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CHAPTER 49
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CHAPTER 49
星岬技術研究所 本部棟 22F 社長執務室(兼 星岬開 自室)
モニター画面が壁一面を埋め尽くすモニタリングルームで、ネットワーク接続の為に自作したゴツイひじ掛け椅子から右手をバッと広げて星岬は命じた!
「ターニャ、出動!」
「喜んで!」 嬉々として向かう先にあるのは果たして?
火星宙域にて
「待て待て待て待て待てーぇい! 両者待てーい!」
今まさに衝突するという瞬間、奇跡的なタイミングでサーディアに応援が来た。
その者は、群衆の肩を足場にして器用に走り抜けて来ると、にらみ合う二人の間に立った。
「姐さん、いつも以上に無茶しとりますな」
「え? ターニャ!?」
「親父が 姐さんにトレーサー※を仕込んどいてくれたおかげで、ここまで来られました。」
※ ここでは対象の位置と経路を特定・記録するデータロガー的なプログラム。
「開があたしにトレーサーを? (ちっ、いつの間に)」
悪態をついてはいるが、正直なところでは加勢はいくらでも欲しい所だったので大歓迎だ。
ターニャは美丈夫風のネクステンデッドを使っている。
筋肉の付き方がまた美しい。
思い起こせばこの娘には、ピンチの時、常に手を貸して貰っている、気がする。
簡単に説明しておこう。
ターニャと言うのは、アフリカ出身のメスゴリラの事である。
ある日、密猟者の罠によって両手足を失って死にかけていた所を星岬に拾われて日本に来た。
日本へは標本という形で来たので事実上は生存していてはいけない存在。
男勝りの若いメスゴリラ、一人称は“オレ”。
両手足を失い群れの仲間たちも失い、生きることに絶望した時、黒く艶やかだった全身の毛が真っ白になってしまった。
この悲劇を知らず、見た目の印象のみで“全身シルバーバック”と呼ばれた事がある。
能力はサーディアと同等か、それ以上。
星岬と邦哉の手によって、両手足に(ゴリラ)専用の義手義足を得たことでサイバネティクス オーガンに目覚める。
星岬技術研究所のローカルネット上に現れるようになって、サーディアの知る所となり、OSサーディアの簡易版をサーディア本人から与えられたことで人語を解するようになり急成長した。
サーディアとは違い、彼女の感情は天然物である。
そして、彼女を教育したのは星岬である。(ターニャは星岬を“親父”と呼んでいる)
人間社会をどのように考えているのかは定かではないが、生きていく術をサーディアが与えてくれたと恩義を感じているようで、サーディアを“姐御”もしくは“姐さん”と呼んで慕っている。
「姐さん、これは一体どういった状況で?」 ターニャが端的に質問する。
「ここにいる全てのヒューマノイドが、人工人間装置使用者って感じで」
「・・・味方・・・って感じ、・・・じゃないですね?」
「ザックリ言うと、自分も敵かもしれない」
「そいつぁー、厄介だ」 ターニャは準備運動をするように身体のあちこちをグルグルぶらぶらしている。
「しっかし、馴染むなぁ」 ネクステンデッドはターニャには合うようだ。
「姐御、“アレ”使えませんかね?黒い疾風の時の」 話しの内容を途中で誤魔化しながら、ターニャはサーディアにレーダーになってくれと言っているのだ。
「OK、ターニャ・・・」
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室(兼 紀伊邦哉 自室)
「紀伊コントロールよりサーディア、応答せよ。 繰り返す」
内線が鳴る。
「はい、開発主任室。」 総務からだ。
何でもサーディアが音信不通になった直後から、ノイズが多く入るが、極めて興味深い映像を火星宙域から送ってくる謎の回線があると言う話だ。
その映像はどうやらサーディアが取り込まれた巨大建造物の内部ではないかと推測されていて、まるで誰かが見ているかのような“視点”で撮影されていると言うのだ。
邦哉の元にはサーディアが送ってくるクリアな映像があるが、これとは別に撮られたものだという話だ。
ここで邦哉はピンときた。
だが、総務部には今はこの話は伏せておくように言い含めて電話を切ると、早速回線接続に取り掛かった。
それにしてもこの巨大建造物は、まるで宇宙船ではないか。
星岬技術研究所 本部棟前
せっかくのプロジェクションマッピングも技研のプロモーションフィルムをループ再生するばかりになってしまって、集まった人々も徐々に減り出していた。
「おい、どうなったんだ?」
「説明しろ!」
「何かあったのか!?」
不満の声が聞かれたが、すぐに静かになった。
時刻が22時を回ると波が引くように人混みも解消された。
火星宙域 巨大建造物 内部 居住区?
