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それから数ヶ月後、ドフの邸宅に手紙が届いた。
かつて部下であった男の、妻となったエルフからの近況報告だ。
「ふふっ、幸せそうで良かったよ」
マーロは中庭で猫を膝に乗せて笑う。
向かいに座る夫のドフは、猫に引っかかれた鼻先をポリポリと掻いた。
「ウェダーのやつ、とっととAランクになったはいいが、Sは国の強制招集に呼ばれるからと拒否してるそうだ」
「彼は相変わらずだね。誰しもが憧れる騎士も簡単に捨てたし、Sランクも彼にとっては価値のない物なんだな」
ドフは空を仰ぐ。
「まあ、あいつの才能を見つけて無理やり騎士に入れたのも、獣人の能力のある人間を放置できん国からの指令だったんだが。それを後で知られて、騎士の宣誓を放棄されたんだよな」
「彼の能力は、彼のせいじゃないのに、国から危険視扱いされたと感じたんだろ?ドフの持って行き方が悪い」
「いやいや。俺は奴を救ってやったクチだろ?本来なら、研究対象として宮廷魔法団に引き取られる予定だったんだから」
「そこまで彼に説明したのかい?」
椅子に腰かけ、空を見たまま無言の夫に、マーロは苦笑するしかない。
ドフは新聞を手に取り、記事に目を通す。
あれから団長として、騎士団内部や最高責任者の将軍から、例の事件について色々と絞られた。
おおまかな報告のみの部分を色々と突かれたが、なんとかウェダー達の為に躱し続けた。
「シャーリーの事も報告なしで、笛も騒ぎで破壊された……ね」
クスクスと不器用な夫の嘘をマーロは笑う。
口下手な夫と、無口で無愛想な部下とのコンビを、ずっと見守ってきたのだ。
妻の態度に、照れ隠しかドフは顔を、広げた新聞で隠す。
「笛は万が一の悪用を考えれば、陛下も一枚噛んでる事だし、他の大臣や神官が何を言っても無視すればいいよ。なんにせよ、シャーリーの能力は秘密にして正解だ」
静かに紅茶を飲むマーロの笑みは消えていた。
それだけシャーリーの目覚めた力は希少だった。
「付与だけでなく、再生可能な魔道具生成のうえに、ワイバーンと会話できるとか……」
「あれは会話出来てたのか?」
「感覚でね。感じて理解してたからこそ、魔物がいう事を聞いたんだ」
「……魔物を操る“魔物使い”のエルフなんぞ、報告できるわけないだろ。ウェダー以上に国から注視されるなんざ、ウェダーが許さんだろ」
大きなため息をつくドフに、マーロが立ち上がり肩を叩く。
「お疲れ様、団長様」
揶揄うマーロに、ドフが苦笑いを返す。
「まあ、あいつらが元気にやってるなら何よりだ」
優秀なウェダーが突然退団した事は、国中の騒ぎとなった。
ある意味、上からの追求もウェダーの件に集中したお陰で、シャーリーの存在など無視されたのは幸いだった。
そんな特別な才能など自覚すらせず、当のシャーリーはウェダーと共にクエストに参加していた。
あれから半年、既にウェダーの冒険者ランクは上位Aランクを保有している。
「まさかワイバーンの分も加算されるとは」
「冒険者規約で、前職の半年前までの経験や実績が、反映されるみたいです」
「まあ、俺のランクがあれば選べるクエストの種類も増えるし、シャーリーの選択肢が増えるのは良い事だ」
「ウェダーさんとしかパーティーを組めない今、ずっと私はお荷物な気がするんですけど……」
ウェダーの騎士時代のチート級の能力は、冒険者になっても健在で無駄に活躍する事になる。
自らをお荷物呼ばわりするシャーリーは、相変わらずの天然でドジをしても、ウェダーは簡単にカバーしてみせた。
「ううっ……さっきだって、あからさまな罠なのに、引っかかったの私だし」
「あの幼体のドクガネズミのことか?小さな生き物が弱っていれば、魔物であれ助けに行ってしまうのは、シャーリーの優しさだから別にいい」
「だって、あのネズミちゃん。なんとなく助けを求めていた気がしたんです」
