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「あ……あがってる!嘘っ!レベルが……一気に10になった!」
「黒トカゲは、それなりのランクの魔物だしな」
ウェダーは事も無げにいいつつ、懐から石を見せた。
少し後ろでは、ピョンピョン跳ねて喜びまわっているシャーリーがいる。
「最近、魔石の採取量はあがっているのは、トカゲの仕業か?」
「は、はいっ!あまりの繁殖に討伐クエストを募集したんです」
「まあ、ある程度は数を減らしたが、卵の目撃や巣は不明なんだな?」
「ええ、また何かわかりましたら、騎士団にあてて情報を提供させて頂きます」
シャーリーは無邪気に喜んでいたのだが、ピコピコと耳をそばだてて話を聞く。
だが、その耳を軽くつままれた。
「ひゃん」
「こらシャーリー。今のは仕事の話だから、忘れるように」
「だったら、こんな所で話さなきゃ……あわわっ、わかりました。すいません」
長い耳を齧る仕草をされて、涙目で後ずさった。
どこの世界に、エルフの耳を狙う騎士がいるんだと、心で悪態をつく。
その日は、有頂天になったシャーリーの奢りで、庶民的な町の食堂で食事をした。
「エルフは野菜が好きなものかと」
「偏見やめてもらえますか?」
モグモグと肉に舌鼓をうつ愛しいエルフと食事を堪能し、この町の宿屋にもう一泊する。
明日には首都につく、そう告げて夜が更けてくると……ウェダーのメインディッシュが始まった。
「肉も食べたし、戦闘で血も滾ってるし、では頂きます」
「エルフは食べ物ではありませーん!」
そういいつつも、もうウェダーを拒絶する事などできるはずもなく、待ってましたと美味しく頂かれた。
勿論、長い耳もおいしく舐められ齧られると、むせび啼くはめになり、深い快楽の海に沈められる。
慣らされた身体は、彼の香りを嗅ぐだけで痺れてしまう。
誰よりも感じる場所を執拗に責められ、声が枯れるまで喘がされる。
涙を浮かべて懇願すると、彼はより嬉しそうに貪った。
リズムをつけて何度も打ち付けられ、身体が跳ねると大きな鋼の腕に閉じ込められる。
何度もキスの雨が降り、出るのは許しての懇願だけ。
思考は溶けて何度も瞼にチカチカと閃光が走る。
どれだけ愛されても足りないとばかりに、内から沸く欲望はあふれ出す。
それは彼だけでなく、シャーリーも同じ。
金色に光る視線にすら、感じてしまう程に、もう彼に溺れてしまった。
逞しい肩に噛みついて。背中に爪をたてる。
逃れられない貫かれる悦びに、弾け飛ばないよう彼にしがみ付いた。
つい少し前まで、何も知らなかった身体は、もう彼なしではいられない。
それを教え込まされるように、彼は飽きることなくエルフを抱きつぶした。
こうして愛された朝、満足気なウェダーと、げっそりとしたシャーリーがいた。
あまりの落差に、通りすがる人々がチラリと視線を向けてはサッと逸らす。
大通りの馬車乗り場まで来ると、今まで乗っていた旅用の馬車とは確実に違う、豪華な馬車が待っていた。
「まさかこれに乗るの?」
「首都じゃあ普通の馬車だ。さあ行こう」
中は今までの硬い椅子とは違い、腰まで沈みそうなほどの、柔らかなクッション生地で出来ていた。
内装も細かな細工が彫り込まれた金縁や、窓のカーテンからピロードとレースの二重で光を調節できる心配り。
足を組み寛ぎながら馴染むウェダーと違い、カチコチに緊張したシャーリーは落ち着かなかった。
それでもシャーリーは、窓の外ではなく、何度も自分のカードを見つめていた。
指で字をなぞっては、ニマニマと喜びを噛み締める。
その様子をみて和むウェダーと共に、馬車は確実に首都に近づいていた。
「ほら、もうすぐ到着するよ」
