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宿を出てまずギルドに向かう。
今までにない規模の大きさに圧倒されながら、いくつもあるカウンターの一つに向かい、ウェダーの持ち込んだ、黒トカゲ討伐のクエストに参加したいとシャーリーは告げた。
受付の職員は困惑した顔をしてウェダーを見つめたが、シャーリーの後ろのウェダーから目で合図を受け、参加登録を完了させた。
「証拠品は、あくまで尻尾の先だけで大丈夫です。今回は特例クエストですので、リタイアも受け付けます。くれぐれも無理しないで下さいね」
とても親身に心配してくれたと、感激するシャーリーは知らない。
このクエストは、本来は参加できない中級以上からであり、背後にいるウェダーの特権と能力により、ギルドが許可を出したのだった。
いつもの冒険者用のワンピースに短いタイツ姿、背後には折りたたみ弓とウェダーに勧められた屑石の矢を入れた筒を肩から胸元にかけている。
長い金髪を後ろにまとめ、緑の瞳を期待に輝かせながら、森の入り口まで優雅に馬車で運んでもらう。
スタートの時点で、こんな楽をしていいのだろうか?
いいのだとシャーリーは前向きに受け入れて、森に入っていく。
同行者は、紺色シャツに騎士がよく履く黒ズボンのウェダーのみ。
黒皮の胸当てだけ身に着けた軽装のウェダーに、そんな装備で大丈夫かと尋ねたら鼻で笑われた。
「じゃあ、森は私の得意なフィールドなので、ちゃんと後ろついて来て下さいね」
とはりきった五分後、森の木々や蔦に遮られて、シャーリーは歩行に四苦八苦していた。
十分もすると、慣れた様子で先頭がウェダーに切り替わる。
「気にしなくていいよ。野営訓練で慣れてるし、そもそも君は後方支援の狩人なんだから」
「すいません……ううっ」
森の奥深くを目指して、二人は進む。
邪魔な枝や蔦は、全てウェダーが剣で薙ぎ払う。
逞しい背中の後を、シャーリーはついていくばかりだ。
生い茂る緑の隙間から、太陽の光のカーテンがキラキラと銀の髪を照らす。
彼が生粋の獣人ならば、きっと誇り高い銀の虎だったはず。
眩しいほどに崇高な姿を思い浮かべ、本当にこの人の番が私なのかと、不思議で仕方ない。
「迷いなく進んでますけど、黒トカゲの匂いがわかるとか?」
「ぷはっ……流石にトカゲの匂いは勘弁してくれ。黒トカゲは水場の岩場に巣をつくる習性があるから、水のありそうな場所を探してる」
「水の場所って、わかるんですか?」
「まあ、生えている草や木や、さっきから空を飛んでいる小鳥の方向から、まあ勘なんだが」
「凄い!」
並みの冒険者より、有能なのではないか?
