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「心配しないでいい、すぐケリをつける」
「だから、その為に俺が協力するって言ってるんだよ」
頭をカリカリと掻いて、ドフは天井を仰ぐ。
ウェダーが聞く耳を持たないのはいつもの事だが、今はこれまで以上に頑なだった。
その原因もわかっている。
理由あり実家を飛び出したウェダーは、逃げるように騎士学校に入学した。
そこで才能を発揮しながらも、自らの力に苦しむウェダーを、自分の部隊に引き込んだのは自分だ。
文官になりたいというウェダーに、騎士で手柄を立てれば騎士職の事務方もあると無理やり勧誘した。
いざ入ると見立ての通り、その圧倒的な戦闘力で事務方などより先陣で戦う実行部隊こそ生きる道だと周囲も認めた。
けれど、どれだけ褒められても本人は不服だった。
見習い騎士を終えて、正式な騎士の誓いの儀式をすっぽかしたのも、奴なりの抗議だったのだろう。
だが、簡単に手放せるはずもないのだ。
騎士の技術を身に着けた獣人の能力者を、国が放置するはずもない。
保護も兼ての勧誘だった。そして奴は、この部隊において、誰よりも強い騎士となる。
だから俺の所にいろと何度も説明しても、心から納得する事はなかった。
自らの血を嫌い、法的に人としての戸籍をもってしても、階級のある者たちからの混ざりモノという侮蔑の視線を奴は感じていた。
何度も荒れて、その度に拳で語り合い、そして力で示して文句を言わせるなと激を飛ばすと、奴は想定以上の活躍を見せた。
「お嬢ちゃん。騎士団ってのは四つに分かれているんだが、俺たちの第一は国の戦闘の先陣を切る実力第一主義でな。そこを率いるウェダーに、最後の示しをつけて貰わんと、残った奴らも困るんだ。少し時間と協力をお願いしたい」
大きな巨体を折り曲げて、ドフはガバッとシャーリーに向かって頭を下げた。
彼が本来、頭を下げるのは国王と騎士のトップである将軍の二人だけである。
そんな彼が、ただの田舎のおちこぼれエルフにとった行動に、シャーリーは心から驚いた。
「あっ……あ」
「お嬢ちゃん!この首都にいる間は、どうか俺の所に来てくんねぇか?」
「嫌に決まってるだろ!シャーリー無視でいい。この人は、こうやって簡単に頭を下げて、懐に入って来るのか得意なんだ」
「黙ってろウェダー!」
窓が揺れる程の大声に、シャーリーは涙目で身体が跳ねた。
それを見て慌てたドフこそ、目じりを下げて謝罪する。
「っと、すまねぇ。男ばっかりの場所にいるとな、悪い癖だ。実はウェダーには、大きな事件の解決に向けて動いて貰う。その間に、保護も兼ねて俺が後見人になりたいって話なんだ」
「騎士団長様に?恐れ多いです」
「いやいや、大したことはない。うちの嫁も喜ぶと思うし、ぜひ来てやってくれねえか?こいつの家より警備も完璧だし、何より俺が身の安全を保証する」
「それで、俺はシャーリーと引き離されて許すとでも?」
「お前もわかってるだろ。あっちもこっちも、とっとと解決するのに俺を利用しろって言ってるんだ」
ドフの真剣な眼差しに光が宿る。
その瞳からは、心からウェダーを想う気持ちが滲み出ており、流石のウェダーも折れるしかなかった。
ウェダーのいる部隊は、今でこそ国随一の精鋭部隊として名高いが、集まっている騎士たちは本来、他部隊からあぶれた者たちで構成されていた。
その百人近い隊員たちを率いるウェダーの実力は、この国で一・二を争うレベルであるが、いかんせん本人は騎士の立場を渋々受け入れているに過ぎないのだ。
そんな彼を騎士に引き込み、長らく共にいるドフは恩師でもあり特別な上司でもある。
「わかりました。とっとと片づけて戻るまで、彼女を頼みます」
「それでいいウェダー。お嬢ちゃんも含めて大歓迎だ」
「いえ、俺はとっとと事件を片付けてきます」
「私を置いて行くんですか?」
にべもなくサラリと言ったウェダーに喰いついたのは、それまで見守っていたシャーリーだった。
自分の事なのに、置いてけぼりのままに話が進んで行く。
その事に対して、怒りすら滲ませて抗議した。
「まったく話が見えないうちに、私の事を勝手に決めないで下さい」
「確かに……お前、どこまで話をしたんだ?と聞かなくてもわかるな。あえて何も伝えてない感じだろ」
宥めようとするウェダーの手を払いのけたシャーリーは、ドフに向かって必死に懇願した。