「ちゃんと助けられてよかった。あのネズミを餌に捕食しようとしていた凶悪な魔物は退治出来たんだし」
よしよしと頭を撫でられ、シャーリーはふと思う。
この人は、本当に優しい……そして強い――
もうドン引きするレベルで強い。
騎士は本来は単体戦ではなく、集団戦闘がメインのはずなのに、冒険者となった彼も強かった。
これが伝説の冒険者だと言われれば、納得する程で、単身で竜すら退治できるSランクを勧められるほどだ。
Sランクになれば、報酬もケタ違いで特級の待遇が約束される。
武器や冒険者道具の特別価格での購入や、宿屋や酒場では格安で使用できるようになる。
冒険で得た魔石や魔物資材の買い取りも割り増しされるし、他にも色々と夢のようなサービスが提供される。
彼は最初は特典に惹かれ、とっととSランクを取得しようとしたのだ。
けれどギルド職員の説明で、国の危機の緊急招集には無条件で駆けつけるときいて、ウェダーは即答した。
「なら、ならない」
誰しもが目指す最高ランクを、迷いなくサラリと断った。
唖然とした職員が、総出で説得しても彼は二度と受け入れる事はなかった。
「ほら、シャーリーの作ってくれた昼食が最高に美味しいな」
喜ぶウェダーとは違い、シャーリーは物思いにふけっていた。
――そう、冒険者となった私達の今。
ダンジョンの奥、私のランクに合わせた低レベルのクエストに参加している。
迷宮の中で、安易に子ネズミを助けに行った私とは別に、とっとと近くで宝箱に偽装していた中級魔物を一刀両断してのけた。
今でも覚えているが、初めて共に冒険に出た時に、適当でいいと買った剣が折れてしまった。
剣は特別でもなければ、通常の強度の価格の剣だったのだが、ウェダーのあまりの威力に負けて真っ二つになったのだ。
そんなのを初めて見た私が、口を開けてあんぐりと固まっていると、彼は笑った。
「騎士の剣とは勝手が違う。そうか、冒険者が武器屋で必死になるのは、そのせいか」
違う、粗悪品を掴まされたからではなく、彼の力が凄すぎるのだ。
あの日から、彼は大剣を二本所有している。
時折、面倒だと二刀流で戦ってるのを見た時は、器用を通り越して、もはや何でも出来るのではと信じてしまった。
「シャーリー?お代わり、あるかな?」
いつものように、私の作った丸パンに具材を挟んで少しあぶった食事を平らげるウェダーに、追加を差し出した。
立派な体格に相応しく、彼は気持ちいいほどの食べっぷりなので、いつも多めに用意している。
美味しいと褒められる、この時が冒険中に一番安らぐ時間かも知れない。
「いい妻を持ったもんだ」
「私も、最強の旦那様が出来てしまいました」
クスリと笑うと、お茶を注ぐ。
「ところで、あと少しで目的の石の花がある場所かな?」
「だと思います。さっき助けたネズミが、そんな感じのことを伝えてくれました」
そうなのだ。
マーロさんの所で修行を終え、あのワイバーンに祈り帰したあの日から、私は魔物の感情や意思を受け取れるようになっていた。
といっても弱々しく、こちらに敵意のある生き物には効果がない。
「エルフはもともと、動物たちと意思を交わす特性があると聞いていたが、シャーリーからすれば、弱い魔物すら動物カテゴリーなのか?」
「私にも区分がわからないんですけど……言葉や感情も、はっきりとじゃなくって、あくまでなんとなくです」
こくこくと、私は甘い紅茶を飲みほした。
疲れていた体に活気が戻る。
「それでも、その才能は凄いな。シャーリー、何度も言うが、そのスキルは誰にも知られない方がいい」
「わかりました」
「まあ、何があっても俺が守るよ」
いつものように彼は当たり前に、私への愛を伝えてくれる。
私も笑って答えるのだ。
「はい、ウェダー」
「じゃあ、とっとと花を見つけて、帰って愛し合おう!」
「おっ、お手柔らかにお願いします」
彼と結ばれて、彼の妻となり、そして彼と共にパーティーを組み、冒険に出る。
