何だ?と独り言ちた。
うぉぉぉぉぉぉ・・・ん・・・
何かが唸り声を上げたように聞こえた。
勇ましかったレジーが不安なのか仲良の腕にしがみ付いてきた。
仲良は眼の前の、恐らくは機械だと思われる壁の表面に単調に並ぶ計器類が何処まで続くのか?興味本位で見上げていって恐らく見てはいけないものを見たのだった。
「おい、マジか…?」仲良が息を呑む。
レジーが声にならない声で“どうしたの?”と聞いている。
「アレは・・・脳じゃないのか?」見上げる視線で目標物を指し示すと、仲良はレジーを真っすぐに見て言った。
「ここはヤバい。何だか嫌な予感がする。すぐに出よう!」
レジ―は仲良の見たことのない一面を見たと思った。
「確かに。」レジーが同意し、行こうとしたその時だった!
ううぉぉぉぉぉぉ・・・ん・・・
何かが唸ったと今度は確信した。
腕が締め付けられて痛い位にレジーがしがみ付いている。
仲良はレジーを気遣いながら、ドアの所に寝かせておいた根倉を探した。
根倉はさっきよりグッタリして見えた。
実験室内に異様な気配が漂う。
うをぉぉぉぉぉぉん・・・
脳が収まっているシリンダーがぼんやりと光を放つと、中でごぼごぼと泡が湧き上がり保存液をかき回すように下から上に移動する。まるで脳が何かを訴えたいと主張しているように感じる光景だった。
「一体何だというんだ?」仲良は独り言ちた。
仲良がレジーを伴い立ち去ろうとした時、開いたままにしていたスライドドアがゆっくりと閉まりだした。
「何ぃ!?」距離にしておよそ5メートル。みんなで部屋を出るのは難しいかもしれない。
そう考えた時、仲良の背中を恐ろしく冷たい汗が流れ落ちるのを感じて思わず振り返った。
実験室の突き当り、距離にして15メートル程あるだろうか。
薄暗い室内に高輝度ダイオードの赤い輝きが二つ、明らかにこちらを見ている。
仲良はゆっくり後退してみた。
赤い視線はそれと分かる程ハッキリと仲良を捉えている。
ヤバい!
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
アレは何だ!?
ロボットか?
所長はロボットを完成させていたのか?
それはそうか、人工人間装置を既に試作し、稼働試験の段階に持ち込んでいる程の科学者だ! だけれど、今そこでこっちを見ているアレはサーディアではないぞ!? 大きさはどうやら同じくらいだが、なんだかゴツイ。
仲良が考えを纏め切れなくなっているのを察したレジーは、仲良しに肘鉄を食らわせた。
「痛ってぇ・・・?」
「アレは何?」レジーが聞いてくる。
「こっちが訊きたいよ」語気荒く仲良が発したとき、再び唸りが聞こえた。
だが今度は今迄とはいささか様子が違った。
その唸りに明確な意思を感じたのだ。
え? あぶない?
まるで合図されたかのように奥に居たロボットがずんずんと向かってきた。
仲良とレジ―はパニックになった。
だが、そんな時だからだろうか?
仲良は腕にしがみ付いているレジ―を振り払うと向かってきたロボットに組み付いた。
そのシルエットは不格好に感じる黒い三角形をしていた。
「レジー逃げろ!」
「でも・・・!」
「何してる!? 早く行けー! 根倉! 根倉ー!」助けを呼ぶ、というより逃げて欲しかった。
「グルルグワァァァァァァァァァァ」ロボットはよく見るとゴリラの格好をしていた。
「え!? 何? ターニャ? ちょっと!なんだこれ?」
その不格好が次の瞬間、更に不格好になった。
首と思われる辺りから何やら生やし始めたのだ。
薄暗い室内はドアが閉じてしまったため、通路の照明の灯りが差し込まなくなった分暗く陰鬱な感じになっていた。
ロボットから生えた細長いものが蠢いている。
レジ―は自分の力ではどうにもできないと直感すると、もつれる足でバタバタと走ってスライドドアに取り付いた。
ブルブルと震えの止まらない手で力一杯スライドさせる!
スコーン!とドアは簡単に開いた。
レジ―は脱兎のごとく後ろを気にせず走った。
部屋を出るとき、何か小さな金属を蹴っ飛ばしたが気にしている場合ではない。
この小さな金属がドアのロックを阻んでいたなどとこの時誰に解ろうか?
