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「一か月前に、虎の獣人が迷い込んだ。それを救ったエルフが襲われての」
「襲われた?助けたのに?」
気の荒い獣人であるのは事実だが、言葉の通じない獣ではないはずだ。
人の体形に、耳と尻尾が各種族の特徴を表す。
エルフと獣人とは、友好的な関係を築いていると聞くが……。
「シャーリーと仲の良いアネッサという娘でな。お前たちが来た湖のほとりで、弱った虎を連れ帰ったのが始まりだ」
シャーリーと気が合うだけあって、エルフの中でもお人よしなアネッサは、シャーリーが補っていた集落の薬草担当となり、その採取の為に外に出ていた。
純粋な獣人は、その能力が強いほど本能が強く、先祖と同じ形態に変化する事が出来る。
つまり、虎のまま弱っていた獣を、ただの獣だと思ったアネッサが近づくと、恐ろしいほどに懐いたという。
エルフは森に住まう者として、動物たちと親しく、また慣れる事も珍しくない事から、アネッサは今回もエルフに懐いた弱った虎だと信じて、一旦集落に連れ帰る事にしたのだ。
エルフの入り口は二つだけ。
北側の滝の中と、集落を挟んだ反対側にある、湖の岩の中のみだ。
エルフなら自由に出入りできるが、それ以外の者が入ることは難しい。
月の魔力が弱った時、一定の魔力を持つ物だけが、この入り口を過できる。
それすらも、絶対ではない。
唯一確実なのは……エルフと共に訪れる事だ。
「獣は、番の香りに釣られ森を彷徨っていたらしい。そこに、とうとう待ちかねたアネッサが運悪く出会ってしまったのが運の尽きでな。奴は最初こそ獣のままでアネッサに看病されておったが、体力が回復した途端にアネッサは襲われた」
緊迫した空気が流れ、襲われたという意味を嫌でもウェダーは痛感した。
雄にとって番への欲求の強さを、嫌というほどに知っていたのだから。
己の過去を苦々しく思い出す。
初めての夜、最高の興奮と最大の後悔。
泣いたシャーリーの涙に興奮する己と、飢えた心が満たされない苦しみ。
悔いて迷って、叱られ学び、ひたすら耐えて懇願して、やっと番を手に入れた。
表向きは余裕のある顔をしてみせても、いつも心は彼女に嫌われる事に怯えていたのだ。
その虎は、人型に戻る程に回復した途端に、気を許していた恩人のエルフの娘を襲っただけでなく、そのまま外に連れ出して、自分の一族の元に連れ去ろうとしたらしい。
間一髪で、なんとかエルフだけを連れ戻す事に成功したらしいが、これでウェダーは合点がいった。
「外にいた奴らは、それか……」
「おおかた、中に入る為にうろついているのだろう。そこに、シャーリーが戻って来た」
「狙いは通行手形代わりに、俺のシャーリーを……」
メラリと湧き上がる怒りを抑えて、長をチラリと見る。
「あいつらが、諦めるわけはない。俺のシャーリーだけでなく、他のエルフ達も危険だ」
「そうだ。獣人にとって、番は命みたいなものだ。どうすべきか、思案しておった所でな」
長の言葉に釣られて、他のエルフ達も意見を述べた。
「いっそ、外の世界との道を封じてしまうのもアリだと思うのです」
「今、人ですらエルフを攫い、魔道具を作らせていたらしいではないですか!危険です」
あの事件の事だなと思ったが、ウェダーはあえて黙っていた。
はっきり言えば、今回の件はウェダー個人にはどうでもよい事だ。
ウェダーにとっては、シャーリーに危険が及ばなければいい。
「最後の客人になりそうじゃな。まあ、滞在は許可するが、出る時は危険を伴うので声をかけてくれんかの」
ウェダーが席を立った瞬間、扉がノックされシャーリーがお茶を持って入室してきた。
皆に自分の入れたお茶を配りつつ、ウェダーに目線を向ける。
「俺だけでいいのに」
「ふふっ、ここで一番お茶を上手に入れるのは私なんですよ」
「お前はドジでノロマだが、お茶だけは上手い」
「そうだな。我らがエルフのかなり端くれではある」
相変わらずの口の悪さに、なんとなくウェダーも慣れてきた。
いちいち怒っていた自分が馬鹿みたいだと、褒められたと喜ぶシャーリーを見て、考えを改めた。
