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いつものように、マーロより魔法の手ほどきを受ける。
今日は中庭での実践訓練となり、今までの基礎を披露する日だ。
「エルフってのは面白いね。人とはまた違う魔法発動で勉強になるよ」
「少しはお役に立てていればいいんですけど、私はハーフエルフなうえに、落ちこぼれなので」
「そういえば、君は父親がエルフで母親が人だって言ってたっけ?」
ウェダーにも閨の時に語った事がある出生を、マーロにも伝えた。
「エルフの結界から出て、狩りをしていた父がケガをした時に、通りかかった薬師の母が手当をしたのがきっかけだそうです」
「人と結婚するのは、珍しいんだろ?」
「はい。全くないわけではないですが、あまり推奨はされていません」
「魔力が弱まるから?」
「エルフのプライドですが、昔よりは緩くなっていますよ?純血を重んじるので、父は反対もあったそうですが、エルフにはない薬師の知識に惹かれたそうで、夫婦仲は良かったと思います」
両親を思い出し、優しい気持ちになった。
懐かしい思い出だ。
エルフの集落の外れに住んでいた私達は、父が狩りをして母が豊かな森から薬草を摘んだ。
エルフの葉っぱそのものを使用する薬用と違い、人の薬師はより加工する複雑な知識を持っており、何人かのエルフ達も母の知識を認めてくれた。
だからこそ、私達はエルフ達のいる場所に住んでいられたのだ。
「素晴らしいご両親だったんだね」
「はい。自慢の両親です」
嵐の日に森に出た母の帰りが遅く、心配した父が迎えに行った先で、二人はがけ崩れに巻き込まれた。
エルフの子供達の熱病のために、母が危険を承知で薬草を採取に行った事故だった。
人としては異例の、エルフで最大の敬意をもって埋葬された。
そして、当時十歳だった私が残ったのだ。
最初は母のお陰で救われた子供達の親が、生活を助けてくれていた。
けれど長老は言ったのだ。
「ただ守られるだけなら家畜と一緒。お前も誇り高きエルフとして生きたいなら、自らの役目を見つけなさい」
エルフの魂は緑と共に、エルフの人生は何かの目的を見つけるために――
古来より伝わるエルフの言葉を胸に、私は彼らの雑用を請け負って生きてきた。
そのうちに魔力を使えない事や、人の血を馬鹿にする者は確かにいた。
エルフの価値観に合わせて、表向きは私を鼻で笑うエルフが増えても、決して追い出そうとしたり危害を加える事だけはなかった。
「今にして思えば、彼らなりに私の生き方を助けてくれていたのかも知れないです」
こんな事も出来ないのかと、目の前で魔法を使って見せたのも、学ばせる為だったのかも知れない。
そんな事も知らないのかと、知識を自慢しつつも、彼らは惜しみなく私に色々と語ってくれた。
冒険に出て、彼らの言葉が役に立った事も多々あった。
「君たちエルフの素直じゃない、ひねくれた愛情表現は理解できないな」
「だからこそ、エルフなんですよ」
私はフフッと笑って、今度こそ庭に設置された的に向けて意識を集中した。
自分の射程を伝えたら、その二倍の距離に設置されたので、当たる気はしない。
だが、見守るマーロは自信満々だった。
「君が命を再び吹き込んだ石達を、信じてあげるといいよ」
屑石の矢尻に、確かに魔力を込めたのは自分だ。
愛用の弓を構えて、ギリリと力を引く。
「いけぇーっ!燃えちゃえーっ!」
シュンと風を切って、手を離した矢は軌道を真っすぐ的に向かう。
本来ならありえない動き、矢は風の抵抗を無視してスピードを落とさず的を射た。
小さな火がボッと音をたて、煙だけ出して焦げ臭い匂いだけ残す。