「我等の遺伝子コードと極めて近い遺伝子コードを保有するモノ、名をクリスタル・サーディア」
「なーによ?」
「我等は貴公に対して敬意を多少なりとも欠いていた。これを謝罪する。許してほしい」
「何を急に」
「我等はこのままでは“種”としての存続に終末を迎えること、遠からず確定している。
我等は我等に近しい“種”を探して旅をすること幾年月。 ようやく此処に至る也」 翻訳が難しい言い回しを使っているらしく、言葉が硬い。
「貴公の存在は我等の希望。砂漠に出現したオアシスに等しい。」 切実な思いを確かに感じる。
「心からお願いする、我等と共に生きて欲しい。」チーフオフィサーの本心であろう。
「なんとなくだけど分かった」
「おー! それでは・・・」
「早とちりしないで! そうじゃない!
あーた方が探しているのは地球にいるわ、独りだけど」
「やはり貴公の他にも居るのではないか!?」
「だから、あたしはロボットなんだって」
「ああ、そうか」
「なーによ、馬鹿にしたような口振りね。まったく・・・」
「貴公、本当に気付いておらぬのか?」
「何なの?」
「貴公は、人為的に作られた始まりを持つかも知れぬが、今ここに存在する貴公“クリスタル・サーディア”は、間違う事なく我等の種に近しい“生命体”なのだよ」
「ただのデータの羅列でしかないあたしが“生命体”ですって?」
「姐御が生命体、オレもそう思いやすぜ」 ターニャが思いを伝えてくる。
「そういえば、君は・・・誰だ?」 チーフオフィサーが思ったことを口にした。
「あぁ、お構いなく」 ターニャは爽やかな笑顔で返した。
「・・・・・・・・・・・・・」 言葉にならないチーフオフィサー
「俺もそう思うぞ、サーディア」 聞きなれた声が頭の中に響いた。
「邦哉!」
「ターニャを中継器にして」
「ごめんなさい。あたし、独りで突っ走っちゃって・・・・・」
「何を謝る事がある? 間違いなどない。
キミは好奇心に満ちている! その信念に従って行動しているに過ぎない! そんなふうに思考してくれて俺は嬉しく思っている! OS(Operating System)サーディア、だから、間違いないんだよ。」
少し置いて邦哉が続ける「キミは自ら昇華したのだ、OS(Original Soul)サーディアに!」
「増えた」
「どうかした? チーフオフィサー」 少しだけ心配そうにサーディアは尋ねた。
「チキュウジンが増えた!」 チーフオフィサーは不安感から逃れるために指示を出し続けた!
