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馬にシャーリーの手を引いて引き上げ、前にまたがらせた。
何度もこうして乗せて貰い、何より動物が大好きなシャーリーは、愛馬とも仲良しだった。
「ほら、行くぞ。お前は最近俺のシャーリーに甘えすぎだ」
「馬にまで焼きもち焼かないで下さい。ところで、どうして私の故郷へ?」
馬は軽い歩幅から、リズムをつけて風を切る速さにスピードを上げていく。
揺れる振動と、なびく髪。
すぐに町を飛び出し、街道を走っていく。
「随分と馬に慣れたみたいだな、シャーリー」
「はい。この子は優しい子ですから、障害物も飛び越えずに最初から避けてくれるんです。じゃなくって……どうして、私の集落に行きたいんですか?」
ウェダーは片腕で手綱を操り、もう片腕でシャーリーの腰を抱きかかえていた。
この器用な乗り方に熟練の技術が必要な事など、シャーリーは知らない。
そして、シャーリーの疑問に、ウェダーは真剣な顔をして前を向く。
「そりゃ、自分の妻の両親の墓参りをしないとダメだろう」
「……ウェダーさん」
思いもよらない返事に、シャーリーは感動して胸が一杯になった。
この人はいつも、私の事を大事にしてくれる。
……うん、時には、本能に負けて私を抱きつぶしたりする意地悪な所もあるけれど。
こんな気遣いが教えてくれる。
彼が私を、ただ子を産む番ではなく、ちゃんと運命の伴侶として考えてくれるんだって。
「ひねくれエルフの里と違って、まだシャーリーの集落は、人に対して開けてるんだろ?」
「はい。歓迎というわけでもないですが、紛れ込んだ人間をもてなす程度には。ただ、どのエルフの入り口も古代の魔法で隠されています」
「それは、君がいれば大丈夫だな」
頼られた喜びに、シャーリーは大きく頷いた。
少しは頼もしくなった私を、仲間達に見て貰いたい。
特に親友のエルフのアネッサに、ウェダーを夫として紹介したいのだ。
ツィダー方面の奥付近、サウスの森にあるエルフの集落。
そこがシャーリーの出身地だ。
人嫌いのエルフ達にしては珍しく、人に対しては寛容な方ではある。
だが、シャーリーが言った通り、過去における人と人外との争いから古代の魔法により、入り口は隠されているのが当たり前であった。
場所は明確であっても、辿り着けるかどうかは、別という話である。
「稀に、月の影響で集落の惑いの魔法が弱った時に、旅人が迷い込む時があるんですが、エルフが一緒なら大丈夫です」
機嫌を直したシャーリーは、風呂場で抱きつぶされた事など忘れ、森の近くに辿り着くまでご機嫌で旅を続けた。
勿論、宿泊のたびにウェダーに襲われたが、必死で抵抗……の意味はあったのか、それなりに手加減して愛された。
「腰を大事に!」
「腰には自信がある」
シャーリーの抗議に、愛馬ですら少しスピードを落とし振動を減らす。
馬は賢く、人の顔すら見分けられる。
とはいえ、エルフはもとより動物たちとの親和性が高いのだ。
優しい愛馬と違い、その主に関しては、夜にいつも教えてるだろ?と澄ました顔で笑っていた。
ウェダーからすれば、十分以上に加減をしているのに、何が不満なのか?