「あーっ、当たった……けど、燃えなかった」
ガクリと落ち込むシャーリーとは別に、マーロは上機嫌でパチパチと拍手した。
「見事だよシャーリー。大成功だ」
「全然ダメです。だって火の勢いが弱すぎて燃えなかったです」
「いやいや。十分だよ」
嬉しげに的を手に取り、戻って来たマーロがシャーリーに見せた。
板に描かれた中央の赤い丸に、シャーリーの放った矢が刺さったままだ。
力任せに抜き取ると、矢じりを触れてマーロは感心する。
「ほら、この矢尻の魔力はまだ残ってる。魔石なんかより魔力の保ちはいいようだ。つまり再利用可能って事だね」
聞いた事もない効果に、シャーリーは目をパチクリさせた。
そのうえで、マーロは矢尻をシャーリーに返してくれた。
「しかも、きっと私が同じように使用しても効果は落ちると思う。つまり君にしか、この生まれ変わった屑石たちは従わない……凄い付与だ」
「そんなの聞いた事ないです」
「そうかい?たまに見つかる魔道具でも、人が使用できない特別性はあると思うけど」
「そうなんですか?」
「君は特別だシャーリー、自信を持っていい。ただのエルフでも人でも、もしかして不可能な何かが、君にはあるのかも知れない」
大げさなとシャーリーは思いつつも、またもや知らない知識をマーロは教えてくれる。
矢尻を大事に胸に抱えたシャーリーが、ふんふんとマーロの知識を聞いていると、使用人が慌てた様子で走って来た。
「ちょっと待っていて」
マーロがそうシャーリーに告げると、慌てた様子の使用人から耳打ちをされていた。
何事だろうと、シャーリーは首をかしげていると、長い耳がピクリと反応する。
すぐに、人の耳でもわかる騒がしさが近づいて来た。
「おやめください。お引き取りを!」
「だったら、とっとと会わせなさいよ!ここにいるんでしょ」
「ですから、まずは主の許可を得てから……」
「中に入れないそちらが悪いんでしょ!いい事、これは騎士団の本意なのよ!あの方の邪魔になるあの……」
止めようとする使用人を手に持つ扇で叩きながら、現れたのは金髪の貴族令嬢だった。
彼女は正面からの対応を拒絶された為に、もう一つの家族専用出入り口である、裏門に馬車を向けたのだ。
それゆえに運悪く、裏口近くの庭園にいたシャーリー達と鉢合わせするハメになる。
咄嗟にマーロが、シャーリーを隠すように前に立つ。
だが、現れた女性は獲物を見つけた狐のようにニヤリと笑った。
「失礼するわ。私の事をご存じかしら?いいえ、知らなくてもいいの。用があるのは、そこのエルフだけだから」
「本当に失礼だな。断りない侵入者に持ち合わせる礼儀がなくてね……おっと、これ以上近づかないように」
マーロが告げると同時に、近づこうとした令嬢……そう、キャサリンの足元に激しい炎があがる。
「きゃああっ!なんて事を!いくら私のウェダーの上司の家だからって、許されると思わないで」
シャーリーは、その炎はあくまで幻なのだと知っていたが、突然聞こえてきたウェダーの名に反応した。
だが、マーロが口出しを許さないとばかりに、突然の訪問者に対峙する。
「ここが騎士団長邸宅と知って、伯爵家が好き勝手してもいいと?」
怒りをあらわにするマーロは、普通の人ならば口黙るほどの迫力があった。
だが、対するキャサリンは臆する事すらなく、むしろ目を細めて笑う。
「あははっ。その団長という地位も、すぐにウェダーが代替わりして差し上げますわ」
ウェダーと名を呼び捨てにする馴れ馴れしい彼女に、シャーリーは狂気の気配を感じて怯えてしまう。
そういえば、面倒な女に付きまとわれていると言っていた。彼女がもしかして?
