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「今、どれだけ幸せかわかるかい?もう死んでもいい位に、俺は幸せに溺れてる」
「死んだらダメです」
「簡単に死ぬな馬鹿が」
シャーリーだけでなく、ドフから突っ込まれても、ウェダーは不機嫌からコロリと上機嫌になったまま、ドフの邸宅に到着した。
騎士団長の家にしては、華美でもなく落ち着いた外観。少し大きめの別荘のような建物は、レンガの高い塀に囲まれた中型程度の屋敷であった。
「俺には息子がいるが、もう結婚して家も出てる。嫁と二人で暮らしてるんだが、嫁も暇を持て余しているから、相手してやってくれたら嬉しい」
「お世話になります」
シャーリーは胸をドキドキさせながら、ドフに頭を下げた。
すると、先程まで最高潮だったウェダーが、再び不機嫌の嵐となる。
「離れるのが嫌だ。でも仕方ない……とっとと処理してくるから、ここで待っていてくれ」
「はい、ウェダーさんも気を付けてね」
「……やっぱり離れたくないから、二人で逃げようか?」
「冗談をいう元気があるなら大丈夫ですね、頑張って下さい。私も何か協力できる事があれば、お役に立ちたいので頑張りますから」
「冗談じゃないし、協力なんかしなくてもって……うっ、シャーリー自身がそう思うなら反対できない」
馬車を降りると、外はもう夕闇が近づき周囲は薄暗い。
荷物は屋敷から現れた使用人が運んでくれた。といっても、小さな鞄一つ程度なのだが。
入り口には、これでもかという端正な顔の美少年が立っていた。
ウェダーは大人の色気がある美貌で男性的なのだが、そこにいたのは微笑みが人懐っこい絶世の天使のような少年だった。
「おう!出迎えご苦労」
「さっき知らせが届いてね。いきなり娘が増えるぞって、何を言ってるんだ馬鹿」
「がはははっ!可愛いエルフの嬢ちゃんだぞ!紹介する、こいつが俺の嫁のマーロだ」
「よ、嫁っ!」
少年とばかり思って絶句するシャーリーに代わり、ウェダーは慣れた余所行きの愛想で挨拶を交わす。
「お久しぶりです奥方。突然の訪問をお許し下さい」
胸に片手を当て、軽く一礼するウェダーの礼儀は完璧だった。
マーロと呼ばれた少年のような彼女は、ニッコリと笑いながらウェダーに対応する。
「相変わらず、君は仮面を被ったまんまだね。それより、彼女が君の彼女さんか。とっても可愛いエルフさんだね」
「はっ、初めまして!シャーリーと申します!エルフですので名のみで家姓はございません」
「歓迎するよシャーリー。私はマーロと呼んでくれ。むさい男ばかりで大変だったろ?さあ、一緒に夕食でも食べよう」
そう言って屋敷に案内しようとしたマーロを、ドフは止めた。
「いや、俺とウェダーはこのまま仕事に戻る。すまんが、お嬢ちゃんを頼めるか?」
「わかった。色々と大変みたいだけど、お客様は歓迎だよ」
「あと、色々あってお嬢ちゃんの身の安全も守ってやってくれ」
「……わかった。まあウェダー絡みなら理由は納得できる。とっとと仕事終わらせて来い」
マーロがドフに近づくと、ドフは妻の為に背を屈める。
その首元に腕を回して、愛しい夫の無事を祈り口づけを交わす。
チラリと羨ましそうにウェダーはシャーリーを見たが、当人は目の前の出来事に魅入っており期待できそうになかった。
ここで自ら抱きしめに行くという選択肢もあったが、今度こそ我慢が効かなくなりそうなので、死ぬ思いで自制した。
「では、行ってくる」
馬車に戻る二人の背中越しに、シャーリーの声が届く。
「気を付けて頑張って下さい!」
見えぬ小さな幸せが、ウェダーの心に灯る。