「私もウェアキャットの討伐に参加しました。彼は助けに来てくれたんです!罪があるなら私だけなんです!」
誤解したままのシャーリーは、自らのせいでウェダーに迷惑をかけているならばと、ドフに懇願した。
その姿に、ドフはすぐさま察した。
「あーあーあー理解した。ちゃんとウェダーの定期報告書に目を通していたからな。お嬢ちゃんは関係者だし、知る権利がある。説明してやれ、お前が抱える事件を」
「ですが、民間人に機密を……」
「お前が守ろうとする程に、お嬢ちゃんの不信感を募らせるだけだ。最初にちゃんと説明しとけば良かったんだ馬鹿が。だからお前は爪が甘いんだよ。許可する、説明せよウェールズ隊長。これは命令だ」
グッと悔し気な顔を一瞬見せたウェダーだが、諦めたようにやっとシャーリーの誤解を解くことになる。
横に座る彼女の手を自らの膝に引き寄せると、小さな手は簡単にウェダーの手に包まれ隠れてしまう。
こんな風に、全ての面倒や危険から彼女を隔離したかったのに。
「魔石の収穫量が、異常な程に増えているんだ。その原因と方法も確認できた。君の退治したウェアキャットがいい例で、あえて魔物を呼び寄せて魔石を得ていた犯人がいる」
「あの笛を使って?という事は、他にもまだ、あの笛があるんですか?」
「黒トカゲも、もしかしたら……まだ確定はしていない」
魔石とは、本来はダンジョンで魔物を倒して、稀に手に入るレアなもののはず。
だからこそ貴重で、高値で売れているのだ。
魔石のメカニズムは現在も研究中だが、人外の者達は、あれこそが魔物の魔力の核である事を知っている。
つまり、魔力の高い魔物ほど手に入りやすいのは、既に人の世界でも常識のはず。
「ウェアキャットの一部は討伐不可だって……私、そういうのに関係して犯人たちの仲間か、もしくは何かの罪でここに連れて来られたのかと」
「百年生きたウェアキャットが、進化するのは知ってるな?彼らは、討伐不可に認定されている。君を連れてきたのは、首都でないと結婚届が出せないからだ」
その言葉にガクリと力が抜けたのは、シャーリーだけでなくドフもだった。
「そうじゃないだろ?ちゃんと説明して、協力を要請しろ」
呆れ果てたドフは、これが今まで女に本気になれなかった男の本気かと、呆れはてた。
知っているウェダーは、もっと器用にこなしていたはずだが、本命相手だと勝手が違うらしい。
その証拠に、このエルフは今までの女と違い、ウェダーに一方的に恋慕しているタイプではなさそうだ。
あれだけ、本人の意思はともかく浮名を流した男がと、むしろ愉快にすらなる。
言葉を選びながらも、ウェダーはやっと核心に迫る話を伝えた。
余程伝えたくなかったのは、彼女を極力巻き込みたくないからだ。
「君は容疑者としてではなく、協力者として同行して貰っている。これに見覚えはあるか?」
懐から、見覚えのある笛を取り出した。
やっと自分の立場がわかったシャーリーは、素直にそれを受け取る。
「これ、あの森で魔物を呼び寄せた笛と一緒ですね。ん?気のせいかな?」
違和感に気づいたシャーリーが小首を傾げて、笛を指先で何度も撫でた。
「気づいた事を、なんでも言ってくれ」
「はいウェダーさん。この笛の魔力が、何かおかしい気がします」
その言葉にウェダーとドフは、視線を合わせて頷いた。
慎重に、ドフは優しくシャーリーに尋ねた。
部屋の空気が、引き締まるような緊張感に包まれる。
「どう違うか?思った通りでいい、教えてくれねぇか?エルフは俺たちより、魔法道具の感覚に優れているから、ささいな事でも助かるんだ」
「だから私を連れて来たんですね。んー何か弱い力か、トントーンって。ぶわーって重いはずなのに、軽い感覚で、波動も乱れて壊れかけというか、思ったより魔力が少ないかな?って、私まだ魔法とか全然ダメなんで、アテにしないで下さいね」
二人があまりに真剣に聞くので、つい保険として言い訳を付け加えた。
あくまで感じたままを、言葉もロクにまとめずに伝えただけなのに、あまりにも大事な感じで受け入れられ困惑する。
そんなに大事な事?でも、こんな怪しい笛で魔物をわざと引き寄せて魔石を採取していたなら、冒険者としてはズルの違反対象者だ。許せない。
「こっちの笛も、触ってくれねぇか?」
「ええっ、やっぱり笛って複数あるんだ」
ドフが向かいの席から大きな手を伸ばして渡してきたのは、もう一つの見た目が同じ、白い陶器の簡素な笛だった。
先程のように指先で触ると、シャーリーは驚いた。
