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今までの田舎と違う品揃えの良さに、シャーリーは目を輝かせた。
「こっ、これなら、へなちょこな私でも、強くなれる武器とかあるかもしれない」
店内の棚という棚を見てやろうと、早速自分の唯一出来そうなジョブ狩人の武器を探す。
本来ならギルド入会時にスキルチェックの後に、ある程度の適性を示してくれる。
当時のギルド職員は、シャーリーのあまりの適性のなさに頭を抱えてこう言った。
「エ……エルフだから、弓とか小型ナイフを使うのが無難じゃないかしら?」
周囲の新人たちが、頑張って!や、立派になってね!と声援を受けている中で、シャーリーは
「生き延びてね」
と心から心配されてデビューした。
何度もパーティーに参加する度にがっかりされながら、今度こそ立派な冒険者になりたい一心だった。
期待外れだ、役立たず、足手まといと言われても、一晩泣いて次こそはと諦めなかったのは、もう故郷に戻る気はないからである。
人以外の世界で落ちこぼれと言われ、逃げ出した先の人の世界でも不要とされれば、もう生きる場所がない。
作れる身分証明はギルドの登録カードのみ。
せめて一人前と認められる最低限のレベル10であれば、まだ他に生きる道が広がるかもしれない。
たとえ不覚にも帰郷する事になっても、人の国で一人前の冒険者だったという、最低限の矜持は保てるはず。
「ほら、これがいい」
ウェダーが、いつの間にか店内でシャーリーの武器を選び出していた。
小ぶりの弓の矢が二十本程セットで売りに出されており、色々な矢じりの中で、地味な色合いの石がついた矢を差し出す。
「店主、この矢じりの石は屑石か?」
「ええ、魔石のなれの果てです。重いですが、刺さるとダメージは大きいですよ」
「シャーリーには、これがいい」
自信満々に勧めるウェダーに首を傾げた。
シャーリーは腕力がないので、羽根つきの軽い矢を選ぶのが定番なのだ。
屑石は魔石の魔力が抜けた石で、魔力を込めれば再利用は可能だが、それができる付与魔術師の貴重さから、ほぼこのようにただの石として加工され利用されていた。
見た目も無骨な矢じりは、持つとズシリと重い気がする。
あまり好みでないシャーリーは、救いを求める目でウェダーを見たが、ウェダーはニコニコと微笑み返した。
気付けば矢を持って店の外に立っていた。
「……はっ!買って貰ってしまった」
「本当はもっと女性らしい贈り物をしたいんだが……まあいい。これからがデート本番だ」
「はあ?」
矢筒を取り上げられ、そのまま二人は町を歩く。
年頃の女性が好きそうなカフェも、雑貨店もシャーリーは通り過ぎる。
あえて彼女の好きなようにと、ウェダーは黙って共に歩く。
もう首都は目の前なのだ、別に急ぐ事はない。
まずは、彼女と心をもっと通わせたいとウェダーは考えていた。
視線は主にシャーリーを見つめつつ、職業柄に通行人のチェックは欠かさない。
身体が自然と身に着けた警戒心に、苦笑しつつも仕方ないとため息をつく。
「ウェダーさん、早く森に行きましょう!トカゲは初めてですけど、爬虫類は苦手じゃないです」
本当に無知なシャーリーが、可愛くて仕方ない。
恋というのはウェダーの思考すら溶かしてしまう。
「ただのトカゲじゃないんだが」
「はい、黒いトカゲですね」
口元を手で覆い、笑うのを堪えるウェダー。
だが、急ぎ足で前に進むシャーリーは気づかず話し続けた。
「トカゲの尻尾は、薬にもなるんです」
人通りの多かった商店街を抜け、大きな町の中心の交差点に辿り着く。
大抵の町の造りは似たようなもので、中央広場の掲示板には、色々な情報や案内図も示されていた。
屋台で軽くパンに肉を挟んだ軽食を買い、噴水の前に並んで座って貪った。
飲み物もいつの間にかウェダーは用意してくれていたが、シャーリーは警戒する。
「ただのジュースだよ」
「いつもそう言って、私にお酒飲ませますよね?」
そして少しほろ酔いになった途端に、襲われる日々だった。
流石にこれから冒険に行きたいのに、酔ってる場合ではない。
「ははっ、アルコールは入ってないよ。ほら、あそこの果物屋で買って来たんだ」
チラリと見ると、子供達が嬉しそうに出来立てのジュースを受け取っている。