「その腰は戦闘で使って下さい」
「だから愛の戦闘で……っと、まてシャーリー」
他愛ない会話をいつものように繰り返していたウェダーが、馬の横腹を軽く蹴って歩幅をあげた。
いきなりスピードを上げた勢いで、風の音だけが耳をかすめる。
驚いたシャーリーだが、舌を噛まぬよう黙り込み、必死に鞍にしがみついた。
走っていた街道を逸れ、土煙をあげながら横道に入り森を目指す。
ウェダーが何かを警戒しているようで、シャーリーは長い耳をピクピクとすましたが、さっぱりわからない。
このあたりが、ウェダーとの格の違いだろう。
雑草生い茂る森を目指し、道なき道をただ走り続けると、すぐに木々に囲まれた森に入る。
空気が澄み、生き物たちがあふれる気配は、突然の乱入者に驚いて、鳥が激しく羽ばたき空を目指す。
森の奥深く、嗅ぎなれた空気と見間違う事のない景色に、シャーリーは叫ぶ。
「ウェダーさん!入り口が近いです!ここ知ってる!」
「どこだ!」
あれから馬で全力で走り続けたにも関わらず、何かを気にするウェダーは鋭く答えた。
揺れる馬の上から、木々の間に見えた小さな湖を指さした。
「あの湖にある、大きな岩の所です」
「わかった」
突き抜けた緑の葉を蹴散らし、わき目も振らず一際目立つ湖のほとりの大岩を目指す。
静かだった水辺は、水鳥達の鳴き声で埋まる。
一点を指さし、鳥たちの音に負けじと声を張り上げた。
「そこ――っ!」
「歪みがあるな!行けっ!」
飛ぶように岩に飛び込んだ二人の姿は、次元の歪みに吸い取られるように掻き消えた。
すぐさま、その岩に駆け寄る複数の影。
その影は、ゆらゆらと細長い尻尾が揺れていた。
景色が歪み、一瞬の浮遊感と共に、別の場所に瞬間移動したのをウェダーは悟る。
噂には聞いていたが、エルフと関わった事は過去にあっても、実際に彼らの住まいを訪れたのは初めてだった。
先程走り抜けた森と似た、だが完全に違う濃密な酸素の香りをウェダーは嗅ぎ取った。
そして、少し眉間にシワを寄せた。
八割の好奇心と、二割の警戒。
何か気になる違和感に注意しつつ、ウェダーは周囲を見渡した。
森の奥を開拓したシャーリーの集落は、エルフ達が百人にも満たない小さな村だ。
比較的、他種族との交流を拒まぬせいか、外の世界の情報にも詳しく、文明においても便利さを受け入れるのに積極的な集落である。
これは、古き良き文化に固執するエルフにしては珍しいものだった。
首都の煉瓦とは違う、木造建築で建てられた家が多い。
各家の柱や壁には独特の草を象ったレリーフの装飾が施され、統一感が感じられた。
主に狩猟と簡単な農作物が植えられた畑がある程度で、生活は質素そのものである。
「帰ってきたーっ!」
シャーリーの喜びの大声に反応するように、人気のなかった広場にエルフ達がぞろぞろと集まって来た。
まさか出迎えてくれるとは思っていなかったシャーリーは、驚いて声をあげてしまう。
「ええっ!出迎えなんて嬉しいな。ただいま、みんな!」
だが出迎えたエルフ達は、目を見張る程の美貌とは裏腹に疾辣だった。
「馬鹿かお前は。相変わらず呑気に戻ってきたあげく、なんだその男は」
無表情の美形というのは迫力も凄いものだが、そんなエルフの仲間達に慣れているシャーリーは、里帰りの嬉しさにニコニコと答えた。
「私の旦那様で、元騎士隊長様です」
「初めまして。突然の訪問を失礼する。俺は……」
「いらん。今は歓迎できる状況ではなくってな。とっとと去るのが身のためだ」
なぜか冷たく言い放つ。
そして、冷めた視線でシャーリーを睨みつけた。
「人の男なんぞを伴侶にするとは。やはりお前はエルフの尊厳よりも、薄汚い人の世界で生きた方が身のためだ。とっととここから去れ」
