リオと不思議なパン

ゆめかなえ

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リオと不思議なパン

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リオと不思議なパン



むかしむかし、山と森にかこまれた小さな村に一人の子どもがいました。名前はリオ。けれど、村の人々はその子を「無表情のリオ」と呼びました。

リオは、生まれたときも、ほんの少し産声をあげただけだった。笑うことも怒ることもなく、何をしてもただ静かに見つめているだけ。
木を切る父を手伝っても、畑を耕す母を手伝っても、その顔に何の変化もありません。
村の子どもたちが鬼ごっこをしても、リオはただ見つめているだけで、追いかけもしなければ、逃げもしませんでした。

「このこには心がないのだろう」
大人たちはそう噂しました。けれど、リオを見捨てることはなく、皆で静かに育てていました。

ある年の冬が終わりかけた頃に、村に一人の旅人がやってきました。背中に大きな袋を背負い、道具を持った温かいパン職人でした。
「おや、村にパン屋はないのかな?」

職人は笑って言い、村人たちの古いかまどを借りてパンを焼き始めました。

その日の午後、村中に焼きたての香ばしい香りが広がります。まだ、雪が残る冷たい空気の中でその香りは春の日差しのようにあたたかでした。
村人たちは驚き、喜び、こぞってパンを買いに集まります。
ふわふわの白パン、カリッとした黒パン、ほんのり甘いメロンパン。
子どもも大人もみな笑顔で、パンをほおばりました。

ただ一人、リオをのぞいて。

パン職人はリオを見つけると、しばらくじっと眺めました。
「おまえさん、どうしてパンを食べないんだい?」
「...おいしい、という気持ちが分からないから」

その言葉に、職人は目を細めました。
そして夜、みんなが眠ったころ、ひとつだけ特別なパンをこっそり焼きました。そのパンには、旅の間に集めてきた「心温める種」と呼ばれる不思議なハーブが練りこまれていました。

翌朝、パン職人はリオにその小さな丸パンを手渡しました。
「試しに食べてごらん。これは特別なパンだよ」

リオはいつものように無表情のまま、パンをひとかじりしました。
この瞬間——胸の奥に、じんわりと温かさが広がります。目の前がにじみ、何かがこぼれ落ちるのを感じました。
「...あれ?」
リオの頬を、透明な雫がつたいました。
それは涙。生まれて初めての涙でした。

リオは自分が泣いていることに驚き、そしてまた涙があふれてきました。同時に、パンのやさしい甘みが「おいしい」という感覚を、教えてくれました。
おいしいと感じると、胸が熱くなり、心が動きました。
——ああ、これが、心なのだ、と。

数日後、パン職人は村を離れる日を迎えました。
リオは走ってかけよりました。
「ありがとう。ぼくに心をくれて...…」

パン職人は首を横に振り、やさしく笑いました。
「いいや。わしは、ただおまえさんの心が眠っているのを目覚めさせただけさ。心は最初から、おまえさんの心の中にあったんだよ」
そう言って、パン職人はまた遠い町へと歩き出しました。
リオの胸には、あの焼きたてのパンの温もりがいつまでも残っていました。



その日から、リオは少しずつ笑うようになりました。リオが心を取り戻した日、子どもたちは鬼ごっこに誘いました。いつもなら、断るリオでしたが、その日は不思議と「やってみたい」と思ったのです。
「にげろー!」
「つかまえた!」

リオは走り回り、誰かにつかまると息が切れて胸がドキドキしました。そのとき、横で転んだ子が大きな声で笑いだしました。つられて、リオの口からも声がこぼれます。
「はは......あははは!」

笑うということが、こんなに楽しくて、あたたかいものだと、その日初めて知りました。



ある日、リオの大事にしていたくまのぬいぐるみの首がとれてしまいました。胸の奥がぎゅっと締めつけられるように、痛くなり、目から勝手に涙がこぼれ落ちました。
「泣いているのか?」と友達が驚きます。

リオは自分でも驚いていました。
でも泣くと少しだけ心が軽くなることを知り、涙は悲しみだけでなく、癒しでもあると学んだのです。


とある日。市場で年上の子に押され、持っていた果物を落としてしまいました。その子は笑って逃げていきました。リオの胸に熱い炎のようなものが生まれます。
「やめろ——!!」
初めて声を荒らげたとき、顔が赤くなり、心臓が強く波打っているのを感じました。
それが、「怒り」という感情だと知ります。
けれど、同時に、怒りという感情をどう扱うかが大切だと、大人たちが教えてくれました。



雨の日、子猫が道の端で震えていました。
リオはすぐに自分の胸に抱き、家に連れて帰りました。子猫が温まって「にゃあ」と鳴いた瞬間、リオの心にやわらかい光が灯ります。
「助けられてうれしい」という気持ち。
それが、優しさであり、同時に「大切にしたい」という愛情でもあると気づきました。



季節が移り、旅のパン職人が再び村に立ち寄りました。
「もう一度パンを食べさせて」とリオは言いました。
焼きたての丸パンを頬張ると、あの日の温もりがよみがえります。でも、今度はもうひとつの痛みが走りました。
——職人がまた旅立ってしまう、という予感。
「また会える?」リオは聞きました。
職人は微笑みました。
「道が続く限り、いつかどこかでな」

別れの悲しみと、それでも、つながっているという希望。リオは胸にその感情を刻みました。



こうしてリオは、笑い、涙、優しさ、悲しみ——
ひとつひとつの感情を知っていきました。

それはまるで、心に色とりどりの花が咲いていくようてした。リオはもう「無表情のリオ」ではありません。
感情とともに、皆を思いやって生きるたくましい子どもになったのです。

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