「きゃあああっ、ごめんなさいっ!」
無防備に、石の花を見つけ手に取った途端に、また罠が発動する。
想定外の高レベルのガーディアンが召喚されたが、ガーゴイルという冒険者でも十人がかりで退治する魔物すら、彼にとっては敵ではなかった。
「はい、シャーリー。弓で援護を頼む。火は危険だから別なやつで」
「わかりました!ええっと、水でいきます!」
きっと私の援護などあってない様な物かもだけど、彼はいつも私を対等に頼ってくれた。
その言葉が嬉しくて、事前に力を込めておいた矢を構え、祈りを込めて弓を放つ。
弓は矢を描き、グサリと肉を貫く音をたて、ガーゴイルの目ではなく鼻を貫いた。
「わーっ!やっぱり狙い通りにいかなかった!」
ガーゴイルの目ではなく、くちばしに刺さった瞬間に、特製の矢からチョロチョロと水が流れ出す。
だが、思いもよらない出来事が発生した。
水がガーゴイルの鼻先や口から喉に流れ込み、突然の呼吸困難にガーゴイルは、かぎ爪がついた羽をゆさぶって苦しみ藻掻く。
「シャーリー!良くやった!」
ただの偶然だと答える前に、ウェダーは隙を見せたガーゴイルの心臓を貫いた。
そして、即座に剣を抜くと同時に、ガーゴイルは石化していく。
「おっと」
冒険者知識を叩きこんだウェダーは、慣れた手つきで特上の素材、ガーゴイルの爪先を切り取った。
カチコチに光沢を帯びた硬い爪先は、ギルドではなくシャーリーへの贈り物だ。
それを慌てて駆け寄ってきた彼女に渡すと、照れ屋のエルフは微笑んで頬にキスをくれた。
「凄い素材にも困らなくなるなんて、本当に私の旦那様は凄いです」
そう言って無邪気に、新たな調合薬の素材を喜ぶ姿を見て、ウェダーはこの上ない幸福に満ち足りるのだった。
依頼を終えてギルドに戻ると、既に夕日が落ちかけていた。
ギルドの受付は、各地を回るシャーリー達にとって、まだなじみの薄い場所であったが、ここの町のギルド嬢も、ウェダーの魅力にやられていた。
「無事に完了を確認しましたので、お二人のカードをお返しします。そちらのエルフの方は今回でランクがあがりました」
シャーリーに対するギルド職員の反応は極端だ。
あなたは幸運だと、素直にウェダーの伴侶だと受け入れる者と、なぜお前がという者。
本来なら、ここでおめでとうと祝福の言葉をかけられるのだが、この町の受付嬢は後者だったらしい。
シャーリーには用が済んだとばかりに、ウェダーに向けた顔は、これでもかという媚びた笑顔だった。
「今回はガーゴイルを倒してしまわれるなんて……ぜひ貴方こそSランクに昇格し、彼女ではなく強いパーティーと組んで活躍すべきです」
「彼女以外と組む気はない。手続きは終了したな?」
「奥様はそれほどスキルは高くないからこそ、安全の為に家にいるべきだと思うんです」
ズキリと痛い所を突かれたシャーリーは、無意識に胸に手を当てた。
自分では、少しは強くなったと思うのだ。
魔力の使い方も貧弱ながら使えるようになり、ランクも今日でCにまで上がれた。
中級冒険者として活躍の証であるCなど、以前なら夢のまた夢……それを叶えてくれたのは、全てウェダーのお陰だと言う自覚はある。
「用はないな。では行こうシャーリー」
「お待ちください!」
ウェダーは、引き止めようとする受付嬢を一瞬だけ睨みつけた。
ただそれだけで、周囲に残っていた他の者たちまで、部屋の温度が下がったかのようにガクガクと震えた。
これが格の違いなのだ。
「行こうシャーリー」
「あの、ウェダー。私とパーティー組むのってやっぱり、世間一般からすると、勿体ないと思うんです」
肩を抱かれて歩きながら、宿に戻る帰路で切り出すと、それこそ慣れた様子で、だがきっぱりと彼は言う。
「シャーリーと組めないなら、冒険者など捨てる」
「じゃあ、私が妊娠して子供が出来たらどうします?」
夕闇の空を一瞬仰ぎ見たウェダーは、思案して答えた。
「どこか森の奥で家でも建てて、俺が狩ってきた素材で調理したり薬を作る」