ウェダーに教えられ、カードを懐に戻して車窓から外を見た途端、シャーリーは感嘆の声をあげた。
「うわぁ!凄い!」
青空の道は、やがて大きな城壁の門をくぐると、途端に膨大な人の賑わいを見せる首都に入る。
高級な馬車の造りのせいだけでなく、歩道の石畳も整えられて振動も少なくかろやかに進んで行く。
並び立つ建物は全て立派で、木で作られた粗末な小屋など一つもない。
「これが首都……」
あまりの別世界にシャーリーが絶句している間も、馬車は目的地に向かって進んで行った。
窓をソッと閉じたシャーリーは真面目な顔をして、ウェダーに問う。
「ウェダーさん、私は容疑者として連行されてるんですよね?ウェダーさんに、私の存在がご迷惑になりませんか?」
「どうしてそう思うんだ?」
面白い勘違いをしているなと気づいたウェダーが促すと、覚悟を決めた顔でシャーリーは両手を組んだ。
「私……確かにウェアキャットの討伐には参加しましたが、何の罪になるんでしょう?」
「君の罪は、俺に愛された事くらいなんだが?」
「ですから、そういう冗談を言ってる場合じゃないです」
泣きべそをかいたシャーリーは、怒りを堪えた強い口調で告げた。
「私の事を愛してるって本当なんですよね?」
「勿論、剣にかけて」
「私も……私もウェダーさんが嫌じゃないし、愛してくれているのも信じています。だからこそ迷惑をかけたくないんです」
一滴の涙が彼女の頬を伝ったのを見て、ウェダーは自分の愚かさを悟る。
「ごめん、いや……もっと早く言ってやれば良かった。違うんだシャーリー」
腕を伸ばして、指先で彼女の涙をそっとぬぐう。
まるで、壊れそうなガラスに触れるようにソッと……。
そんな二人の空気は、馬車が停車すると同時に霧散した。
馬車の扉が外からノックされ、大きな声が響く。
「ウェールズ隊長!お待ちしていました!」
「シャーリー、心配はいらないし、君には何の罪もない。ここに連れてきた理由はあとで説明するから、とりあえず待機室で待っていて欲しい」
「はい」
気を落ち着かせるために、大きく息を吸うと同時に扉が開かれた。
そして、外に広がる光景に驚愕する。
遠くから見えた、天にも届きそうな白亜の城が、目の前にそびえ立っていた。
ここがどこなのか、一瞬脳が拒絶したシャーリーを、ウェダーは優しく誘導していく。
目の前には大きなレンガ造りの、それこそ小さな要塞と言ってもおかしくない、堅固な騎士団本部があった。
一寸の狂いもない整列をする騎士たちの間を、ウェダーはシャーリーを連れ威風堂々と入場していく。
扉を開ける二名の騎士は、息の合った動作で敬礼を示す。
魂の抜けたシャーリーは、頭が真っ白なまま、足だけが動いている状態だ。
エルフとはいえ、森の奥の自然豊かな集落から出た自分が、今や人の国でも有数の首都の城の敷地内にいる。
いかも、あの騎士団本部に足を踏み入れている。
どこまでこの人は凄いのだろうか……横に立つ事すらためらわれるが、彼の手はシャーリーの肩を掴んで離さない。
これこそが自分の大事な女だと、はっきり誇示するかのように、歩調すらシャーリーに合わせている事に、シャーリーは気づかない。
広い通路を迷うことなくウェダーは進む。
ついシャーリーはチラチラと周囲を伺ってしまう。
流石は騎士団本部、どこを見ても強そうな騎士ばかりだな……あっ、女性の騎士もいる。
カッコイイなあ、ああいう人になりたかったけど、そもそも私エルフだし――
案内された部屋は、応接室のようだった。
華美ではないが、重厚な家具が並ぶ一室で待っていろと指示され、シャーリーは一人取り残された。
心細いが仕方ない。とうとう、来てしまったのだ。
ウェダーは先ほど、私には罪はないと言った。
それが気遣いだったらどうしよう。
彼は私を庇って何かしようとしている?