「警報鳴らせ!全艦レッドアラート発動! ジャミング、レベル3で妨害始め! 機関出力上げぇーい! シェル44、発進後第3戦闘速度を維持!」
「目標、チキュウ!」チーフオフィサーが一息で発進命令を出した。
あちこちから命令を復唱する声が聞こえてくる。
こんな何でもない印象の建造物にも関わらず、この感じは戦闘艦の“それ”によく似たものに感じる。
そうか、宇宙が広くて自分の手が届かない場所が多いと思っている今でさえ、こうして戦闘を行なえるように皆を訓練しているモノがいて、簡単には滅びないように努力をしている者がいる。
「これは生存競争・・・」サーディアは漠然と思ったのだった。
それまでが静か過ぎたのだろう、にわかに轟々と騒がしい音に襲われて、心拍数が上昇する。
ホタテ貝型の巨大建造物は、まるで後ろから追突でもされたかのような急加速をしてみせると、その勢いのまま進み始めた。
ホタテ貝型の巨大建造物は、どうやら宇宙船で間違いないようだ。
軌道を予測すると、真直ぐ地球へ向かって来るようだ。
地球全土で大変な騒ぎとなった。
騒ぎの根っこは“歓迎”か、“拒絶”かの問題だ。
ホタテ貝型巨大宇宙船は、みるみる加速して、あっという間に地球に到着してしまった。
この日、日本の夜空には満月が輝いていた。
その満月の中にホタテ貝の影がはっきりと現れた。
星岬技術研究所 本部棟22F 社長執務室(兼 星岬開 自室)
「さぁ、ショータイムだ。」 興奮のあまり椅子から立ち上がる星岬。
その背中には無数の配線が垂れさがる。
地球に到着したホタテ貝型巨大宇宙船は減速したと思うやそのまま地球へ降下を開始しした。
「地球に降りて何をしようと言うの?」サーディアが疑問を口にする。
「我等の旅の目的などとうに明かした筈だがな」
もはやヤケクソといった感じでチーフオフィサーは指示を出す。
「降下後直ちに着水、一気に打って出る、そしてチキュウを占領する。ファイター、スタンバイ!」
だが、そうはならなかった。
なぜなら、サーディアは自分の信念ゆえに、ターニャは習性が故に、邦哉は自己満足のために、再びこのホタテ貝型巨大宇宙船の悪意に立ち向かってしまうのだった。
ホタテ貝型巨大宇宙船(どうやら“シェル44”というのが、巨大宇宙船の呼称らしい)が何か企てる間も無くサーディア・ターニャ・邦哉の3人によるサイバー攻撃はとにかく続く。
この時、邦哉の打ち込みが、サーディア・ターニャ両名の仮想キーボードでの打ち込みを凌駕して早いという事態に気付いてしまったのはチーフオフィサー。
チキュウジンがここまで至るのかと、交戦中に戦意をくじかれてしまいそうになる。
とは言え、サーディアとターニャはネクステンデッドをかわし乍らの電子戦な訳だが。
「お? これは武装一覧か? 一括デリートっと」 邦哉の指が冴えまくる。
「何故武装を使わないのだ!? 破壊力を見せつけてやればチキュウジンとておとなしくなろうが」
「なにい? 武装が見当たらないだと? そんなことが・・・ まさか・・・ 有り得ない
奴らは一体何者だというのだ? 何故我等の文明の利器が、ついさっき出会って家に上げただけの、その程度の付き合いの者にこれ程弄りまわされてしまうのか?!」
「発展途上をなめんなよ?」通訳を介さずに邦哉がチーフオフィサーに意見した。
「何をぅ」チーフオフィサーは、目の前で次々と消失するデータ群をしばらく呆然として眺めていたが、(こんなモノなのか?)自分の内からの声が聞こえて我に返った。
「バックアップ、バックアップを取れ! 間に合わなければ強制終了だ! チキュウジンのハッキングをブロックする為、一旦コントロールの電源を切るのだ! 再起動後、欠損したデータの復旧と同時進行で・・・」
「なんだか向こうさん、元気出てきたみたいだな」 緊張感の欠片もなく邦哉が状況を分析する。
「邦哉、あたしは脱出するわ。お土産持って帰るから、楽しみにしていて。」
「潮時ですかね。オレもずらかるとしやすか」
「二人の脱出を援護する」
「また、皆で会おう」
果たしてこれが戦闘と言えるモノであるかは甚だ疑問であるが、シェル44 チキュウ到着と同時に降下着水して沈黙。
地球での戦闘行為無し、着水の影響と思われる津波の被害有り、その他現在調査中。
人類の異文明人とのファーストコンタクトはこんな感じで第1ラウンドを終えた。