これは負けられないと、なぜか無意味な対抗心を燃やしたエルフを連れて、まもなく水音が耳をうつ小さな川辺に辿り着いた。
ピョコピョコと耳を動かし、シャーリーは音を聞き分けた。
「ウェダーさん!何かいます」
「ああ、奴さんのおでましだ」
大人でも渡り切れるかという大きな川幅、岩場には苔がむし雑草が生い茂り足場が見え辛い。
だが、物音はする。
何かがカサカサと鳴る音とともに、即座に黒い巨体をぬめりと現した。
子牛と同程度の大きさの黒い爬虫類は、その口元に鋭い牙が揃っていた。
シャーリー程度なら丸のみにされそうな巨大トカゲは、まっすぐに向かってくる。
「俺が合図したら、矢を射ってくれ」
「はいっ!気を付けて下さいね!」
ウェダーは緩みかけた口元を引き締めて、剣を構えて魔物に向かっていく。
――まあ、一撃で殲滅は可能なんだが……。
あえて威力を落として切りかかる。
右前足を飛ばしたが、あちらは怯むどころか、より威嚇して襲い掛かろうと向かってきた。
剣を弾くトカゲの粘膜は面倒だが、それよりも今がチャンスとシャーリーに指示を飛ばす。
「火をイメージして矢を撃ってくれ」
「えっ?え、火?」
「いいから、早く!」
仕留めるより抑制する方が面倒だ。
だが、彼女は必死に弓をつがえ狙いを定めた。
俺の読みに間違いなければ……。
「いきます!離れて!」
後ろに大きく飛び、距離をとったウェダーの前に放たれた矢が軌道を描く。
なぜか自ら獲物に向かうように、矢じりを赤くして黒トカゲの目を貫いた。
形容しがたい魔物の叫び声が響く。
「う、嘘!当たっちゃった」
むしろ、たかだか一本の矢で、ここまでダメージを与えた事の方が異常なのだが、見事に命中させた奇跡にシャーリーは自ら驚き、矢をつがえたポーズのままに固まった。
ウェダーは尻尾を水に打ち付けつつも、陸に転がりもがくトカゲに、容赦なくトドメを刺した。
「ひゃあっ!」
「はい、終了」
手間取った時間など何だったのか、ウェダーは黒トカゲを軽く半分に叩き切った。
上下に分かれたトカゲの下半身が水に沈んでいくのを見て、ウェダーは慌てる。
「おっと、尻尾が必要なんだ」
ブスリと半身になった下半身の肉に剣先を突き刺して、片手で軽く引き上げた。
そして尻尾の先を切り落とす。
剣先の汚れが気持ち悪いのか、川の水に刃をつけた後、ブンと風を何度か切って水気をとると鞘に納めた。
切り離された上半身は、死を迎えているがピクピクと痙攣を繰り返していた。
足で転がしてあおむけにして、矢が刺さった目玉を注意深く見る。
「ああ……やっぱり」
何かを確認して納得したウェダーに、シャーリーが駆け寄って来た。
「大丈夫ですか?というか凄いです!私達退治できたんですよね?」
「ああ、凄いなシャーリーは」
膝をつき手招きで呼び寄せると、警戒心なく隣に座り込む恋人に苦笑する。
無防備な彼女が、今まで無事に生き延びてくれた事に感謝した。
赤く焼け焦げたトカゲの目を指さして説明してやった。
「ちゃんと魔法が発動してる。おめでとう」
「うそっ、あの矢にそんな力が?」
「石は屑でも元は魔石。確かに魔力を込めやすいが、それを発動させたのは君で間違いないよ」
「でも、私の魔力は塞がっていて使えないはずじゃ……」
「だから、もう穴が開いただろ?」
真横の美貌がニコリと微笑んだ。
「俺が大人にしてあげたのが、効果あったのかな?」
「穴って……ちょっと、キャ――っ!」
恥ずかしくて、思い切りウェダーの肩をバンバンと叩く。
あははと嬉しそうに笑うウェダーだが、抵抗せずにされるがままだ。
というか、むしろじゃれてくる子猫が可愛いといわんばかりに堪能していた。
早朝に出発して、まだ午前中だというのに、早速クエストをクリアしてしまった。
しかも……しかもだ……。
「私、魔法を使えるようになった?」
長老からは、何がきっかけになるかは、わからないとは言われてはいた。
ある日突然、覚醒する者もいたし、転んだ拍子に使える様になったり、それこそ吹き矢を吹く為に、大きく息を吸った途端に魔法が身についた者もいたらしい。
塞がる原因も、それが剥がれる理由も、あまりにもサンプルが少すぎてわからないと、匙を投げられるのがエルフの現状。
皆が魔法を使う中で、魔力はあれど使い方すらわからない私は、小さく生きていたものだ。
だけど……大人になる事が発動条件だった?