「素敵ですね、隠れ里の薬屋さんなら、子供がいても大丈夫そう」
思いもよらない提案に、シャーリーは感激した。
彼がちゃんと、私が調合が得意な事や自然が好きという事を理解してくれていたのだ。
たまの慰め程度の薬草知識を、褒めちぎり認めてくれたのは、ベネとウェダーである。
あの日から、少しずつ独学だが、薬草知識も学んでいた。
少しでも彼の役に立ちたい、誰かの役に立てばという気持ち。
その流れから、ベネを思い出す。
夕食を町の食堂で楽しみながら、ベネは何をしてるのだろうと話を振ると、ウェダーの返事はそっけなかった。
「どうせ元気に、研究に没頭してるさ」
私以外には、本当に冷たいなと笑うと、当然だと返される。
食事を終えて宿に帰る途中で、見覚えのないパーティーに絡まれた。
「あんたに話がある。俺たちのパーティーに入ってくれないか?」
ここ最近は、特にこのような勧誘が増えた。
答えは決まっている。
ウェダーが断ると、彼らの顔つきが険しくなった。
「そこのエルフも、ついでに一緒でもいいって言ってるんだぜ?なんなら、力づくで決めるか?」
「話が早い。ぜひ、そうしてくれ」
ウェダーは淡々と剣を抜き、構えた。
その姿勢の正しさと、騎士仕込みの優雅な立ち振る舞いに、あちらのパーティーにいた女性が顔を赤らめた。
けれど、瞬殺で自らのリーダーが倒れた途端に、顔色は青に変わっていく。
「二度と声をかけるな」
冷たく言い放ち、こちらも温度を180度変えて、甘く私に呟いた。
「何やら、ここ最近は面倒が多い。なぜだ?」
「きっと、ウェダーの名が、それだけ冒険者としても浸透したからです」
「ちっ……面倒だな。まあ、こうやって力で理解させてやるのが一番手っ取り早いけどな」
肩のハエをはらった程度のウェダーは、疲労も何も感じさせない足取りで今後の事を密かに考えていた。
かつて部下であった男の、妻となったエルフからの近況報告だ。
「ふふっ、幸せそうで良かったよ」
マーロは中庭で猫を膝に乗せて笑う。
向かいに座る夫のドフは、猫に引っかかれた鼻先をポリポリと掻いた。
「ウェダーのやつ、とっととAランクになったはいいが、Sは国の強制招集に呼ばれるからと拒否してるそうだ」
「彼は相変わらずだね。誰しもが憧れる騎士も簡単に捨てたし、Sランクも彼にとっては価値のない物なんだな」
ドフは空を仰ぐ。
「まあ、あいつの才能を見つけて無理やり騎士に入れたのも、獣人の能力のある人間を放置できん国からの指令だったんだが。それを後で知られて、騎士の宣誓を放棄されたんだよな」
「彼の能力は、彼のせいじゃないのに、国から危険視扱いされたと感じたんだろ?ドフの持って行き方が悪い」
「いやいや。俺は奴を救ってやったクチだろ?本来なら、研究対象として宮廷魔法団に引き取られる予定だったんだから」
「そこまで彼に説明したのかい?」
椅子に腰かけ、空を見たまま無言の夫に、マーロは苦笑するしかない。
ドフは新聞を手に取り、記事に目を通す。
あれから団長として、騎士団内部や最高責任者の将軍から、例の事件について色々と絞られた。
おおまかな報告のみの部分を色々と突かれたが、なんとかウェダー達の為に躱し続けた。
「シャーリーの事も報告なしで、笛も騒ぎで破壊された……ね」
クスクスと不器用な夫の嘘をマーロは笑う。
口下手な夫と、無口で無愛想な部下とのコンビを、ずっと見守ってきたのだ。
妻の態度に、照れ隠しかドフは顔を、広げた新聞で隠す。
「笛は万が一の悪用を考えれば、陛下も一枚噛んでる事だし、他の大臣や神官が何を言っても無視すればいいよ。なんにせよ、シャーリーの能力は秘密にして正解だ」
静かに紅茶を飲むマーロの笑みは消えていた。
それだけシャーリーの目覚めた力は希少だった。
「付与だけでなく、再生可能な魔道具生成のうえに、ワイバーンと会話できるとか……」
「あれは会話出来てたのか?」