「…久しぶりなのに戻ったのに」
泣きべそをかきそうなシャーリーを庇おうと、怒りを抑えたウェダーが一歩前に出たが、エルフ達の間から、年老いたエルフが一人歩み出た。
長命ゆえに、容姿の変化が少ないエルフ達の中でも目立つ彼は、見るからに特別な存在だ。
実年齢はきっと、途方もないに違いない。
「長様!」
シャーリーが喜び飛びつくと、長老はよしよしとドジで可愛いエルフの頭を撫であげた。
殺伐とした雰囲気が、少し和らぎエルフ達の表情も変化する。
「ただいま、長様!」
「相変わらず間抜けな顔のうえに、またお前は面倒を持ち込みよって」
長は周囲の者達にも告げた。
「お前たちも、このドジに危険が及ばないように追い返そうとするのはわかるが、客人が誤解して困惑しているぞ」
「誤解ではなく、状況がまったく掴めないのだが?」
ウェダーは長の前に一歩進み出た。
「先程この森に近づく、不審な複数人の集団に追われたのだが?」
「そ、そうなの?だから突然駆け出したんですね!てっきり森が近づいて嬉しいからって……そんなわけないよね。切羽詰まった感じしてたし私の馬鹿」
落ち込むシャーリーの頭を撫でながら、ウェダーは真正面の長を見つめたまま。
「先程のそちらの言った危険と、俺たちを追った奴らは無関係ではないんだな?」
「……よくあいつらから逃げ切った。詳しく話がしたい、こちらへ」
長に促され、集落の奥まった場所にある集会所に二人は案内された。
ここで育ったシャーリーは、女エルフ達に手招きされる。
「帰って来たのね、よく生きてたわ。あんた弱いから死んでたかと思ってたのよ」
「はい、頑張って冒険者やってます」
「エルフの恥を晒さず頑張りなさい。ほら、あんたが一番お茶入れ慣れてるんだから、また前みたいに沸かして頂戴」
「うん!久しぶりのエルフの茶葉で嬉しいな」
「だからケチらず、もっと一杯葉を使いなさいよ」
ワイワイと憎まれ口を叩かれながらも、集まる懐かしい仲間達に促され、シャーリーはせっせとお茶の用意をしていた。
集会場の台所で女達が盛り上がっている間に、ウェダーは長と数名のエルフの者達と向かい合っていた。
わざとシャーリーを隔離した台所と違い、こちらは改めて張りつめた空気に満ちていた。
木材で出来た机と椅子の応接セットは、会議用なのか横長の机に十数名は並んで座れるように椅子がセットされている。
上座の長の近くにウェダーは座り、残りのエルフの男たちも席に着く。
「客人よ、まずは名乗ろう。わしがこの集落の長、バイロンだ」
「俺の名はウェダー・ウェールズ。とりあえず、このカードを見せた方が早いな」
そう言うなり、冒険者登録カードを差し出すと、長を含め他のエルフ達も目を通していく。
各自が、ウェダーのスキルや経験を確認しては、ため息や感嘆の声があがっていった。
全員が見終わる頃には、よそ者を警戒する視線をしていた者まで、違う視線でウェダーを見ていた。
あるエルフの青年が、不思議そうに尋ねた。
「国の中央騎士団所属とは、首都におられたのですな。どうやって、貴方のようなエリートが、うちのシャーリーと?」
「休暇で訪れていた辺境の村で、彼女に一目ぼれをした。そして彼女と結婚をした」
その言葉に周囲はざわつく。
「シャーリーは確かに、この集落のエルフだが……こう言ってはなんだが客人よ。そちらに釣り合うとは思えないのだが」
苦言と疑問を切り出した若い姿のエルフを、ウェダーは無言で睨みつけた。
誰であろうと、愛しい番を非難する者は許さないウェダーの視線に、言ったエルフは口ごもる。
とりなすように、長が間に入った。
「第一騎士団第一部隊隊長……わしらには想像も出来ん人の世界の階級であった者が、今は冒険者というのは、うちのシャーリーが関係しているなら謝罪する」