この背景にサーディア(達)の活躍があったことに間違いはない。
ファーストコンタクト 第2ラウンド
日本国 千葉県銚子市 銚子漁港沖 洋上のホタテ貝型巨大宇宙船
ホタテ貝型巨大宇宙船が地球に来てから10時間ほど経過した頃、日本の周りは各国政府が寄越した軍艦が獲物を狙うサメのように一定の距離を保ってウロウロし始めていた。
水平線いっぱいに横たわる宇宙船に接岸したクルーザーは、場違いなほど小さくて貧弱に見える。
船長が宇宙船の縁から生えた突起にロープをかけて船体を固定すると「足元に気を付けてお進みください」と乗船客に声を掛けた。
一歩を踏み出すのがためらわれる程、底が見えない深淵を跨いでホタテ貝型巨大宇宙船の上に立った星岬は、膝まで水に浸かっている。
緩やかなアールを描いている船体は、洋上に浮いているとはいえ、端の所は水に浸かってしまっているのは致し方無い事と思われた。
ざぶざぶと音を立てながら中心に向かい始める。
その後を追うように大柄な男がクルーザーから飛び出した。
猫はあまり濡れることを好まない所があるようだが、この男はそんな習性を残してしまうような所があるようだ。
「これだけ大きいと、海洋被害は深刻なものになるだろう」 と星岬が言う。
「たまたま夜間の着水劇だったが、この大きさで太陽光を遮っていると、僅か1日で死滅する種(しゅ)もあるだろうな」 ザックリ分析する邦哉。
「開発主任、あれじゃないか」 星岬が指さす先にフジツボのようなモノが張り出している。
よく見ればそこら中に色々と規格外に大型化したモノがとりついているではないか。
そんな中で、星岬が指さしたフジツボのようなモノは確かに怪しく見える。
邦哉が長身を活かして覗き込んだ。
フジツボの縁に手をかけ、懸垂の要領で身体を引き上げ首を突き出した。
ほぼ同時にフジツボの中身が飛び出した。
邦哉はデカくてゴツイ亀の手によるアッパーを喰らったようなモノで、錐揉みしながら空を舞い床に転がった。
「ちょっと、何よ、今の邦哉じゃなかった?」 サーディアの声がする。
「迎えに来たぞ、サーディア、ターニャ」 星岬がフジツボに話しかける。
するとフジツボの中からヒトが飛び出した。
「ちょっと聞いてよ、このネクステンデッド出られないのよ」 サーディアが愚痴る。
「ターニャ、どうだ?」 星岬が訊く。
「オレもでさぁ 親父」 ターニャが答える。
「開発主任、何だと思う?」 星岬は、まるで何事もなかったかのように会話している。
「セキュリティじゃないか?」 顎をさすりながら邦哉も何でもない感じで返事をしている。
クルーザーの操縦席で船長が大丈夫か!?と聞いている。
邦哉が手を挙げて答えている。
「セキュリティ設定・・・って事?」 邦哉に言われてなんだか面白くない感じで“設定”を確認してみる。
すると!?
「姐さん、抜けられました!」目の前の美丈夫がバタッと倒れたかと思うと、少し離れた所に係留しているクルーザーのデッキで、ウホウホやってる白いゴリラの姿が見える。
「あたしも!」そう言うと、傍にいる邦哉に身体を預けて馴染みのある身体へ戻った。
考えてみればセキュリティ設定があって当たり前の事だ。
あたしのような存在しかいない世界でセキュリティ設定も無しでいたら、それこそ誰もがやりたい放題ではないか。 なりすましが横行する世界が発展するとはとても思えない。
さて、クルーザーの客室は完全に技研仕様になっていた。
特別誂えの輸送ケースが2個、並んで固定してある。
蓋が開いたままになっている方がターニャが入っていた方であろう。
精密機器がシンプルにまとめられた室内で半日ぶりに戻った体は、なんだかちょっと懐かしささえ感じるものだった。
サーディアは起動するとデッキに出て邦哉たちを探した。
「邦哉ーー! 開ーー!」 二人の名を呼びながら手を振った。
とりあえず宇宙船のコントロールは、あたしたちが掌握している。
宇宙人達は全員、宇宙船の中にいる。
季節は春、時刻は午前8時を過ぎた頃。
天気は晴れ。風は穏やか。
今日は忙しくなりそうだ。
星岬技術研究所 本部棟 22F 社長執務室(兼 星岬開 自室)
モニター画面が壁一面を埋め尽くすモニタリングルームで、ネットワーク接続の為に自作したゴツイひじ掛け椅子から右手をバッと広げて星岬は命じた!