考えても思考がグルグルと回り、青い壁紙の小さな金の花の模様を数えてみたりと、いつもの平常心に戻ろうとするのだが……ダメだった。
百人は住めるだろう歴史ある建物の一室で、エルフは耳を垂れてしょげていた。
「軽い罪で済むといいなぁ……やりたい事もできたし」
ふぅと声に出してため息をつくと、ソファーに深く腰掛けた足を延ばして伸びをする。
コチコチと柱時計がなる中で、この先の事を想像してシャーリーはウェダーを待っていた。
魔法をちゃんと使えるようになりたい。
そうすれば少しでも彼の役に立てるかもしれない。
エルフの魔法は生まれつき備わっているもので、詠唱など必要としない。
人は本来は魔力が微小で、それゆえに魔導書などで学び詠唱によって魔力を練り上げて発動する。
だが、エルフは軽く願うだけで使う事が出来るのだ。
もしかしたら自分も?と、手のひらを出して、エルフの魔法をイメージして使おうと試みた。
「いでよ炎」
小さくつぶやき、手のひらに集中したが、自分でもわかる。
炎など出ることはない。
「暇だからって、試してもむなしいなあ。あー、やっぱり私はまだまだ未熟なエルフだわ」
ボスンとソファーに横に寝そべり、足をバタバタさせている。
本人は気づいていないが、とっくに緊張感など消えていた。
厳粛な雰囲気の、ましてや騎士たちの中心部にいるはずなのだが、先程とは打って変わり、待つのに飽きたシャーリーはウロウロと部屋を探り出した。
応接室の中央のソファーはどっしりと茶色の皮の光沢を放ち、壁に並ぶ飾り棚や家具は、落ち着きを感じさせる木の色が、部屋の雰囲気を醸し出している。
本棚の背表紙を見ても、まったくシャーリーの興味を引くことはない。
「剣術における集団戦闘の心得……へー」
口を半分開けて、ただタイトルを読むだけで終わってしまった。
壁に飾ってある絵画は、誰かもわからぬ騎士の姿……うん、わからない。
窓から外の景色でも見ようかと覗いてみると、見えたのは騎士たちの行進の練習や、掛け声や怒声が聞こえたので、ソッとソファーに戻る。
手持ち無沙汰になってしまった。
困ったなと高い天井を見上げていると、ドアがガチャリとノックもなく開き、大柄の男が飛び込んできた。
「おう!あんたがウェダーの嫁さんか!」
「ひいっ!熊っ!」
立ち上がって逃げようとしたが、唯一の入り口は塞がれており、ここは三階だった。
万事休す、大声を出せば沢山いる騎士の誰かが助けてくれるかもしれない。
大声を張り上げようとした寸前、現れた熊のごとき大男が豪快に笑う。
「あははっ、まてまて。俺はここの関係者だ。遠征帰りで身なりを整えてる暇もなかったんだ。許してくれ」
「ふぇ?関係者?」
伸び放題の髪の色と同じ赤いヒゲを撫でつけながら、男は名乗った。
「ドフ・クラッシュ、この国の第一騎士団長で、お前さんの旦那の上司だ」
「ひぃいいーっ!」
大物の登場と、初対面の無礼を思い出し、悲鳴をあげたシャーリーは青ざめた。
震えて冷や汗をかくエルフを見て、ドフは廊下に響く程の大声で爆笑した。
「お、面白いエルフだな。もっとお高く気取ってるもんかと思ったが、耳が垂れてるのとか、がははっ!」
「も、申し訳ありませんでした!」
立ち上がり、必死にペコペコと謝罪するシャーリーと、ドフと名乗る腹を抑えて笑いが止まらない男。
いきなり部屋は賑やかになったが、そこにやっとウェダーが慌てて飛び込んできた。
「何してるんですか団長!」
「ウェダー、ププッ……面白すぎるなお前の嫁。俺を見て、初対面で悲鳴あげて熊だと思ったらしいぞ」
「むさ苦しい格好で、俺のシャーリーに近づかないで下さい」
スタスタとシャーリーの元に行き、お辞儀を止めさせた。
そして、不思議な三者面談が始まったのである。
しっかりとしたソファーに、横並びに座るウェダーとシャーリー。
そして向かい合うのがドフ……騎士団団長だ。
「俺は名乗ったぞ。次は、そっちのお嬢ちゃんの番だ。っと、エルフだから四十七歳の俺より年上か?」
「いっ、いえ。実年齢も見た目もハーフエルフですので人と同じです。私は……」
「シャーリー、二十歳、俺の唯一の女で、身元に関してはツィダー方面の奥付近、サウスの森のエルフの集落出身。レベルとスキルは……」