「あれ?さっきとリズムが違う?ツートントンってなってる」
「リズム?魔力の波動とやらの事か?」
「はい!さっきの笛と同じ弱々しい魔力で、乱れた波があるんですけど、波の形が違うんです」
「ほう……やはり、お嬢ちゃんは俺の所にいた方がいい」
笛を返して、改めて今度はドフから説明される。
「人は魔力が少なくて、大抵の魔法使いですら、詠唱で魔法を使うのに魔石の補助が必要だ。つまり波動を感じたり、魔力を笛に込めたりという付与魔術師は本当に少ないんだ」
「エルフには割と多いかもですが、全体的には少ないと思います」
「ああ、知ってる。だが君にはその才能があるみたいだな」
「まさかーあはははっ」
笑い飛ばそうとしたシャーリーは、二人が笑わないのに気づき急いで口を閉ざした。
「え、私?」
「やっぱり、貴重なエルフは保護しとかねーとな。せめて事件が解決するまで」
有無を言わさぬドフの言葉に、二人は従うしかなく、シャーリーは第一騎士団長に、内密に保護される事になる。
こうして気づけばシャーリーは、ウェダーと共にドフの屋敷を訪れる事になった。
向かう馬車の車内にて、ウェダーはシャーリーの肩を抱き、ひたすら離れないように密着する。
その執着ぶりに慣れてしまったエルフと、向かいに座り呆れるドフ。
「すぐに事件など終わらせるから、早く結婚しような?」
「私も、ウェダーさんが好きなのは一緒なんですけど、結婚しますって言ってないです」
「え……」
硬直するウェダーに、シャーリーはキッパリと告げる。
「私、冒険者を続けたいんです!だから結婚はできないと思います」
「そんな……レベル10になれたのに?」
肩を抱く彼の手が、ガクガクと震えている事に罪悪感を感じながらも、シャーリーは告げた。
「ちゃんと本音を伝えないと、きっと幸せになれないと思うから伝えますね。今度こそ、立派な冒険者になれるかもって嬉しいんです。私……このまま続けたい」
「だから、俺も共にいられるように冒険者になる」
「ええーっ!そのために騎士を辞めるんですか!」
飛び跳ねる勢いで驚くのは、シャーリーだけではない。
向かいのドフも、おいおいと声なきツッコミを入れているが、ウェダーは本気だ。
「騎士のままなら、一緒にクエストに参加するにも制限があるし、今回みたいに任務で離れる事になる。だが、君と同じ冒険者になればずっと一緒だ」
「よ、喜ぶべきなんでしょうけど……変な人から、ちょっと怖い人になっている気が……」
「ウェダー……お前、その、凄い執着だな」
「団長、彼女は俺の番ですから」
睨みつけるように、ウェダーはドフに語気を強めて主張する。
そして、番という言葉に流石のドフも、今度こそ色々と腑に落ちた部分もあった。
「血が……そうさせたのか?」
「あれだけ嫌っていた自分の血に、今は感謝しています。彼女と出会え、そして彼女を守る力の源の全てですから」
「そうか……なら、止めても無駄だな。その血を受け入れられたのが、お前の苦しみを癒す彼女って訳だ」
改めてジロリと、シャーリーを見つめるドフの視線から隠すように、ウェダーはシャーリーを横から抱きしめた。
あわわと慌てるシャーリーに、ウェダーは言う。
「そういえば、結婚指輪もプロポーズもまだだった。でも覚えていてシャーリー。君は、俺の魂なんだ」
「わっ、私も一応は番の本能を知っていますが、エルフなので番を感じる力は弱いんです。だから私は、ただウェダーさんを、心で好きでいいですか?本能が弱くてすいません」
それはシャーリーからすれば、本能に狂うウェダーとは違う愛だと告げた告白だったのだが、ウェダーからすれば最高の贈り物だった。
「最高だシャーリー!一つだけ忘れないで欲しいのは、獣の本能だけでなく、俺はただの人としても、心から君に惹かれているという事だ」
「わわわっ、あっ、有難うございます」
顔を真っ赤にして照れるエルフが愛しくてたまらず、そのまま彼女のつむじに大量のキスを降らせる。
ウェダーは、これ以上ない笑顔で喜びを溢れさせた。
「だから、その為に俺が協力するって言ってるんだよ」
頭をカリカリと掻いて、ドフは天井を仰ぐ。
ウェダーが聞く耳を持たないのはいつもの事だが、今はこれまで以上に頑なだった。
その原因もわかっている。
理由あり実家を飛び出したウェダーは、逃げるように騎士学校に入学した。
そこで才能を発揮しながらも、自らの力に苦しむウェダーを、自分の部隊に引き込んだのは自分だ。