途端にキラキラと輝いた液体が美味しそうで、パンで乾いた口内を潤した。
「んー美味しい!」
「気に入ると思った。シャーリーは甘い味が好きみたいだから」
「元気が出てきました。では森に行きましょう!案外遠いので、歩くと時間かかりますから」
「君の足だと今は昼下がり、この後の夕刻に森の入り口で、爬虫類とは夜に遭遇するのはよくないな」
「んー、明日の朝にした方がいいかな」
「その方がいい、あまりにも急ぎすぎだし、準備不足だ」
少し厳しくたしなめられて、素直にシャーリーは反省した。
ともかく明日の出発を約束して、用意されていた宿に宿泊する。
いつも手際よく事前予約されているのも、伝書鷲によって指示してるのだろう。
それだけの権威を、彼は持っている証拠だ。
宿は町の規模に遜色ない立派な建物で、三階建ての最上階の特別室に二人は案内された。
慣れぬ丁寧な対応と特別な部屋の豪華さに、萎縮する気持ちを奮い立たせてシャーリーは部屋を探検する。
今夜の宿には、大きなバルコニーがあり町を見渡せた。
三つの部屋は寛ぎの居間と、食事用と、そして寝室には併設されたバスルームが完備。
以前までの安宿の一番ランクの低い部屋からは、想像すらできない格差の違いに、やはりウェダーは騎士隊長なのだと納得する。
少ないシャーリーの私物が、部屋にそぐわず居心地の悪さを感じているのとは別に、彼は柔らかなソファーでゆったりと寛いでいた。
黙って鑑賞するだけならば、大人の色気がある美貌の騎士様だ。
その男らしさが醸し出される気品ある風貌に、ボタンを緩めた上着の胸元から鍛えられた筋肉が見える。
しなやかな虎の化身のように、鳶色の瞳からは王者の風格すら感じ取れた。
「虎みたいですね、犬より虎って感じがします」
「へぇ……」
少し目を見張ったウェダーが手招きする。
ここでヘタに抵抗した方が、倍返しなのを知っているので、シャーリーは黙って彼のソファーの空いている隙間に座った。
三人は座れる大型のソファーは白地の柔らかな感触で、シャーリーを受け止めてくれた。
ひじ掛けに腕をたて、半身を横にして寛ぐウェダーは、組んでいた長い脚を伸ばす。
「エルフは勘がいいってのは、本当なんだな。正解、俺の先祖が虎の獣人だ」
「あっ!それで目が金色になるんだ!」
「まあ、あくまで先祖返りみたいなものだが……凄いなシャーリー、これも愛の力かな?」
「私、動物が好きなんです」
故郷の森では、家畜の飼育も担当していた。
森の奥には色々な動物もいたし、獣人も交易で来たりと慣れている。
「虎の獣人なのに、騎士になれたんですか?人だけがなれると思ってました」
ウェダーは目を瞑り、そのまま身を起こして、今度は隣に座るシャーリーの肩に甘えるように頭を預けた。
なんとなく、その雰囲気が寂しげで、そのままシャーリーは受け止める。
彼の頭に手を添えた。
そう言われれば、この髪色も人には皆無ではないが、珍しいものだ。
珍しく彼は口を噤んで答えない。
そんな姿に、心が揺らいでしまう。
「今夜は、ゆっくりお話ししませんか?」
「俺に抱かれるのが嫌になった?」
「貴方が嫌いとかじゃなく、もっとお互いを知りたいんです。覚えていますか?まだ私達、知り合って四日目なんですよ?」
ゆっくりと銀の髪を撫でながら、シャーリーが小さく笑う。
「もっと貴方の事が知りたいです。ウェダーさん」
シャーリーにもたれていたウェダーは身を起こして、彼女の顔を見た。
愛しい女の柔らかな表情に、胸をうたれる。
息が止まる程に輝いて見える彼女の提案を、ウェダーは静かに受け入れた。
そして二人は言葉だけを交わす。
抱き合いながら、快楽に溺れるのではなく心を通わせたい。
必死で自分の話をするシャーリーから、沢山の彼女の事を知る喜び。
それはシャーリーも同じで、幾つもの質問をしてはウェダーの事を知っていく。
「騎士の条件は、三代前まで人族である必要がある。そこは問題なかったが、先祖返りの俺は他の人間とは違う」
「どう違うんですか?」
「運動能力が獣人寄りで、人を超えている。嗅覚や聴覚も、集中すれば人よりもいいし、夜目もきく」
「金色になる瞳も、そのせいなんですね」
「今度は君の事を教えて、シャーリー」
いつもの快楽に堕とされる夜と違い、今夜は穏やかなランプの光が二人を包む。
身体が繋がらなくても、心の奥が温かくなる。