「感覚でね。感じて理解してたからこそ、魔物がいう事を聞いたんだ」
「……魔物を操る“魔物使い”のエルフなんぞ、報告できるわけないだろ。ウェダー以上に国から注視されるなんざ、ウェダーが許さんだろ」
大きなため息をつくドフに、マーロが立ち上がり肩を叩く。
「お疲れ様、団長様」
揶揄うマーロに、ドフが苦笑いを返す。
「まあ、あいつらが元気にやってるなら何よりだ」
優秀なウェダーが突然退団した事は、国中の騒ぎとなった。
ある意味、上からの追求もウェダーの件に集中したお陰で、シャーリーの存在など無視されたのは幸いだった。
そんな特別な才能など自覚すらせず、当のシャーリーはウェダーと共にクエストに参加していた。
あれから半年、既にウェダーの冒険者ランクは上位Aランクを保有している。
「まさかワイバーンの分も加算されるとは」
「冒険者規約で、前職の半年前までの経験や実績が、反映されるみたいです」
「まあ、俺のランクがあれば選べるクエストの種類も増えるし、シャーリーの選択肢が増えるのは良い事だ」
「ウェダーさんとしかパーティーを組めない今、ずっと私はお荷物な気がするんですけど……」
ウェダーの騎士時代のチート級の能力は、冒険者になっても健在で無駄に活躍する事になる。
自らをお荷物呼ばわりするシャーリーは、相変わらずの天然でドジをしても、ウェダーは簡単にカバーしてみせた。
「ううっ……さっきだって、あからさまな罠なのに、引っかかったの私だし」
「あの幼体のドクガネズミのことか?小さな生き物が弱っていれば、魔物であれ助けに行ってしまうのは、シャーリーの優しさだから別にいい」
「だって、あのネズミちゃん。なんとなく助けを求めていた気がしたんです」
「ちゃんと助けられてよかった。あのネズミを餌に捕食しようとしていた凶悪な魔物は退治出来たんだし」
よしよしと頭を撫でられ、シャーリーはふと思う。
この人は、本当に優しい……そして強い――
もうドン引きするレベルで強い。
騎士は本来は単体戦ではなく、集団戦闘がメインのはずなのに、冒険者となった彼も強かった。
これが伝説の冒険者だと言われれば、納得する程で、単身で竜すら退治できるSランクを勧められるほどだ。
Sランクになれば、報酬もケタ違いで特級の待遇が約束される。
武器や冒険者道具の特別価格での購入や、宿屋や酒場では格安で使用できるようになる。
冒険で得た魔石や魔物資材の買い取りも割り増しされるし、他にも色々と夢のようなサービスが提供される。
彼は最初は特典に惹かれ、とっととSランクを取得しようとしたのだ。
けれどギルド職員の説明で、国の危機の緊急招集には無条件で駆けつけるときいて、ウェダーは即答した。
「なら、ならない」
誰しもが目指す最高ランクを、迷いなくサラリと断った。
唖然とした職員が、総出で説得しても彼は二度と受け入れる事はなかった。
「ほら、シャーリーの作ってくれた昼食が最高に美味しいな」
喜ぶウェダーとは違い、シャーリーは物思いにふけっていた。
――そう、冒険者となった私達の今。
ダンジョンの奥、私のランクに合わせた低レベルのクエストに参加している。
迷宮の中で、安易に子ネズミを助けに行った私とは別に、とっとと近くで宝箱に偽装していた中級魔物を一刀両断してのけた。
今でも覚えているが、初めて共に冒険に出た時に、適当でいいと買った剣が折れてしまった。
剣は特別でもなければ、通常の強度の価格の剣だったのだが、ウェダーのあまりの威力に負けて真っ二つになったのだ。
そんなのを初めて見た私が、口を開けてあんぐりと固まっていると、彼は笑った。
「騎士の剣とは勝手が違う。そうか、冒険者が武器屋で必死になるのは、そのせいか」
違う、粗悪品を掴まされたからではなく、彼の力が凄すぎるのだ。
あの日から、彼は大剣を二本所有している。
時折、面倒だと二刀流で戦ってるのを見た時は、器用を通り越して、もはや何でも出来るのではと信じてしまった。