文官になりたいというウェダーに、騎士で手柄を立てれば騎士職の事務方もあると無理やり勧誘した。
いざ入ると見立ての通り、その圧倒的な戦闘力で事務方などより先陣で戦う実行部隊こそ生きる道だと周囲も認めた。
けれど、どれだけ褒められても本人は不服だった。
見習い騎士を終えて、正式な騎士の誓いの儀式をすっぽかしたのも、奴なりの抗議だったのだろう。
だが、簡単に手放せるはずもないのだ。
騎士の技術を身に着けた獣人の能力者を、国が放置するはずもない。
保護も兼ての勧誘だった。そして奴は、この部隊において、誰よりも強い騎士となる。
だから俺の所にいろと何度も説明しても、心から納得する事はなかった。
自らの血を嫌い、法的に人としての戸籍をもってしても、階級のある者たちからの混ざりモノという侮蔑の視線を奴は感じていた。
何度も荒れて、その度に拳で語り合い、そして力で示して文句を言わせるなと激を飛ばすと、奴は想定以上の活躍を見せた。
「お嬢ちゃん。騎士団ってのは四つに分かれているんだが、俺たちの第一は国の戦闘の先陣を切る実力第一主義でな。そこを率いるウェダーに、最後の示しをつけて貰わんと、残った奴らも困るんだ。少し時間と協力をお願いしたい」
大きな巨体を折り曲げて、ドフはガバッとシャーリーに向かって頭を下げた。
彼が本来、頭を下げるのは国王と騎士のトップである将軍の二人だけである。
そんな彼が、ただの田舎のおちこぼれエルフにとった行動に、シャーリーは心から驚いた。
「あっ……あ」
「お嬢ちゃん!この首都にいる間は、どうか俺の所に来てくんねぇか?」
「嫌に決まってるだろ!シャーリー無視でいい。この人は、こうやって簡単に頭を下げて、懐に入って来るのか得意なんだ」
「黙ってろウェダー!」
窓が揺れる程の大声に、シャーリーは涙目で身体が跳ねた。
それを見て慌てたドフこそ、目じりを下げて謝罪する。
「っと、すまねぇ。男ばっかりの場所にいるとな、悪い癖だ。実はウェダーには、大きな事件の解決に向けて動いて貰う。その間に、保護も兼ねて俺が後見人になりたいって話なんだ」
「騎士団長様に?恐れ多いです」
「いやいや、大したことはない。うちの嫁も喜ぶと思うし、ぜひ来てやってくれねえか?こいつの家より警備も完璧だし、何より俺が身の安全を保証する」
「それで、俺はシャーリーと引き離されて許すとでも?」
「お前もわかってるだろ。あっちもこっちも、とっとと解決するのに俺を利用しろって言ってるんだ」
ドフの真剣な眼差しに光が宿る。
その瞳からは、心からウェダーを想う気持ちが滲み出ており、流石のウェダーも折れるしかなかった。
ウェダーのいる部隊は、今でこそ国随一の精鋭部隊として名高いが、集まっている騎士たちは本来、他部隊からあぶれた者たちで構成されていた。
その百人近い隊員たちを率いるウェダーの実力は、この国で一・二を争うレベルであるが、いかんせん本人は騎士の立場を渋々受け入れているに過ぎないのだ。
そんな彼を騎士に引き込み、長らく共にいるドフは恩師でもあり特別な上司でもある。
「わかりました。とっとと片づけて戻るまで、彼女を頼みます」
「それでいいウェダー。お嬢ちゃんも含めて大歓迎だ」
「いえ、俺はとっとと事件を片付けてきます」
「私を置いて行くんですか?」
にべもなくサラリと言ったウェダーに喰いついたのは、それまで見守っていたシャーリーだった。
自分の事なのに、置いてけぼりのままに話が進んで行く。
その事に対して、怒りすら滲ませて抗議した。
「まったく話が見えないうちに、私の事を勝手に決めないで下さい」
「確かに……お前、どこまで話をしたんだ?と聞かなくてもわかるな。あえて何も伝えてない感じだろ」
宥めようとするウェダーの手を払いのけたシャーリーは、ドフに向かって必死に懇願した。
「私もウェアキャットの討伐に参加しました。彼は助けに来てくれたんです!罪があるなら私だけなんです!」
誤解したままのシャーリーは、自らのせいでウェダーに迷惑をかけているならばと、ドフに懇願した。
その姿に、ドフはすぐさま察した。
「あーあーあー理解した。ちゃんとウェダーの定期報告書に目を通していたからな。お嬢ちゃんは関係者だし、知る権利がある。説明してやれ、お前が抱える事件を」
「ですが、民間人に機密を……」
「お前が守ろうとする程に、お嬢ちゃんの不信感を募らせるだけだ。最初にちゃんと説明しとけば良かったんだ馬鹿が。だからお前は爪が甘いんだよ。許可する、説明せよウェールズ隊長。これは命令だ」
