こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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 ウェダーはゆっくりと振り返った。



「何か御用ですか?失礼ながら、こちらは貴方に用はない」



 冷たく凍える声で、はっきりと拒絶した。

 なのに相手は、幸せの絶頂だという笑顔で、ウェダーに飛びつこうとする。

 サラリと交わして、ウェダーは再度告げた。



「迷惑です。関わらないで頂きたい」



 だが、キャサリンと呼ばれた女は笑顔を消すことはない。

 むしろ、憐れみの目でウェダーを見つめた。



「お可哀そうです。本当の運命の人に気づけないなんて……ええ、私が目を覚まさせて差し上げますわ」

「何か妄想されているなら、病院に行かれる事をお勧めする」

「そうですわね。ウェダー様はお疲れなのですわ。私が癒して差し上げないと」



 怒りより、ゾッとしたウェダーは、一瞬だけ女と視線が絡む。

 心からこの女は狂っているのか?



 うぬぼれでなく、抱いた女の中には聞き分けの悪い女がいた。

 一度抱いただけで、素直にそれを思い出として終わらせる賢い女と、そうでない女。

 愚かな女は、勘違いをしたまま自分こそが唯一だと、ウェダーの全てを支配し独占しようとした。

 懲りたウェダーは、自らの欲は金で処理したし、言い寄る女には慎重になった。

 女泣かせと、浮名が流れても平気だった。

 むしろ、これで数が減るなら好都合だったのだ。



「こんな人目を避けた場所で二人っきりなんて、素敵ですわ。流石は私のウェダー様です」



 ニコニコと無邪気とすら思える顔で、妄想を垂れ流す。



「訓練中の貴方を見てわかったんです。私が待っていたのは貴方、そして貴方が待ち望んでいたのは私だって。心配しなくても、騎士を辞めても、私が望む全てを与えてあげます」



 そして彼女は言ったのだ。



「その力を、私は手に入れる日が近いですから」



 あの夜は、あまりの気味悪さに振り切って逃げるように去った。

 だが、今になってあの言葉が危険信号を発する。



『その力を私は手に入れる日が近いですから』



 その力……あの時は妄想で片づけた一言の意味を、問い詰めなくてはいけない。

 その力こそが、大量の魔石の答えだとしたら?