シャーリーは、ふと思ってしまう。
関係を持ってほだされたわけじゃないけど、こうやって落ち着いて話をすると、いい人なんだよね――
ジッと自分を見つめる瞳に吸い込まれそうで、つい頬を赤くする。
クスクスと笑いながら、それをウェダーは揶揄った。
「顔が赤いけど、どうかしたのか?」
「だ、だって……ウェダーさんって、やっぱりカッコイイから」
「嬉しいな、シャーリーも可愛いよ」
甘い言葉で、より時間は溶けていく。
枕元の明かりだけが輝き、神秘的な雰囲気と窓からは薄い月明かり。
ロマンチックだなと意識してしまったシャーリーは、胸のときめきを隠す事は出来ない。
「シャーリーは、両親が突然亡くなって大変だったんだな」
「ええ。でも、みんなはプライドが高くて私をこき使いはしたけれど、集落から追い出す事は一度としてありませんでした」
「十分、焼き討ちにしてやりたい気持ちなんだが……」
「だ、ダメです!普通のエルフなら、私みたいな無能は叩き出されて野垂れ死にしてるんです」
「案外シビアな世界なんだな。俺なら、シャーリーを真綿で包むように大事にするのに」
「それに、今になってエルフのみんなの厳しさが、実は思いやりだったなんて気づいたんです。あの場所にいた時は、息苦しかったのに……」
「森を出て俺と出会ってくれて、ありがとうシャーリー」
その言葉に嬉しくなってしまう。
彼が獣人の血で私を求めてくれているのはわかる。
自分だって人ではないのだ。
番を求める本能は、獣人にとっては抗えない本能。
だけど、彼には本能だけでなく私という存在をちゃんと知って欲しかった。
「ウェダーさんの好きな物ってなんですか?」
「シャーリー」
「そうじゃなくって……あははっ。私はモフモフしたものが好きです」
「残念ながら、獣になる能力は引き継いでないんだ。魔力自体はないに等しい」
話は尽きぬままに夜は更けていき、最後はフラフラと睡魔が襲うシャーリーを優しく引き寄せ、腕枕で寝かせたウェダーは満ち足りた気持ちになっていた。
安心したように、いつもとは違う幸福そうな寝顔を見つめ、これが正解だったのかと、やっと理解する。
「怖がりな君には、まず対話だったんだな。そんな当たり前すら曇る程に、君に夢中の鹿な俺を許してくれ」
いつもなら、彼女の柔らかな体や女の香りを本能のままに堪能するのだが、今夜は違う。
焦りは禁物なのだ。
欲しいのは身体だけじゃない、彼女の全て。
可愛いつむじに軽く口づけを落として、ウェダーも共に眠りに落ちた。
明日、確認しなければいけない事がある。
きっと、それは彼女の運命を変えるかもしれず、その変化は自分にとって望ましいものではないかも知れない。
だが、その考えは捨てよう。
彼女の幸せが俺の幸せ、彼女を俺に寄せるのではなく、俺が彼女に寄り添えば済む話だ。
こうして初めて二人は、穏やかな朝を迎えた。
いつものけだるい身体でもなく、気恥ずかしさや快楽の余韻すらない健康的な目覚め。
――こういうのって、本当に恋人同士みたい。信じていいのかしら?彼の気持ち――
ただの欲望のはけ口や、首都までの暇つぶしの相手ではなく、ちゃんと自分を見つめてくれている。
そう信じたいと思う程には、シャーリーの心は変化していた。
その理由は、誠実に彼の事を教えて貰えたという事が一番大きい。
幼い頃、彼は家族の中で自分だけが獣の血に目覚めて戸惑った。
努力の上で優秀になれたと思っていたのが、全て獣の血のせいだと決めつけられた。
容姿のせいで女性には困らなかったが、いつも何か違うと長続きしない。
本当は文官になりたかったが、運動能力から半ば強引に騎士団に入れられたなど、彼の話は興味深かった。
「獣の血を嫌っていた俺が、今は君と出会えて自分の血の本能に狂わされている気がする」
「それは嫌な事ですか?」
「君に対して、ただ獣の本能だから愛してる……は、通じないと痛感してるよ」
苦し気に笑った彼に、私は彼の苦しみを少しでも癒してあげたいと思ったのだ。
こんなに優秀で恵まれているように見える彼でも、悩みはあった。
そのトゲを知るのは自分だけ。
そう感じた途端に、いつしか私の心も彼に重なっていく。
「こっ、これなら、へなちょこな私でも、強くなれる武器とかあるかもしれない」
店内の棚という棚を見てやろうと、早速自分の唯一出来そうなジョブ狩人の武器を探す。