「シャーリー?お代わり、あるかな?」
いつものように、私の作った丸パンに具材を挟んで少しあぶった食事を平らげるウェダーに、追加を差し出した。
立派な体格に相応しく、彼は気持ちいいほどの食べっぷりなので、いつも多めに用意している。
美味しいと褒められる、この時が冒険中に一番安らぐ時間かも知れない。
「いい妻を持ったもんだ」
「私も、最強の旦那様が出来てしまいました」
クスリと笑うと、お茶を注ぐ。
「ところで、あと少しで目的の石の花がある場所かな?」
「だと思います。さっき助けたネズミが、そんな感じのことを伝えてくれました」
そうなのだ。
マーロさんの所で修行を終え、あのワイバーンに祈り帰したあの日から、私は魔物の感情や意思を受け取れるようになっていた。
といっても弱々しく、こちらに敵意のある生き物には効果がない。
「エルフはもともと、動物たちと意思を交わす特性があると聞いていたが、シャーリーからすれば、弱い魔物すら動物カテゴリーなのか?」
「私にも区分がわからないんですけど……言葉や感情も、はっきりとじゃなくって、あくまでなんとなくです」
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疲れていた体に活気が戻る。
「それでも、その才能は凄いな。シャーリー、何度も言うが、そのスキルは誰にも知られない方がいい」
「わかりました」
「まあ、何があっても俺が守るよ」
いつものように彼は当たり前に、私への愛を伝えてくれる。
私も笑って答えるのだ。
「はい、ウェダー」
「じゃあ、とっとと花を見つけて、帰って愛し合おう!」
「おっ、お手柔らかにお願いします」
彼と結ばれて、彼の妻となり、そして彼と共にパーティーを組み、冒険に出る。
「きゃあああっ、ごめんなさいっ!」
無防備に、石の花を見つけ手に取った途端に、また罠が発動する。
想定外の高レベルのガーディアンが召喚されたが、ガーゴイルという冒険者でも十人がかりで退治する魔物すら、彼にとっては敵ではなかった。
「はい、シャーリー。弓で援護を頼む。火は危険だから別なやつで」
「わかりました!ええっと、水でいきます!」
きっと私の援護などあってない様な物かもだけど、彼はいつも私を対等に頼ってくれた。
その言葉が嬉しくて、事前に力を込めておいた矢を構え、祈りを込めて弓を放つ。
弓は矢を描き、グサリと肉を貫く音をたて、ガーゴイルの目ではなく鼻を貫いた。
「わーっ!やっぱり狙い通りにいかなかった!」
ガーゴイルの目ではなく、くちばしに刺さった瞬間に、特製の矢からチョロチョロと水が流れ出す。
だが、思いもよらない出来事が発生した。
水がガーゴイルの鼻先や口から喉に流れ込み、突然の呼吸困難にガーゴイルは、かぎ爪がついた羽をゆさぶって苦しみ藻掻く。
「シャーリー!良くやった!」
ただの偶然だと答える前に、ウェダーは隙を見せたガーゴイルの心臓を貫いた。
そして、即座に剣を抜くと同時に、ガーゴイルは石化していく。
「おっと」
冒険者知識を叩きこんだウェダーは、慣れた手つきで特上の素材、ガーゴイルの爪先を切り取った。
カチコチに光沢を帯びた硬い爪先は、ギルドではなくシャーリーへの贈り物だ。
それを慌てて駆け寄ってきた彼女に渡すと、照れ屋のエルフは微笑んで頬にキスをくれた。
「凄い素材にも困らなくなるなんて、本当に私の旦那様は凄いです」
そう言って無邪気に、新たな調合薬の素材を喜ぶ姿を見て、ウェダーはこの上ない幸福に満ち足りるのだった。
依頼を終えてギルドに戻ると、既に夕日が落ちかけていた。
ギルドの受付は、各地を回るシャーリー達にとって、まだなじみの薄い場所であったが、ここの町のギルド嬢も、ウェダーの魅力にやられていた。
「無事に完了を確認しましたので、お二人のカードをお返しします。そちらのエルフの方は今回でランクがあがりました」
シャーリーに対するギルド職員の反応は極端だ。