キャサリンと目が合ってしまい、声なき悲鳴をあげてシャーリーは縮こまった。
その瞳の淀みと自分を見つめる殺意、そして勝ち誇った声が彼女から放たれる。
「みつけた。お前だわ、この屑エルフ。とっとと、ウェダーに付きまとうのはやめて消えておしまい!」
いきなりの怒号に、周囲の穏やかだった空気はビリリとひりついた。
だが、シャーリーはウェダーの名に反応して、伏せていた顔を再びあげた。
「突然乱入のあげくに暴言とは、正式に抗議はさせて貰うが、去るのはお前だ!キャサリン・アンバサー嬢」
「やっぱり、私の事はご存じで当然ですわね。だって、私はウェダーの正式な婚約者ですもの」
ヒラリと優雅に裾をつまみ、腰を落としておどけて見せた。
まるで彼女専用の舞台のように、周囲は目が離せない。
風が静かに舞い、キャサリンはマーロの背後に隠れるシャーリーから目を離さなかった。
震えるエルフが小さく呟いた。
「正式な……婚約者……」
「そうよ!お前など物珍しい暇つぶしでしかなかったの。そもそもお前たちなんか、使い道は決まってるわ」
「どういう意味だ?」
割って入ったマーロに、キャサリンはしまったという顔をして、改めて澄ました顔を取り繕った。
いい加減に、腹に据えかねたのはマーロの方だ。
手に怒りの炎をユラユラと揺らめかせ、キャサリンに近づいていく。
小さな火の粉が散り、流石にその熱と気迫に招かれざる客も後ずさった。
「去るのはそちらだ」
「……愚かな虫の為に、私達の結婚に染み一つ残したくないの。でも、そうね……」
スッとシャーリーに向けて指を伸ばす。
「お前に魔力があるのなら、使い道はあるから使ってあげてもいいわ……きゃああっ!」
キャサリンの前で、再び炎の壁が燃え上がる。
今度こそ本物の熱に、威嚇ではないと悟ったキャサリンが、走って去って行く。
建物の角に消え、裏門に逃げたのを確認して、マーロが手を軽く振ると炎は跡形もなく消えた。
その場に矢を握りしめて座り込むシャーリーは、腰が抜けていた。
起こった出来事が嵐のようで、感情がついていかないのだ。
彼女の勝ち誇った顔、自分を見る馬鹿にした笑み……そしてウェダーの名を呼び、正式な婚約者だと名乗った事。
近づきマーロに肩を叩かれ、ビクリと我に戻る。
「気にしなくていい……ただの狂言だ。それよりすまない」
マーロの気遣いに感謝しつつ、シャーリーは不安を告げた。
「ただの狂言で、あそこまできっぱりと言い切れる、根拠は何なのでしょうか?」
わざわざ妄想を伝える為に、彼女は他人の家にまで乱入して騒ぎ立てたのか?
そもそも、どうして私の事を知っているの?
彼から聞いた?いつ?どうやって?
結婚して欲しい、俺の番だと私の側にいたあの人がいない。
こんな時ほど側にいて、安心させて欲しいのに。
「我儘だって、甘えだってわかってるんです。それでも今は、本人から説明して欲しい」
「……わかるよ。だけど奴なりに、今は任務で大変みたいだ。昨日ドフから手紙があってね、書いてあったのはただ一言だけだ」
「何て書いてあったんですか?」
「信じろだよ」
肩をすくませ、マーロは困った顔をする。
きっと彼女にとっては、慣れた事なのだろう。
それだけ重要な仕事をこなしているのだ。
冒険者のように、強い敵を倒し難解なダンジョンをクリアするのではない。
騎士の仕事が人対人である限り、家族にも言えない機密や、過酷な苦労が多々あるのだろう。
それをこなす騎士も大変だが、待つ家族はただ信じる事しか出来ない。
何もできないままに、家を守り無事を祈る。
そんな生活を、今後も自分は耐えられるだろうか?