「長、私の家をちゃんと保管してくれて有難うございます。ウェダー、今晩はその家に泊まって、明日に墓参りと……あっ、アネッサにもぜひ会わないと」
その名に周囲の空気が停止する。
だが、気づかないシャーリーは浮かれてウェダーに話を続けた。
「友人がいるって言ったでしょ?あの子にぜひ会わせたいんです!」
「……そんなに大事な友人なのか?」
「はいっ!」
屈託ない笑顔のシャーリーを見つめ、フッと小さくウェダーが微笑んだ。
そして、真横にいた長に告げた。
「俺が撃退する。この件を任せて貰えないか?」
「客人であるお前にか?」
「少なくとも、お前たちよりは戦いに向いていると思う」
目を瞑り、そして次に開くと金色に瞳が輝く。
それを見た周囲は息をのむ。
間違いなく、ウェダーが獣の血を引く証拠にエルフ達は頷きあった。
「何、どうしたんですか?危険な事はダメですウェダー」
事情をまだ知らないシャーリーの元に、ゆっくりと歩み寄り、そして抱きしめる。
考えるべきは多々あるが、少なくとも動くのに最適なのは自分だとウェダーは確信していた。
柔らかい金の髪を撫で、心配はいらないと気持ちを込めて抱きしめた。
「とりあえず、今晩は君の家に泊めてくれ。さっき長とやらに滞在の許可を得たよ」
「本当!良かった!これで正式に、貴方が私の夫だと認められたって事です」
ね?ね?と、幼子のように同意を求めるシャーリーに、苦笑した長が大きく頷いた。
「歓迎しよう。ウェールズ・ウェダー。お前は我らが同胞の伴侶である」
「ありがたい、感謝する」
正式に長に向き合い、騎士の時と同じ最敬礼に胸に手を当て、膝を折る。
これは目上に対する、最高の礼儀であった。
周囲のエルフ達も、この態度に好意的に態度を転換する。
「何かあれば、遠慮なく言え」
「食料を届けてやろう。シャーリーの手料理などたかが知れているが、ないよりはマシだ」
「おい、寝具はあるのか?どうせ薄いシーツだけだろ。すぐに私の上等な布を届けてやる」
この台詞にウェダーは苦笑し、シャーリーは感激して飛び跳ねた。
シャーリーの実家は集落の外れにあり、森に近い場所にあった。
小さな一軒家ながら、古い木造に特殊なニスを塗っているせいか、味のある色みを醸し出す建物にウェダーは感心する。
「ここでシャーリーが生まれたのか。しかし、なかなか風情のある建物だ」
「はい。私のエルフのお祖母ちゃんの時代に建てたらしいですから、かなり古いと思います」
「確か、シャーリーの父親は一人息子で、ここで同じように育ったんだな」
「そうです」
中に入ると、清掃が行き届いた清潔な室内に繋がっていた。
豪華な物は何一つない、最低限の家具や雑貨。
時折、飾られたドライフラワーの素朴な飾りや、手縫いのカーテンの刺繍が心を落ち着かせる。
「温かい家庭で育ったんだな」
自分とは大違いだと、ウェダーは内心思う。
貴族だからこそ、優秀さから期待され、結果を出したからこそ愛される家庭でウェダーは育つ。
つまり無能は認められない。
誰よりも優れた自分は愛されていると信じていた。
だが、それが獣の血のせいだと、目の光を見られた瞬間に、異端として徐々に家族ですら距離を置かれた。
平民であれば、また違った未来だったかも知れない。
だが、ウェダーの生家は、貴族であるがゆえに、先祖の血を何よりも嫌う家系であった。
家族はそれから、ウェダーと触れ合うことを避け、腫物を触る扱いとなる。
「シャーリーが優しいのは、ここで幸せに育ったからなんだな」
「はい、とても良い両親でした」
エルフと人の婚姻は珍しく、また子が生まれるなど奇跡に等しい。
番同士でない限りは、確率が低い中で生まれたシャーリーの存在に、心から感謝する。
宣言通りに、エルフ達は次々と沢山の物を持って来ては、シャーリーの家に置いて行く。
その度に、一言二言と嫌味やトゲのある言葉を投げていくのだが、彼らにとっては挨拶のようなものだ。
流石にウェダーも静観し、素直に行為にのみ感謝を述べた。
シャーリーが届いた物資に四苦八苦している最中、こっそりとウェダーは訪れたエルフに尋ねた。
「それでアネッサというエルフは、今どうしてる?」
少し目を泳がせたエルフは、その美貌を歪ませて小声で伝えた。
「家に閉じこもったきりで、女達が世話をしている」
「そんなにヒドイのか?」
