過信・軽率・怠惰なアホ男が色んな女の子に変身して無双する話

TARO

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プロローグ

アホ男とチートな先生

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「よう先生、頼まれた物持って来たぜ。それと食料を幾つか」
間の抜けた声に振り返ると、やはり間の抜けた顔がにへらと笑っていた。
「うん、ありがとう。いつも世話になって申し訳ないね」
テリオンがそう言うと、フォーゼはそのマヌケ面を更にだらしなく崩してにやけた。
今年で25になろうとするこの男は、年齢相応の知性や貫録を感じさせるものは何もなく、
何もない分代わりに愛嬌だけがあった。
その愛嬌に絆され10年来の付き合いをしてきたテリオンにとって、そのマヌケ面は
目に入れても痛くない愛弟子である。
「先生には学生時代世話になったからな。しかし先生、今度は何の研究をしてるんだい。
確かこの前は人の魔力の個体差がどうこう…」
学生時代と聞き、テリオンは一瞬2年前を回想した。魔術師学院の准教授を辞して弟子の故郷である
マウン村に家を買い、以来35にして悠々自適の若隠居生活を享受しつつ
好きな研究に打ち込めているのだから、我ながら結構な人生である。
尤もその結構な人生の余福に与っている弟子こそ最も結構であると言えるが、かたや親バカのひいき目、
かたやスネかじりの過信軽率で、互いに気づいてないのだからなお結構な話である。
「人の躰に個体差があるが如く、人の魔力もまた個体差を持つ。即ち魔力を研究する事によって、
個人という物のアイデン・ティティを…」
「あ、いや、そっちの詳しい説明はいいや。聞いても分からんし」
長話と語り癖は研究者の習い性である。とはいえ元より魔術師学院を4回留年した挙句、卒業も出来なかった
フォーゼの頭の出来を誰よりも知っていながら、専門的な話をしかけた己をテリオンは恥じた。
「要するに、何だ。どういう事が出来るのかを簡潔に教えてくれ」
「他人に変身できる」
「……は?」
これ以上なく簡潔に述べたはずなのにこのポカンとした顔はどうした事であろう。
さては簡潔に過ぎて説明が足りなかったのかとテリオンは若干の自慢を交えて
「変身能力」の説明を始めた。
当然、彼の困惑はその研究の内容にあるのだが、テリオンは気づかない。この辺り、
頭が良すぎるのも考え物である。
「この際道理はどうりでもいい…どうでもいい!こ、これは凄い事なんじゃねえか!?」
困惑を一つ通り過ぎて興奮するフォーゼを尻目に、テリオンはあくまで冷静だった。
「まあ言うほど万能という訳では無い。幾つか制限もあるし、それに…
売り物にもならん」
「何でだよ、凄い技術じゃねえか」
「「完璧に他人に変身できる」なんて技術、流通したら社会秩序が崩壊するだろう。
売り物にはならんし、してもいけないのさ」
全くその通りであるのだが、実際にこうあっさりと言われると惜しむのがけだし人情である。
案の定、フォーゼはがっかりとした顔で言った。
「へぇ…惜しいな。じゃあ相も変わらずここで隠者暮らしかよ?」
いい子だ、とテリオンは思った。
便利で凄げな能力が使えない事に惜しんだのではなく、師である自分に得る物が無い事を
真っ先に惜しんだのである。人並み以上にだらしなく、物欲の強い彼であればなおさら
その思いやりを感じずにはいられない。
「ま、懐事情に関係なくここは良い所だ。ここは静かだし、マウン山脈の麓というのも良い。
金にならない事で、君の手を煩わせた代価を支払えない事は残念だが」
マウン村は北のマウン山こそ未開の難所であるが、すこぶる平和で穏やかな村である。
実の所テリオンの望みはここで好きな研究に打ち込む事であり、過分な立身出世などを
望んでいるわけでは無い。
いや、とテリオンは思い返した。己の立身出世に興味は無いが、可愛い弟子には立派に
なって欲しいと思う。マウン村の平和で穏やかな空気の申し子の如く、締まりのないアホ顔を見せる
アホ男を愛でつつテリオンは一人決心した。
「代わりと言っては何だが、この「変身魔術」、君に使わせてあげよう」
「………い、いいのか?なんか門外不出な感じのあれじゃねえのか?
社会秩序がどうとかこうとか」
君なら悪用はしないだろう、と言いかけてテリオンは口をつぐんだ。
確かに人が良く、「いい子」である彼は同時に天下一品の俗物であった。親バカのひいき目で見ても
始めから全てを信用してこのような能力を渡すと、悪用しないとも限らない。
「君は言わば僕のパトロンだからね。研究結果を受け取る権利がある」
天から降ってわいたチート能力ではない、と言ったつもりだった。天下一品の俗物である彼は同時に
人が良く「いい子」なのである。少なくともこの能力を師が作った物であると意識している間は
悪用したりはしないだろう。
「先ほど言った通り流通はさせれない…させれないが、それでも自分の作った技術が
実用されて欲しいと思うのは研究者の性だろう?」
嘘はついていない。ただこう言う事で彼の良心が更に刺激されることを狙った事は否めない。
と、ふと気づく。自分はこの子の「良心」なる物を全く疑っていないのだ。
分不相応の力を持ち、人格が豹変するという話はよく聞く。しかし目の前のこのだらしなく笑う男が
力を得た途端豹変し、人を傷つけるようになるとはどうしても思えなかった。
立派になって欲しい。それ以上に人生を楽しんでほしい。
恐らく世の親たちが余さず子に対し望んでいる事を、テリオンもまた心から望んだ。
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