その見慣れた背中が馬車に消えると、すぐに馬はいななき去って行った。
残されたシャーリーは、これから世話になる屋敷に迎えられた。
落ち着きのある家庭的な内装に、シャーリーはすぐにこの屋敷を気に入った。
騎士団長の屋敷なのだから、高価な美術館のような家を想像して緊張していたのだが、庶民的な雰囲気に安心さえする。
「お疲れ様。まずは一緒に食事でもしよう」
食堂に案内され、既に温かいシチューやパン、チキンなどが並べられていた。
マーロと共に用意された食事を楽しみながら会話も弾む。
話せば彼女は気安く、知識もある上にさりげないシャーリーへの気遣いもあり、すぐにシャーリーは心を開く。
「そうか、いきなりウェダーに酔わされて……ぶん殴ってやろうか?」
今までの出会いを話している中で、マーロはその一点だけは本気で怒ってくれた。
「彼は、もう少し女心がわかると思っていたんだが、本気になり過ぎると馬鹿になるんだな」
と、半ば呆れた感想までされた。
慌てて、シャーリーは庇うように否定する。
「いえ、もういいんです。きっかけはどうであれ、彼からの謝罪も受けましたし、本人も強引だったと認めています。それに、なんていうか……私もほだされて好きになったのは事実なんで」
「シャーリーは優しいな。まあ、何かあったら助けてあげるから言いなさい」
「その言葉だけで、嬉しいです。ありがとうございます」
優しい言葉をかけられて、シャーリーはジーンと感動を噛み締めた。
デザートのアイスに舌鼓をうったあとは、食後の紅茶を飲みつつマーロが告げる。
「明日には屋敷の中を案内するけど、基本的に屋敷内の敷地なら好きにしてくれていいよ。私だけだし遠慮はいらない。少ないながらも、使用人たちもいるから、何かあれば彼らに頼むといい。ただし、門より外に出ないで欲しい」
「あの……気になっているんですが、私が保護されるのって、事件とやらが関係しているんですか?身の安全までって、物騒なんですけど」
「私も、軽くしかまだ知らされていないけど……んー、いや、知っておいた方がいいな」
腕を組み、迷うマーロは数秒思案したのちに決断した。
「ウェダーにしつこく言い寄る質の悪い女がいる。あまりにしつこすぎて、ウェダーが首都から逃げ出した位だ」
突然告げられた別の女性の影に、心臓が跳ねた。
騎士団本部でもチラリと出ていた、シャーリーが一番聞きたくて聞けなかった真実だ。
顔に陰りが出たエルフを察して、マーロは優しくゆっくりと告げた。
「ウェダーは嫌だと告げて逃げたんだよ?つまり女性側からの一方通行だ」
「だから田舎にいたんですか?」
「どうして、シャーリーのいた田舎にいたのかは知らないけど、休暇を無理やりとって逃げた理由の一つは間違いなく、あの伯爵令嬢だ」
「伯爵令嬢……」
相手は貴族で、しかも伯爵家だ。
貴族相手に言い寄られれば、流石にウェダーも逃げるしかなかったのだろうか?
「これには、うちの旦那も一枚噛んでいて、申し訳ない事をした。別の知り合い伝手で、ウェダーに憧れている令嬢と挨拶だけでも交わして欲しいと言われて、あるパーティーに無理やり参加させて引き合わせたんだ。そしたら、相手側が夢中になってね……思い込みの激しい上に、わがままざんまいだったあげく、無駄に父親に権力があるから騎士団側も大変だった」
「一方的に追いかけまわされると困りますよね……わかります」
経験者ですとは言えなかったが、伝わった。
渋い顔をしていたマーロが笑う。
「あはははっ、そうだね。自分がされて嫌だったのに、君を一方的に好きになったからって強引に執着して追いかけまわしてるんだから、やっぱりぶん殴ろう」