シャーリーの言葉に被せるように、ウェダーがスラスラとドフに説明を始めた。
その内容は冒険者登録カードのデータ数値も狂いなく伝え、あげくシャーリーですらどん引きするレベルの情報、身長や体重まで伝えきると、なぜか誇らしげにウェダーは言い放つ。
「というわけで、俺の妻です。団長は引っ込んでいて下さい」
「そういうわけにもいかんだろ。事件の件も、例の件もある。何よりお前さっき、とうとう辞表を提出しやがったな」
「ええっ、ウェダーさん騎士やめるんですか!」
目を丸くしたシャーリーが、ウェダーの顔を覗き込んだ。
その仕草に、ドフに見せていたのとは正反対の甘い顔でニッコリとウェダーは微笑む。
「その為に首都に来たんだ。心配はいらない、貯金もあるし君に苦労はさせな……」
「取柄がなくなっちゃったら、ただの変な人ですよ?」
「がはははっ!」
部屋は再び、混乱した。
収集がつかなくなる前に、ドフがバッサリとトドメを刺した。
「ウェダー。お前の辞表は、今回のヤマが解決するまで保留だ。受理しねぇ」
「くっ……」
「それと、この後どうせ自分の屋敷に戻るつもりならやめておけ。特に、このお嬢ちゃんを連れては危険だ」
先程までの、どこか柔和な気配は一切消え失せた顔で、ドフは真剣な顔で伝える。
その迫力に、シャーリーは背筋を正した。
「お前が帰還するのを、待ちわびていたあのレディが、黙っていると思うのか?」
「誰にも文句は言わせない。俺にはシャーリーがいます」
いきなり訳の分からぬ展開と、突然現れたウェダーの女性の陰に、シャーリーは黙り込む。
珍しく余裕のないウェダーが、怒りを抑えてドフに噛みついた。
「あんたが言うように、俺は手柄も立てた。あげくがこのザマだ。別に責める気はないが、もう十分貢献しただろ?いい加減解放してくれ!」
「ガキみてぇな事を、まだ言うんだな。勧めたのは俺だが、最後に受け入れたのはお前だウェダー」
「だから!」
「お前は、詰めが甘いのが弱点だ。そこで怯えるお嬢ちゃんの為にも、俺のいう事を信じろウェダー。悪いようにはしねえからよ」
「あんたに、そうやって何度も騙されたんだ」
大きくため息をつき、ウェダーはシャーリーをチラリと見つめた。
「ごめん、怖がらせた?大丈夫だから」
「ええっと、ちゃんと説明してくれますか?」
恐る恐るウェダーを見つめる目に、不安が揺れる。
小さく微笑んだウェダーは、愛しいエルフを守ると改めて心に誓った。
「黒トカゲは、それなりのランクの魔物だしな」
ウェダーは事も無げにいいつつ、懐から石を見せた。
少し後ろでは、ピョンピョン跳ねて喜びまわっているシャーリーがいる。
「最近、魔石の採取量はあがっているのは、トカゲの仕業か?」
「は、はいっ!あまりの繁殖に討伐クエストを募集したんです」
「まあ、ある程度は数を減らしたが、卵の目撃や巣は不明なんだな?」
「ええ、また何かわかりましたら、騎士団にあてて情報を提供させて頂きます」
シャーリーは無邪気に喜んでいたのだが、ピコピコと耳をそばだてて話を聞く。
だが、その耳を軽くつままれた。
「ひゃん」
「こらシャーリー。今のは仕事の話だから、忘れるように」
「だったら、こんな所で話さなきゃ……あわわっ、わかりました。すいません」
長い耳を齧る仕草をされて、涙目で後ずさった。
どこの世界に、エルフの耳を狙う騎士がいるんだと、心で悪態をつく。
その日は、有頂天になったシャーリーの奢りで、庶民的な町の食堂で食事をした。
「エルフは野菜が好きなものかと」
「偏見やめてもらえますか?」
モグモグと肉に舌鼓をうつ愛しいエルフと食事を堪能し、この町の宿屋にもう一泊する。
明日には首都につく、そう告げて夜が更けてくると……ウェダーのメインディッシュが始まった。
「肉も食べたし、戦闘で血も滾ってるし、では頂きます」
「エルフは食べ物ではありませーん!」
そういいつつも、もうウェダーを拒絶する事などできるはずもなく、待ってましたと美味しく頂かれた。
勿論、長い耳もおいしく舐められ齧られると、むせび啼くはめになり、深い快楽の海に沈められる。