「感謝してくれていいよ?シャーリー」
「それとこれは、別です」
ピシャリと調子に乗った彼の言葉を遮って、矢を見つめた。
確かに刺さったトカゲの目玉の部分は、焼けて溶けている。
普通の矢では、ありえない事だ。
実感がじわじわと湧き上がり、喜びに満ちていく。
「これで私も立派なエルフとして、やれファイヤーとかブリザードとか、ビシバシ魔法を駆使して活躍できるんだ」
「いや、それはどうだろう?」
「ええーっ!」
「試してみよう」
ウェダーに手を繋がれて、少しトカゲの上半身から距離を置く。
「じゃあ、魔法で攻撃してみて?」
「どうやって?」
活躍する気はあるのだが、何せ使い方がわからない。
笑いを堪えた涙目のウェダーが、指示を出す。
「ププッ、じゃあ活躍できるように、また弓で狙ってくれるかな?」
「はいっ」
元気よく答えて、目の前のまだビクビクしているトカゲに狙いを定めた。
「今度は、ブリザードかな?冷たくなれって、氷をイメージして撃ってみて」
「ええっと、こうかな?」
ギリギリと指先で矢をつがえて引きながら、私は言われるがままに、気合を込めた。
「放て」
「冷たくなれっ!」
風を切ってバシュッと刺さった途端に、トカゲに薄い氷の幕が張った。
だが、すぐにホロホロと割れたガラスのように零れ落ちていく。
それでもウェダーには十分だった。
「うん、出来たね。えらいえらい」
「威力……弱すぎ」
へこむシャーリーが座り込んだが、ウェダーは満足そうだった。
「凄いよシャーリー。ゼロとイチでは全然違う」
「ですね。これから、鍛えたらいいんですもんね」
立ち直りだけが取り柄のシャーリーは、なんとか元気をとり戻した。
だが、そんな温かな雰囲気も、一瞬にしてウェダーの動きによって止まる。
何かを聞きつけたウェダーと、数秒遅れて耳の良いエルフもその音を拾った。
ガサガサといくつも這いまわる音、先程のトカゲと似た足音が、こちらに勢いよく向かってきている。
「血の匂いを嗅ぎつけたか……群れだったみたいだな」
「黒トカゲのですか?まさか、この魔物は群れなんか作る習性はないはず」
「誰かが……っと」
口を滑らせそうになったウェダーは、慌てて口元を手で押さえた。
幸いなことに、シャーリーは向かってくる音に警戒して気づかない。
ウェダーのこのクエストの目的の一つ、シャーリーの能力開花の確認は終えた。
残りの今の状況は、願ってもない幸運だった。
シャーリーの言う通り、黒トカゲは群れる生態ではない。
なのにギルドで討伐まで募集され、あげく今複数向かってくる気配からして、ウェダーは確信する。
こいつらも何者かによる増殖か――
「行ってくる。ここで待ってろ」
「私も行きます」
「ここで待機。命令に従え……っと、じゃないな」
騎士の顔から、一瞬恋人の顔に戻る。
「君が大事だから、ここで待っていて」
「一人でなんて危険です」
「少しは惚れた女の前で、カッコつけさせてくれ」
ニッコリと笑うウェダーに見惚れた隙に、人では飛び越えられぬ川幅を軽い助走のみで飛び越えた。
その姿に、シャーリーが唖然としていると、ウェダーの背中はその先の森に消えていく。
すぐに物音に変化が訪れた。
人ならば聞こえぬ魔物の呻きを、シャーリーはハッキリと聞き分ける。
全てがすぐに鳴いては消えていく絶叫に、ウェダーの剣舞が見えるようだった。
数分もすれば、森は再び静寂を取り戻し、心地よい小川のせせらぎが聞こえるばかり。
ガサガサと草をかきわけてウェダーの姿が現れた瞬間、シャーリーはホッとした。
「良かったぁ、無事だった」
「うん?ああ、この程度……というか、少し川辺から離れてくれ。そこに着地するから」
刃先を川につけると、汚れた色が清められた。
軽く跳躍して、見事に川を越えてシャーリーの目前に着地した瞬間、シャーリーが飛びついた。
「あんなに数がいるのに、一人で戦うなんて心配したんだから!」
ついホロリと本音が出てしまったが、そのままウェダーの腰に抱きついた。
対してウェダーは、嬉しくて仕方ない。
カチャリと剣を鞘に戻し、いざ両腕で愛しいエルフを抱きしめようとすれば、手は空振りする。