レジーはドアは閉じたがロックは出来ないモノだと解釈した。
とにかくレジ―はもつれる足で懸命に走り続けた。
レジ―が飛び出してすぐにスライドドアは静かに動き出して閉じた。
カチリと小さな音がドアのロックがなされた事を語っていた。
ドアのロックは普通ならレジーが電源を絶ってしまった時点で既に気にしなくていい筈だったが、何故か勝手に閉じようと動く事からして、電源は他にもルートが有ったらしい。
通路の隅にさっきレジーが蹴っ飛ばした小さな金属がある。
それはよく見ればネクタイピンであった。
ベッケン州南西に拡がる夜の森にて
「何を思い出したっていうの?」
邦哉は大きな大きな黒いがま口バッグをガサゴソと漁って底の辺りから木箱を二つ取り出した。
ひとつを開けると周囲に甘い香りが漂い出した。葉巻だ。
邦哉は一本摘まみ上げると端を食いちぎった。
焚き火から火を借りて葉巻に当てるとゆっくり回すようにして満遍なく火を点けた。
邦哉が吐き出す紫煙によって、辺りはより一層濃厚な甘い香りで満たされていく。
甘い香りに包まれていると、何故か妙に落ち着いている自分に気付いた。
当の邦哉は漠然と受け止めていたのだが、その場にもう一人、同じ様に感じているモノがいた。それは誰あろうサーディアであった。
サーディアは、それこそ胎児が母の腹の中でまどろむ感覚を想起していた。その安心感たるや絶大なものであった。
「おぉ、そうだった」
邦哉はもう一つの木箱を取り上げると封を解いて中身を確認した。
「・・・」邦哉はまるで絶命したかのように固まっていた。
覗き込むと木箱から取り出した紙は何も書いていない真っ白な紙だった。
「おぉ~い、帰って来~い」サーディアは邦哉の耳元で声を掛ける。
何も反応がないので頬をつついて様子をみている。
「姉御、それじゃ駄目だよ」ターニャが自分に任せろとばかりに前に出た。
しゃがんだ状態で固まっている邦哉の後ろに回ると両肩を掴み、左右の肩甲骨の間に膝をあてがい、“えい”っと力を入れた。
「むう」
邦哉は意識を取り戻した。
「・・・どしたん?」
無言で白紙を見つめている邦哉にサーディアが尋ねた。
「・・・いや、言っても詮無い事だ」
「ふーん・。・」
邦哉が見つめていたのは、ドクトルが自分(邦哉)のためにしたためてくれていた書面であったが、今となっては何の意味もないただの上等な白紙でしかない。
これが白紙になってしまったという事は、自分が送って来た自分の知る歴史から外れたということを意味している。
「本当に何とかしないとこの時空での自己という存在を保持できず、最悪無かったものになってしまうぞ!」
邦哉が場の空気を一変させた。
不安に負けてしまいそうな自分に我慢がならないというのを見透かされているような気がして、声を荒げて誤魔化そうとしている。
「そんな心配は無用よ。あたしたち3人は消えたりなんかしない。
消滅なんて考えられない。だって邦哉、あーた自分で言ったじゃない、“キミたちが来た時点で、既存の歴史は意味を失った”って。既にこれからの日々は新しい未来に向かって動き出しているはずよ。オーバーテクノロジー?上等じゃない!
過去に縛られず、
未来に囚われず、
あたしたちは今この一瞬を、精一杯生きればいいの。」
サーディアとターニャ、2人と目が合う。
瞬間、2人は大きく頷いてみせた。
邦哉は2人から視線を外すと手に持ったままでいた白紙をクルクルと巻き取ると、雑巾を絞るようにギュッとねじり、躊躇なく焚き火にくべてしまった。
「あっ」サーディアとターニャが揃って邦哉の行動に驚いて戸惑い、声を上げた。
「紙ってのはこうやった方が火持ちが良いんだ。」
もともと細い目を更に細めた邦哉の表情は読めない。
ふっと思い出して、邦哉がターニャに突っかかる。
「そうだターニャ! さっき私を呼び捨てにしたな。別にどうでもいいがね」
ターニャは、これ以上は無いというほどゲンナリした顔でサーディアを見る。
「何なの、コノヒト」
「ツムジもヘソも、両方とも曲がってんのよ」サーディアは肩をすくめた。
それからしばらく邦哉は黙って焚き火の面倒を見ていた。
サーディアがメンテナンスモードに入るからという理由で、最長で2時間の眠りに入ると、いよいよ孤独感が出てきて邦哉からとっつきにくいオーラがゆらゆらと立ち昇り始める。
メンテナンスモードのサーディアは邦哉の左手にもたれかかっている。
ターニャは2人の様子を見ながら、少し前にもこんな事あったな、などと思い出していると不思議と火が気にならなくなって、2人の向かい側で横になった。
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室
もつれる足で懸命に走って来たレジーは、ドアの前に立つと息を整え姿勢を正した。
ドアには四角い小さな窓があり、今は消灯しているのが分かった。
「エネルギー分野研究チームのキャッシュマンです。こんな時間に申し訳ありません」
そこまで言うと、ドアの小窓に明かりが確認できた。
“主任が気付いてくれた!”
カチャ・・・と小さな音がドアから聞こえた。
開錠された! そう思うと気が急いてどうしようもなくなった。
レジーは、孤独感から逃れるようにドアを開けると明るい室内に滑り込んだ!
「お休みのところすみません!」
そこまで言ってレジーは室内にひと気が無いのに気が付いた。
背後でドアが閉まる音がする。
カチャ・・・と小さな音が施錠されたことを想起させる。
途端にさっきまで安心して忘れていた身体の震えが何倍にもなって思い出される。
ガタガタと震える身体でゆっくりと後ろを振り向くと、そこには鏡面仕上げが施されたメタル外装のゴリラ型ロボットが立っていた。
それを見るや否や、逃げ道を探して室内を右往左往するレジー。
ゆっくりと追い詰めながら、首周りからロボットアームを展開するゴリラ型ロボット。
その日を最後にレジー・キャッシュマン、仲良太助、根倉親道の3名の行方は杳として分からなくなった。
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