こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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 いつものように、マーロより魔法の手ほどきを受ける。

 今日は中庭での実践訓練となり、今までの基礎を披露する日だ。



「エルフってのは面白いね。人とはまた違う魔法発動で勉強になるよ」

「少しはお役に立てていればいいんですけど、私はハーフエルフなうえに、落ちこぼれなので」

「そういえば、君は父親がエルフで母親が人だって言ってたっけ?」



 ウェダーにも閨の時に語った事がある出生を、マーロにも伝えた。



「エルフの結界から出て、狩りをしていた父がケガをした時に、通りかかった薬師の母が手当をしたのがきっかけだそうです」

「人と結婚するのは、珍しいんだろ?」

「はい。全くないわけではないですが、あまり推奨はされていません」

「魔力が弱まるから?」

「エルフのプライドですが、昔よりは緩くなっていますよ?純血を重んじるので、父は反対もあったそうですが、エルフにはない薬師の知識に惹かれたそうで、夫婦仲は良かったと思います」



 両親を思い出し、優しい気持ちになった。

 懐かしい思い出だ。

 エルフの集落の外れに住んでいた私達は、父が狩りをして母が豊かな森から薬草を摘んだ。

 エルフの葉っぱそのものを使用する薬用と違い、人の薬師はより加工する複雑な知識を持っており、何人かのエルフ達も母の知識を認めてくれた。

 だからこそ、私達はエルフ達のいる場所に住んでいられたのだ。



「素晴らしいご両親だったんだね」

「はい。自慢の両親です」



 嵐の日に森に出た母の帰りが遅く、心配した父が迎えに行った先で、二人はがけ崩れに巻き込まれた。

 エルフの子供達の熱病のために、母が危険を承知で薬草を採取に行った事故だった。

 人としては異例の、エルフで最大の敬意をもって埋葬された。

 そして、当時十歳だった私が残ったのだ。



 最初は母のお陰で救われた子供達の親が、生活を助けてくれていた。

 けれど長老は言ったのだ。



「ただ守られるだけなら家畜と一緒。お前も誇り高きエルフとして生きたいなら、自らの役目を見つけなさい」



 エルフの魂は緑と共に、エルフの人生は何かの目的を見つけるために――



 古来より伝わるエルフの言葉を胸に、私は彼らの雑用を請け負って生きてきた。

 そのうちに魔力を使えない事や、人の血を馬鹿にする者は確かにいた。

 エルフの価値観に合わせて、表向きは私を鼻で笑うエルフが増えても、決して追い出そうとしたり危害を加える事だけはなかった。



「今にして思えば、彼らなりに私の生き方を助けてくれていたのかも知れないです」



 こんな事も出来ないのかと、目の前で魔法を使って見せたのも、学ばせる為だったのかも知れない。

 そんな事も知らないのかと、知識を自慢しつつも、彼らは惜しみなく私に色々と語ってくれた。

 冒険に出て、彼らの言葉が役に立った事も多々あった。



「君たちエルフの素直じゃない、ひねくれた愛情表現は理解できないな」

「だからこそ、エルフなんですよ」



 私はフフッと笑って、今度こそ庭に設置された的に向けて意識を集中した。

 自分の射程を伝えたら、その二倍の距離に設置されたので、当たる気はしない。

 だが、見守るマーロは自信満々だった。



「君が命を再び吹き込んだ石達を、信じてあげるといいよ」



 屑石の矢尻に、確かに魔力を込めたのは自分だ。

 愛用の弓を構えて、ギリリと力を引く。



「いけぇーっ!燃えちゃえーっ!」



 シュンと風を切って、手を離した矢は軌道を真っすぐ的に向かう。

 本来ならありえない動き、矢は風の抵抗を無視してスピードを落とさず的を射た。