「心がな」
女にとって殺されたのも同じなのだと、改めてシャーリーに対して罪悪感が湧きあがる。
何も知らずに、仲間達と再会できた喜びで料理を始めたシャーリーとは別に、ウェダーは家の中を探索した。
と言っても、小さな家だ。二階建てとはいえ、すぐに把握できた。
台所で料理をするシャーリーに話しかける。
「今夜は、どこの部屋で寝るんだ?」
「私の部屋でもいいんですけど、ベッドが小さいので……あっ、ウェダーさんだけ別の部屋で」
「却下だ」
「……なら、大きなベッドは両親の部屋だけです」
「二階の西側の、窓を開けたら大木の枝がある所か?」
「はい。小さい時は、その窓から出入りして、よく怒られたんですよ」
クスクスと笑うシャーリーに微笑み返しつつ、あの場所なら撃退も脱出も容易いと、つい反射的に警護の目線で警戒を続けていた。
出来上がった夕食は、新鮮な鶏肉と野菜のシチュー、そして差し入れの白パンもある。
シャーリーの料理上手と材料の新鮮さも合わさり、ウェダーは大満足で大鍋を平らげた。
「口に合って良かったです。明日の分まで食べちゃった」
「ごめんシャーリー。本当は君も食べたいんだけど、今日はとっても美味しすぎた」
テヘヘと照れるシャーリーと、腹が満ちたウェダーは片づけを手伝う。
シャーリーの家には浴槽はないが、雨水や木々の水を利用した簡易の水道設備が整えられており、聞けば他の家でも便利だからと、人の知恵を取り入れているそうだ。
「他所のエルフ達が来た時は、こんな浅知恵を取り入れてという割りに、きっちりと便利だなって利用して帰るんですよ」
「エルフらしいというか……」
どいつもひねくれてるなと言いかけて、事件で出会った典型的なひねくれエルフが浮かんだので、ウェダーは言葉を呑み込んだ。
流石に湯は出なかったが、旅の疲れをシャワーで流し簡単なシャツとズボンに着替えて、寝室に向かう。
既に寝る準備を整えていたシャーリーの姿を見て、ウェダーは絶句した。
「可愛い……ダメだ。俺は番の可愛さに死んでしまう」
「だから、死んだらダメです。大げさですよ……ここに置いてあったお気に入りの寝巻です。見て見て」
浮かれたシャーリーが、ヒラヒラとした薄い生地のワンピースの裾を、クルリとまわって見せた。
ドレスのようにヒダがつけられたスカートは膝上で短く、スラリとした白い脚がむき出しだ。
胸元には、葉っぱを象った白い布飾りが縫い付けられており、幼く見えつつも胸元が開き煽情的ですらある。
本人が無自覚な分だけに、ウェダー好み過ぎて性質が悪い。
「うっ、無理だ。これは……君が欲しくてたまらない」
「このベッドは両親のです。汚すなら、二度と一緒に寝ません」
狼の前で肉をぶら下げ、待てと言っているようなものだと、シャーリーは気づかない。
その晩は、愛しい番の寝息を聞きつつ眠れぬ夜をウェダーは過ごした。
満月の夜、遠くで聞こえる獣の遠吠えにウェダーはソッと身を起こす。
腕の中で眠るエルフの額に口づけを落とし、起こさぬように部屋を出た。
「迷惑な」
小さく一人呟いて、暗闇の森に歩みを進める。
どんな闇すら、金色に輝く瞳を拒むことは出来ない。
自らも引く獣人の能力を発揮して、夜目を効かせ足音を立てずに気配を消す。
「十人……まあ二十もいない感じだな」
ギリギリの境界線。
シャーリーと違い、その境目は見えず、手を触れれば何が起こるか解らぬために、あえて歪みに近づくことも警戒した。
古代の魔法が発動しているのだ。
ヘタに近づけば命を取られる。
あちらも、それがわかっているから、強行突破ができないのだ。
「気に入らん」
穏やかな里帰りになるはずだった。
彼女の幸せをまた一つ作ってやる為に来たのに、とんだアクシデントに巻き込まれた。
あくまで狩りが主流のエルフは、生活魔法こそ長けていても攻撃魔法は難しい。
後方支援のみの彼らに、獣の集団を討伐するのは難しいだろう。
なら自分は?――
「一人対二十人近くか……簡単ではないが、別に殲滅目的でなければ、やり方次第だな」
こうして状況の把握と、今後の対策を思案しながら、ウェダーは静かにベッドに戻って行った。
後書き
「襲われた?助けたのに?」
気の荒い獣人であるのは事実だが、言葉の通じない獣ではないはずだ。
