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5 まだ俺のもの
第二話
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聖利が居室を移ってから一週間ほど経った。
昼休み、生徒会室に用事があって赴いた聖利は、少々遅くなった昼食のため学食へ向かっていた。知樹たちと約束をしている。彼らは先に行って、席を取っているはずだ。
学食前の廊下で騒ぎが起こっているのは、人だかりでわかった。怒声と物音、誰かが争っているようである。近づくうち、その中心にいるのが來だと気づいた。
來が襟首を掴み上げているのは柔道部の木崎だ。以前、聖利に教室で交際を申し込んできたクラスメートである。
囃す声、制止の声、そのど真ん中で來は平然と木崎を吊り上げ、腹に膝を入れる。同じくらい上背があり、木崎の方が横幅も筋肉もあるように見える。さらにはアルファ同士で、木崎は柔道部。どうみても來の方が分が悪い。
それなのに、來の膝の一撃で木崎はずるりとくずれ、床に膝をつく。來は表情も変えていない。なお、掴みかかろうとする木崎の腕を払い、肩を蹴り倒す。倒れた木崎の胸を追いうちとばかりに踏みつけたのだ。容赦などない。圧倒的だった。
「來!」
聖利は思わず叫んだ。関わらないようにしようなどと言っている場合ではない。なぜなら、來は無表情でありながら強い怒りを放っていた。殺気と言いかえてもいい。完全に勝負がついているのに、呻く木崎から足をどけないのだ。
「來、やめろ!」
人だかりをかき分けるのがふたりのクラスメートで学園唯一のオメガであると、皆が気付く。自然と空いた道を通り、聖利は場の中央に躍り出た。
「來、木崎、何をしてるんだ」
來が足をどける。むせる木崎を友人たちが助け起こした。
「生徒会役員サマの登場?」
來がふっと鼻で笑う。
「來、どういうことだ」
「なんでもねーよ」
きつく睨みつけても動じる様子はない。來は横を通り抜け行ってしまう。
生徒会の仕事としてではなく、クラスメートとして聖利は來に追いすがった。腕をつかみ怒鳴るように名を呼ぶ。
「おい、來!」
來は暫時足を止め、困ったような笑顔で、聖利を見下ろした。
たった今クラスメートを秒殺でのした男の表情だろうか。
「聖利が心配することじゃない」
呆気にとられた聖利の腕をはずし、來はそのまま去っていった。後ろ姿を呆然と眺める。
背後では木崎と友人たちがそそくさと退散していき、事情は結局わからないまま、場は散会の体となった。
ただ、その場にいた誰もが目にした、海瀬來の圧倒的な強さを。同じアルファが太刀打ちできない。ものが違う。それは生徒たちに畏怖を植え付けるには充分のパフォーマンスだった。
「聖利!」
生徒たちを縫って駆け寄ってきたのは知樹だ。
「知樹、何があったんだ。わかるか?」
「あー……ちょっと言いづらいな」
知樹は言い淀むふうに顔を歪めたが、言わないでは聖利が納得しないことも長い付き合いで理解しているようだ。
「海瀬は聖利のためにキレたんだよ」
「え?」
気にするなよ、と前置きして知樹は言う。
「木崎が……あいつ聖利に相手にされなくて不満があるみたいで。『楠見野なんて、部屋連れ込んで押し倒せば、すぐにモノにできる。所詮オメガだ』って。その話が聞こえた海瀬が怒って……」
「そ、うだったんだ」
おそらく、知樹はだいぶマイルドに表現しているのだろう。來が怒り心頭で掴みかかる程度に、木崎は口さがない言い方をしたに違いない。
クラスメートに下衆な感情を抱かれていたことより、そのために來が怒ったことに胸を打たれた。來は聖利の名誉と貞操を守るため、危険な思想のアルファを排除しようと動いたのだ。
だから、あれほど殺気立った様子だったのだろう。
「困ってしまうな……本当に」
來は過保護だ。そしてどこまでも優しい。あんな離れ方をしたのに、まだ庇い守ろうとしてくれる。
いけないのに、期待してしまいそうになる。
「聖利、本当に気にするなよ」
知樹が聖利の浮かない様子を心配し、声をかけてくる。聖利は笑顔を作り答えた。