 小さな火がボッと音をたて、煙だけ出して焦げ臭い匂いだけ残す。



「あーっ、当たった……けど、燃えなかった」



 ガクリと落ち込むシャーリーとは別に、マーロは上機嫌でパチパチと拍手した。



「見事だよシャーリー。大成功だ」

「全然ダメです。だって火の勢いが弱すぎて燃えなかったです」

「いやいや。十分だよ」



 嬉しげに的を手に取り、戻って来たマーロがシャーリーに見せた。

 板に描かれた中央の赤い丸に、シャーリーの放った矢が刺さったままだ。

 力任せに抜き取ると、矢じりを触れてマーロは感心する。



「ほら、この矢尻の魔力はまだ残ってる。魔石なんかより魔力の保ちはいいようだ。つまり再利用可能って事だね」



 聞いた事もない効果に、シャーリーは目をパチクリさせた。

 そのうえで、マーロは矢尻をシャーリーに返してくれた。



「しかも、きっと私が同じように使用しても効果は落ちると思う。つまり君にしか、この生まれ変わった屑石たちは従わない……凄い付与だ」

「そんなの聞いた事ないです」

「そうかい?たまに見つかる魔道具でも、人が使用できない特別性はあると思うけど」

「そうなんですか?」

「君は特別だシャーリー、自信を持っていい。ただのエルフでも人でも、もしかして不可能な何かが、君にはあるのかも知れない」



 大げさなとシャーリーは思いつつも、またもや知らない知識をマーロは教えてくれる。

 矢尻を大事に胸に抱えたシャーリーが、ふんふんとマーロの知識を聞いていると、使用人が慌てた様子で走って来た。



「ちょっと待っていて」



 マーロがそうシャーリーに告げると、慌てた様子の使用人から耳打ちをされていた。

 何事だろうと、シャーリーは首をかしげていると、長い耳がピクリと反応する。

 すぐに、人の耳でもわかる騒がしさが近づいて来た。



「おやめください。お引き取りを!」

「だったら、とっとと会わせなさいよ!ここにいるんでしょ」

「ですから、まずは主の許可を得てから……」

「中に入れないそちらが悪いんでしょ!いい事、これは騎士団の本意なのよ!あの方の邪魔になるあの……」



 止めようとする使用人を手に持つ扇で叩きながら、現れたのは金髪の貴族令嬢だった。

 彼女は正面からの対応を拒絶された為に、もう一つの家族専用出入り口である、裏門に馬車を向けたのだ。

 それゆえに運悪く、裏口近くの庭園にいたシャーリー達と鉢合わせするハメになる。



 咄嗟にマーロが、シャーリーを隠すように前に立つ。

 だが、現れた女性は獲物を見つけた狐のようにニヤリと笑った。



「失礼するわ。私の事をご存じかしら?いいえ、知らなくてもいいの。用があるのは、そこのエルフだけだから」

「本当に失礼だな。断りない侵入者に持ち合わせる礼儀がなくてね……おっと、これ以上近づかないように」



 マーロが告げると同時に、近づこうとした令嬢……そう、キャサリンの足元に激しい炎があがる。



「きゃああっ!なんて事を!いくら私のウェダーの上司の家だからって、許されると思わないで」



 シャーリーは、その炎はあくまで幻なのだと知っていたが、突然聞こえてきたウェダーの名に反応した。

 だが、マーロが口出しを許さないとばかりに、突然の訪問者に対峙する。



「ここが騎士団長邸宅と知って、伯爵家が好き勝手してもいいと?」



 怒りをあらわにするマーロは、普通の人ならば口黙るほどの迫力があった。

 だが、対するキャサリンは臆する事すらなく、むしろ目を細めて笑う。



「あははっ。その団長という地位も、すぐにウェダーが代替わりして差し上げますわ」



 ウェダーと名を呼び捨てにする馴れ馴れしい彼女に、シャーリーは狂気の気配を感じて怯えてしまう。

 そういえば、面倒な女に付きまとわれていると言っていた。彼女がもしかして?

