こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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 静かに朝を迎え、森の奥にも光が満ちていく。

 そうして目覚めたシャーリーは、懐かしい天井が視界に入ったと同時に体を起こす。



「ん……おはよう、俺のシャーリー」



 いつものように、寝ぼけたウェダーに抱き寄せられたので、頬にキスをすると、溶けたように彼は笑う。

 改めて朝日の優しさと、彼の存在に幸せがジワジワと滲み出る。



「寝坊助さんですねウェダー。朝ごはん用意しますね」

「楽しみだ。今日も俺の妻が可愛くてたまらない」



 寝たふりをやめたウェダーも、共に起き上がる。

 二人で朝の身支度を終えて、またもやエルフ達の差し入れの果物やパンを受け取った。



「朝から元気だな、あいつら」

「あいつとか言っちゃダメです。でも、みんな優しい。あとで、ちゃんと残ったパンや果物を乾燥させて保存食に加工して、お返ししないと」

「貰ったのに?」

「こうやって、お返しも兼ねて多めに渡されているんです」

「ちゃっかりしてるな」

「助け合いです」



 集落全体で、こうやって助け合い生きているのだ。

 親の亡くなったシャーリーに、彼らは過剰に優しくもしなかったが、見捨てる事もない。

 同じ同胞の一人として、幼くともちゃんと生きろと厳しく仕込まれた。

 今なら、そう感謝できるシャーリーがいる。



「それでもドジでノロマなのは事実だから、何度も迷惑もかけましたし」

「ドジでノロマだが、それ以上に優しくて思いやりがある。シャーリーはそれでいい」



 エルフとして優秀であれと言う仲間と違い、彼はそのままでいいと甘やかす。

 それでも、私は誰かの役に……貴方の役に立ちたいのに――



 森の朝は静かな中に、雫を帯びた葉がキラキラと輝く美しい世界。

 小鳥がさえずり、小さなリスが走って行く。



「流石はエルフの森というべきか……空気が美味いな」

「ふふっ、たしかに緑の香りが濃いですよね」



 二人が向かう先は、集落から離れたエルフの敷地範囲の端の森の奥。

 大きなエルフの守り神である木の根元に、全てのエルフ達が眠っているらしい。



「人のように、個人の墓というのではなく、全ては森に……」



 シャーリーの静かな声を聴きながら、ウェダーは静かに納得した。



「そうか。木に戻りエルフ達を見守るんだな」

「その想いが、私達の集落を隠す古代魔法の原力になります」



 歩きながら、以前にシャーリーが話してくれた生い立ちを思い出す。

 薬師の母が森に迷い込み、エルフの父と出会い結ばれた。

 そして、奇跡的に生まれたシャーリーは、とても可愛がられたらしい。



「君の父親は、とても子煩悩だったと聞いた」

「ええ、お父さんは本当に、私に甘かったです」



 語りながら二人は、目的の大樹を目指す。

 ガサガサと飛び出す動物たちは、怯えるでもなく挨拶のようにチラリと目を向けては去って行く。



「お父さんはエルフなのに、お母さんにいつも叱られてました。甘やかしすぎはダメって……ふふっ。でも、お母さんも、いつも私が転んでケガをすると、自分で作った湿布を貼ってくれました」

「君の母親は優秀な薬師で、この集落でなくてはならない存在になった」

「はい。それまで、呪いで治療するのがエルフの当たり前なんですけど、やっぱり魔力を消費するのと、誰でもできるわけじゃないので。でも、薬なら誰が飲ませても塗っても、効果は一緒です」

「君が薬に詳しいのは、母親に教わったからだな」

「はい。薬の調合はお母さんで、お父さんは狩りの弓を教えてくれました」



 だけど、動物を射るのが幼い頃は辛くて無理だったとシャーリーは笑う。



 最初は流石に、人を迎え入れるなどと、この集落においても反対意見が多かったらしい。

 だが、シャーリーの母親の有能さを知ると、皆が少しずつ受け入れていく。

 呪いが間に合わない。もしくは、そこまでではない時は、徐々にエルフは気軽に薬を頼むようになっていった。



「ある時、ある人間が迷い込んで助けたのは良かったんですが、流行り病がこの集落に感染してしまいました」

「それは……」

「私が13歳の時です。誕生日の夜……嵐が来て、それでも母は感染したエルフの仲間達を助ける為に、足りない薬の葉を取りに外に出たんです」

「……それが、あれか」

「はい……帰りが遅いので、父も急いで私に留守番を言いつけて出ていきました。そして二人共、次の日の朝に湖で浮かんで亡くなっていました」

「ここに来る前の、あの湖か?」

「はい」



 グッと涙を堪え、それでもシャーリーは笑う。



「私だから泳げないんです。あの湖は、両親が亡くなるまでは、集落のみんなも楽しんで泳いでました。だけど、亡くなった二人の魂のためにと、あの湖に入る事は禁止になりました」