グッと悔し気な顔を一瞬見せたウェダーだが、諦めたようにやっとシャーリーの誤解を解くことになる。
横に座る彼女の手を自らの膝に引き寄せると、小さな手は簡単にウェダーの手に包まれ隠れてしまう。
こんな風に、全ての面倒や危険から彼女を隔離したかったのに。
「魔石の収穫量が、異常な程に増えているんだ。その原因と方法も確認できた。君の退治したウェアキャットがいい例で、あえて魔物を呼び寄せて魔石を得ていた犯人がいる」
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「黒トカゲも、もしかしたら……まだ確定はしていない」
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だからこそ貴重で、高値で売れているのだ。
魔石のメカニズムは現在も研究中だが、人外の者達は、あれこそが魔物の魔力の核である事を知っている。
つまり、魔力の高い魔物ほど手に入りやすいのは、既に人の世界でも常識のはず。
「ウェアキャットの一部は討伐不可だって……私、そういうのに関係して犯人たちの仲間か、もしくは何かの罪でここに連れて来られたのかと」
「百年生きたウェアキャットが、進化するのは知ってるな?彼らは、討伐不可に認定されている。君を連れてきたのは、首都でないと結婚届が出せないからだ」
その言葉にガクリと力が抜けたのは、シャーリーだけでなくドフもだった。
「そうじゃないだろ?ちゃんと説明して、協力を要請しろ」
呆れ果てたドフは、これが今まで女に本気になれなかった男の本気かと、呆れはてた。
知っているウェダーは、もっと器用にこなしていたはずだが、本命相手だと勝手が違うらしい。
その証拠に、このエルフは今までの女と違い、ウェダーに一方的に恋慕しているタイプではなさそうだ。
あれだけ、本人の意思はともかく浮名を流した男がと、むしろ愉快にすらなる。
言葉を選びながらも、ウェダーはやっと核心に迫る話を伝えた。
余程伝えたくなかったのは、彼女を極力巻き込みたくないからだ。
「君は容疑者としてではなく、協力者として同行して貰っている。これに見覚えはあるか?」
懐から、見覚えのある笛を取り出した。
やっと自分の立場がわかったシャーリーは、素直にそれを受け取る。
「これ、あの森で魔物を呼び寄せた笛と一緒ですね。ん?気のせいかな?」
違和感に気づいたシャーリーが小首を傾げて、笛を指先で何度も撫でた。
「気づいた事を、なんでも言ってくれ」
「はいウェダーさん。この笛の魔力が、何かおかしい気がします」
その言葉にウェダーとドフは、視線を合わせて頷いた。
慎重に、ドフは優しくシャーリーに尋ねた。
部屋の空気が、引き締まるような緊張感に包まれる。
「どう違うか?思った通りでいい、教えてくれねぇか?エルフは俺たちより、魔法道具の感覚に優れているから、ささいな事でも助かるんだ」
「だから私を連れて来たんですね。んー何か弱い力か、トントーンって。ぶわーって重いはずなのに、軽い感覚で、波動も乱れて壊れかけというか、思ったより魔力が少ないかな?って、私まだ魔法とか全然ダメなんで、アテにしないで下さいね」
二人があまりに真剣に聞くので、つい保険として言い訳を付け加えた。
あくまで感じたままを、言葉もロクにまとめずに伝えただけなのに、あまりにも大事な感じで受け入れられ困惑する。
そんなに大事な事?でも、こんな怪しい笛で魔物をわざと引き寄せて魔石を採取していたなら、冒険者としてはズルの違反対象者だ。許せない。
「こっちの笛も、触ってくれねぇか?」
「ええっ、やっぱり笛って複数あるんだ」
ドフが向かいの席から大きな手を伸ばして渡してきたのは、もう一つの見た目が同じ、白い陶器の簡素な笛だった。
先程のように指先で触ると、シャーリーは驚いた。
「あれ?さっきとリズムが違う?ツートントンってなってる」
「リズム?魔力の波動とやらの事か?」
「はい!さっきの笛と同じ弱々しい魔力で、乱れた波があるんですけど、波の形が違うんです」
「ほう……やはり、お嬢ちゃんは俺の所にいた方がいい」
笛を返して、改めて今度はドフから説明される。
「人は魔力が少なくて、大抵の魔法使いですら、詠唱で魔法を使うのに魔石の補助が必要だ。つまり波動を感じたり、魔力を笛に込めたりという付与魔術師は本当に少ないんだ」
「エルフには割と多いかもですが、全体的には少ないと思います」
