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今度こそ、シャーリーは絶句して、男たちは声を失った。
だが、当の本人は怒りが再発した様子。
ワナワナとベッドの上で拳を握りしめ、怒りを訴える。
その姿に、ある意味逞しさに感心するウェダーだが、途中でそうじゃないなと我に返った。
「初めましてアネッサ。シャーリーから色々と君の事は聞いている」
「あら?人間がどうして?あっ、そうか!シャーリー冒険者になるって言ってたから、お仲間さん?」
ここでやっと、シャーリーも我に返り、うんうんと頷いた。
そして照れながら、紹介する。
「アネッサに紹介したくって……彼は私の旦那様で、ウェダーって言うの」
「旦那様?シャーリーも交尾したの?」
「だから……交尾とか言うのやめて。どうして、いつも情緒がないのよ」
流石にシャーリーも咎めると、アネッサは鼻先をポリポリとかく。
見た目は極上の美少女エルフなのに、中身がかなり残念だった。
ある意味エルフとして規格外だからこそ、シャーリーと気が合うのだろうか?
そんなシャーリーが、おずおずと確認した。
「アネッサは、何に怒ってるの?」
「モフモフじゃなくなった事と、力づくで襲った事を謝罪させたいだけよ」
「謝ったら、それでいいの?」
シャーリーの疑問に、アネッサはふと悩む。
勢いがやっと落ち着いたのを見計らい、父が告げた。
「次に会ったら最後だ。娘を襲った虎を私が仕留めるか、虎がお前を攫って二度と会えなくなるかだ」
「そんな、大げさな……って、ひぃ、ごめんなさい」
ギロリと睨まれ、アネッサは身をすくめた。
「ともかく、次に出会えばお前は二度とここには戻れないと思え。私は皆が大樹に力を注いでくれているのに、礼を告げてくる」
「おじさん、あの……私、アネッサの側に付き添いたいんですけど、いいですか?その、ケガの治療に何かお役に立てたらなって」
「ああシャーリー頼む。お前はドン臭い娘だが、葉っぱに興味を示す物好きなだけあって薬に詳しいしな」
この辺りの口の悪さは、やはりエルフである。
「こんな馬鹿でも私の娘だ。獣に一発は喰らわさんと気が済まん」
そして間違いなく父親であった。
父親は娘に再度こんこんと言い聞かせたのちに、やっと出て行った時には、シャーリーまでもが安堵のため息をついた。
「おじさん相変わらず、怖いね」
「しかも長いし……はあ辛かった」
部屋に残ったのはシャーリーとウェダーのみだ。
二人してアネッサと向き合うと、ニッコリとアネッサは笑った。
「幸せそうで良かったわ。あんたの事だから、人の国でもドジして大変だろうと心配してたのよ」
「少しは強くなったのよ、えっへん」
得意げなシャーリーが、冒険者カードを差し出して見せた。
それを興味深そうに、アネッサは眺め、二人の会話が盛り上がる。
静かに傍で見守っていたウェダーだが、頃合いを見て切り出した。
「シャーリー。俺がここで彼女を見張っておくから、とりあえず家に戻って薬を持ってきたらどうだ?」
「あっ、そうだね。アネッサ、待っててね」
ドタバタと部屋から去って行く妻を見送り、さてと……とウェダーはアネッサと向き合った。
できればシャーリーの前では、あまり問いただすのも難しかったので、あえて引き離した。
「君に色々と教えて貰いたいんだが?」
「どうして?」
「今回の件で、直接あいつらとやり合うのは俺だ。それは長とも話がついているんだが、何より君の意思を知りたい」
本来の被害者像とは違い、あまりにも想定外過ぎたのだ。
だが、あちらがエルフ達に危害を加える可能性がある以上、対応せざるを得ない。
できれば、両者ともに落しどころを探すのが、自分の役目だとウェダーは考えていた。
「あの虎に会うの?」
「ああ」
「そう……何を話せばいい?」
「まずは出会いから、もちろん辛いなら無理しなくても」
「まさか、ちょっと聞いてよ!森で私は薬草を探してたのよ、そしたら……」
むしろ意気揚々とアネッサは語ってくれた。
あげく襲われた夜のことまで詳細に語ろうとするので、ついウェダーがそこは不要だと制止した位だ。
どうも、本来のエルフというのは羞恥心が薄い者達らしく、改めて初心なシャーリーに愛が増してしまう。
「まあ十分だ。ありがとうアネッサ」
「待ってよ、もっと色々あるのよ、あの虎ったらね」
「君が虎ならば愛着があり、世話をしていた分詳しいのは理解した。だが、人である虎の男は嫌だというより、よくわかっていない」
「わかるわよ!あの夜って凄く痛かったんだから!突っ込まれて、これが交尾なんだって……」
「あーあー、女の子が、交尾とか言わないでくれ」
軽く頭痛がしたのは気のせいだろうか?