人の体形に、耳と尻尾が各種族の特徴を表す。
エルフと獣人とは、友好的な関係を築いていると聞くが……。
「シャーリーと仲の良いアネッサという娘でな。お前たちが来た湖のほとりで、弱った虎を連れ帰ったのが始まりだ」
シャーリーと気が合うだけあって、エルフの中でもお人よしなアネッサは、シャーリーが補っていた集落の薬草担当となり、その採取の為に外に出ていた。
純粋な獣人は、その能力が強いほど本能が強く、先祖と同じ形態に変化する事が出来る。
つまり、虎のまま弱っていた獣を、ただの獣だと思ったアネッサが近づくと、恐ろしいほどに懐いたという。
エルフは森に住まう者として、動物たちと親しく、また慣れる事も珍しくない事から、アネッサは今回もエルフに懐いた弱った虎だと信じて、一旦集落に連れ帰る事にしたのだ。
エルフの入り口は二つだけ。
北側の滝の中と、集落を挟んだ反対側にある、湖の岩の中のみだ。
エルフなら自由に出入りできるが、それ以外の者が入ることは難しい。
月の魔力が弱った時、一定の魔力を持つ物だけが、この入り口を過できる。
それすらも、絶対ではない。
唯一確実なのは……エルフと共に訪れる事だ。
「獣は、番の香りに釣られ森を彷徨っていたらしい。そこに、とうとう待ちかねたアネッサが運悪く出会ってしまったのが運の尽きでな。奴は最初こそ獣のままでアネッサに看病されておったが、体力が回復した途端にアネッサは襲われた」
緊迫した空気が流れ、襲われたという意味を嫌でもウェダーは痛感した。
雄にとって番への欲求の強さを、嫌というほどに知っていたのだから。
己の過去を苦々しく思い出す。
初めての夜、最高の興奮と最大の後悔。
泣いたシャーリーの涙に興奮する己と、飢えた心が満たされない苦しみ。
悔いて迷って、叱られ学び、ひたすら耐えて懇願して、やっと番を手に入れた。
表向きは余裕のある顔をしてみせても、いつも心は彼女に嫌われる事に怯えていたのだ。
その虎は、人型に戻る程に回復した途端に、気を許していた恩人のエルフの娘を襲っただけでなく、そのまま外に連れ出して、自分の一族の元に連れ去ろうとしたらしい。
間一髪で、なんとかエルフだけを連れ戻す事に成功したらしいが、これでウェダーは合点がいった。
「外にいた奴らは、それか……」
「おおかた、中に入る為にうろついているのだろう。そこに、シャーリーが戻って来た」
「狙いは通行手形代わりに、俺のシャーリーを……」
メラリと湧き上がる怒りを抑えて、長をチラリと見る。
「あいつらが、諦めるわけはない。俺のシャーリーだけでなく、他のエルフ達も危険だ」
「そうだ。獣人にとって、番は命みたいなものだ。どうすべきか、思案しておった所でな」
長の言葉に釣られて、他のエルフ達も意見を述べた。
「いっそ、外の世界との道を封じてしまうのもアリだと思うのです」
「今、人ですらエルフを攫い、魔道具を作らせていたらしいではないですか!危険です」
あの事件の事だなと思ったが、ウェダーはあえて黙っていた。
はっきり言えば、今回の件はウェダー個人にはどうでもよい事だ。
ウェダーにとっては、シャーリーに危険が及ばなければいい。
「最後の客人になりそうじゃな。まあ、滞在は許可するが、出る時は危険を伴うので声をかけてくれんかの」
ウェダーが席を立った瞬間、扉がノックされシャーリーがお茶を持って入室してきた。
皆に自分の入れたお茶を配りつつ、ウェダーに目線を向ける。
「俺だけでいいのに」
「ふふっ、ここで一番お茶を上手に入れるのは私なんですよ」
「お前はドジでノロマだが、お茶だけは上手い」
「そうだな。我らがエルフのかなり端くれではある」
相変わらずの口の悪さに、なんとなくウェダーも慣れてきた。
いちいち怒っていた自分が馬鹿みたいだと、褒められたと喜ぶシャーリーを見て、考えを改めた。
「長、私の家をちゃんと保管してくれて有難うございます。ウェダー、今晩はその家に泊まって、明日に墓参りと……あっ、アネッサにもぜひ会わないと」
その名に周囲の空気が停止する。
だが、気づかないシャーリーは浮かれてウェダーに話を続けた。
「友人がいるって言ったでしょ?あの子にぜひ会わせたいんです!」