慣らされた身体は、彼の香りを嗅ぐだけで痺れてしまう。
誰よりも感じる場所を執拗に責められ、声が枯れるまで喘がされる。
涙を浮かべて懇願すると、彼はより嬉しそうに貪った。
リズムをつけて何度も打ち付けられ、身体が跳ねると大きな鋼の腕に閉じ込められる。
何度もキスの雨が降り、出るのは許しての懇願だけ。
思考は溶けて何度も瞼にチカチカと閃光が走る。
どれだけ愛されても足りないとばかりに、内から沸く欲望はあふれ出す。
それは彼だけでなく、シャーリーも同じ。
金色に光る視線にすら、感じてしまう程に、もう彼に溺れてしまった。
逞しい肩に噛みついて。背中に爪をたてる。
逃れられない貫かれる悦びに、弾け飛ばないよう彼にしがみ付いた。
つい少し前まで、何も知らなかった身体は、もう彼なしではいられない。
それを教え込まされるように、彼は飽きることなくエルフを抱きつぶした。
こうして愛された朝、満足気なウェダーと、げっそりとしたシャーリーがいた。
あまりの落差に、通りすがる人々がチラリと視線を向けてはサッと逸らす。
大通りの馬車乗り場まで来ると、今まで乗っていた旅用の馬車とは確実に違う、豪華な馬車が待っていた。
「まさかこれに乗るの?」
「首都じゃあ普通の馬車だ。さあ行こう」
中は今までの硬い椅子とは違い、腰まで沈みそうなほどの、柔らかなクッション生地で出来ていた。
内装も細かな細工が彫り込まれた金縁や、窓のカーテンからピロードとレースの二重で光を調節できる心配り。
足を組み寛ぎながら馴染むウェダーと違い、カチコチに緊張したシャーリーは落ち着かなかった。
それでもシャーリーは、窓の外ではなく、何度も自分のカードを見つめていた。
指で字をなぞっては、ニマニマと喜びを噛み締める。
その様子をみて和むウェダーと共に、馬車は確実に首都に近づいていた。
「ほら、もうすぐ到着するよ」
ウェダーに教えられ、カードを懐に戻して車窓から外を見た途端、シャーリーは感嘆の声をあげた。
「うわぁ!凄い!」
青空の道は、やがて大きな城壁の門をくぐると、途端に膨大な人の賑わいを見せる首都に入る。
高級な馬車の造りのせいだけでなく、歩道の石畳も整えられて振動も少なくかろやかに進んで行く。
並び立つ建物は全て立派で、木で作られた粗末な小屋など一つもない。
「これが首都……」
あまりの別世界にシャーリーが絶句している間も、馬車は目的地に向かって進んで行った。
窓をソッと閉じたシャーリーは真面目な顔をして、ウェダーに問う。
「ウェダーさん、私は容疑者として連行されてるんですよね?ウェダーさんに、私の存在がご迷惑になりませんか?」
「どうしてそう思うんだ?」
面白い勘違いをしているなと気づいたウェダーが促すと、覚悟を決めた顔でシャーリーは両手を組んだ。
「私……確かにウェアキャットの討伐には参加しましたが、何の罪になるんでしょう?」
「君の罪は、俺に愛された事くらいなんだが?」
「ですから、そういう冗談を言ってる場合じゃないです」
泣きべそをかいたシャーリーは、怒りを堪えた強い口調で告げた。
「私の事を愛してるって本当なんですよね?」
「勿論、剣にかけて」
「私も……私もウェダーさんが嫌じゃないし、愛してくれているのも信じています。だからこそ迷惑をかけたくないんです」
一滴の涙が彼女の頬を伝ったのを見て、ウェダーは自分の愚かさを悟る。
「ごめん、いや……もっと早く言ってやれば良かった。違うんだシャーリー」
腕を伸ばして、指先で彼女の涙をそっとぬぐう。
まるで、壊れそうなガラスに触れるようにソッと……。
そんな二人の空気は、馬車が停車すると同時に霧散した。
馬車の扉が外からノックされ、大きな声が響く。
「ウェールズ隊長!お待ちしていました!」
「シャーリー、心配はいらないし、君には何の罪もない。ここに連れてきた理由はあとで説明するから、とりあえず待機室で待っていて欲しい」
「はい」
気を落ち着かせるために、大きく息を吸うと同時に扉が開かれた。
そして、外に広がる光景に驚愕する。
遠くから見えた、天にも届きそうな白亜の城が、目の前にそびえ立っていた。
ここがどこなのか、一瞬脳が拒絶したシャーリーを、ウェダーは優しく誘導していく。