丁度いい頃合いで時間切れだ。
「お待たせ二人共!って、ウェダーどうかしたんですか?」
「ちょっと話を聞いてたんだ。今回の事件を長から任して貰ってるからね」
「事件って、アネッサと虎ちゃんの事ですか?」
大きな袋に色々と詰めてきたのだろう、コテリと首を傾げたシャーリーを軽く抱きしめる。
柔らかな金の髪からは、太陽を浴びた温もりと、彼女の香りにホッとした。
「甘えたさんですね」
「元気が回復した。ありがとうシャーリー」
「クスクス、別に私は何もしてないのに」
そう言いつつ、大きな背中を撫でてやった。
「名残惜しいが、とっとと解決した方が良さそうだ。こちらは案外難しくなさそうだが、あちらがどうかはわからない」
「危険な事はしないで下さいね」
「勿論。あくまで中立として、少し話し合いの場でも作れたらと思う」
その言葉に反応したアネッサが身を乗り出した。
「ぜひお願いします!あの虎の尻尾を引っ張って、ちゃんと躾直します!って、いたたっ!」
「ほらアネッサ、暴れ過ぎよ。とりあえず痛み止め持ってきたから……って、ごめん。これ失敗作の痺れ薬だった」
シャーリーは大きな袋から取り出した小瓶を見て、ガックリと項垂れる。
ウェダーはふと思いついて、聞いてみた。
「痺れ薬って、動物にも効果あるのか?」
「あるわよ。前に私が貰ったやつを使って、あの馬鹿虎の誘拐から逃げ出したのよ」
「なら、それをくれないか?シャーリー」
シャーリーは、小瓶をソッとウェダーに差し出しつつ、心配そうに声を震わせる。
「本当に、危険な事はしないで下さいね」
「うん。これは万が一のお守りに貰っていく。俺が強いのは知ってるだろ?別に喧嘩しに行くわけではない」
「はい、私の友人の為にありがとうウェダー」
頬にキスをされ、ウェダーの目尻が垂れ下がる。
「いいなー」
羨ましがるアネッサのために、シャーリーは今度こそと、痛み止めを探すために袋を探し始めた。
無差別に色々な物が出てくるが、まあ死なないだろうとウェダーは扉を閉めて家を出た。
まずは向かうは長の所だ。
結界の古代魔法をなんとかして貰わないと、こちらから外に出た途端に、一人で戻る事は不可能になる。
ともかくあちらと接触を図るために、ウェダーが出るしかないのだ。
それの相談に、昨日の集会所に向かう途中で、別のエルフが案内してくれた。
「人は戦うのが好きらしいな。まあ使いどころとして、その程度しかなかろうが、弱いならちゃんと言えば弓矢で共に戦ってやってもいい」
褒めてるのか、けなしてるのか不明だが、足手まといなので丁寧にウェダーは断った。
そのエルフに案内され、長の家に辿り着く。
一際大きく年季の入った家に入ると、長が待っていた。
「さて、昨晩はよく休めたか?」
「ああ、ついでに先程アネッサにも話を聞いて来た」
「そうか、流石は元騎士隊長だ。さぞかし優秀だったに違いない。期待はしておこう」
含みのある物言いは、エルフ特有のものなのか、ともかくウェダーはとっとと本題を切り出した。
「アネッサ本人は、話し合いで解決したいそうだ。問題はあちらに、それが通じるかなんだが」
「興奮して我を失った獣の言葉など、通じるはずもない」
「それを通すから、ともかく問題が一つだけある」
そこでウェダーは長に、結界の対策を尋ねると、こともなげに長は首に下げていた石のついたブレスレットを手渡した。
「この石は、三百年近く共にわしと共にいた石よ。わしの魔力をたっぷり吸っているから、それを身に着けておれば通行は可能だ」
「つけている者だけか?」
「たとえば、お前が何かを抱えるなら、それは共に入る事はできるだろう。要は魔力の幕をまとって偽るわけだ」
「もし、失敗すれば?」
「石やエルフなしだと、弾かれる。もしくはどこぞに飛ばされるの。今は、万が一を考えて皆の魔力で威力を上げておるから、生身の体ならどうなる事やら?試してみるか?」
いちいち意地の悪さに反応している時間も惜しい。
深くため息をつくが、ともかくブレスレットの礼を言う。