「ターニャ、出動!」
「喜んで!」 嬉々として向かう先にあるのは果たして?
火星宙域にて
「待て待て待て待て待てーぇい! 両者待てーい!」
今まさに衝突するという瞬間、奇跡的なタイミングでサーディアに応援が来た。
その者は、群衆の肩を足場にして器用に走り抜けて来ると、にらみ合う二人の間に立った。
「姐さん、いつも以上に無茶しとりますな」
「え? ターニャ!?」
「親父が 姐さんにトレーサー※を仕込んどいてくれたおかげで、ここまで来られました。」
※ ここでは対象の位置と経路を特定・記録するデータロガー的なプログラム。
「開があたしにトレーサーを? (ちっ、いつの間に)」
悪態をついてはいるが、正直なところでは加勢はいくらでも欲しい所だったので大歓迎だ。
ターニャは美丈夫風のネクステンデッドを使っている。
筋肉の付き方がまた美しい。
思い起こせばこの娘には、ピンチの時、常に手を貸して貰っている、気がする。
簡単に説明しておこう。
ターニャと言うのは、アフリカ出身のメスゴリラの事である。
ある日、密猟者の罠によって両手足を失って死にかけていた所を星岬に拾われて日本に来た。
日本へは標本という形で来たので事実上は生存していてはいけない存在。
男勝りの若いメスゴリラ、一人称は“オレ”。
両手足を失い群れの仲間たちも失い、生きることに絶望した時、黒く艶やかだった全身の毛が真っ白になってしまった。
この悲劇を知らず、見た目の印象のみで“全身シルバーバック”と呼ばれた事がある。
能力はサーディアと同等か、それ以上。
星岬と邦哉の手によって、両手足に(ゴリラ)専用の義手義足を得たことでサイバネティクス オーガンに目覚める。
星岬技術研究所のローカルネット上に現れるようになって、サーディアの知る所となり、OSサーディアの簡易版をサーディア本人から与えられたことで人語を解するようになり急成長した。
サーディアとは違い、彼女の感情は天然物である。
そして、彼女を教育したのは星岬である。(ターニャは星岬を“親父”と呼んでいる)
人間社会をどのように考えているのかは定かではないが、生きていく術をサーディアが与えてくれたと恩義を感じているようで、サーディアを“姐御”もしくは“姐さん”と呼んで慕っている。
「姐さん、これは一体どういった状況で?」 ターニャが端的に質問する。
「ここにいる全てのヒューマノイドが、人工人間装置使用者って感じで」
「・・・味方・・・って感じ、・・・じゃないですね?」
「ザックリ言うと、自分も敵かもしれない」
「そいつぁー、厄介だ」 ターニャは準備運動をするように身体のあちこちをグルグルぶらぶらしている。
「しっかし、馴染むなぁ」 ネクステンデッドはターニャには合うようだ。
「姐御、“アレ”使えませんかね?黒い疾風の時の」 話しの内容を途中で誤魔化しながら、ターニャはサーディアにレーダーになってくれと言っているのだ。
「OK、ターニャ・・・」
星岬技術研究所 南研究棟2F 開発主任室(兼 紀伊邦哉 自室)
「紀伊コントロールよりサーディア、応答せよ。 繰り返す」
内線が鳴る。
「はい、開発主任室。」 総務からだ。
何でもサーディアが音信不通になった直後から、ノイズが多く入るが、極めて興味深い映像を火星宙域から送ってくる謎の回線があると言う話だ。
その映像はどうやらサーディアが取り込まれた巨大建造物の内部ではないかと推測されていて、まるで誰かが見ているかのような“視点”で撮影されていると言うのだ。
邦哉の元にはサーディアが送ってくるクリアな映像があるが、これとは別に撮られたものだという話だ。
ここで邦哉はピンときた。
だが、総務部には今はこの話は伏せておくように言い含めて電話を切ると、早速回線接続に取り掛かった。
それにしてもこの巨大建造物は、まるで宇宙船ではないか。
星岬技術研究所 本部棟前
せっかくのプロジェクションマッピングも技研のプロモーションフィルムをループ再生するばかりになってしまって、集まった人々も徐々に減り出していた。
「おい、どうなったんだ?」
「説明しろ!」
「何かあったのか!?」
不満の声が聞かれたが、すぐに静かになった。
時刻が22時を回ると波が引くように人混みも解消された。
火星宙域 巨大建造物 内部 居住区?