目の前には大きなレンガ造りの、それこそ小さな要塞と言ってもおかしくない、堅固な騎士団本部があった。
一寸の狂いもない整列をする騎士たちの間を、ウェダーはシャーリーを連れ威風堂々と入場していく。
扉を開ける二名の騎士は、息の合った動作で敬礼を示す。
魂の抜けたシャーリーは、頭が真っ白なまま、足だけが動いている状態だ。
エルフとはいえ、森の奥の自然豊かな集落から出た自分が、今や人の国でも有数の首都の城の敷地内にいる。
いかも、あの騎士団本部に足を踏み入れている。
どこまでこの人は凄いのだろうか……横に立つ事すらためらわれるが、彼の手はシャーリーの肩を掴んで離さない。
これこそが自分の大事な女だと、はっきり誇示するかのように、歩調すらシャーリーに合わせている事に、シャーリーは気づかない。
広い通路を迷うことなくウェダーは進む。
ついシャーリーはチラチラと周囲を伺ってしまう。
流石は騎士団本部、どこを見ても強そうな騎士ばかりだな……あっ、女性の騎士もいる。
カッコイイなあ、ああいう人になりたかったけど、そもそも私エルフだし――
案内された部屋は、応接室のようだった。
華美ではないが、重厚な家具が並ぶ一室で待っていろと指示され、シャーリーは一人取り残された。
心細いが仕方ない。とうとう、来てしまったのだ。
ウェダーは先ほど、私には罪はないと言った。
それが気遣いだったらどうしよう。
彼は私を庇って何かしようとしている?
考えても思考がグルグルと回り、青い壁紙の小さな金の花の模様を数えてみたりと、いつもの平常心に戻ろうとするのだが……ダメだった。
百人は住めるだろう歴史ある建物の一室で、エルフは耳を垂れてしょげていた。
「軽い罪で済むといいなぁ……やりたい事もできたし」
ふぅと声に出してため息をつくと、ソファーに深く腰掛けた足を延ばして伸びをする。
コチコチと柱時計がなる中で、この先の事を想像してシャーリーはウェダーを待っていた。
魔法をちゃんと使えるようになりたい。
そうすれば少しでも彼の役に立てるかもしれない。
エルフの魔法は生まれつき備わっているもので、詠唱など必要としない。
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だが、エルフは軽く願うだけで使う事が出来るのだ。
もしかしたら自分も?と、手のひらを出して、エルフの魔法をイメージして使おうと試みた。
「いでよ炎」
小さくつぶやき、手のひらに集中したが、自分でもわかる。
炎など出ることはない。
「暇だからって、試してもむなしいなあ。あー、やっぱり私はまだまだ未熟なエルフだわ」
ボスンとソファーに横に寝そべり、足をバタバタさせている。
本人は気づいていないが、とっくに緊張感など消えていた。
厳粛な雰囲気の、ましてや騎士たちの中心部にいるはずなのだが、先程とは打って変わり、待つのに飽きたシャーリーはウロウロと部屋を探り出した。
応接室の中央のソファーはどっしりと茶色の皮の光沢を放ち、壁に並ぶ飾り棚や家具は、落ち着きを感じさせる木の色が、部屋の雰囲気を醸し出している。
本棚の背表紙を見ても、まったくシャーリーの興味を引くことはない。
「剣術における集団戦闘の心得……へー」
口を半分開けて、ただタイトルを読むだけで終わってしまった。
壁に飾ってある絵画は、誰かもわからぬ騎士の姿……うん、わからない。
窓から外の景色でも見ようかと覗いてみると、見えたのは騎士たちの行進の練習や、掛け声や怒声が聞こえたので、ソッとソファーに戻る。
手持ち無沙汰になってしまった。
困ったなと高い天井を見上げていると、ドアがガチャリとノックもなく開き、大柄の男が飛び込んできた。
「おう!あんたがウェダーの嫁さんか!」
「ひいっ!熊っ!」
立ち上がって逃げようとしたが、唯一の入り口は塞がれており、ここは三階だった。
万事休す、大声を出せば沢山いる騎士の誰かが助けてくれるかもしれない。
大声を張り上げようとした寸前、現れた熊のごとき大男が豪快に笑う。
「あははっ、まてまて。俺はここの関係者だ。遠征帰りで身なりを整えてる暇もなかったんだ。許してくれ」