「あちらが話し合いをしたくても、この集落に一度でも欺いた獣を無限に入れるわけにはいかん」
「一匹だけだ。本命だけ狙い撃ちする。ただし、互いのために血を流すのは控える方向でいきたい」
「臆したか?」
あえて試されていると、ウェダーは察した。
「あくまで人として中立の立場を貫かせて貰う、これは、エルフと獣人の稀な衝突の危機だと認識しているが?」
煽りにのらなかったウェダーに感心しながら、長は顎を撫でた。
「まったく……長い歴史でもエルフが番になるなど珍しいものなんじゃが、うちの集落はゼンといい、娘のシャーリーといい、まさかアネッサまでとは」
「時代が変わると、色々と変わるものだ」
あえてシャーリーの名が出たので、前向きな返事で話を切り上げた。
年寄りの話は長く、相手をしている時間も惜しい。
とっとと終わらせて、シャーリーと愛し合いたいのだ。
あちらが番に狂うなら、こちらとして同じ。
だが違うのは、自分は既に腕の中に捕まえているという事実。
その虎は、確実に今頃苦しみ悶えているに違いない。
本能から番を求め、一度味を知ったからこそ、のたうち回っているはずだ。
「このまま放置……というわけにはいかないな」
長の家を出て、持久戦に持ち込む方法も考えたが、状況はきっと悪くなる一方だろう。
この集落に近づくエルフが一人でもいれば、通行手形代わりに捕まる事は確実だ。
シャーリーはウェダーがいたから守り抜いたのだ。
だが、一人でも別のエルフが攫われたら?
そして集落で複数の獣人達は、アネッサを捕まえるまで暴れ狂うに違いない。
「時代……か」
他種族との婚姻が増えていると聞く。
協定が結ばれ、平和が浸透し、他種族を見かけるのも当たり前になったからこそ、互いが出会うチャンスが多いのだろう。
本来なら、別の場所に住む者たちが交わることなどなかったのだ。
互いの交流が深まったからこそ、起こりえる問題なのかも知れない。
「治安だけでなく、番に認定された場合の最低限の規制が必要だ……っと、もう俺は騎士ではなかったな」
苦笑いして、森の奥を突き進む。
広い森だが、既にある程度の道は把握していた。
「カイザーを連れてくれば良かったか……いや、複数相手に傷をつけられるのは勘弁だな」
騎士を辞める際に、退職金や優遇される権利全てを放棄した。
それこそ貴族位すら返上しようとしたが、それはドフから止められた。
『陛下がお前に与えたモノを、お前が突っ返したら無礼だけでは済まんだろうが!』
唯一求めたのは、騎士になった初期より共にいた、黒い馬のカイザーだけだ。
この馬だけが、ウェダーの獣の気配にも怯えずに共に過ごしてきたのだから。
何より、今ではシャーリーが懐いてしまって、引き離す事も難しくなっている。
「雌馬だから見逃しているが、雄なら馬相手でも嫉妬していたかもしれんな」
つい笑って、昨晩訪れた境界線に辿り着いた。
見た目は何もわからない。
だが、何かが歪んで感じ取れるそこに、手を伸ばす。
途端に、指先の空気が変わった事がわかった。
引き戻すと、別に何の異常もない。
「では行くとするか……」
浅く呼吸を整えて、緑の濃い風景が一瞬歪み、気づけば最初に訪れた湖の岩場に立っていた。
心なしか、空気が重く感じられるが、きっとこちら側が通常なのだ。
一人湖で立ち尽くしていると、すぐに男たちが現れた。
身なりこそ、ただの冒険者に見えるが、腰には大剣が光って見える。
険しい顔つきの男たちの体格は良く、人にはあり得ない耳と尻尾がついていた。
色こそそれぞれだが、たいていが森の獣を思わせる茶や黄色地に黒や赤褐色の縞模様がついており、彼らが間違いなく虎の獣人である事がわかる。
ウェダーと違う、はっきりした金色の瞳は純血の虎の証。
彼らはずっと見張っていたらしく、突然現れたウェダーを取り囲んだ。
だが、当の本人は怒りが再発した様子。
ワナワナとベッドの上で拳を握りしめ、怒りを訴える。
その姿に、ある意味逞しさに感心するウェダーだが、途中でそうじゃないなと我に返った。