苦笑いしつつ、ウェダーはシャーリーに尋ねた。
「尻尾の数で報酬が決まるけど、向こうのトカゲのも切り取ってこようか?」
だが、予想通りシャーリーは首を横に振った。
「私はいいです。ウェダーさんの手柄なので、好きにしてください」
「そうか、ならもう帰ろう」
「えっ?いいんですか?」
「用は済んだ」
そう言って、二人は道を戻り森を抜けた。
待っていた馬車に乗り込み、即座にギルドに向かうと、受付の職員が喜んでくれた。
「おかえりなさい。まあ、ウェールズ様がついてるから大丈夫だと思ったけど、無事で良かったわね」
「はい、ありがとうございます」
つい嬉しくて、満面の笑みを浮かべたシャーリーは、トカゲの尻尾を差し出した。
麻袋に入れた拳程度の大きさの尻尾には、黒トカゲ特有のギザギザのヒレが細かくついている。
「うん、間違いなく黒トカゲよ。カードを貸して貰っていいかしら?」
差し出したシャーリーのカードを受け取り、何やらガサゴソと手続きを始めた。
時間は正午を過ぎた頃、周りの冒険者がチラホラといる中で、大人しくシャーリーは完了を待つ。
そして、小さな報酬の入った袋とカードが差し出された。
「おめでとう。ちゃんと頑張った経験値も入ってたわよ。凄いわね、魔力が発動って書いてあるし、いきなり才能に目覚めちゃった?」
笑いながら差し出された袋には、銀貨が二十枚も入っていた。
普段は銅貨レベルの報酬ばかりなので、喜びより驚きが大きい。
「こ、こんなに!」
「それだけの事をあなたはしたのよ?胸を張りなさい」
こくこくと素直に受付嬢の言葉に頷きつつ、カードを見て手が震えた。
今までにない規模の大きさに圧倒されながら、いくつもあるカウンターの一つに向かい、ウェダーの持ち込んだ、黒トカゲ討伐のクエストに参加したいとシャーリーは告げた。
受付の職員は困惑した顔をしてウェダーを見つめたが、シャーリーの後ろのウェダーから目で合図を受け、参加登録を完了させた。
「証拠品は、あくまで尻尾の先だけで大丈夫です。今回は特例クエストですので、リタイアも受け付けます。くれぐれも無理しないで下さいね」
とても親身に心配してくれたと、感激するシャーリーは知らない。
このクエストは、本来は参加できない中級以上からであり、背後にいるウェダーの特権と能力により、ギルドが許可を出したのだった。
いつもの冒険者用のワンピースに短いタイツ姿、背後には折りたたみ弓とウェダーに勧められた屑石の矢を入れた筒を肩から胸元にかけている。
長い金髪を後ろにまとめ、緑の瞳を期待に輝かせながら、森の入り口まで優雅に馬車で運んでもらう。
スタートの時点で、こんな楽をしていいのだろうか?
いいのだとシャーリーは前向きに受け入れて、森に入っていく。
同行者は、紺色シャツに騎士がよく履く黒ズボンのウェダーのみ。
黒皮の胸当てだけ身に着けた軽装のウェダーに、そんな装備で大丈夫かと尋ねたら鼻で笑われた。
「じゃあ、森は私の得意なフィールドなので、ちゃんと後ろついて来て下さいね」
とはりきった五分後、森の木々や蔦に遮られて、シャーリーは歩行に四苦八苦していた。
十分もすると、慣れた様子で先頭がウェダーに切り替わる。
「気にしなくていいよ。野営訓練で慣れてるし、そもそも君は後方支援の狩人なんだから」
「すいません……ううっ」
森の奥深くを目指して、二人は進む。
邪魔な枝や蔦は、全てウェダーが剣で薙ぎ払う。
逞しい背中の後を、シャーリーはついていくばかりだ。
生い茂る緑の隙間から、太陽の光のカーテンがキラキラと銀の髪を照らす。
彼が生粋の獣人ならば、きっと誇り高い銀の虎だったはず。
眩しいほどに崇高な姿を思い浮かべ、本当にこの人の番が私なのかと、不思議で仕方ない。
「迷いなく進んでますけど、黒トカゲの匂いがわかるとか?」
「ぷはっ……流石にトカゲの匂いは勘弁してくれ。黒トカゲは水場の岩場に巣をつくる習性があるから、水のありそうな場所を探してる」
「水の場所って、わかるんですか?」
「まあ、生えている草や木や、さっきから空を飛んでいる小鳥の方向から、まあ勘なんだが」
「凄い!」
並みの冒険者より、有能なのではないか?