 初対面から暇がある度に、キャサリンは妄想をまき散らしてウェダーに付きまとう。

 それこそ公私関係なく、騎士団本部にまで押しかける始末だった。

 あまりの異常さに、ウェダーだけでなく騎士団からも伯爵家に苦情を入れると、回数こそ減りはしたものの、付きまといは止むことはなかった。



 不愉快な思考から浮かび上がるように、ウェダーは目を開く。

 手を伸ばし、まだ会えない愛しいエルフを想う。



「シャーリー……」



 こうして、待ちかねたように扉が開き、再び狂った令嬢との対面を果たすウェダーとは別に、ドフの邸宅で朝を迎えたエルフは、幸せの時間を過ごしていた。



 *****



 ふかふかの布団で、軽やかな朝を迎えたシャーリーは、寂しささえ除けば絶好調だった。

 目覚めと共に、すぐに気配を察知したメイドによって朝の身支度が手伝われる。



「あ、自分で着れるので」

「でしたら、髪を整えさせて下さいませ」



 慣れぬ支度の手伝いに戸惑いながらも、人に髪を結って貰うのは初めてだった。

 二人係で手際よくメイド達は、シャーリーの金の髪を誉めながら一つにまとめてくれた。

 鏡に写る姿は自分のはずなのに、髪型一つを編み込んで後ろにまとめて貰っただけで、別人のように見える。



「とても細くて綺麗な御髪ですが、長く伸びた毛先が少し荒れていますので、切って整えますね」



 小さなハサミを取り出して、器用にその場で切りそろえながら、もう一人のメイドは特製のクリームを塗り込んでくれた。



「大変な旅だったせいでしょうか?少し痛みがありますので、これを塗り込むだけで輝きが増しますよ」



 確かに、手入れをされた効果は抜群で、気にもしていなかった自分の身なりが恥ずかしくなった。



「すいません。私、エルフの癖に容姿がいまいちで、鏡を見るのが好きじゃないんです」

「あら、とっても可愛らしいお顔をしていらっしゃいますわ」

「エルフの方々は容姿端麗ですが、近づき難い冷たさを感じます。けれど、お嬢様はとっても可愛らしくって、むしろ好感度が湧きますわ」

「ほ……本当に?」



 素直に感動するエルフを見て、メイド達は心からこの客人をもてなそうと心に決めた。



「ウェールズ様が驚く位に、変身しちゃいましょう」

「ええ、とっても磨きがいがありますこと」



 なぜかメイド二人で話が進んでいくが、支度が整えられ食堂に案内されるとマーロが待っていた。

 朝日に相応しい天使の美貌で、神様はエルフだけでなく人にすら美しさを与えたのだとシャーリーは感嘆する。



「おはよう。どうかした?」

「おはようございます……いえ、少し眩しくて」

「ん?カーテンを閉めようか?」

「いえ、なんでもないです」



 あなたの顔がと言えず、マーロの向かいに用意された席に座る。

 昨晩と違う部屋で、この部屋は朝食専用らしく、テーブルも四人掛けの小さなセットだった。

 ただし、大理石の繊細な彫刻の施された高級品である。



 出された朝食も豪華で、エルフには身近だが人の国では高価で特別な蜂蜜を、久しぶりに食べた。

 噛む程に懐かしい甘味が広がり、涙目でモグモグと堪能する。



「好きなだけ、お代わりしていいからね。ちゃんと食べておかないと、この後に早速、魔法訓練に入るから」

「本当ですか!」



 いそいそと食事を終えて、シャーリーは胸を躍らせマーロの研究室に案内された。

 二階建ての屋敷のちょうど二階の西の端、日当たりが一番悪い場所にあえて作らせたのは、魔道具が光に弱いからだろう。

 中は広いが沢山の物で埋め尽くされていた。



 中央に大きな円卓があり、色々な雑貨が置いてある。

 奥の窓際には、オーク木の書斎机があり、壁には本棚が並べられている。

 古い魔導書や専門書が多数ある圧巻の光景に、シャーリーは言葉も出なかった。



「ここはドフですら、立ち入り禁止なんだ。ようこそ、我が魔法を扱う同胞よ」



 どうやら魔力があり、マーロに認められた者だけが入室できると知り、シャーリーは足が震えた。



「わ、私なんかが、本当に……ここに入って良かったんですか?」

「勿論?というか魔法の訓練に、ここ以外の場所は、この屋敷にはないなあ」



 円卓の前に手招きされて、恐る恐る近づきつつ、キョロキョロと辺りを見回す。

 何が何だか、使用方法すらわからぬ道具に臆する気持ちを、必死で抑え込む。



「君に聞いた話だと、どうも君は付与魔法系みたいだね」

「まさかー。そんなレアな」

「でも、矢尻に炎をまとわせたんだろ?」

「うっ……」

「まあ、人よりエルフの方が付与の適正が高いらしいよ?なんでも、魔力を感じる力に優れているから」



 人とエルフの違いは、魔力量とその使い方かも知れない。

 魔力自体の容量も、人が1だとすれば、エルフは10は備わっている。

 発動に詠唱も魔石も必要ない代わりに、自らのイメージで歌うように大きな石を移動させたり、木を成長させたりする。



 けれど人は1を100に倍増させ、魔導書によって火や水など、色々な魔法を駆使できる。

 感覚は人外が優れていても、それを工夫でカバーして新たな魔法を作り出すのは人の知恵が上回る。

 この世界では、そういう認識であった。