「初めましてアネッサ。シャーリーから色々と君の事は聞いている」
「あら?人間がどうして?あっ、そうか!シャーリー冒険者になるって言ってたから、お仲間さん?」
ここでやっと、シャーリーも我に返り、うんうんと頷いた。
そして照れながら、紹介する。
「アネッサに紹介したくって……彼は私の旦那様で、ウェダーって言うの」
「旦那様?シャーリーも交尾したの?」
「だから……交尾とか言うのやめて。どうして、いつも情緒がないのよ」
流石にシャーリーも咎めると、アネッサは鼻先をポリポリとかく。
見た目は極上の美少女エルフなのに、中身がかなり残念だった。
ある意味エルフとして規格外だからこそ、シャーリーと気が合うのだろうか?
そんなシャーリーが、おずおずと確認した。
「アネッサは、何に怒ってるの?」
「モフモフじゃなくなった事と、力づくで襲った事を謝罪させたいだけよ」
「謝ったら、それでいいの?」
シャーリーの疑問に、アネッサはふと悩む。
勢いがやっと落ち着いたのを見計らい、父が告げた。
「次に会ったら最後だ。娘を襲った虎を私が仕留めるか、虎がお前を攫って二度と会えなくなるかだ」
「そんな、大げさな……って、ひぃ、ごめんなさい」
ギロリと睨まれ、アネッサは身をすくめた。
「ともかく、次に出会えばお前は二度とここには戻れないと思え。私は皆が大樹に力を注いでくれているのに、礼を告げてくる」
「おじさん、あの……私、アネッサの側に付き添いたいんですけど、いいですか?その、ケガの治療に何かお役に立てたらなって」
「ああシャーリー頼む。お前はドン臭い娘だが、葉っぱに興味を示す物好きなだけあって薬に詳しいしな」
この辺りの口の悪さは、やはりエルフである。
「こんな馬鹿でも私の娘だ。獣に一発は喰らわさんと気が済まん」
そして間違いなく父親であった。
父親は娘に再度こんこんと言い聞かせたのちに、やっと出て行った時には、シャーリーまでもが安堵のため息をついた。
「おじさん相変わらず、怖いね」
「しかも長いし……はあ辛かった」
部屋に残ったのはシャーリーとウェダーのみだ。
二人してアネッサと向き合うと、ニッコリとアネッサは笑った。
「幸せそうで良かったわ。あんたの事だから、人の国でもドジして大変だろうと心配してたのよ」
「少しは強くなったのよ、えっへん」
得意げなシャーリーが、冒険者カードを差し出して見せた。
それを興味深そうに、アネッサは眺め、二人の会話が盛り上がる。
静かに傍で見守っていたウェダーだが、頃合いを見て切り出した。
「シャーリー。俺がここで彼女を見張っておくから、とりあえず家に戻って薬を持ってきたらどうだ?」
「あっ、そうだね。アネッサ、待っててね」
ドタバタと部屋から去って行く妻を見送り、さてと……とウェダーはアネッサと向き合った。
できればシャーリーの前では、あまり問いただすのも難しかったので、あえて引き離した。
「君に色々と教えて貰いたいんだが?」
「どうして?」
「今回の件で、直接あいつらとやり合うのは俺だ。それは長とも話がついているんだが、何より君の意思を知りたい」
本来の被害者像とは違い、あまりにも想定外過ぎたのだ。
だが、あちらがエルフ達に危害を加える可能性がある以上、対応せざるを得ない。
できれば、両者ともに落しどころを探すのが、自分の役目だとウェダーは考えていた。
「あの虎に会うの?」
「ああ」
「そう……何を話せばいい?」
「まずは出会いから、もちろん辛いなら無理しなくても」
「まさか、ちょっと聞いてよ!森で私は薬草を探してたのよ、そしたら……」
むしろ意気揚々とアネッサは語ってくれた。
あげく襲われた夜のことまで詳細に語ろうとするので、ついウェダーがそこは不要だと制止した位だ。
どうも、本来のエルフというのは羞恥心が薄い者達らしく、改めて初心なシャーリーに愛が増してしまう。
「まあ十分だ。ありがとうアネッサ」
「待ってよ、もっと色々あるのよ、あの虎ったらね」