「我等の遺伝子コードと極めて近い遺伝子コードを保有するモノ、名をクリスタル・サーディア」
「なーによ?」
「我等は貴公に対して敬意を多少なりとも欠いていた。これを謝罪する。許してほしい」
「何を急に」
「我等はこのままでは“種”としての存続に終末を迎えること、遠からず確定している。
我等は我等に近しい“種”を探して旅をすること幾年月。 ようやく此処に至る也」 翻訳が難しい言い回しを使っているらしく、言葉が硬い。
「貴公の存在は我等の希望。砂漠に出現したオアシスに等しい。」 切実な思いを確かに感じる。
「心からお願いする、我等と共に生きて欲しい。」チーフオフィサーの本心であろう。
「なんとなくだけど分かった」
「おー! それでは・・・」
「早とちりしないで! そうじゃない!
あーた方が探しているのは地球にいるわ、独りだけど」
「やはり貴公の他にも居るのではないか!?」
「だから、あたしはロボットなんだって」
「ああ、そうか」
「なーによ、馬鹿にしたような口振りね。まったく・・・」
「貴公、本当に気付いておらぬのか?」
「何なの?」
「貴公は、人為的に作られた始まりを持つかも知れぬが、今ここに存在する貴公“クリスタル・サーディア”は、間違う事なく我等の種に近しい“生命体”なのだよ」
「ただのデータの羅列でしかないあたしが“生命体”ですって?」
「姐御が生命体、オレもそう思いやすぜ」 ターニャが思いを伝えてくる。
「そういえば、君は・・・誰だ?」 チーフオフィサーが思ったことを口にした。
「あぁ、お構いなく」 ターニャは爽やかな笑顔で返した。
「・・・・・・・・・・・・・」 言葉にならないチーフオフィサー
「俺もそう思うぞ、サーディア」 聞きなれた声が頭の中に響いた。
「邦哉!」
「ターニャを中継器にして」
「ごめんなさい。あたし、独りで突っ走っちゃって・・・・・」
「何を謝る事がある? 間違いなどない。
キミは好奇心に満ちている! その信念に従って行動しているに過ぎない! そんなふうに思考してくれて俺は嬉しく思っている! OS(Operating System)サーディア、だから、間違いないんだよ。」
少し置いて邦哉が続ける「キミは自ら昇華したのだ、OS(Original Soul)サーディアに!」
「増えた」
「どうかした? チーフオフィサー」 少しだけ心配そうにサーディアは尋ねた。
「チキュウジンが増えた!」 チーフオフィサーは不安感から逃れるために指示を出し続けた!
