真贋鑑定士 鹿目和哉

千代原口 桂

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四章

四章 三分の二

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 それを象徴するように、謎の人物――『やつがれトンキー』――の登場で、判断はより難しくなる。

(誰やのん、ソレ!)

「名前に聞き覚えはありませんか?」

 正直、全く心当たりが無い。

 沈黙を貫く穂華に、事態を懸念した和哉が機転を効かせた。

「ご存じなければ、一度スマホで検索してみて下さい」

(え、急に何?)

 言われるがまま、スマホを取り出して画面をフリック。

 途中、『やつが』で検索ワードに浮かび上がった際は背筋が凍った。

 それでも作業はやめられない。

 理由はひとつ、人物が謎すぎて知らずにいる方が怖かったから……。

(嗚呼、もう知らん! るようにしか為らんわ!)

 埋め尽くされた検索結果の一つを選び、穂華は先へ進んだ。

 ――『やつがれトンキー』――大阪阿倍野あべのを中心に多くのグラフィテー・アートを手掛けた作家。幅広い作風と施工せこうの素早さから集団で活動していたと推測される世界に誇る日本のストリートアーティスト。その評価を最も知らしめたのは、解体工事中の旧国立競技場に突如出現した巨大なグラフィティー・アート。映像はまたたく間に世界中で拡散され、アンサーアートやオマージュが猛威を奮い、ネットを賑わせた。

(……ん? グラフィティー・アートって、何なん? ……世界に誇るストリートアーティスト!)

 予想の範疇はんちゅうを遥かに超えた展開!

 最悪、凶悪犯まで覚悟していた『やつがれトンキー』の正体を知った今、和哉への接触は必然とさえ思えた。

「犯罪絡みとか、危ない話やないんですか?」

 控え室の扉が開かれる。想像の斜め上が、精神安定剤の役割をになった。

「全くってクリーンな話です」

 なおも警戒を緩めない穂華に、ようやく控え室に滑り込んだ和哉は、取り出した名刺を直接手渡さず、机の上に差し出した。

「鑑定士さん?」

 その肩書きに手袋の所以ゆえん見出みいだした、穂華の表情から緊張の色が消える。

「はい、真贋しんがん鑑定士の鹿目かなめ和哉かずやと申します。失礼ですが……」

「あ、えっと、橘花たちばな穂華ほのか言います」

 流石に、面と向かって偽名は使いづらかった。

 机を挟んで向き合う二人。

「早速ですが、橘花さん。先程の作品は、かつて貴女が所有していたもの……ではありませんか?」

「……多分、そうやと思います」

「では、作者の方もご存じですね?」

「……」

「あれは、間違いなく『やつがれトンキー』の作品です!」

「……」

「貴女は、あの作品を直接ゆずり受けた……違いますか?」

「けど、ネットには集団って」

出鱈目でたらめもいいところです。私の鑑定ではオリジナルは一人。どの作品を見ても、作者の痕跡は同一人物のものしか残されていません!」

「……」

「もしかして、活動を休止したことと何か関係が?」

 一瞬、穂華が表情を曇らせた。だが、直後に絞り出すような声でこう答えた。

「あれを作ったんは、弟は今……服役中です。もう何年も、居場所も知らせてない状態で……勿論、面会もしてません。正直、関わりたくないんです」
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