長の言葉に、ああエルフと結ばれたから解雇されたと誤解しているのだと察したウェダーが首を横に振る。
「違う。自分の意思で彼女と共にいる為に騎士など捨てた。彼女は俺にとって唯一だ」
「ほう……まるで獣人のようじゃの」
長の言葉に、一瞬だけ言葉をためらったウェダーだが、先程の事もあり真実を告げるべきだと口を開く。
仲間達に受け入れられたいと願うのは、番であるシャーリーの想い。
その為にここに来た。
「三代前までは人であるのは確実だが、先祖に獣人がいた」
「ふむ」
「そして今になって、俺だけが先祖返りで獣の血が濃いせいで、身内とも縁を切った。そんな孤独な俺の唯一の光が、シャーリー……俺の番だ」
「なるほど、大変じゃったの」
ただ一言。
その言葉を今まで言ったのは、以前の上司のドフだけだ。
誰しも、その血の混ざりを忌み嫌う癖に、才能と力を羨ましがるばかりだった。
だが、目の前の長きに生きた老人は簡単に受け入れた。
「何、わしも長生きし過ぎて、色々なものを見過ぎての。他種族の交じり合う果てに何があるか答えはそれぞれじゃが、簡単ではない事くらいは知っている。だからこそ、あのドジ娘の生きやすい未来を示してやったつもりなんじゃが」
「人の世界に行けと、突き放すのが促しなのか?」
「促してはおらんが、反対もしていないのう。あれの唯一の特技は、人の母譲りの薬草調合だ。ここより人の世界の方が重宝される」
「それを、シャーリーにきちんと伝えたのか?」
「あれは浮かれて、人の話など聞いちゃいなかった、ふぇふぇふぇ」
笑う長老と違い、頭を抱えるウェダー。
そんな二人に、早く本題に入るようにエルフの男が割り込んだ。
「ある意味、こいつは敵です」
「これこれ、あいつらと一緒にするな。獣人にも色々あるのは知っているだろう」
落ち着いた場で、今やっと集落を襲う危機について説明された。
何度もこうして乗せて貰い、何より動物が大好きなシャーリーは、愛馬とも仲良しだった。
「ほら、行くぞ。お前は最近俺のシャーリーに甘えすぎだ」
「馬にまで焼きもち焼かないで下さい。ところで、どうして私の故郷へ?」
馬は軽い歩幅から、リズムをつけて風を切る速さにスピードを上げていく。
揺れる振動と、なびく髪。
すぐに町を飛び出し、街道を走っていく。
「随分と馬に慣れたみたいだな、シャーリー」
「はい。この子は優しい子ですから、障害物も飛び越えずに最初から避けてくれるんです。じゃなくって……どうして、私の集落に行きたいんですか?」
ウェダーは片腕で手綱を操り、もう片腕でシャーリーの腰を抱きかかえていた。
この器用な乗り方に熟練の技術が必要な事など、シャーリーは知らない。
そして、シャーリーの疑問に、ウェダーは真剣な顔をして前を向く。
「そりゃ、自分の妻の両親の墓参りをしないとダメだろう」
「……ウェダーさん」
思いもよらない返事に、シャーリーは感動して胸が一杯になった。
この人はいつも、私の事を大事にしてくれる。
……うん、時には、本能に負けて私を抱きつぶしたりする意地悪な所もあるけれど。
こんな気遣いが教えてくれる。
彼が私を、ただ子を産む番ではなく、ちゃんと運命の伴侶として考えてくれるんだって。
「ひねくれエルフの里と違って、まだシャーリーの集落は、人に対して開けてるんだろ?」
「はい。歓迎というわけでもないですが、紛れ込んだ人間をもてなす程度には。ただ、どのエルフの入り口も古代の魔法で隠されています」
「それは、君がいれば大丈夫だな」
頼られた喜びに、シャーリーは大きく頷いた。
少しは頼もしくなった私を、仲間達に見て貰いたい。
特に親友のエルフのアネッサに、ウェダーを夫として紹介したいのだ。