「警報鳴らせ!全艦レッドアラート発動! ジャミング、レベル3で妨害始め! 機関出力上げぇーい! シェル44、発進後第3戦闘速度を維持!」
「目標、チキュウ!」チーフオフィサーが一息で発進命令を出した。
あちこちから命令を復唱する声が聞こえてくる。
こんな何でもない印象の建造物にも関わらず、この感じは戦闘艦の“それ”によく似たものに感じる。
そうか、宇宙が広くて自分の手が届かない場所が多いと思っている今でさえ、こうして戦闘を行なえるように皆を訓練しているモノがいて、簡単には滅びないように努力をしている者がいる。
「これは生存競争・・・」サーディアは漠然と思ったのだった。
それまでが静か過ぎたのだろう、にわかに轟々と騒がしい音に襲われて、心拍数が上昇する。
ホタテ貝型の巨大建造物は、まるで後ろから追突でもされたかのような急加速をしてみせると、その勢いのまま進み始めた。
ホタテ貝型の巨大建造物は、どうやら宇宙船で間違いないようだ。
軌道を予測すると、真直ぐ地球へ向かって来るようだ。
地球全土で大変な騒ぎとなった。
騒ぎの根っこは“歓迎”か、“拒絶”かの問題だ。
ホタテ貝型巨大宇宙船は、みるみる加速して、あっという間に地球に到着してしまった。
この日、日本の夜空には満月が輝いていた。
その満月の中にホタテ貝の影がはっきりと現れた。
星岬技術研究所 本部棟22F 社長執務室(兼 星岬開 自室)
「さぁ、ショータイムだ。」 興奮のあまり椅子から立ち上がる星岬。
その背中には無数の配線が垂れさがる。
地球に到着したホタテ貝型巨大宇宙船は減速したと思うやそのまま地球へ降下を開始しした。
「地球に降りて何をしようと言うの?」サーディアが疑問を口にする。
「我等の旅の目的などとうに明かした筈だがな」
もはやヤケクソといった感じでチーフオフィサーは指示を出す。
「降下後直ちに着水、一気に打って出る、そしてチキュウを占領する。ファイター、スタンバイ!」
だが、そうはならなかった。
なぜなら、サーディアは自分の信念ゆえに、ターニャは習性が故に、邦哉は自己満足のために、再びこのホタテ貝型巨大宇宙船の悪意に立ち向かってしまうのだった。
ホタテ貝型巨大宇宙船(どうやら“シェル44”というのが、巨大宇宙船の呼称らしい)が何か企てる間も無くサーディア・ターニャ・邦哉の3人によるサイバー攻撃はとにかく続く。
この時、邦哉の打ち込みが、サーディア・ターニャ両名の仮想キーボードでの打ち込みを凌駕して早いという事態に気付いてしまったのはチーフオフィサー。
チキュウジンがここまで至るのかと、交戦中に戦意をくじかれてしまいそうになる。
とは言え、サーディアとターニャはネクステンデッドをかわし乍らの電子戦な訳だが。
「お? これは武装一覧か? 一括デリートっと」 邦哉の指が冴えまくる。
「何故武装を使わないのだ!? 破壊力を見せつけてやればチキュウジンとておとなしくなろうが」
「なにい? 武装が見当たらないだと? そんなことが・・・ まさか・・・ 有り得ない
奴らは一体何者だというのだ? 何故我等の文明の利器が、ついさっき出会って家に上げただけの、その程度の付き合いの者にこれ程弄りまわされてしまうのか?!」
「発展途上をなめんなよ?」通訳を介さずに邦哉がチーフオフィサーに意見した。
「何をぅ」チーフオフィサーは、目の前で次々と消失するデータ群をしばらく呆然として眺めていたが、(こんなモノなのか?)自分の内からの声が聞こえて我に返った。
「バックアップ、バックアップを取れ! 間に合わなければ強制終了だ! チキュウジンのハッキングをブロックする為、一旦コントロールの電源を切るのだ! 再起動後、欠損したデータの復旧と同時進行で・・・」
「なんだか向こうさん、元気出てきたみたいだな」 緊張感の欠片もなく邦哉が状況を分析する。
「邦哉、あたしは脱出するわ。お土産持って帰るから、楽しみにしていて。」
「潮時ですかね。オレもずらかるとしやすか」
「二人の脱出を援護する」
「また、皆で会おう」
果たしてこれが戦闘と言えるモノであるかは甚だ疑問であるが、シェル44 チキュウ到着と同時に降下着水して沈黙。
地球での戦闘行為無し、着水の影響と思われる津波の被害有り、その他現在調査中。