「……そんなに大事な友人なのか?」
「はいっ!」
屈託ない笑顔のシャーリーを見つめ、フッと小さくウェダーが微笑んだ。
そして、真横にいた長に告げた。
「俺が撃退する。この件を任せて貰えないか?」
「客人であるお前にか?」
「少なくとも、お前たちよりは戦いに向いていると思う」
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「何、どうしたんですか?危険な事はダメですウェダー」
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考えるべきは多々あるが、少なくとも動くのに最適なのは自分だとウェダーは確信していた。
柔らかい金の髪を撫で、心配はいらないと気持ちを込めて抱きしめた。
「とりあえず、今晩は君の家に泊めてくれ。さっき長とやらに滞在の許可を得たよ」
「本当!良かった!これで正式に、貴方が私の夫だと認められたって事です」
ね?ね?と、幼子のように同意を求めるシャーリーに、苦笑した長が大きく頷いた。
「歓迎しよう。ウェールズ・ウェダー。お前は我らが同胞の伴侶である」
「ありがたい、感謝する」
正式に長に向き合い、騎士の時と同じ最敬礼に胸に手を当て、膝を折る。
これは目上に対する、最高の礼儀であった。
周囲のエルフ達も、この態度に好意的に態度を転換する。
「何かあれば、遠慮なく言え」
「食料を届けてやろう。シャーリーの手料理などたかが知れているが、ないよりはマシだ」
「おい、寝具はあるのか?どうせ薄いシーツだけだろ。すぐに私の上等な布を届けてやる」
この台詞にウェダーは苦笑し、シャーリーは感激して飛び跳ねた。
シャーリーの実家は集落の外れにあり、森に近い場所にあった。
小さな一軒家ながら、古い木造に特殊なニスを塗っているせいか、味のある色みを醸し出す建物にウェダーは感心する。
「ここでシャーリーが生まれたのか。しかし、なかなか風情のある建物だ」
「はい。私のエルフのお祖母ちゃんの時代に建てたらしいですから、かなり古いと思います」
「確か、シャーリーの父親は一人息子で、ここで同じように育ったんだな」
「そうです」
中に入ると、清掃が行き届いた清潔な室内に繋がっていた。
豪華な物は何一つない、最低限の家具や雑貨。
時折、飾られたドライフラワーの素朴な飾りや、手縫いのカーテンの刺繍が心を落ち着かせる。
「温かい家庭で育ったんだな」
自分とは大違いだと、ウェダーは内心思う。
貴族だからこそ、優秀さから期待され、結果を出したからこそ愛される家庭でウェダーは育つ。
つまり無能は認められない。
誰よりも優れた自分は愛されていると信じていた。
だが、それが獣の血のせいだと、目の光を見られた瞬間に、異端として徐々に家族ですら距離を置かれた。
平民であれば、また違った未来だったかも知れない。
だが、ウェダーの生家は、貴族であるがゆえに、先祖の血を何よりも嫌う家系であった。
家族はそれから、ウェダーと触れ合うことを避け、腫物を触る扱いとなる。
「シャーリーが優しいのは、ここで幸せに育ったからなんだな」
「はい、とても良い両親でした」
エルフと人の婚姻は珍しく、また子が生まれるなど奇跡に等しい。
番同士でない限りは、確率が低い中で生まれたシャーリーの存在に、心から感謝する。
宣言通りに、エルフ達は次々と沢山の物を持って来ては、シャーリーの家に置いて行く。
その度に、一言二言と嫌味やトゲのある言葉を投げていくのだが、彼らにとっては挨拶のようなものだ。
流石にウェダーも静観し、素直に行為にのみ感謝を述べた。
シャーリーが届いた物資に四苦八苦している最中、こっそりとウェダーは訪れたエルフに尋ねた。
「それでアネッサというエルフは、今どうしてる?」
少し目を泳がせたエルフは、その美貌を歪ませて小声で伝えた。
「家に閉じこもったきりで、女達が世話をしている」
「そんなにヒドイのか?」
「心がな」
女にとって殺されたのも同じなのだと、改めてシャーリーに対して罪悪感が湧きあがる。
何も知らずに、仲間達と再会できた喜びで料理を始めたシャーリーとは別に、ウェダーは家の中を探索した。
と言っても、小さな家だ。二階建てとはいえ、すぐに把握できた。