本来ならギルド入会時にスキルチェックの後に、ある程度の適性を示してくれる。
当時のギルド職員は、シャーリーのあまりの適性のなさに頭を抱えてこう言った。
「エ……エルフだから、弓とか小型ナイフを使うのが無難じゃないかしら?」
周囲の新人たちが、頑張って!や、立派になってね!と声援を受けている中で、シャーリーは
「生き延びてね」
と心から心配されてデビューした。
何度もパーティーに参加する度にがっかりされながら、今度こそ立派な冒険者になりたい一心だった。
期待外れだ、役立たず、足手まといと言われても、一晩泣いて次こそはと諦めなかったのは、もう故郷に戻る気はないからである。
人以外の世界で落ちこぼれと言われ、逃げ出した先の人の世界でも不要とされれば、もう生きる場所がない。
作れる身分証明はギルドの登録カードのみ。
せめて一人前と認められる最低限のレベル10であれば、まだ他に生きる道が広がるかもしれない。
たとえ不覚にも帰郷する事になっても、人の国で一人前の冒険者だったという、最低限の矜持は保てるはず。
「ほら、これがいい」
ウェダーが、いつの間にか店内でシャーリーの武器を選び出していた。
小ぶりの弓の矢が二十本程セットで売りに出されており、色々な矢じりの中で、地味な色合いの石がついた矢を差し出す。
「店主、この矢じりの石は屑石か?」
「ええ、魔石のなれの果てです。重いですが、刺さるとダメージは大きいですよ」
「シャーリーには、これがいい」
自信満々に勧めるウェダーに首を傾げた。
シャーリーは腕力がないので、羽根つきの軽い矢を選ぶのが定番なのだ。
屑石は魔石の魔力が抜けた石で、魔力を込めれば再利用は可能だが、それができる付与魔術師の貴重さから、ほぼこのようにただの石として加工され利用されていた。
見た目も無骨な矢じりは、持つとズシリと重い気がする。
あまり好みでないシャーリーは、救いを求める目でウェダーを見たが、ウェダーはニコニコと微笑み返した。
気付けば矢を持って店の外に立っていた。
「……はっ!買って貰ってしまった」
「本当はもっと女性らしい贈り物をしたいんだが……まあいい。これからがデート本番だ」
「はあ?」
矢筒を取り上げられ、そのまま二人は町を歩く。
年頃の女性が好きそうなカフェも、雑貨店もシャーリーは通り過ぎる。
あえて彼女の好きなようにと、ウェダーは黙って共に歩く。
もう首都は目の前なのだ、別に急ぐ事はない。
まずは、彼女と心をもっと通わせたいとウェダーは考えていた。
視線は主にシャーリーを見つめつつ、職業柄に通行人のチェックは欠かさない。
身体が自然と身に着けた警戒心に、苦笑しつつも仕方ないとため息をつく。
「ウェダーさん、早く森に行きましょう!トカゲは初めてですけど、爬虫類は苦手じゃないです」
本当に無知なシャーリーが、可愛くて仕方ない。
恋というのはウェダーの思考すら溶かしてしまう。
「ただのトカゲじゃないんだが」
「はい、黒いトカゲですね」
口元を手で覆い、笑うのを堪えるウェダー。
だが、急ぎ足で前に進むシャーリーは気づかず話し続けた。
「トカゲの尻尾は、薬にもなるんです」
人通りの多かった商店街を抜け、大きな町の中心の交差点に辿り着く。
大抵の町の造りは似たようなもので、中央広場の掲示板には、色々な情報や案内図も示されていた。
屋台で軽くパンに肉を挟んだ軽食を買い、噴水の前に並んで座って貪った。
飲み物もいつの間にかウェダーは用意してくれていたが、シャーリーは警戒する。
「ただのジュースだよ」
「いつもそう言って、私にお酒飲ませますよね?」
そして少しほろ酔いになった途端に、襲われる日々だった。
流石にこれから冒険に行きたいのに、酔ってる場合ではない。
「ははっ、アルコールは入ってないよ。ほら、あそこの果物屋で買って来たんだ」
チラリと見ると、子供達が嬉しそうに出来立てのジュースを受け取っている。
途端にキラキラと輝いた液体が美味しそうで、パンで乾いた口内を潤した。
「んー美味しい!」
「気に入ると思った。シャーリーは甘い味が好きみたいだから」
「元気が出てきました。では森に行きましょう!案外遠いので、歩くと時間かかりますから」
「君の足だと今は昼下がり、この後の夕刻に森の入り口で、爬虫類とは夜に遭遇するのはよくないな」