「君が虎ならば愛着があり、世話をしていた分詳しいのは理解した。だが、人である虎の男は嫌だというより、よくわかっていない」
「わかるわよ!あの夜って凄く痛かったんだから!突っ込まれて、これが交尾なんだって……」
「あーあー、女の子が、交尾とか言わないでくれ」
軽く頭痛がしたのは気のせいだろうか?
丁度いい頃合いで時間切れだ。
「お待たせ二人共!って、ウェダーどうかしたんですか?」
「ちょっと話を聞いてたんだ。今回の事件を長から任して貰ってるからね」
「事件って、アネッサと虎ちゃんの事ですか?」
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柔らかな金の髪からは、太陽を浴びた温もりと、彼女の香りにホッとした。
「甘えたさんですね」
「元気が回復した。ありがとうシャーリー」
「クスクス、別に私は何もしてないのに」
そう言いつつ、大きな背中を撫でてやった。
「名残惜しいが、とっとと解決した方が良さそうだ。こちらは案外難しくなさそうだが、あちらがどうかはわからない」
「危険な事はしないで下さいね」
「勿論。あくまで中立として、少し話し合いの場でも作れたらと思う」
その言葉に反応したアネッサが身を乗り出した。
「ぜひお願いします!あの虎の尻尾を引っ張って、ちゃんと躾直します!って、いたたっ!」
「ほらアネッサ、暴れ過ぎよ。とりあえず痛み止め持ってきたから……って、ごめん。これ失敗作の痺れ薬だった」
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ウェダーはふと思いついて、聞いてみた。
「痺れ薬って、動物にも効果あるのか?」
「あるわよ。前に私が貰ったやつを使って、あの馬鹿虎の誘拐から逃げ出したのよ」
「なら、それをくれないか?シャーリー」
シャーリーは、小瓶をソッとウェダーに差し出しつつ、心配そうに声を震わせる。
「本当に、危険な事はしないで下さいね」
「うん。これは万が一のお守りに貰っていく。俺が強いのは知ってるだろ?別に喧嘩しに行くわけではない」
「はい、私の友人の為にありがとうウェダー」
頬にキスをされ、ウェダーの目尻が垂れ下がる。
「いいなー」
羨ましがるアネッサのために、シャーリーは今度こそと、痛み止めを探すために袋を探し始めた。
無差別に色々な物が出てくるが、まあ死なないだろうとウェダーは扉を閉めて家を出た。
まずは向かうは長の所だ。
結界の古代魔法をなんとかして貰わないと、こちらから外に出た途端に、一人で戻る事は不可能になる。
ともかくあちらと接触を図るために、ウェダーが出るしかないのだ。
それの相談に、昨日の集会所に向かう途中で、別のエルフが案内してくれた。
「人は戦うのが好きらしいな。まあ使いどころとして、その程度しかなかろうが、弱いならちゃんと言えば弓矢で共に戦ってやってもいい」
褒めてるのか、けなしてるのか不明だが、足手まといなので丁寧にウェダーは断った。
そのエルフに案内され、長の家に辿り着く。
一際大きく年季の入った家に入ると、長が待っていた。
「さて、昨晩はよく休めたか?」
「ああ、ついでに先程アネッサにも話を聞いて来た」
「そうか、流石は元騎士隊長だ。さぞかし優秀だったに違いない。期待はしておこう」
含みのある物言いは、エルフ特有のものなのか、ともかくウェダーはとっとと本題を切り出した。
「アネッサ本人は、話し合いで解決したいそうだ。問題はあちらに、それが通じるかなんだが」
「興奮して我を失った獣の言葉など、通じるはずもない」
「それを通すから、ともかく問題が一つだけある」
そこでウェダーは長に、結界の対策を尋ねると、こともなげに長は首に下げていた石のついたブレスレットを手渡した。
「この石は、三百年近く共にわしと共にいた石よ。わしの魔力をたっぷり吸っているから、それを身に着けておれば通行は可能だ」
「つけている者だけか?」
「たとえば、お前が何かを抱えるなら、それは共に入る事はできるだろう。要は魔力の幕をまとって偽るわけだ」