「そうか」

「ウェダーさんは泳げますか?」



 そう聞かれて、ウェダーは泳げると答えると、いいなとシャーリーは羨ましがった。



「泳ぎなんか、いつでも俺が教えてやる」

「はい、でもまあ……別にいいかな」



 テヘヘといつのように笑う笑顔にも、過去を思い出したのか、ヘニョッと力の抜けた悲し気な顔になっていた。

 やがて、二人は辿り着く。



 この集落の全ての源であり、神聖な大樹に敬意を表して、二人は膝をつき軽く頭を下げた。

 これが本来のエルフの正式な礼であるらしい。

 そのまま、両手を組んだシャーリーは祈りを捧げた。



「お父さん、お母さん。この人が私の旦那様で、ウェダーって言うの。宜しくね」

「ウェダー・ウェールズだ。ご両親の御霊が、安らかであらん事を」



 立ち上がり、腰に差していた剣を真正面に掲げ、ウェダーなりの祈りを奉げた。

 シャーリーも立ち上がり、ウェダーの姿に見惚れてしまう。



 その剣と同じ銀色の髪は、風でたなびき、鼻筋の通った男らしい美貌は、エルフと並んでも遜色はない。

 むしろ、人らしさの気配を出すウェダーの美形が際立つ始末だ。



「こんなに素敵な人が、旦那様でいいのかしら?」



 つい漏らしたシャーリーの言葉に、ウェダーが笑う。



「こんなに可愛いエルフが俺の奥さんで嬉しいよ」



 そう揶揄われて、頬が赤くなってしまう。

 シャーリーは照れた気持ちと喜びで、顔をほころばせ報告した。



「幸せだから、心配しないで」

「必ず守り抜く。命に懸けて」



 二人は挨拶を終えて、来た道を戻って行く。

 散歩を兼ねて、美しい景色を堪能していると、シャーリーが次の行先を告げる。



「次はアネッサに会いに行きましょう。楽しみだわ」

「うっ……ああ」



 握っていたウェダーの手を振り払い、先頭をきってシャーリーは走り出す。

 ウェダーも軽く後を追いながら、どう伝えるべきか迷っていた。

 意を決して告げようとウェダーが覚悟を決めた時、その覚悟が無駄になる。



「えっ?何あれ?」



 一足早くシャーリーが辿り着いた一軒家は、シャーリーの生家と似た建物だが、エルフ達が数人ガヤガヤと出入りしていた。

 場所も、集落の中では少し端の場所で、昨日は気づかなかった。

 間違いなく目的地なのは、驚いたシャーリーが足を止めているので確実なのだが、この騒ぎは何だろう?