「ふぇ?関係者?」
伸び放題の髪の色と同じ赤いヒゲを撫でつけながら、男は名乗った。
「ドフ・クラッシュ、この国の第一騎士団長で、お前さんの旦那の上司だ」
「ひぃいいーっ!」
大物の登場と、初対面の無礼を思い出し、悲鳴をあげたシャーリーは青ざめた。
震えて冷や汗をかくエルフを見て、ドフは廊下に響く程の大声で爆笑した。
「お、面白いエルフだな。もっとお高く気取ってるもんかと思ったが、耳が垂れてるのとか、がははっ!」
「も、申し訳ありませんでした!」
立ち上がり、必死にペコペコと謝罪するシャーリーと、ドフと名乗る腹を抑えて笑いが止まらない男。
いきなり部屋は賑やかになったが、そこにやっとウェダーが慌てて飛び込んできた。
「何してるんですか団長!」
「ウェダー、ププッ……面白すぎるなお前の嫁。俺を見て、初対面で悲鳴あげて熊だと思ったらしいぞ」
「むさ苦しい格好で、俺のシャーリーに近づかないで下さい」
スタスタとシャーリーの元に行き、お辞儀を止めさせた。
そして、不思議な三者面談が始まったのである。
しっかりとしたソファーに、横並びに座るウェダーとシャーリー。
そして向かい合うのがドフ……騎士団団長だ。
「俺は名乗ったぞ。次は、そっちのお嬢ちゃんの番だ。っと、エルフだから四十七歳の俺より年上か?」
「いっ、いえ。実年齢も見た目もハーフエルフですので人と同じです。私は……」
「シャーリー、二十歳、俺の唯一の女で、身元に関してはツィダー方面の奥付近、サウスの森のエルフの集落出身。レベルとスキルは……」
シャーリーの言葉に被せるように、ウェダーがスラスラとドフに説明を始めた。
その内容は冒険者登録カードのデータ数値も狂いなく伝え、あげくシャーリーですらどん引きするレベルの情報、身長や体重まで伝えきると、なぜか誇らしげにウェダーは言い放つ。
「というわけで、俺の妻です。団長は引っ込んでいて下さい」
「そういうわけにもいかんだろ。事件の件も、例の件もある。何よりお前さっき、とうとう辞表を提出しやがったな」
「ええっ、ウェダーさん騎士やめるんですか!」
目を丸くしたシャーリーが、ウェダーの顔を覗き込んだ。
その仕草に、ドフに見せていたのとは正反対の甘い顔でニッコリとウェダーは微笑む。
「その為に首都に来たんだ。心配はいらない、貯金もあるし君に苦労はさせな……」
「取柄がなくなっちゃったら、ただの変な人ですよ?」
「がはははっ!」
部屋は再び、混乱した。
収集がつかなくなる前に、ドフがバッサリとトドメを刺した。
「ウェダー。お前の辞表は、今回のヤマが解決するまで保留だ。受理しねぇ」
「くっ……」
「それと、この後どうせ自分の屋敷に戻るつもりならやめておけ。特に、このお嬢ちゃんを連れては危険だ」
先程までの、どこか柔和な気配は一切消え失せた顔で、ドフは真剣な顔で伝える。
その迫力に、シャーリーは背筋を正した。
「お前が帰還するのを、待ちわびていたあのレディが、黙っていると思うのか?」
「誰にも文句は言わせない。俺にはシャーリーがいます」
いきなり訳の分からぬ展開と、突然現れたウェダーの女性の陰に、シャーリーは黙り込む。
珍しく余裕のないウェダーが、怒りを抑えてドフに噛みついた。
「あんたが言うように、俺は手柄も立てた。あげくがこのザマだ。別に責める気はないが、もう十分貢献しただろ?いい加減解放してくれ!」
「ガキみてぇな事を、まだ言うんだな。勧めたのは俺だが、最後に受け入れたのはお前だウェダー」
「だから!」
「お前は、詰めが甘いのが弱点だ。そこで怯えるお嬢ちゃんの為にも、俺のいう事を信じろウェダー。悪いようにはしねえからよ」
「あんたに、そうやって何度も騙されたんだ」
大きくため息をつき、ウェダーはシャーリーをチラリと見つめた。
「ごめん、怖がらせた?大丈夫だから」
「ええっと、ちゃんと説明してくれますか?」
恐る恐るウェダーを見つめる目に、不安が揺れる。
小さく微笑んだウェダーは、愛しいエルフを守ると改めて心に誓った。
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