人類の異文明人とのファーストコンタクトはこんな感じで第1ラウンドを終えた。
この背景にサーディア(達)の活躍があったことに間違いはない。
ファーストコンタクト 第2ラウンド
日本国 千葉県銚子市 銚子漁港沖 洋上のホタテ貝型巨大宇宙船
ホタテ貝型巨大宇宙船が地球に来てから10時間ほど経過した頃、日本の周りは各国政府が寄越した軍艦が獲物を狙うサメのように一定の距離を保ってウロウロし始めていた。
水平線いっぱいに横たわる宇宙船に接岸したクルーザーは、場違いなほど小さくて貧弱に見える。
船長が宇宙船の縁から生えた突起にロープをかけて船体を固定すると「足元に気を付けてお進みください」と乗船客に声を掛けた。
一歩を踏み出すのがためらわれる程、底が見えない深淵を跨いでホタテ貝型巨大宇宙船の上に立った星岬は、膝まで水に浸かっている。
緩やかなアールを描いている船体は、洋上に浮いているとはいえ、端の所は水に浸かってしまっているのは致し方無い事と思われた。
ざぶざぶと音を立てながら中心に向かい始める。
その後を追うように大柄な男がクルーザーから飛び出した。
猫はあまり濡れることを好まない所があるようだが、この男はそんな習性を残してしまうような所があるようだ。
「これだけ大きいと、海洋被害は深刻なものになるだろう」 と星岬が言う。
「たまたま夜間の着水劇だったが、この大きさで太陽光を遮っていると、僅か1日で死滅する種(しゅ)もあるだろうな」 ザックリ分析する邦哉。
「開発主任、あれじゃないか」 星岬が指さす先にフジツボのようなモノが張り出している。
よく見ればそこら中に色々と規格外に大型化したモノがとりついているではないか。
そんな中で、星岬が指さしたフジツボのようなモノは確かに怪しく見える。
邦哉が長身を活かして覗き込んだ。
フジツボの縁に手をかけ、懸垂の要領で身体を引き上げ首を突き出した。
ほぼ同時にフジツボの中身が飛び出した。
邦哉はデカくてゴツイ亀の手によるアッパーを喰らったようなモノで、錐揉みしながら空を舞い床に転がった。
「ちょっと、何よ、今の邦哉じゃなかった?」 サーディアの声がする。
「迎えに来たぞ、サーディア、ターニャ」 星岬がフジツボに話しかける。
するとフジツボの中からヒトが飛び出した。
「ちょっと聞いてよ、このネクステンデッド出られないのよ」 サーディアが愚痴る。
「ターニャ、どうだ?」 星岬が訊く。
「オレもでさぁ 親父」 ターニャが答える。
「開発主任、何だと思う?」 星岬は、まるで何事もなかったかのように会話している。
「セキュリティじゃないか?」 顎をさすりながら邦哉も何でもない感じで返事をしている。
クルーザーの操縦席で船長が大丈夫か!?と聞いている。
邦哉が手を挙げて答えている。
「セキュリティ設定・・・って事?」 邦哉に言われてなんだか面白くない感じで“設定”を確認してみる。
すると!?
「姐さん、抜けられました!」目の前の美丈夫がバタッと倒れたかと思うと、少し離れた所に係留しているクルーザーのデッキで、ウホウホやってる白いゴリラの姿が見える。
「あたしも!」そう言うと、傍にいる邦哉に身体を預けて馴染みのある身体へ戻った。
考えてみればセキュリティ設定があって当たり前の事だ。
あたしのような存在しかいない世界でセキュリティ設定も無しでいたら、それこそ誰もがやりたい放題ではないか。 なりすましが横行する世界が発展するとはとても思えない。
さて、クルーザーの客室は完全に技研仕様になっていた。
特別誂えの輸送ケースが2個、並んで固定してある。
蓋が開いたままになっている方がターニャが入っていた方であろう。
精密機器がシンプルにまとめられた室内で半日ぶりに戻った体は、なんだかちょっと懐かしささえ感じるものだった。
サーディアは起動するとデッキに出て邦哉たちを探した。
「邦哉ーー! 開ーー!」 二人の名を呼びながら手を振った。
とりあえず宇宙船のコントロールは、あたしたちが掌握している。
宇宙人達は全員、宇宙船の中にいる。
季節は春、時刻は午前8時を過ぎた頃。
天気は晴れ。風は穏やか。
今日は忙しくなりそうだ。
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