「もし、失敗すれば?」
「石やエルフなしだと、弾かれる。もしくはどこぞに飛ばされるの。今は、万が一を考えて皆の魔力で威力を上げておるから、生身の体ならどうなる事やら?試してみるか?」
いちいち意地の悪さに反応している時間も惜しい。
深くため息をつくが、ともかくブレスレットの礼を言う。
「あちらが話し合いをしたくても、この集落に一度でも欺いた獣を無限に入れるわけにはいかん」
「一匹だけだ。本命だけ狙い撃ちする。ただし、互いのために血を流すのは控える方向でいきたい」
「臆したか?」
あえて試されていると、ウェダーは察した。
「あくまで人として中立の立場を貫かせて貰う、これは、エルフと獣人の稀な衝突の危機だと認識しているが?」
煽りにのらなかったウェダーに感心しながら、長は顎を撫でた。
「まったく……長い歴史でもエルフが番になるなど珍しいものなんじゃが、うちの集落はゼンといい、娘のシャーリーといい、まさかアネッサまでとは」
「時代が変わると、色々と変わるものだ」
あえてシャーリーの名が出たので、前向きな返事で話を切り上げた。
年寄りの話は長く、相手をしている時間も惜しい。
とっとと終わらせて、シャーリーと愛し合いたいのだ。
あちらが番に狂うなら、こちらとして同じ。
だが違うのは、自分は既に腕の中に捕まえているという事実。
その虎は、確実に今頃苦しみ悶えているに違いない。
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長の家を出て、持久戦に持ち込む方法も考えたが、状況はきっと悪くなる一方だろう。
この集落に近づくエルフが一人でもいれば、通行手形代わりに捕まる事は確実だ。
シャーリーはウェダーがいたから守り抜いたのだ。
だが、一人でも別のエルフが攫われたら?
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「時代……か」
他種族との婚姻が増えていると聞く。
協定が結ばれ、平和が浸透し、他種族を見かけるのも当たり前になったからこそ、互いが出会うチャンスが多いのだろう。
本来なら、別の場所に住む者たちが交わることなどなかったのだ。
互いの交流が深まったからこそ、起こりえる問題なのかも知れない。
「治安だけでなく、番に認定された場合の最低限の規制が必要だ……っと、もう俺は騎士ではなかったな」
苦笑いして、森の奥を突き進む。
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「カイザーを連れてくれば良かったか……いや、複数相手に傷をつけられるのは勘弁だな」
騎士を辞める際に、退職金や優遇される権利全てを放棄した。
それこそ貴族位すら返上しようとしたが、それはドフから止められた。
『陛下がお前に与えたモノを、お前が突っ返したら無礼だけでは済まんだろうが!』
唯一求めたのは、騎士になった初期より共にいた、黒い馬のカイザーだけだ。
この馬だけが、ウェダーの獣の気配にも怯えずに共に過ごしてきたのだから。
何より、今ではシャーリーが懐いてしまって、引き離す事も難しくなっている。
「雌馬だから見逃しているが、雄なら馬相手でも嫉妬していたかもしれんな」
つい笑って、昨晩訪れた境界線に辿り着いた。
見た目は何もわからない。
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途端に、指先の空気が変わった事がわかった。
引き戻すと、別に何の異常もない。
「では行くとするか……」
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「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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