そうシャーリーは自分に問いかけた。
「ともかく一旦、中に入ろう」
動揺するシャーリーは、マーロと共に屋敷に入る。
記憶は曖昧だが、その後は何事もなく夜を迎え、そして再び朝となった。
眠れぬ夜を過ごしたシャーリーは、持ち前の立ち直りの良さで、なんとか昨日のショックを忘れようとしていた。
直接会った時に、ウェダーに聞けばいい。
何度もマーロが言うように、ただ待つ事が今の私に出来る事なのだと納得させて、いつもより早く食堂についた。
食事のカトラリーを設置している最中で、まだ準備が整っていないタイミングだった。
「あ、すいません。少し外で待ちますね」
「いえ、すぐに終わります。大変申し訳ございません。宜しければ、新聞でもお読みになってお待ちください」
そう言って手渡された新聞に、用意された椅子に腰かけて目を通す。
そういえば、この首都に来てから、情報すら気にかけていなかった事に気が付いた。
「ダメだなぁ私。もっと色んな情報にアンテナを張らないと……って、えっ?」
二枚目をめくった途端に、その端の記事に目が吸い寄せられた。
そこには、大きな文字の見出しだけが強調されて書かれてある。
『速報!あの美貌の騎士隊長が伯爵令嬢と婚約か?』
まさかと思い、ガタガタと震える指先で文字をなぞって読み進めた。
今日は中庭での実践訓練となり、今までの基礎を披露する日だ。
「エルフってのは面白いね。人とはまた違う魔法発動で勉強になるよ」
「少しはお役に立てていればいいんですけど、私はハーフエルフなうえに、落ちこぼれなので」
「そういえば、君は父親がエルフで母親が人だって言ってたっけ?」
ウェダーにも閨の時に語った事がある出生を、マーロにも伝えた。
「エルフの結界から出て、狩りをしていた父がケガをした時に、通りかかった薬師の母が手当をしたのがきっかけだそうです」
「人と結婚するのは、珍しいんだろ?」
「はい。全くないわけではないですが、あまり推奨はされていません」
「魔力が弱まるから?」
「エルフのプライドですが、昔よりは緩くなっていますよ?純血を重んじるので、父は反対もあったそうですが、エルフにはない薬師の知識に惹かれたそうで、夫婦仲は良かったと思います」
両親を思い出し、優しい気持ちになった。
懐かしい思い出だ。
エルフの集落の外れに住んでいた私達は、父が狩りをして母が豊かな森から薬草を摘んだ。
エルフの葉っぱそのものを使用する薬用と違い、人の薬師はより加工する複雑な知識を持っており、何人かのエルフ達も母の知識を認めてくれた。
だからこそ、私達はエルフ達のいる場所に住んでいられたのだ。
「素晴らしいご両親だったんだね」
「はい。自慢の両親です」
嵐の日に森に出た母の帰りが遅く、心配した父が迎えに行った先で、二人はがけ崩れに巻き込まれた。
エルフの子供達の熱病のために、母が危険を承知で薬草を採取に行った事故だった。
人としては異例の、エルフで最大の敬意をもって埋葬された。
そして、当時十歳だった私が残ったのだ。
最初は母のお陰で救われた子供達の親が、生活を助けてくれていた。
けれど長老は言ったのだ。
「ただ守られるだけなら家畜と一緒。お前も誇り高きエルフとして生きたいなら、自らの役目を見つけなさい」
エルフの魂は緑と共に、エルフの人生は何かの目的を見つけるために――
古来より伝わるエルフの言葉を胸に、私は彼らの雑用を請け負って生きてきた。
そのうちに魔力を使えない事や、人の血を馬鹿にする者は確かにいた。
エルフの価値観に合わせて、表向きは私を鼻で笑うエルフが増えても、決して追い出そうとしたり危害を加える事だけはなかった。
「今にして思えば、彼らなりに私の生き方を助けてくれていたのかも知れないです」
こんな事も出来ないのかと、目の前で魔法を使って見せたのも、学ばせる為だったのかも知れない。
そんな事も知らないのかと、知識を自慢しつつも、彼らは惜しみなく私に色々と語ってくれた。
冒険に出て、彼らの言葉が役に立った事も多々あった。
「君たちエルフの素直じゃない、ひねくれた愛情表現は理解できないな」
「だからこそ、エルフなんですよ」
私はフフッと笑って、今度こそ庭に設置された的に向けて意識を集中した。