台所で料理をするシャーリーに話しかける。
「今夜は、どこの部屋で寝るんだ?」
「私の部屋でもいいんですけど、ベッドが小さいので……あっ、ウェダーさんだけ別の部屋で」
「却下だ」
「……なら、大きなベッドは両親の部屋だけです」
「二階の西側の、窓を開けたら大木の枝がある所か?」
「はい。小さい時は、その窓から出入りして、よく怒られたんですよ」
クスクスと笑うシャーリーに微笑み返しつつ、あの場所なら撃退も脱出も容易いと、つい反射的に警護の目線で警戒を続けていた。
出来上がった夕食は、新鮮な鶏肉と野菜のシチュー、そして差し入れの白パンもある。
シャーリーの料理上手と材料の新鮮さも合わさり、ウェダーは大満足で大鍋を平らげた。
「口に合って良かったです。明日の分まで食べちゃった」
「ごめんシャーリー。本当は君も食べたいんだけど、今日はとっても美味しすぎた」
テヘヘと照れるシャーリーと、腹が満ちたウェダーは片づけを手伝う。
シャーリーの家には浴槽はないが、雨水や木々の水を利用した簡易の水道設備が整えられており、聞けば他の家でも便利だからと、人の知恵を取り入れているそうだ。
「他所のエルフ達が来た時は、こんな浅知恵を取り入れてという割りに、きっちりと便利だなって利用して帰るんですよ」
「エルフらしいというか……」
どいつもひねくれてるなと言いかけて、事件で出会った典型的なひねくれエルフが浮かんだので、ウェダーは言葉を呑み込んだ。
流石に湯は出なかったが、旅の疲れをシャワーで流し簡単なシャツとズボンに着替えて、寝室に向かう。
既に寝る準備を整えていたシャーリーの姿を見て、ウェダーは絶句した。
「可愛い……ダメだ。俺は番の可愛さに死んでしまう」
「だから、死んだらダメです。大げさですよ……ここに置いてあったお気に入りの寝巻です。見て見て」
浮かれたシャーリーが、ヒラヒラとした薄い生地のワンピースの裾を、クルリとまわって見せた。
ドレスのようにヒダがつけられたスカートは膝上で短く、スラリとした白い脚がむき出しだ。
胸元には、葉っぱを象った白い布飾りが縫い付けられており、幼く見えつつも胸元が開き煽情的ですらある。
本人が無自覚な分だけに、ウェダー好み過ぎて性質が悪い。
「うっ、無理だ。これは……君が欲しくてたまらない」
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その晩は、愛しい番の寝息を聞きつつ眠れぬ夜をウェダーは過ごした。
満月の夜、遠くで聞こえる獣の遠吠えにウェダーはソッと身を起こす。
腕の中で眠るエルフの額に口づけを落とし、起こさぬように部屋を出た。
「迷惑な」
小さく一人呟いて、暗闇の森に歩みを進める。
どんな闇すら、金色に輝く瞳を拒むことは出来ない。
自らも引く獣人の能力を発揮して、夜目を効かせ足音を立てずに気配を消す。
「十人……まあ二十もいない感じだな」
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古代の魔法が発動しているのだ。
ヘタに近づけば命を取られる。
あちらも、それがわかっているから、強行突破ができないのだ。
「気に入らん」
穏やかな里帰りになるはずだった。
彼女の幸せをまた一つ作ってやる為に来たのに、とんだアクシデントに巻き込まれた。
あくまで狩りが主流のエルフは、生活魔法こそ長けていても攻撃魔法は難しい。
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なら自分は?――
「一人対二十人近くか……簡単ではないが、別に殲滅目的でなければ、やり方次第だな」
こうして状況の把握と、今後の対策を思案しながら、ウェダーは静かにベッドに戻って行った。
後書き
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聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える
真守 輪
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