「ダメダメです!彼の場合は、獣人の本能もあるので、仕方ない部分もあります」
紅茶のおかわりを注ぎながら、マーロは深く感心した。
「シャーリーは本当にいい子だな」
「違います。エルフですから、人よりも獣人たちとの付き合いが長いだけです。彼はそんな自分の本能に、本当は苦しんでいました。それでも、獣人じゃなくっても心で愛してくれているって、ちゃんと伝えてくれたんです」
だから――だから彼を信じて向き合おうって気持ちになれたのだ。
「それに私は、エルフとしても冒険者としても、落ちこぼれなんです。そんな私を無条件で可愛いって、愛してるって言ってくれるのは、ウェダーさんだけです」
「ふーん。私は君の能力はわからないけど、こうして話をしているだけで、気取ったエルフじゃなく心優しい子で良かったなって思ってるよ」
「ウェダーさんのお陰で、私はずっと使えなかった魔力が、少し使えるようになったんです」
「それはちょっと、元宮廷魔法使いとして興味あるな」
「マーロさんが!」
驚きの告白から、今度はマーロの話へと移っていく。
夫とは宮廷魔法使いとして、騎士団のある事件に協力した事で知り合った。
一目ぼれしたのはマーロのほうで、鈍感なドフを理解させるのに苦労した話などは、ユーモアを交えて笑ってしまう。
子供を産んだと同時に、危険な事は出来ないと仕事を辞めはしたが、子も巣立って暇を持て余していたという。
「かといって、もう仕事に戻る気もなく、屋敷に籠って好き勝手に魔法関係の研究をしているんだ」
「凄いです。宮廷魔法使いなんて、エリートですよね?しかも階級三位までいったなんて……」
「たまたま、生まれつき持っていた魔力のお陰だよ。君たちエルフから見れば、人の魔力なんて些細なものだ」
「とんでもないです!エルフは攻撃魔法が苦手なんです。あくまで補助的なものばかりで、人のように魔導書を読めば、色々な魔法が使えるなんてできないです」
そこが人と、人以外の違いなのだ。
人は秘めたる魔力が少なくても、魔石の補助を使って魔導書を駆使し、多数の魔法を使用する事が可能だ。
まあ、あくまで適性があればだが。
エルフは基本的には、生活補助や後方支援系の魔法のみで、魔力が多くても戦闘には向かない。
また、得意な魔法が偏りがちなのも特徴的で、魔導書を読んでも学ぶことができないとされる。
「それにしても、屑石に魔力込める付与とは……興味深いな」
「たまたまかも知れないです。まだ一回しか使用してないので」
「シャーリーさえ良かったら、色々と試してみないか?魔法を強化したいって言ってたから、少しは協力できるかも」
思いがけない申し出に、シャーリーは喜んだ。
「嬉しい!ぜひお願いします!」
「じゃあ、明日から色々と忙しくなるね。とりあえず今夜は休もう」
そう言って案内された客室は、可愛らしい桃色の壁紙の部屋だった。
家具も淡い木目の色合いで揃えられ、シーツの白さと相まって部屋全体を柔らかい印象にしていた。
「恥ずかしながら、私は外観がこうなんで、女性らしい物がこっそり好きなんだよ」
「全然恥ずかしくなんかないです。可愛くって素敵です」
心から賛辞を述べると、照れたマーロが抱きしめて頬にキスをしてくれた。
「おやすみシャーリー。君を心から歓迎するよ」
「はい、お世話になりますマーロさん。私も会えて嬉しいです。おやすみなさい」
こうしてベッドに入り、横になった途端に睡魔が襲ってきた。
「ウェダーさん大丈夫かな……」
私がもっと魔法が使えるようになったら、彼の役に立つかも知れない。
本当は騎士を続けたいと彼が願うなら、私が彼に寄り添った方がいいのだろうか?
冒険者にこだわらなくても、別の方法で彼を助ける?