あなたは幸運だと、素直にウェダーの伴侶だと受け入れる者と、なぜお前がという者。
本来なら、ここでおめでとうと祝福の言葉をかけられるのだが、この町の受付嬢は後者だったらしい。
シャーリーには用が済んだとばかりに、ウェダーに向けた顔は、これでもかという媚びた笑顔だった。
「今回はガーゴイルを倒してしまわれるなんて……ぜひ貴方こそSランクに昇格し、彼女ではなく強いパーティーと組んで活躍すべきです」
「彼女以外と組む気はない。手続きは終了したな?」
「奥様はそれほどスキルは高くないからこそ、安全の為に家にいるべきだと思うんです」
ズキリと痛い所を突かれたシャーリーは、無意識に胸に手を当てた。
自分では、少しは強くなったと思うのだ。
魔力の使い方も貧弱ながら使えるようになり、ランクも今日でCにまで上がれた。
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「用はないな。では行こうシャーリー」
「お待ちください!」
ウェダーは、引き止めようとする受付嬢を一瞬だけ睨みつけた。
ただそれだけで、周囲に残っていた他の者たちまで、部屋の温度が下がったかのようにガクガクと震えた。
これが格の違いなのだ。
「行こうシャーリー」
「あの、ウェダー。私とパーティー組むのってやっぱり、世間一般からすると、勿体ないと思うんです」
肩を抱かれて歩きながら、宿に戻る帰路で切り出すと、それこそ慣れた様子で、だがきっぱりと彼は言う。
「シャーリーと組めないなら、冒険者など捨てる」
「じゃあ、私が妊娠して子供が出来たらどうします?」
夕闇の空を一瞬仰ぎ見たウェダーは、思案して答えた。
「どこか森の奥で家でも建てて、俺が狩ってきた素材で調理したり薬を作る」
「素敵ですね、隠れ里の薬屋さんなら、子供がいても大丈夫そう」
思いもよらない提案に、シャーリーは感激した。
彼がちゃんと、私が調合が得意な事や自然が好きという事を理解してくれていたのだ。
たまの慰め程度の薬草知識を、褒めちぎり認めてくれたのは、ベネとウェダーである。
あの日から、少しずつ独学だが、薬草知識も学んでいた。
少しでも彼の役に立ちたい、誰かの役に立てばという気持ち。
その流れから、ベネを思い出す。
夕食を町の食堂で楽しみながら、ベネは何をしてるのだろうと話を振ると、ウェダーの返事はそっけなかった。
「どうせ元気に、研究に没頭してるさ」
私以外には、本当に冷たいなと笑うと、当然だと返される。
食事を終えて宿に帰る途中で、見覚えのないパーティーに絡まれた。
「あんたに話がある。俺たちのパーティーに入ってくれないか?」
ここ最近は、特にこのような勧誘が増えた。
答えは決まっている。
ウェダーが断ると、彼らの顔つきが険しくなった。
「そこのエルフも、ついでに一緒でもいいって言ってるんだぜ?なんなら、力づくで決めるか?」
「話が早い。ぜひ、そうしてくれ」
ウェダーは淡々と剣を抜き、構えた。
その姿勢の正しさと、騎士仕込みの優雅な立ち振る舞いに、あちらのパーティーにいた女性が顔を赤らめた。
けれど、瞬殺で自らのリーダーが倒れた途端に、顔色は青に変わっていく。
「二度と声をかけるな」
冷たく言い放ち、こちらも温度を180度変えて、甘く私に呟いた。
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「ちっ……面倒だな。まあ、こうやって力で理解させてやるのが一番手っ取り早いけどな」
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契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
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