これは負けられないと、なぜか無意味な対抗心を燃やしたエルフを連れて、まもなく水音が耳をうつ小さな川辺に辿り着いた。
ピョコピョコと耳を動かし、シャーリーは音を聞き分けた。
「ウェダーさん!何かいます」
「ああ、奴さんのおでましだ」
大人でも渡り切れるかという大きな川幅、岩場には苔がむし雑草が生い茂り足場が見え辛い。
だが、物音はする。
何かがカサカサと鳴る音とともに、即座に黒い巨体をぬめりと現した。
子牛と同程度の大きさの黒い爬虫類は、その口元に鋭い牙が揃っていた。
シャーリー程度なら丸のみにされそうな巨大トカゲは、まっすぐに向かってくる。
「俺が合図したら、矢を射ってくれ」
「はいっ!気を付けて下さいね!」
ウェダーは緩みかけた口元を引き締めて、剣を構えて魔物に向かっていく。
――まあ、一撃で殲滅は可能なんだが……。
あえて威力を落として切りかかる。
右前足を飛ばしたが、あちらは怯むどころか、より威嚇して襲い掛かろうと向かってきた。
剣を弾くトカゲの粘膜は面倒だが、それよりも今がチャンスとシャーリーに指示を飛ばす。
「火をイメージして矢を撃ってくれ」
「えっ?え、火?」
「いいから、早く!」
仕留めるより抑制する方が面倒だ。
だが、彼女は必死に弓をつがえ狙いを定めた。
俺の読みに間違いなければ……。
「いきます!離れて!」
後ろに大きく飛び、距離をとったウェダーの前に放たれた矢が軌道を描く。
なぜか自ら獲物に向かうように、矢じりを赤くして黒トカゲの目を貫いた。
形容しがたい魔物の叫び声が響く。
「う、嘘!当たっちゃった」
むしろ、たかだか一本の矢で、ここまでダメージを与えた事の方が異常なのだが、見事に命中させた奇跡にシャーリーは自ら驚き、矢をつがえたポーズのままに固まった。
ウェダーは尻尾を水に打ち付けつつも、陸に転がりもがくトカゲに、容赦なくトドメを刺した。
「ひゃあっ!」
「はい、終了」
手間取った時間など何だったのか、ウェダーは黒トカゲを軽く半分に叩き切った。
上下に分かれたトカゲの下半身が水に沈んでいくのを見て、ウェダーは慌てる。
「おっと、尻尾が必要なんだ」
ブスリと半身になった下半身の肉に剣先を突き刺して、片手で軽く引き上げた。
そして尻尾の先を切り落とす。
剣先の汚れが気持ち悪いのか、川の水に刃をつけた後、ブンと風を何度か切って水気をとると鞘に納めた。
切り離された上半身は、死を迎えているがピクピクと痙攣を繰り返していた。
足で転がしてあおむけにして、矢が刺さった目玉を注意深く見る。
「ああ……やっぱり」
何かを確認して納得したウェダーに、シャーリーが駆け寄って来た。
「大丈夫ですか?というか凄いです!私達退治できたんですよね?」
「ああ、凄いなシャーリーは」
膝をつき手招きで呼び寄せると、警戒心なく隣に座り込む恋人に苦笑する。
無防備な彼女が、今まで無事に生き延びてくれた事に感謝した。
赤く焼け焦げたトカゲの目を指さして説明してやった。
「ちゃんと魔法が発動してる。おめでとう」
「うそっ、あの矢にそんな力が?」
「石は屑でも元は魔石。確かに魔力を込めやすいが、それを発動させたのは君で間違いないよ」
「でも、私の魔力は塞がっていて使えないはずじゃ……」
「だから、もう穴が開いただろ?」
真横の美貌がニコリと微笑んだ。
「俺が大人にしてあげたのが、効果あったのかな?」
「穴って……ちょっと、キャ――っ!」
恥ずかしくて、思い切りウェダーの肩をバンバンと叩く。
あははと嬉しそうに笑うウェダーだが、抵抗せずにされるがままだ。