「女エルフ達が集まってるな」

「一体……何が?って、ん?」



 ピクピクとシャーリーの耳が動く。

 すぐさま同時に、ウェダーもその声を拾った。



「だからっ大丈夫だって言ってるでしょーっ!」



 耳を澄ませるまでもなく、今度こそ響く大きな女の叫び声が聞こえた。



「アネッサだわ!」

「待て、シャーリー!」



 止める手を振り払うように、シャーリーは一目散に入って行った。

 ウェダーも後を追ったが、扉の前で躊躇する。



 男に傷つけられた被害者に、突然別の見知らぬ男が現れた場合を考えたからだ。

 すれ違ったエルフが、眉を顰めた。



「お前が噂になっている、あのドジエルフの伴侶ね。まったく、虎といい人といい、変なモノを入れ過ぎよ」



 間違いなく今度は、悪態をつかれたわけだが、それよりも中が気になるウェダーは言葉のトゲなど無視をした。



「中で何か怒ってるんだ?」

「よそ者に話す事などないわ。男のお前は立ち去りなさい。あのドジだけで充分よ」

「そういうわけにはいかん。アネッサというエルフが襲われた事は、俺だけは長から聞いている」

「……そう」



 澄ました顔から、途端に疲労困憊を隠さずに、女エルフは独り言のように話す。



「虎に襲われたからか、アネッサの気がおかしくなってしまったの」

「気がおかしくなった?」

「可愛い虎はどこに行ったと、ずっと怒り狂っているのよ」

「……案外元気なんだな」



 としか言えないウェダーに、エルフの女の愚痴は続く。



「体は勿論、痛みも残ってるわよ。何せ手加減なしで獣に襲われたのと一緒ですもの」

「手当は?」

「呪いで、ある程度は……だけど、限界があるの」



 ともかく、ドジエルフの薬草の一つでも効果があるかもだから頼むわね、と女エルフは去って行った。

 背中を見送り、あらためて扉を開けて中に入る。

 何人かいたエルフがジッとこちらを見たが、すでにウェダーが何者なのか知っているのだろう。

 止める事もせず、ただ興味深そうに見つめるのみ。



 そのまま声のする方に向かうと、一つの部屋に辿り着く。

 小さな民家だが、どうも住んでいるのはアネッサという娘のみだと聞いていた。

 アネッサの場合は、年頃になったエルフは独り立ちの為に一人暮らしをするという風習にのっとって、この家に住んでいるらしい。



「だから、私は襲われた男をぶん殴って、可愛い虎を取り返すのよ!」

「アネッサ!その虎こそが、その男だったのは知ってるでしょ!」

「わかってるわよ!でも、信じられないの!あんなに可愛い虎だったのよ!」

「……ええっと、久しぶりだねアネッサ……んと、元気?」

「見たらわかるでしょシャーリー!体はまだ痛いけど、気合は十分よ!さあ、あの虎男を連れてきて!」



 どうも思っていたのと、違う方向に進んでいるらしく、ウェダーは思考が一瞬停止した。

 弱っている?気がおかしくなっている?



 ――――元気が有り余っているように見えるが、襲われたのは何だったのだ?



 あまりの暴れぶりに、女エルフが数人がかりで、押さえ込んでいるらしい。

 ウェダーは部屋の扉の外で、ノブに手をかけたまま停止した。



「馬鹿な事いうのは、体が回復してないからよ」

「また眠りの魔法をかけてやろうかしら?」

「ちょっと、ノロマが帰って来たなら丁度いいわ。この子、ここから出さないようにして頂戴。麻痺でも睡眠でもいいから、薬で止めて」



 突然、無茶を振られたシャーリーは硬直して言葉を失った。

 だが、エルフの女達の愚痴は止まらない。



「今朝から長様に、結界を強めるために、大樹に魔力を預けに行かなくてはいけないの。この子に、これ以上の魔力は使えないのよ」

「だから、私は自分で解決するから大樹に行けばいいじゃない!」



 気のせいだろうか?

 襲われたはずのエルフが、加害者の虎に会いたがっている?

 番認定して攫おうとした獣と再会したいなど、意味を理解しているのだろうか?



 だが、すぐに背後から気配を感じて我に返り振り返る。

 見た目も同じ年齢に見える、美貌の男のエルフが現れた。

 無表情の彫刻のような顔からは、感情が一切読めない。



「失礼、客人。そこをどいて貰いたい」

「この家の住人に、何か用か?」



 一応、確認してみたが、男はチラリと冷たい視線で一目したのみ。



「私は、アネッサの父だ」

「そうか」



 どう見ても三十代ほどにしか見えない若々しい姿に、エルフの年齢はわからないなと、扉からウェダーは一歩下がり道を開けた。

 その男が部屋に入った途端に、一瞬の静寂が部屋に訪れた。

 続けて後ろからウェダーも続けて入室した。



 そこはアネッサの私室であったらしく、女性らしい内装で整えられていた。

 あくまでエルフらしい手作りの品に囲まれているが、若干シャーリーの部屋より飾り付けが多い感じだ。



「おじさん!」

「おかえりシャーリー。娘が暴れていると聞いてね、様子を見に来たんだ」

「お父さん!」



 抑え込んでいたらしいエルフ達は、やっと安心した様子で部屋を出ていく。



「アネッサ、この家から出てはいけないのは長老命令よ」

「うぐぐっ……」



 きちんと釘を刺す彼女達が去った後、ばつの悪そうなアネッサに、父が厳しい視線を投げかけた。



「お前は何をしたのかわかっているのか?」



 無言で、うつむくアネッサに、父はさらに畳みかけた。



「お前に起こった不幸は自業自得だ。それよりも、仲間達を危険にさらした事を反省すべきでは?」

「だって……普通の虎だと思ったんだもん」

「アネッサはモフモフが大好きだもんねぇ」



 その言葉に、確かに手作りの動物のぬいぐるみらしき物が多いなと、ウェダーは思った。

 何事も知らないシャーリーは、心配そうに見守るだけ。

 父の追及は厳しく、流石のアネッサも頭が上がらないらしい。



「お前のせいで、今我々は獣人との関係にヒビが入りかけている。言い訳は無用、ともかくここで大人しくしていなさい」

「お父さん。でも、それだったら、余計に私があの馬鹿虎をとっちめてわからせてあげないと」

「だからお前は本当に愚かだな。錯乱したと言われても仕方ない。獣人にエルフのお前がかなう訳がないだろう」

「ちゃんと話し合えば……わからせる」

「聞く耳を持たないから、無理やり強行したんだろう……いいから、まだあの夜から五日目だ。体をきちんと癒しなさい」



 ため息を深くついた父親の言葉に、シャーリーは反応した。



「えっ!どこか怪我してるの?」

「大事なあそこが痛い」



 あっけらかんとした言葉に、ウェダーは天井を見上げ、父親は片手で目元を覆う。

 だが、親友であるシャーリーは過敏に反応した。



「どうして?えっえっ?」

「虎を助けたら、ムサイ男になって、無理やり交尾された」

「ええーっ!」

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