「ああ、知ってる。だが君にはその才能があるみたいだな」
「まさかーあはははっ」
笑い飛ばそうとしたシャーリーは、二人が笑わないのに気づき急いで口を閉ざした。
「え、私?」
「やっぱり、貴重なエルフは保護しとかねーとな。せめて事件が解決するまで」
有無を言わさぬドフの言葉に、二人は従うしかなく、シャーリーは第一騎士団長に、内密に保護される事になる。
こうして気づけばシャーリーは、ウェダーと共にドフの屋敷を訪れる事になった。
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その執着ぶりに慣れてしまったエルフと、向かいに座り呆れるドフ。
「すぐに事件など終わらせるから、早く結婚しような?」
「私も、ウェダーさんが好きなのは一緒なんですけど、結婚しますって言ってないです」
「え……」
硬直するウェダーに、シャーリーはキッパリと告げる。
「私、冒険者を続けたいんです!だから結婚はできないと思います」
「そんな……レベル10になれたのに?」
肩を抱く彼の手が、ガクガクと震えている事に罪悪感を感じながらも、シャーリーは告げた。
「ちゃんと本音を伝えないと、きっと幸せになれないと思うから伝えますね。今度こそ、立派な冒険者になれるかもって嬉しいんです。私……このまま続けたい」
「だから、俺も共にいられるように冒険者になる」
「ええーっ!そのために騎士を辞めるんですか!」
飛び跳ねる勢いで驚くのは、シャーリーだけではない。
向かいのドフも、おいおいと声なきツッコミを入れているが、ウェダーは本気だ。
「騎士のままなら、一緒にクエストに参加するにも制限があるし、今回みたいに任務で離れる事になる。だが、君と同じ冒険者になればずっと一緒だ」
「よ、喜ぶべきなんでしょうけど……変な人から、ちょっと怖い人になっている気が……」
「ウェダー……お前、その、凄い執着だな」
「団長、彼女は俺の番ですから」
睨みつけるように、ウェダーはドフに語気を強めて主張する。
そして、番という言葉に流石のドフも、今度こそ色々と腑に落ちた部分もあった。
「血が……そうさせたのか?」
「あれだけ嫌っていた自分の血に、今は感謝しています。彼女と出会え、そして彼女を守る力の源の全てですから」
「そうか……なら、止めても無駄だな。その血を受け入れられたのが、お前の苦しみを癒す彼女って訳だ」
改めてジロリと、シャーリーを見つめるドフの視線から隠すように、ウェダーはシャーリーを横から抱きしめた。
あわわと慌てるシャーリーに、ウェダーは言う。
「そういえば、結婚指輪もプロポーズもまだだった。でも覚えていてシャーリー。君は、俺の魂なんだ」
「わっ、私も一応は番の本能を知っていますが、エルフなので番を感じる力は弱いんです。だから私は、ただウェダーさんを、心で好きでいいですか?本能が弱くてすいません」
それはシャーリーからすれば、本能に狂うウェダーとは違う愛だと告げた告白だったのだが、ウェダーからすれば最高の贈り物だった。
「最高だシャーリー!一つだけ忘れないで欲しいのは、獣の本能だけでなく、俺はただの人としても、心から君に惹かれているという事だ」
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「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」
王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。
その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。
彼女には、誰にも言えない秘密があった。
それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。
聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。
人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。
「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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