というか、むしろじゃれてくる子猫が可愛いといわんばかりに堪能していた。
早朝に出発して、まだ午前中だというのに、早速クエストをクリアしてしまった。
しかも……しかもだ……。
「私、魔法を使えるようになった?」
長老からは、何がきっかけになるかは、わからないとは言われてはいた。
ある日突然、覚醒する者もいたし、転んだ拍子に使える様になったり、それこそ吹き矢を吹く為に、大きく息を吸った途端に魔法が身についた者もいたらしい。
塞がる原因も、それが剥がれる理由も、あまりにもサンプルが少すぎてわからないと、匙を投げられるのがエルフの現状。
皆が魔法を使う中で、魔力はあれど使い方すらわからない私は、小さく生きていたものだ。
だけど……大人になる事が発動条件だった?
「感謝してくれていいよ?シャーリー」
「それとこれは、別です」
ピシャリと調子に乗った彼の言葉を遮って、矢を見つめた。
確かに刺さったトカゲの目玉の部分は、焼けて溶けている。
普通の矢では、ありえない事だ。
実感がじわじわと湧き上がり、喜びに満ちていく。
「これで私も立派なエルフとして、やれファイヤーとかブリザードとか、ビシバシ魔法を駆使して活躍できるんだ」
「いや、それはどうだろう?」
「ええーっ!」
「試してみよう」
ウェダーに手を繋がれて、少しトカゲの上半身から距離を置く。
「じゃあ、魔法で攻撃してみて?」
「どうやって?」
活躍する気はあるのだが、何せ使い方がわからない。
笑いを堪えた涙目のウェダーが、指示を出す。
「ププッ、じゃあ活躍できるように、また弓で狙ってくれるかな?」
「はいっ」
元気よく答えて、目の前のまだビクビクしているトカゲに狙いを定めた。
「今度は、ブリザードかな?冷たくなれって、氷をイメージして撃ってみて」
「ええっと、こうかな?」
ギリギリと指先で矢をつがえて引きながら、私は言われるがままに、気合を込めた。
「放て」
「冷たくなれっ!」
風を切ってバシュッと刺さった途端に、トカゲに薄い氷の幕が張った。
だが、すぐにホロホロと割れたガラスのように零れ落ちていく。
それでもウェダーには十分だった。
「うん、出来たね。えらいえらい」
「威力……弱すぎ」
へこむシャーリーが座り込んだが、ウェダーは満足そうだった。
「凄いよシャーリー。ゼロとイチでは全然違う」
「ですね。これから、鍛えたらいいんですもんね」
立ち直りだけが取り柄のシャーリーは、なんとか元気をとり戻した。
だが、そんな温かな雰囲気も、一瞬にしてウェダーの動きによって止まる。
何かを聞きつけたウェダーと、数秒遅れて耳の良いエルフもその音を拾った。
ガサガサといくつも這いまわる音、先程のトカゲと似た足音が、こちらに勢いよく向かってきている。
「血の匂いを嗅ぎつけたか……群れだったみたいだな」
「黒トカゲのですか?まさか、この魔物は群れなんか作る習性はないはず」
「誰かが……っと」
口を滑らせそうになったウェダーは、慌てて口元を手で押さえた。
幸いなことに、シャーリーは向かってくる音に警戒して気づかない。
ウェダーのこのクエストの目的の一つ、シャーリーの能力開花の確認は終えた。
残りの今の状況は、願ってもない幸運だった。
シャーリーの言う通り、黒トカゲは群れる生態ではない。
なのにギルドで討伐まで募集され、あげく今複数向かってくる気配からして、ウェダーは確信する。
こいつらも何者かによる増殖か――
「行ってくる。ここで待ってろ」
「私も行きます」
「ここで待機。命令に従え……っと、じゃないな」
騎士の顔から、一瞬恋人の顔に戻る。