 キャサリンと目が合ってしまい、声なき悲鳴をあげてシャーリーは縮こまった。

 その瞳の淀みと自分を見つめる殺意、そして勝ち誇った声が彼女から放たれる。



「みつけた。お前だわ、この屑エルフ。とっとと、ウェダーに付きまとうのはやめて消えておしまい!」



 いきなりの怒号に、周囲の穏やかだった空気はビリリとひりついた。

 だが、シャーリーはウェダーの名に反応して、伏せていた顔を再びあげた。



「突然乱入のあげくに暴言とは、正式に抗議はさせて貰うが、去るのはお前だ!キャサリン・アンバサー嬢」

「やっぱり、私の事はご存じで当然ですわね。だって、私はウェダーの正式な婚約者ですもの」



 ヒラリと優雅に裾をつまみ、腰を落としておどけて見せた。

 まるで彼女専用の舞台のように、周囲は目が離せない。

 風が静かに舞い、キャサリンはマーロの背後に隠れるシャーリーから目を離さなかった。

 震えるエルフが小さく呟いた。



「正式な……婚約者……」

「そうよ!お前など物珍しい暇つぶしでしかなかったの。そもそもお前たちなんか、使い道は決まってるわ」

「どういう意味だ?」



 割って入ったマーロに、キャサリンはしまったという顔をして、改めて澄ました顔を取り繕った。

 いい加減に、腹に据えかねたのはマーロの方だ。

 手に怒りの炎をユラユラと揺らめかせ、キャサリンに近づいていく。

 小さな火の粉が散り、流石にその熱と気迫に招かれざる客も後ずさった。



「去るのはそちらだ」

「……愚かな虫の為に、私達の結婚に染み一つ残したくないの。でも、そうね……」



 スッとシャーリーに向けて指を伸ばす。



「お前に魔力があるのなら、使い道はあるから使ってあげてもいいわ……きゃああっ!」



 キャサリンの前で、再び炎の壁が燃え上がる。

 今度こそ本物の熱に、威嚇ではないと悟ったキャサリンが、走って去って行く。

 建物の角に消え、裏門に逃げたのを確認して、マーロが手を軽く振ると炎は跡形もなく消えた。



 その場に矢を握りしめて座り込むシャーリーは、腰が抜けていた。

 起こった出来事が嵐のようで、感情がついていかないのだ。



 彼女の勝ち誇った顔、自分を見る馬鹿にした笑み……そしてウェダーの名を呼び、正式な婚約者だと名乗った事。

 近づきマーロに肩を叩かれ、ビクリと我に戻る。



「気にしなくていい……ただの狂言だ。それよりすまない」



 マーロの気遣いに感謝しつつ、シャーリーは不安を告げた。



「ただの狂言で、あそこまできっぱりと言い切れる、根拠は何なのでしょうか?」



 わざわざ妄想を伝える為に、彼女は他人の家にまで乱入して騒ぎ立てたのか?

 そもそも、どうして私の事を知っているの?

 彼から聞いた?いつ?どうやって?



 結婚して欲しい、俺の番だと私の側にいたあの人がいない。

 こんな時ほど側にいて、安心させて欲しいのに。



「我儘だって、甘えだってわかってるんです。それでも今は、本人から説明して欲しい」

「……わかるよ。だけど奴なりに、今は任務で大変みたいだ。昨日ドフから手紙があってね、書いてあったのはただ一言だけだ」

「何て書いてあったんですか?」

「信じろだよ」



 肩をすくませ、マーロは困った顔をする。

 きっと彼女にとっては、慣れた事なのだろう。

 それだけ重要な仕事をこなしているのだ。

 冒険者のように、強い敵を倒し難解なダンジョンをクリアするのではない。

 騎士の仕事が人対人である限り、家族にも言えない機密や、過酷な苦労が多々あるのだろう。



 それをこなす騎士も大変だが、待つ家族はただ信じる事しか出来ない。

 何もできないままに、家を守り無事を祈る。

 そんな生活を、今後も自分は耐えられるだろうか?

 そうシャーリーは自分に問いかけた。



「ともかく一旦、中に入ろう」



 動揺するシャーリーは、マーロと共に屋敷に入る。

 記憶は曖昧だが、その後は何事もなく夜を迎え、そして再び朝となった。



 眠れぬ夜を過ごしたシャーリーは、持ち前の立ち直りの良さで、なんとか昨日のショックを忘れようとしていた。

 直接会った時に、ウェダーに聞けばいい。

 何度もマーロが言うように、ただ待つ事が今の私に出来る事なのだと納得させて、いつもより早く食堂についた。

 食事のカトラリーを設置している最中で、まだ準備が整っていないタイミングだった。



「あ、すいません。少し外で待ちますね」

「いえ、すぐに終わります。大変申し訳ございません。宜しければ、新聞でもお読みになってお待ちください」



 そう言って手渡された新聞に、用意された椅子に腰かけて目を通す。

 そういえば、この首都に来てから、情報すら気にかけていなかった事に気が付いた。



「ダメだなぁ私。もっと色んな情報にアンテナを張らないと……って、えっ?」



 二枚目をめくった途端に、その端の記事に目が吸い寄せられた。

 そこには、大きな文字の見出しだけが強調されて書かれてある。



『速報!あの美貌の騎士隊長が伯爵令嬢と婚約か?』



 まさかと思い、ガタガタと震える指先で文字をなぞって読み進めた。
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