ツィダー方面の奥付近、サウスの森にあるエルフの集落。
そこがシャーリーの出身地だ。
人嫌いのエルフ達にしては珍しく、人に対しては寛容な方ではある。
だが、シャーリーが言った通り、過去における人と人外との争いから古代の魔法により、入り口は隠されているのが当たり前であった。
場所は明確であっても、辿り着けるかどうかは、別という話である。
「稀に、月の影響で集落の惑いの魔法が弱った時に、旅人が迷い込む時があるんですが、エルフが一緒なら大丈夫です」
機嫌を直したシャーリーは、風呂場で抱きつぶされた事など忘れ、森の近くに辿り着くまでご機嫌で旅を続けた。
勿論、宿泊のたびにウェダーに襲われたが、必死で抵抗……の意味はあったのか、それなりに手加減して愛された。
「腰を大事に!」
「腰には自信がある」
シャーリーの抗議に、愛馬ですら少しスピードを落とし振動を減らす。
馬は賢く、人の顔すら見分けられる。
とはいえ、エルフはもとより動物たちとの親和性が高いのだ。
優しい愛馬と違い、その主に関しては、夜にいつも教えてるだろ?と澄ました顔で笑っていた。
ウェダーからすれば、十分以上に加減をしているのに、何が不満なのか?
「その腰は戦闘で使って下さい」
「だから愛の戦闘で……っと、まてシャーリー」
他愛ない会話をいつものように繰り返していたウェダーが、馬の横腹を軽く蹴って歩幅をあげた。
いきなりスピードを上げた勢いで、風の音だけが耳をかすめる。
驚いたシャーリーだが、舌を噛まぬよう黙り込み、必死に鞍にしがみついた。
走っていた街道を逸れ、土煙をあげながら横道に入り森を目指す。
ウェダーが何かを警戒しているようで、シャーリーは長い耳をピクピクとすましたが、さっぱりわからない。
このあたりが、ウェダーとの格の違いだろう。
雑草生い茂る森を目指し、道なき道をただ走り続けると、すぐに木々に囲まれた森に入る。
空気が澄み、生き物たちがあふれる気配は、突然の乱入者に驚いて、鳥が激しく羽ばたき空を目指す。
森の奥深く、嗅ぎなれた空気と見間違う事のない景色に、シャーリーは叫ぶ。
「ウェダーさん!入り口が近いです!ここ知ってる!」
「どこだ!」
あれから馬で全力で走り続けたにも関わらず、何かを気にするウェダーは鋭く答えた。
揺れる馬の上から、木々の間に見えた小さな湖を指さした。
「あの湖にある、大きな岩の所です」
「わかった」
突き抜けた緑の葉を蹴散らし、わき目も振らず一際目立つ湖のほとりの大岩を目指す。
静かだった水辺は、水鳥達の鳴き声で埋まる。
一点を指さし、鳥たちの音に負けじと声を張り上げた。
「そこ――っ!」
「歪みがあるな!行けっ!」
飛ぶように岩に飛び込んだ二人の姿は、次元の歪みに吸い取られるように掻き消えた。
すぐさま、その岩に駆け寄る複数の影。
その影は、ゆらゆらと細長い尻尾が揺れていた。
景色が歪み、一瞬の浮遊感と共に、別の場所に瞬間移動したのをウェダーは悟る。
噂には聞いていたが、エルフと関わった事は過去にあっても、実際に彼らの住まいを訪れたのは初めてだった。
先程走り抜けた森と似た、だが完全に違う濃密な酸素の香りをウェダーは嗅ぎ取った。
そして、少し眉間にシワを寄せた。
八割の好奇心と、二割の警戒。
何か気になる違和感に注意しつつ、ウェダーは周囲を見渡した。
森の奥を開拓したシャーリーの集落は、エルフ達が百人にも満たない小さな村だ。
比較的、他種族との交流を拒まぬせいか、外の世界の情報にも詳しく、文明においても便利さを受け入れるのに積極的な集落である。
これは、古き良き文化に固執するエルフにしては珍しいものだった。
首都の煉瓦とは違う、木造建築で建てられた家が多い。
各家の柱や壁には独特の草を象ったレリーフの装飾が施され、統一感が感じられた。