何はともあれ、明日から頼もしい師匠が出来たのだ。
展開の速さに流されるままの出来事だったが、ドフやマーロと出会わせてくれたウェダーに感謝した。
「……寂しいな」
久しぶりの一人寝にホロリと弱音がこぼれつつ、静かに瞼を閉じて眠りに旅立った。
*****
そして時間は少しさかのぼり、後ろ髪引かれる思いでシャーリーと別れたウェダーは、ドフと共に馬車に乗り込んだ。
すぐさま走り出した途端に、シャーリーの前では潜めていた騎士の顔に二人は戻る。
「おい、気づいてるか?」
「……わかってますよ。はぁ、うっとおしい女だな本当に」
舌打ちと共に、ドカッと足を乱暴に組んだウェダーが、心底嫌そうな顔をする。
二人は気づいていた。
本部からドフの邸宅に向かうまで、後をつける小型の馬車と、その車体についた家紋の意味を。
「俺の家にいりゃ、伯爵家といえども手出しは出来ん。お前も子爵とはいえ貴族なんだから、もう少し上品に出来んのか」
「貴族籍なんぞ、いつでも返上しますよ」
「わかったわかった。冗談のつもりだったんだが、ともかくお嬢ちゃんはこれで安全だ。なんせマーロの腕は衰えちゃいない」
「伝説の炎の魔法使いですからね。反撃しすぎて、首都が大火に襲われない事を祈りますよ」
「違いねぇ!容赦しねーからなアイツ!がはははっ!」
何が楽しいのかと、白い目で見るウェダーなど気にもせず、ドフは笑い終えて話を続けた。
「それで、わざわざ休暇をあの伯爵家の領土にした意味はあったのか?考えがあっての行動だろ?」
「団長も気づいてるはずです。最近魔石で一番羽振りの良い貴族はどこなのか……」
「間違いなく、お前に首ったけの、あのわがまま娘のいる伯爵家だな」
ヒゲを整えている暇すらないとつぶやきながら、ドフは顎を撫でた。
二人は本部に急いで戻るなり、選んでおいた隊員たちを会議室に集めた。
「死んだらダメです」
「簡単に死ぬな馬鹿が」
シャーリーだけでなく、ドフから突っ込まれても、ウェダーは不機嫌からコロリと上機嫌になったまま、ドフの邸宅に到着した。
騎士団長の家にしては、華美でもなく落ち着いた外観。少し大きめの別荘のような建物は、レンガの高い塀に囲まれた中型程度の屋敷であった。
「俺には息子がいるが、もう結婚して家も出てる。嫁と二人で暮らしてるんだが、嫁も暇を持て余しているから、相手してやってくれたら嬉しい」
「お世話になります」
シャーリーは胸をドキドキさせながら、ドフに頭を下げた。
すると、先程まで最高潮だったウェダーが、再び不機嫌の嵐となる。
「離れるのが嫌だ。でも仕方ない……とっとと処理してくるから、ここで待っていてくれ」
「はい、ウェダーさんも気を付けてね」
「……やっぱり離れたくないから、二人で逃げようか?」
「冗談をいう元気があるなら大丈夫ですね、頑張って下さい。私も何か協力できる事があれば、お役に立ちたいので頑張りますから」
「冗談じゃないし、協力なんかしなくてもって……うっ、シャーリー自身がそう思うなら反対できない」
馬車を降りると、外はもう夕闇が近づき周囲は薄暗い。
荷物は屋敷から現れた使用人が運んでくれた。といっても、小さな鞄一つ程度なのだが。
入り口には、これでもかという端正な顔の美少年が立っていた。
ウェダーは大人の色気がある美貌で男性的なのだが、そこにいたのは微笑みが人懐っこい絶世の天使のような少年だった。
「おう!出迎えご苦労」
「さっき知らせが届いてね。いきなり娘が増えるぞって、何を言ってるんだ馬鹿」
「がはははっ!可愛いエルフの嬢ちゃんだぞ!紹介する、こいつが俺の嫁のマーロだ」
「よ、嫁っ!」
少年とばかり思って絶句するシャーリーに代わり、ウェダーは慣れた余所行きの愛想で挨拶を交わす。
「お久しぶりです奥方。突然の訪問をお許し下さい」
胸に片手を当て、軽く一礼するウェダーの礼儀は完璧だった。
マーロと呼ばれた少年のような彼女は、ニッコリと笑いながらウェダーに対応する。
「相変わらず、君は仮面を被ったまんまだね。それより、彼女が君の彼女さんか。とっても可愛いエルフさんだね」
「はっ、初めまして!シャーリーと申します!エルフですので名のみで家姓はございません」
「歓迎するよシャーリー。私はマーロと呼んでくれ。むさい男ばかりで大変だったろ?さあ、一緒に夕食でも食べよう」
そう言って屋敷に案内しようとしたマーロを、ドフは止めた。
「いや、俺とウェダーはこのまま仕事に戻る。すまんが、お嬢ちゃんを頼めるか?」
「わかった。色々と大変みたいだけど、お客様は歓迎だよ」
「あと、色々あってお嬢ちゃんの身の安全も守ってやってくれ」
「……わかった。まあウェダー絡みなら理由は納得できる。とっとと仕事終わらせて来い」