自分の射程を伝えたら、その二倍の距離に設置されたので、当たる気はしない。
だが、見守るマーロは自信満々だった。
「君が命を再び吹き込んだ石達を、信じてあげるといいよ」
屑石の矢尻に、確かに魔力を込めたのは自分だ。
愛用の弓を構えて、ギリリと力を引く。
「いけぇーっ!燃えちゃえーっ!」
シュンと風を切って、手を離した矢は軌道を真っすぐ的に向かう。
本来ならありえない動き、矢は風の抵抗を無視してスピードを落とさず的を射た。
小さな火がボッと音をたて、煙だけ出して焦げ臭い匂いだけ残す。
「あーっ、当たった……けど、燃えなかった」
ガクリと落ち込むシャーリーとは別に、マーロは上機嫌でパチパチと拍手した。
「見事だよシャーリー。大成功だ」
「全然ダメです。だって火の勢いが弱すぎて燃えなかったです」
「いやいや。十分だよ」
嬉しげに的を手に取り、戻って来たマーロがシャーリーに見せた。
板に描かれた中央の赤い丸に、シャーリーの放った矢が刺さったままだ。
力任せに抜き取ると、矢じりを触れてマーロは感心する。
「ほら、この矢尻の魔力はまだ残ってる。魔石なんかより魔力の保ちはいいようだ。つまり再利用可能って事だね」
聞いた事もない効果に、シャーリーは目をパチクリさせた。
そのうえで、マーロは矢尻をシャーリーに返してくれた。
「しかも、きっと私が同じように使用しても効果は落ちると思う。つまり君にしか、この生まれ変わった屑石たちは従わない……凄い付与だ」
「そんなの聞いた事ないです」
「そうかい?たまに見つかる魔道具でも、人が使用できない特別性はあると思うけど」
「そうなんですか?」
「君は特別だシャーリー、自信を持っていい。ただのエルフでも人でも、もしかして不可能な何かが、君にはあるのかも知れない」
大げさなとシャーリーは思いつつも、またもや知らない知識をマーロは教えてくれる。
矢尻を大事に胸に抱えたシャーリーが、ふんふんとマーロの知識を聞いていると、使用人が慌てた様子で走って来た。
「ちょっと待っていて」
マーロがそうシャーリーに告げると、慌てた様子の使用人から耳打ちをされていた。
何事だろうと、シャーリーは首をかしげていると、長い耳がピクリと反応する。
すぐに、人の耳でもわかる騒がしさが近づいて来た。
「おやめください。お引き取りを!」
「だったら、とっとと会わせなさいよ!ここにいるんでしょ」
「ですから、まずは主の許可を得てから……」
「中に入れないそちらが悪いんでしょ!いい事、これは騎士団の本意なのよ!あの方の邪魔になるあの……」
止めようとする使用人を手に持つ扇で叩きながら、現れたのは金髪の貴族令嬢だった。
彼女は正面からの対応を拒絶された為に、もう一つの家族専用出入り口である、裏門に馬車を向けたのだ。
それゆえに運悪く、裏口近くの庭園にいたシャーリー達と鉢合わせするハメになる。
咄嗟にマーロが、シャーリーを隠すように前に立つ。
だが、現れた女性は獲物を見つけた狐のようにニヤリと笑った。
「失礼するわ。私の事をご存じかしら?いいえ、知らなくてもいいの。用があるのは、そこのエルフだけだから」
「本当に失礼だな。断りない侵入者に持ち合わせる礼儀がなくてね……おっと、これ以上近づかないように」
マーロが告げると同時に、近づこうとした令嬢……そう、キャサリンの足元に激しい炎があがる。
「きゃああっ!なんて事を!いくら私のウェダーの上司の家だからって、許されると思わないで」
シャーリーは、その炎はあくまで幻なのだと知っていたが、突然聞こえてきたウェダーの名に反応した。
だが、マーロが口出しを許さないとばかりに、突然の訪問者に対峙する。
「ここが騎士団長邸宅と知って、伯爵家が好き勝手してもいいと?」
怒りをあらわにするマーロは、普通の人ならば口黙るほどの迫力があった。
だが、対するキャサリンは臆する事すらなく、むしろ目を細めて笑う。
「あははっ。その団長という地位も、すぐにウェダーが代替わりして差し上げますわ」
ウェダーと名を呼び捨てにする馴れ馴れしい彼女に、シャーリーは狂気の気配を感じて怯えてしまう。
そういえば、面倒な女に付きまとわれていると言っていた。彼女がもしかして?