主に狩猟と簡単な農作物が植えられた畑がある程度で、生活は質素そのものである。
「帰ってきたーっ!」
シャーリーの喜びの大声に反応するように、人気のなかった広場にエルフ達がぞろぞろと集まって来た。
まさか出迎えてくれるとは思っていなかったシャーリーは、驚いて声をあげてしまう。
「ええっ!出迎えなんて嬉しいな。ただいま、みんな!」
だが出迎えたエルフ達は、目を見張る程の美貌とは裏腹に疾辣だった。
「馬鹿かお前は。相変わらず呑気に戻ってきたあげく、なんだその男は」
無表情の美形というのは迫力も凄いものだが、そんなエルフの仲間達に慣れているシャーリーは、里帰りの嬉しさにニコニコと答えた。
「私の旦那様で、元騎士隊長様です」
「初めまして。突然の訪問を失礼する。俺は……」
「いらん。今は歓迎できる状況ではなくってな。とっとと去るのが身のためだ」
なぜか冷たく言い放つ。
そして、冷めた視線でシャーリーを睨みつけた。
「人の男なんぞを伴侶にするとは。やはりお前はエルフの尊厳よりも、薄汚い人の世界で生きた方が身のためだ。とっととここから去れ」
「…久しぶりなのに戻ったのに」
泣きべそをかきそうなシャーリーを庇おうと、怒りを抑えたウェダーが一歩前に出たが、エルフ達の間から、年老いたエルフが一人歩み出た。
長命ゆえに、容姿の変化が少ないエルフ達の中でも目立つ彼は、見るからに特別な存在だ。
実年齢はきっと、途方もないに違いない。
「長様!」
シャーリーが喜び飛びつくと、長老はよしよしとドジで可愛いエルフの頭を撫であげた。
殺伐とした雰囲気が、少し和らぎエルフ達の表情も変化する。
「ただいま、長様!」
「相変わらず間抜けな顔のうえに、またお前は面倒を持ち込みよって」
長は周囲の者達にも告げた。
「お前たちも、このドジに危険が及ばないように追い返そうとするのはわかるが、客人が誤解して困惑しているぞ」
「誤解ではなく、状況がまったく掴めないのだが?」
ウェダーは長の前に一歩進み出た。
「先程この森に近づく、不審な複数人の集団に追われたのだが?」
「そ、そうなの?だから突然駆け出したんですね!てっきり森が近づいて嬉しいからって……そんなわけないよね。切羽詰まった感じしてたし私の馬鹿」
落ち込むシャーリーの頭を撫でながら、ウェダーは真正面の長を見つめたまま。
「先程のそちらの言った危険と、俺たちを追った奴らは無関係ではないんだな?」
「……よくあいつらから逃げ切った。詳しく話がしたい、こちらへ」
長に促され、集落の奥まった場所にある集会所に二人は案内された。
ここで育ったシャーリーは、女エルフ達に手招きされる。
「帰って来たのね、よく生きてたわ。あんた弱いから死んでたかと思ってたのよ」
「はい、頑張って冒険者やってます」
「エルフの恥を晒さず頑張りなさい。ほら、あんたが一番お茶入れ慣れてるんだから、また前みたいに沸かして頂戴」
「うん!久しぶりのエルフの茶葉で嬉しいな」
「だからケチらず、もっと一杯葉を使いなさいよ」
ワイワイと憎まれ口を叩かれながらも、集まる懐かしい仲間達に促され、シャーリーはせっせとお茶の用意をしていた。
集会場の台所で女達が盛り上がっている間に、ウェダーは長と数名のエルフの者達と向かい合っていた。
わざとシャーリーを隔離した台所と違い、こちらは改めて張りつめた空気に満ちていた。
木材で出来た机と椅子の応接セットは、会議用なのか横長の机に十数名は並んで座れるように椅子がセットされている。
上座の長の近くにウェダーは座り、残りのエルフの男たちも席に着く。
「客人よ、まずは名乗ろう。わしがこの集落の長、バイロンだ」