マーロがドフに近づくと、ドフは妻の為に背を屈める。
その首元に腕を回して、愛しい夫の無事を祈り口づけを交わす。
チラリと羨ましそうにウェダーはシャーリーを見たが、当人は目の前の出来事に魅入っており期待できそうになかった。
ここで自ら抱きしめに行くという選択肢もあったが、今度こそ我慢が効かなくなりそうなので、死ぬ思いで自制した。
「では、行ってくる」
馬車に戻る二人の背中越しに、シャーリーの声が届く。
「気を付けて頑張って下さい!」
見えぬ小さな幸せが、ウェダーの心に灯る。
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落ち着きのある家庭的な内装に、シャーリーはすぐにこの屋敷を気に入った。
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「お疲れ様。まずは一緒に食事でもしよう」
食堂に案内され、既に温かいシチューやパン、チキンなどが並べられていた。
マーロと共に用意された食事を楽しみながら会話も弾む。
話せば彼女は気安く、知識もある上にさりげないシャーリーへの気遣いもあり、すぐにシャーリーは心を開く。
「そうか、いきなりウェダーに酔わされて……ぶん殴ってやろうか?」
今までの出会いを話している中で、マーロはその一点だけは本気で怒ってくれた。
「彼は、もう少し女心がわかると思っていたんだが、本気になり過ぎると馬鹿になるんだな」
と、半ば呆れた感想までされた。
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「いえ、もういいんです。きっかけはどうであれ、彼からの謝罪も受けましたし、本人も強引だったと認めています。それに、なんていうか……私もほだされて好きになったのは事実なんで」
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「ウェダーにしつこく言い寄る質の悪い女がいる。あまりにしつこすぎて、ウェダーが首都から逃げ出した位だ」
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騎士団本部でもチラリと出ていた、シャーリーが一番聞きたくて聞けなかった真実だ。
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「ウェダーは嫌だと告げて逃げたんだよ?つまり女性側からの一方通行だ」
「だから田舎にいたんですか?」
「どうして、シャーリーのいた田舎にいたのかは知らないけど、休暇を無理やりとって逃げた理由の一つは間違いなく、あの伯爵令嬢だ」
「伯爵令嬢……」
相手は貴族で、しかも伯爵家だ。
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「これには、うちの旦那も一枚噛んでいて、申し訳ない事をした。別の知り合い伝手で、ウェダーに憧れている令嬢と挨拶だけでも交わして欲しいと言われて、あるパーティーに無理やり参加させて引き合わせたんだ。そしたら、相手側が夢中になってね……思い込みの激しい上に、わがままざんまいだったあげく、無駄に父親に権力があるから騎士団側も大変だった」
「一方的に追いかけまわされると困りますよね……わかります」
経験者ですとは言えなかったが、伝わった。
渋い顔をしていたマーロが笑う。
「あはははっ、そうだね。自分がされて嫌だったのに、君を一方的に好きになったからって強引に執着して追いかけまわしてるんだから、やっぱりぶん殴ろう」
「ダメダメです!彼の場合は、獣人の本能もあるので、仕方ない部分もあります」
紅茶のおかわりを注ぎながら、マーロは深く感心した。
「シャーリーは本当にいい子だな」
「違います。エルフですから、人よりも獣人たちとの付き合いが長いだけです。彼はそんな自分の本能に、本当は苦しんでいました。それでも、獣人じゃなくっても心で愛してくれているって、ちゃんと伝えてくれたんです」
だから――だから彼を信じて向き合おうって気持ちになれたのだ。
「それに私は、エルフとしても冒険者としても、落ちこぼれなんです。そんな私を無条件で可愛いって、愛してるって言ってくれるのは、ウェダーさんだけです」
「ふーん。私は君の能力はわからないけど、こうして話をしているだけで、気取ったエルフじゃなく心優しい子で良かったなって思ってるよ」
「ウェダーさんのお陰で、私はずっと使えなかった魔力が、少し使えるようになったんです」
「それはちょっと、元宮廷魔法使いとして興味あるな」
「マーロさんが!」
驚きの告白から、今度はマーロの話へと移っていく。