「んー、明日の朝にした方がいいかな」
「その方がいい、あまりにも急ぎすぎだし、準備不足だ」
少し厳しくたしなめられて、素直にシャーリーは反省した。
ともかく明日の出発を約束して、用意されていた宿に宿泊する。
いつも手際よく事前予約されているのも、伝書鷲によって指示してるのだろう。
それだけの権威を、彼は持っている証拠だ。
宿は町の規模に遜色ない立派な建物で、三階建ての最上階の特別室に二人は案内された。
慣れぬ丁寧な対応と特別な部屋の豪華さに、萎縮する気持ちを奮い立たせてシャーリーは部屋を探検する。
今夜の宿には、大きなバルコニーがあり町を見渡せた。
三つの部屋は寛ぎの居間と、食事用と、そして寝室には併設されたバスルームが完備。
以前までの安宿の一番ランクの低い部屋からは、想像すらできない格差の違いに、やはりウェダーは騎士隊長なのだと納得する。
少ないシャーリーの私物が、部屋にそぐわず居心地の悪さを感じているのとは別に、彼は柔らかなソファーでゆったりと寛いでいた。
黙って鑑賞するだけならば、大人の色気がある美貌の騎士様だ。
その男らしさが醸し出される気品ある風貌に、ボタンを緩めた上着の胸元から鍛えられた筋肉が見える。
しなやかな虎の化身のように、鳶色の瞳からは王者の風格すら感じ取れた。
「虎みたいですね、犬より虎って感じがします」
「へぇ……」
少し目を見張ったウェダーが手招きする。
ここでヘタに抵抗した方が、倍返しなのを知っているので、シャーリーは黙って彼のソファーの空いている隙間に座った。
三人は座れる大型のソファーは白地の柔らかな感触で、シャーリーを受け止めてくれた。
ひじ掛けに腕をたて、半身を横にして寛ぐウェダーは、組んでいた長い脚を伸ばす。
「エルフは勘がいいってのは、本当なんだな。正解、俺の先祖が虎の獣人だ」
「あっ!それで目が金色になるんだ!」
「まあ、あくまで先祖返りみたいなものだが……凄いなシャーリー、これも愛の力かな?」
「私、動物が好きなんです」
故郷の森では、家畜の飼育も担当していた。
森の奥には色々な動物もいたし、獣人も交易で来たりと慣れている。
「虎の獣人なのに、騎士になれたんですか?人だけがなれると思ってました」
ウェダーは目を瞑り、そのまま身を起こして、今度は隣に座るシャーリーの肩に甘えるように頭を預けた。
なんとなく、その雰囲気が寂しげで、そのままシャーリーは受け止める。
彼の頭に手を添えた。
そう言われれば、この髪色も人には皆無ではないが、珍しいものだ。
珍しく彼は口を噤んで答えない。
そんな姿に、心が揺らいでしまう。
「今夜は、ゆっくりお話ししませんか?」
「俺に抱かれるのが嫌になった?」
「貴方が嫌いとかじゃなく、もっとお互いを知りたいんです。覚えていますか?まだ私達、知り合って四日目なんですよ?」
ゆっくりと銀の髪を撫でながら、シャーリーが小さく笑う。
「もっと貴方の事が知りたいです。ウェダーさん」
シャーリーにもたれていたウェダーは身を起こして、彼女の顔を見た。
愛しい女の柔らかな表情に、胸をうたれる。
息が止まる程に輝いて見える彼女の提案を、ウェダーは静かに受け入れた。
そして二人は言葉だけを交わす。
抱き合いながら、快楽に溺れるのではなく心を通わせたい。
必死で自分の話をするシャーリーから、沢山の彼女の事を知る喜び。
それはシャーリーも同じで、幾つもの質問をしてはウェダーの事を知っていく。
「騎士の条件は、三代前まで人族である必要がある。そこは問題なかったが、先祖返りの俺は他の人間とは違う」
「どう違うんですか?」
「運動能力が獣人寄りで、人を超えている。嗅覚や聴覚も、集中すれば人よりもいいし、夜目もきく」
「金色になる瞳も、そのせいなんですね」
「今度は君の事を教えて、シャーリー」
いつもの快楽に堕とされる夜と違い、今夜は穏やかなランプの光が二人を包む。
身体が繋がらなくても、心の奥が温かくなる。
シャーリーは、ふと思ってしまう。
関係を持ってほだされたわけじゃないけど、こうやって落ち着いて話をすると、いい人なんだよね――
ジッと自分を見つめる瞳に吸い込まれそうで、つい頬を赤くする。
クスクスと笑いながら、それをウェダーは揶揄った。
「顔が赤いけど、どうかしたのか?」