キャサリンと目が合ってしまい、声なき悲鳴をあげてシャーリーは縮こまった。
その瞳の淀みと自分を見つめる殺意、そして勝ち誇った声が彼女から放たれる。
「みつけた。お前だわ、この屑エルフ。とっとと、ウェダーに付きまとうのはやめて消えておしまい!」
いきなりの怒号に、周囲の穏やかだった空気はビリリとひりついた。
だが、シャーリーはウェダーの名に反応して、伏せていた顔を再びあげた。
「突然乱入のあげくに暴言とは、正式に抗議はさせて貰うが、去るのはお前だ!キャサリン・アンバサー嬢」
「やっぱり、私の事はご存じで当然ですわね。だって、私はウェダーの正式な婚約者ですもの」
ヒラリと優雅に裾をつまみ、腰を落としておどけて見せた。
まるで彼女専用の舞台のように、周囲は目が離せない。
風が静かに舞い、キャサリンはマーロの背後に隠れるシャーリーから目を離さなかった。
震えるエルフが小さく呟いた。
「正式な……婚約者……」
「そうよ!お前など物珍しい暇つぶしでしかなかったの。そもそもお前たちなんか、使い道は決まってるわ」
「どういう意味だ?」
割って入ったマーロに、キャサリンはしまったという顔をして、改めて澄ました顔を取り繕った。
いい加減に、腹に据えかねたのはマーロの方だ。
手に怒りの炎をユラユラと揺らめかせ、キャサリンに近づいていく。
小さな火の粉が散り、流石にその熱と気迫に招かれざる客も後ずさった。
「去るのはそちらだ」
「……愚かな虫の為に、私達の結婚に染み一つ残したくないの。でも、そうね……」
スッとシャーリーに向けて指を伸ばす。
「お前に魔力があるのなら、使い道はあるから使ってあげてもいいわ……きゃああっ!」
キャサリンの前で、再び炎の壁が燃え上がる。
今度こそ本物の熱に、威嚇ではないと悟ったキャサリンが、走って去って行く。
建物の角に消え、裏門に逃げたのを確認して、マーロが手を軽く振ると炎は跡形もなく消えた。
その場に矢を握りしめて座り込むシャーリーは、腰が抜けていた。
起こった出来事が嵐のようで、感情がついていかないのだ。
彼女の勝ち誇った顔、自分を見る馬鹿にした笑み……そしてウェダーの名を呼び、正式な婚約者だと名乗った事。
近づきマーロに肩を叩かれ、ビクリと我に戻る。
「気にしなくていい……ただの狂言だ。それよりすまない」
マーロの気遣いに感謝しつつ、シャーリーは不安を告げた。
「ただの狂言で、あそこまできっぱりと言い切れる、根拠は何なのでしょうか?」
わざわざ妄想を伝える為に、彼女は他人の家にまで乱入して騒ぎ立てたのか?
そもそも、どうして私の事を知っているの?
彼から聞いた?いつ?どうやって?
結婚して欲しい、俺の番だと私の側にいたあの人がいない。
こんな時ほど側にいて、安心させて欲しいのに。
「我儘だって、甘えだってわかってるんです。それでも今は、本人から説明して欲しい」
「……わかるよ。だけど奴なりに、今は任務で大変みたいだ。昨日ドフから手紙があってね、書いてあったのはただ一言だけだ」
「何て書いてあったんですか?」
「信じろだよ」
肩をすくませ、マーロは困った顔をする。
きっと彼女にとっては、慣れた事なのだろう。
それだけ重要な仕事をこなしているのだ。
冒険者のように、強い敵を倒し難解なダンジョンをクリアするのではない。
騎士の仕事が人対人である限り、家族にも言えない機密や、過酷な苦労が多々あるのだろう。
それをこなす騎士も大変だが、待つ家族はただ信じる事しか出来ない。
何もできないままに、家を守り無事を祈る。
そんな生活を、今後も自分は耐えられるだろうか?
そうシャーリーは自分に問いかけた。
「ともかく一旦、中に入ろう」
動揺するシャーリーは、マーロと共に屋敷に入る。
記憶は曖昧だが、その後は何事もなく夜を迎え、そして再び朝となった。
眠れぬ夜を過ごしたシャーリーは、持ち前の立ち直りの良さで、なんとか昨日のショックを忘れようとしていた。
直接会った時に、ウェダーに聞けばいい。
何度もマーロが言うように、ただ待つ事が今の私に出来る事なのだと納得させて、いつもより早く食堂についた。
食事のカトラリーを設置している最中で、まだ準備が整っていないタイミングだった。
「あ、すいません。少し外で待ちますね」
「いえ、すぐに終わります。大変申し訳ございません。宜しければ、新聞でもお読みになってお待ちください」
そう言って手渡された新聞に、用意された椅子に腰かけて目を通す。
そういえば、この首都に来てから、情報すら気にかけていなかった事に気が付いた。
「ダメだなぁ私。もっと色んな情報にアンテナを張らないと……って、えっ?」
二枚目をめくった途端に、その端の記事に目が吸い寄せられた。
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「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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