「ありがとう。昼食にしよう。昼休みが終わってしまう」
昼休み、生徒会室に用事があって赴いた聖利は、少々遅くなった昼食のため学食へ向かっていた。知樹たちと約束をしている。彼らは先に行って、席を取っているはずだ。
学食前の廊下で騒ぎが起こっているのは、人だかりでわかった。怒声と物音、誰かが争っているようである。近づくうち、その中心にいるのが來だと気づいた。
來が襟首を掴み上げているのは柔道部の木崎だ。以前、聖利に教室で交際を申し込んできたクラスメートである。
囃す声、制止の声、そのど真ん中で來は平然と木崎を吊り上げ、腹に膝を入れる。同じくらい上背があり、木崎の方が横幅も筋肉もあるように見える。さらにはアルファ同士で、木崎は柔道部。どうみても來の方が分が悪い。
それなのに、來の膝の一撃で木崎はずるりとくずれ、床に膝をつく。來は表情も変えていない。なお、掴みかかろうとする木崎の腕を払い、肩を蹴り倒す。倒れた木崎の胸を追いうちとばかりに踏みつけたのだ。容赦などない。圧倒的だった。
「來!」
聖利は思わず叫んだ。関わらないようにしようなどと言っている場合ではない。なぜなら、來は無表情でありながら強い怒りを放っていた。殺気と言いかえてもいい。完全に勝負がついているのに、呻く木崎から足をどけないのだ。
「來、やめろ!」
人だかりをかき分けるのがふたりのクラスメートで学園唯一のオメガであると、皆が気付く。自然と空いた道を通り、聖利は場の中央に躍り出た。
「來、木崎、何をしてるんだ」
來が足をどける。むせる木崎を友人たちが助け起こした。
「生徒会役員サマの登場?」
來がふっと鼻で笑う。
「來、どういうことだ」
「なんでもねーよ」
きつく睨みつけても動じる様子はない。來は横を通り抜け行ってしまう。
生徒会の仕事としてではなく、クラスメートとして聖利は來に追いすがった。腕をつかみ怒鳴るように名を呼ぶ。
「おい、來!」
來は暫時足を止め、困ったような笑顔で、聖利を見下ろした。
たった今クラスメートを秒殺でのした男の表情だろうか。
「聖利が心配することじゃない」
呆気にとられた聖利の腕をはずし、來はそのまま去っていった。後ろ姿を呆然と眺める。
背後では木崎と友人たちがそそくさと退散していき、事情は結局わからないまま、場は散会の体となった。
ただ、その場にいた誰もが目にした、海瀬來の圧倒的な強さを。同じアルファが太刀打ちできない。ものが違う。それは生徒たちに畏怖を植え付けるには充分のパフォーマンスだった。
「聖利!」
生徒たちを縫って駆け寄ってきたのは知樹だ。
「知樹、何があったんだ。わかるか?」
「あー……ちょっと言いづらいな」
知樹は言い淀むふうに顔を歪めたが、言わないでは聖利が納得しないことも長い付き合いで理解しているようだ。
「海瀬は聖利のためにキレたんだよ」
「え?」
気にするなよ、と前置きして知樹は言う。
「木崎が……あいつ聖利に相手にされなくて不満があるみたいで。『楠見野なんて、部屋連れ込んで押し倒せば、すぐにモノにできる。所詮オメガだ』って。その話が聞こえた海瀬が怒って……」
「そ、うだったんだ」
おそらく、知樹はだいぶマイルドに表現しているのだろう。來が怒り心頭で掴みかかる程度に、木崎は口さがない言い方をしたに違いない。
クラスメートに下衆な感情を抱かれていたことより、そのために來が怒ったことに胸を打たれた。來は聖利の名誉と貞操を守るため、危険な思想のアルファを排除しようと動いたのだ。
だから、あれほど殺気立った様子だったのだろう。
「困ってしまうな……本当に」
來は過保護だ。そしてどこまでも優しい。あんな離れ方をしたのに、まだ庇い守ろうとしてくれる。
いけないのに、期待してしまいそうになる。
「聖利、本当に気にするなよ」
知樹が聖利の浮かない様子を心配し、声をかけてくる。聖利は笑顔を作り答えた。
「ありがとう。昼食にしよう。昼休みが終わってしまう」
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