「だ、だって……ウェダーさんって、やっぱりカッコイイから」
「嬉しいな、シャーリーも可愛いよ」
甘い言葉で、より時間は溶けていく。
枕元の明かりだけが輝き、神秘的な雰囲気と窓からは薄い月明かり。
ロマンチックだなと意識してしまったシャーリーは、胸のときめきを隠す事は出来ない。
「シャーリーは、両親が突然亡くなって大変だったんだな」
「ええ。でも、みんなはプライドが高くて私をこき使いはしたけれど、集落から追い出す事は一度としてありませんでした」
「十分、焼き討ちにしてやりたい気持ちなんだが……」
「だ、ダメです!普通のエルフなら、私みたいな無能は叩き出されて野垂れ死にしてるんです」
「案外シビアな世界なんだな。俺なら、シャーリーを真綿で包むように大事にするのに」
「それに、今になってエルフのみんなの厳しさが、実は思いやりだったなんて気づいたんです。あの場所にいた時は、息苦しかったのに……」
「森を出て俺と出会ってくれて、ありがとうシャーリー」
その言葉に嬉しくなってしまう。
彼が獣人の血で私を求めてくれているのはわかる。
自分だって人ではないのだ。
番を求める本能は、獣人にとっては抗えない本能。
だけど、彼には本能だけでなく私という存在をちゃんと知って欲しかった。
「ウェダーさんの好きな物ってなんですか?」
「シャーリー」
「そうじゃなくって……あははっ。私はモフモフしたものが好きです」
「残念ながら、獣になる能力は引き継いでないんだ。魔力自体はないに等しい」
話は尽きぬままに夜は更けていき、最後はフラフラと睡魔が襲うシャーリーを優しく引き寄せ、腕枕で寝かせたウェダーは満ち足りた気持ちになっていた。
安心したように、いつもとは違う幸福そうな寝顔を見つめ、これが正解だったのかと、やっと理解する。
「怖がりな君には、まず対話だったんだな。そんな当たり前すら曇る程に、君に夢中の鹿な俺を許してくれ」
いつもなら、彼女の柔らかな体や女の香りを本能のままに堪能するのだが、今夜は違う。
焦りは禁物なのだ。
欲しいのは身体だけじゃない、彼女の全て。
可愛いつむじに軽く口づけを落として、ウェダーも共に眠りに落ちた。
明日、確認しなければいけない事がある。
きっと、それは彼女の運命を変えるかもしれず、その変化は自分にとって望ましいものではないかも知れない。
だが、その考えは捨てよう。
彼女の幸せが俺の幸せ、彼女を俺に寄せるのではなく、俺が彼女に寄り添えば済む話だ。
こうして初めて二人は、穏やかな朝を迎えた。
いつものけだるい身体でもなく、気恥ずかしさや快楽の余韻すらない健康的な目覚め。
――こういうのって、本当に恋人同士みたい。信じていいのかしら?彼の気持ち――
ただの欲望のはけ口や、首都までの暇つぶしの相手ではなく、ちゃんと自分を見つめてくれている。
そう信じたいと思う程には、シャーリーの心は変化していた。
その理由は、誠実に彼の事を教えて貰えたという事が一番大きい。
幼い頃、彼は家族の中で自分だけが獣の血に目覚めて戸惑った。
努力の上で優秀になれたと思っていたのが、全て獣の血のせいだと決めつけられた。
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「それは嫌な事ですか?」
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苦し気に笑った彼に、私は彼の苦しみを少しでも癒してあげたいと思ったのだ。
こんなに優秀で恵まれているように見える彼でも、悩みはあった。
そのトゲを知るのは自分だけ。
そう感じた途端に、いつしか私の心も彼に重なっていく。
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「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
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竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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