「俺の名はウェダー・ウェールズ。とりあえず、このカードを見せた方が早いな」
そう言うなり、冒険者登録カードを差し出すと、長を含め他のエルフ達も目を通していく。
各自が、ウェダーのスキルや経験を確認しては、ため息や感嘆の声があがっていった。
全員が見終わる頃には、よそ者を警戒する視線をしていた者まで、違う視線でウェダーを見ていた。
あるエルフの青年が、不思議そうに尋ねた。
「国の中央騎士団所属とは、首都におられたのですな。どうやって、貴方のようなエリートが、うちのシャーリーと?」
「休暇で訪れていた辺境の村で、彼女に一目ぼれをした。そして彼女と結婚をした」
その言葉に周囲はざわつく。
「シャーリーは確かに、この集落のエルフだが……こう言ってはなんだが客人よ。そちらに釣り合うとは思えないのだが」
苦言と疑問を切り出した若い姿のエルフを、ウェダーは無言で睨みつけた。
誰であろうと、愛しい番を非難する者は許さないウェダーの視線に、言ったエルフは口ごもる。
とりなすように、長が間に入った。
「第一騎士団第一部隊隊長……わしらには想像も出来ん人の世界の階級であった者が、今は冒険者というのは、うちのシャーリーが関係しているなら謝罪する」
長の言葉に、ああエルフと結ばれたから解雇されたと誤解しているのだと察したウェダーが首を横に振る。
「違う。自分の意思で彼女と共にいる為に騎士など捨てた。彼女は俺にとって唯一だ」
「ほう……まるで獣人のようじゃの」
長の言葉に、一瞬だけ言葉をためらったウェダーだが、先程の事もあり真実を告げるべきだと口を開く。
仲間達に受け入れられたいと願うのは、番であるシャーリーの想い。
その為にここに来た。
「三代前までは人であるのは確実だが、先祖に獣人がいた」
「ふむ」
「そして今になって、俺だけが先祖返りで獣の血が濃いせいで、身内とも縁を切った。そんな孤独な俺の唯一の光が、シャーリー……俺の番だ」
「なるほど、大変じゃったの」
ただ一言。
その言葉を今まで言ったのは、以前の上司のドフだけだ。
誰しも、その血の混ざりを忌み嫌う癖に、才能と力を羨ましがるばかりだった。
だが、目の前の長きに生きた老人は簡単に受け入れた。
「何、わしも長生きし過ぎて、色々なものを見過ぎての。他種族の交じり合う果てに何があるか答えはそれぞれじゃが、簡単ではない事くらいは知っている。だからこそ、あのドジ娘の生きやすい未来を示してやったつもりなんじゃが」
「人の世界に行けと、突き放すのが促しなのか?」
「促してはおらんが、反対もしていないのう。あれの唯一の特技は、人の母譲りの薬草調合だ。ここより人の世界の方が重宝される」
「それを、シャーリーにきちんと伝えたのか?」
「あれは浮かれて、人の話など聞いちゃいなかった、ふぇふぇふぇ」
笑う長老と違い、頭を抱えるウェダー。
そんな二人に、早く本題に入るようにエルフの男が割り込んだ。
「ある意味、こいつは敵です」
「これこれ、あいつらと一緒にするな。獣人にも色々あるのは知っているだろう」
落ち着いた場で、今やっと集落を襲う危機について説明された。
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有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
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聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える
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