「君が大事だから、ここで待っていて」
「一人でなんて危険です」
「少しは惚れた女の前で、カッコつけさせてくれ」
ニッコリと笑うウェダーに見惚れた隙に、人では飛び越えられぬ川幅を軽い助走のみで飛び越えた。
その姿に、シャーリーが唖然としていると、ウェダーの背中はその先の森に消えていく。
すぐに物音に変化が訪れた。
人ならば聞こえぬ魔物の呻きを、シャーリーはハッキリと聞き分ける。
全てがすぐに鳴いては消えていく絶叫に、ウェダーの剣舞が見えるようだった。
数分もすれば、森は再び静寂を取り戻し、心地よい小川のせせらぎが聞こえるばかり。
ガサガサと草をかきわけてウェダーの姿が現れた瞬間、シャーリーはホッとした。
「良かったぁ、無事だった」
「うん?ああ、この程度……というか、少し川辺から離れてくれ。そこに着地するから」
刃先を川につけると、汚れた色が清められた。
軽く跳躍して、見事に川を越えてシャーリーの目前に着地した瞬間、シャーリーが飛びついた。
「あんなに数がいるのに、一人で戦うなんて心配したんだから!」
ついホロリと本音が出てしまったが、そのままウェダーの腰に抱きついた。
対してウェダーは、嬉しくて仕方ない。
カチャリと剣を鞘に戻し、いざ両腕で愛しいエルフを抱きしめようとすれば、手は空振りする。
苦笑いしつつ、ウェダーはシャーリーに尋ねた。
「尻尾の数で報酬が決まるけど、向こうのトカゲのも切り取ってこようか?」
だが、予想通りシャーリーは首を横に振った。
「私はいいです。ウェダーさんの手柄なので、好きにしてください」
「そうか、ならもう帰ろう」
「えっ?いいんですか?」
「用は済んだ」
そう言って、二人は道を戻り森を抜けた。
待っていた馬車に乗り込み、即座にギルドに向かうと、受付の職員が喜んでくれた。
「おかえりなさい。まあ、ウェールズ様がついてるから大丈夫だと思ったけど、無事で良かったわね」
「はい、ありがとうございます」
つい嬉しくて、満面の笑みを浮かべたシャーリーは、トカゲの尻尾を差し出した。
麻袋に入れた拳程度の大きさの尻尾には、黒トカゲ特有のギザギザのヒレが細かくついている。
「うん、間違いなく黒トカゲよ。カードを貸して貰っていいかしら?」
差し出したシャーリーのカードを受け取り、何やらガサゴソと手続きを始めた。
時間は正午を過ぎた頃、周りの冒険者がチラホラといる中で、大人しくシャーリーは完了を待つ。
そして、小さな報酬の入った袋とカードが差し出された。
「おめでとう。ちゃんと頑張った経験値も入ってたわよ。凄いわね、魔力が発動って書いてあるし、いきなり才能に目覚めちゃった?」
笑いながら差し出された袋には、銀貨が二十枚も入っていた。
普段は銅貨レベルの報酬ばかりなので、喜びより驚きが大きい。
「こ、こんなに!」
「それだけの事をあなたはしたのよ?胸を張りなさい」
こくこくと素直に受付嬢の言葉に頷きつつ、カードを見て手が震えた。
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だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
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有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
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