 エルフはあくまで生活魔法に長けているだけであって、数少ない人の国で活動するエルフ達も、魔法ではなく器用さで活躍する者がほとんどだ。

 エルフの世界では、変わり者として弾かれる存在であり、だからこそ人の国でのエルフは数少ない。



 自然と生き、森と共に暮らすのが本来のエルフ。

 プライドの高さと、口の悪さと美貌によって、そもそも人と暮らすには向いていない生き物なのは自覚している。



 マーロは小瓶からパラリと爪の先程の屑石を数粒出した。

 指先ではじきながら、シャーリーに訓練の方法を説明した。



「この国にも二人だけ付与魔法使いがいる。私の元同僚達なんだが、彼らの方法を試してみよう」



 一粒握りしめ、ウェダーに指示された時と同じ事をすればいいのかと念を込めた。



「よしっ!熱くなれ!」



 つぶやきながら、熱くなれ熱くなれと祈るのだが、どうも手のひらに変化はなさそうだ。

 マーロに促され、手のひらの粒を手渡すが、マーロは苦笑した。

 つまりは失敗だという事だ。

 自信を無くしたシャーリーがうなだれると、マーロが励ましてくれた。



「まずは、自分の魔力を自由に発動できる訓練から始めよう」



 こうして初歩の初歩、ロウソクの炎をみつめたり、紙が風で揺らぐのを観察したりと、入門の初歩からシャーリーは学ぶ事になったのだった。



 それから数日間は、シャーリーにとって初めての魔法授業であり、魔法に憧れたシャーリーにとって念願の学びであった。

 夢中でマーロに喰いついては知識を得て、夢中でのめり込んでいく。

 冒険中に、何度も羨ましくて仕方なかった魔法使いたちの技術を、無償で教えて貰えるのだ。

 しかも、元宮廷魔法使いという最高の教師に。



「少し休もうシャーリー。根を詰めすぎると良くない」

「あと少しだけ……嬉しいんです。ずっと、ずっとこんな風に魔法を使えるようになりたかったから」

「今まで使えなかった経緯を聞いたけど、魔力の穴ってのが面白いね。解決方法がシャーリーの場合は、ウェダーに感謝できない行為だけれど。それでもエルフ達の間では、肩身が狭かったんだろうな」

「はい。でも、仲間達は厳しいけれど見捨てる事はしなかったので、まだ優しい部類です。魔法が使えるようになれば、エルフの誇りを汚すのも少しは減ると思いますし」

「故郷に戻る気かい?」



 問われて、ふと思う。友人は戻って来いと言ってくれたが、私は戻る気はさらさらない。

 静かに首を横に振り、マーロは笑った。



「いいえ。私は意外と人が好きかも知れないです。でも、墓参りはしたいかなぁ。それまでは、ここで頑張りたいと思っています。」

「そうか。歓迎するよシャーリー。とりあえず、おやつの時間にしよう。甘いパンケーキを用意させたんだ」

「うわぁ!楽しみ!」



 やっと魔導書を机にふせたエルフに、マーロは内心苦笑した。

 余程、魔法に飢えていたのだろう。

 今まで見た魔法使いたちの誰よりも、彼女は熱心かつ実は勘も良かった。

 何より魔力の流れを読むのに長けているのは、強い武器になる。



 人と同じ魔法発動方法ではないので、魔導書を見ながら唱えるものではない。

 きっと、彼女にだけの特別な才能があると、マーロは確信していた。

 基礎もきっと同じはず。ならばその土台を作ってやれば、何かが目覚めるはずだ。

 魔法研究者としての好奇心も刺激され、マーロは共に過ごすうちに、シャーリーに親しみを深めていく。



 授業の後、庭園で優雅にお茶を楽しみながら、マーロは目の前でクリームをほっぺにつけたエルフを見て笑う。



「あははっ!ほら、こっち向いて」

「え……」



 マーロは手を伸ばしシャーリーの頬のクリームをぬぐい、その指先をペロリと妖しく嘗めとった。

 ボーッと見惚れるシャーリーに、マーロは声をあげて笑う。

 見た目が絵画のような天使の顔相手に、見惚れるなという方が無理がある。



 こうして穏やかに、シャーリーは余計な事を考える暇もなく過ごしていた。

 ただし眠りにつく夜は、いつも両手を合わせてウェダーの無事を祈る。



「いればいるで、しつこいし変な事されるのに、いないと寂しいなんて私も我儘だなあ」



 それでも、もう彼への気持ちを隠す事はできない。

 マーロに答えた『人が好き』なのは嘘ではないが、一番好きなのはウェダーで間違いない。



「エルフなのにお肉が好きって、また笑われてもいいの。今更だし……うふふっ」



 マーロから聞いたウェダーは、誰よりも有能な騎士で間違いなかった。

 思っていたイメージと違い、人に対しては冷たい対応が多いみたいだが、大型犬のように自分に懐くウェダーは、その反動なのだろうか?



 少しでも魔法が使えれば、彼の役に立つかもしれない。

 ポンコツな私が、誰かの役に立てるのだ。



「私も頑張りますから、ウェダーさんも頑張って下さいね」



 こうして何とかの夜を超えて、日に日にシャーリーはマーロから技術を学び育っていった。

 その頃のウェダーの作戦や、苦悩など知る由もなく二週間がたった。

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