夫とは宮廷魔法使いとして、騎士団のある事件に協力した事で知り合った。
一目ぼれしたのはマーロのほうで、鈍感なドフを理解させるのに苦労した話などは、ユーモアを交えて笑ってしまう。
子供を産んだと同時に、危険な事は出来ないと仕事を辞めはしたが、子も巣立って暇を持て余していたという。
「かといって、もう仕事に戻る気もなく、屋敷に籠って好き勝手に魔法関係の研究をしているんだ」
「凄いです。宮廷魔法使いなんて、エリートですよね?しかも階級三位までいったなんて……」
「たまたま、生まれつき持っていた魔力のお陰だよ。君たちエルフから見れば、人の魔力なんて些細なものだ」
「とんでもないです!エルフは攻撃魔法が苦手なんです。あくまで補助的なものばかりで、人のように魔導書を読めば、色々な魔法が使えるなんてできないです」
そこが人と、人以外の違いなのだ。
人は秘めたる魔力が少なくても、魔石の補助を使って魔導書を駆使し、多数の魔法を使用する事が可能だ。
まあ、あくまで適性があればだが。
エルフは基本的には、生活補助や後方支援系の魔法のみで、魔力が多くても戦闘には向かない。
また、得意な魔法が偏りがちなのも特徴的で、魔導書を読んでも学ぶことができないとされる。
「それにしても、屑石に魔力込める付与とは……興味深いな」
「たまたまかも知れないです。まだ一回しか使用してないので」
「シャーリーさえ良かったら、色々と試してみないか?魔法を強化したいって言ってたから、少しは協力できるかも」
思いがけない申し出に、シャーリーは喜んだ。
「嬉しい!ぜひお願いします!」
「じゃあ、明日から色々と忙しくなるね。とりあえず今夜は休もう」
そう言って案内された客室は、可愛らしい桃色の壁紙の部屋だった。
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「恥ずかしながら、私は外観がこうなんで、女性らしい物がこっそり好きなんだよ」
「全然恥ずかしくなんかないです。可愛くって素敵です」
心から賛辞を述べると、照れたマーロが抱きしめて頬にキスをしてくれた。
「おやすみシャーリー。君を心から歓迎するよ」
「はい、お世話になりますマーロさん。私も会えて嬉しいです。おやすみなさい」
こうしてベッドに入り、横になった途端に睡魔が襲ってきた。
「ウェダーさん大丈夫かな……」
私がもっと魔法が使えるようになったら、彼の役に立つかも知れない。
本当は騎士を続けたいと彼が願うなら、私が彼に寄り添った方がいいのだろうか?
冒険者にこだわらなくても、別の方法で彼を助ける?
何はともあれ、明日から頼もしい師匠が出来たのだ。
展開の速さに流されるままの出来事だったが、ドフやマーロと出会わせてくれたウェダーに感謝した。
「……寂しいな」
久しぶりの一人寝にホロリと弱音がこぼれつつ、静かに瞼を閉じて眠りに旅立った。
*****
そして時間は少しさかのぼり、後ろ髪引かれる思いでシャーリーと別れたウェダーは、ドフと共に馬車に乗り込んだ。
すぐさま走り出した途端に、シャーリーの前では潜めていた騎士の顔に二人は戻る。
「おい、気づいてるか?」
「……わかってますよ。はぁ、うっとおしい女だな本当に」
舌打ちと共に、ドカッと足を乱暴に組んだウェダーが、心底嫌そうな顔をする。
二人は気づいていた。
本部からドフの邸宅に向かうまで、後をつける小型の馬車と、その車体についた家紋の意味を。
「俺の家にいりゃ、伯爵家といえども手出しは出来ん。お前も子爵とはいえ貴族なんだから、もう少し上品に出来んのか」
「貴族籍なんぞ、いつでも返上しますよ」
「わかったわかった。冗談のつもりだったんだが、ともかくお嬢ちゃんはこれで安全だ。なんせマーロの腕は衰えちゃいない」
「伝説の炎の魔法使いですからね。反撃しすぎて、首都が大火に襲われない事を祈りますよ」
「違いねぇ!容赦しねーからなアイツ!がはははっ!」
何が楽しいのかと、白い目で見るウェダーなど気にもせず、ドフは笑い終えて話を続けた。
「それで、わざわざ休暇をあの伯爵家の領土にした意味はあったのか?考えがあっての行動だろ?」
「団長も気づいてるはずです。最近魔石で一番羽振りの良い貴族はどこなのか……」
「間違いなく、お前に首ったけの、あのわがまま娘のいる伯爵家だな」
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「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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