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「決まったぞ。こちらの答えは申し出通り、この集落では“虎として”護衛の形で滞在を許す。ただし夜以外だ」
「夜以外?」
「夜は、集落の結界外に家を建て、そちらで二人とも過ごしてもらう。そこでは人の形に戻るのも、虎のままなのも好きにしろ。獣人達の意思に従う。こちらからは、以上だ」
「なるほど、わかった」
確かにアネッサにとって、夜だけでも嫌いな男と一緒にいるのは罰になる。
番を引き離す事は出来ない、それを知った上でのエルフの采配だった。
ルイは尻尾をパタンパタンさせて、喜びを表していた。
「では、アネッサ自身への報告は父親に任せるとして、外で待つ獣人達にそれを伝えてくる」
「頼むぞ、シャーリーの番よ」
長に頭を下げて、ウェダーはルイを引き連れて結界の外を目指す。
とっとと終わらせて、急いでシャーリーの元に駆けつけたい。
体調はどうだろうか?
戻ったら医者に連れて行かなければ。
エルフ達に治療できないなら、町まで愛馬で駆けてそれで……。
考え事をしているうちに歪みに辿り着く。
停止したルイの背に、ウェダーは告げた。
「入るのは特殊な方法が必要だが、出るのは簡単らしい。行くぞ」
足を踏み出すと、一瞬の眩暈と共に世界が変わる。
外に出た途端に、待ち受けていたルイの仲間達に取り囲まれた。
「ご苦労な事だな。ずっと待機していたのか」
獣人にとっては、野営など造作もない事だったに違いない。
だが嫌味を込めて告げてやった。
わざわざ、他種族との揉め事の種を持ち込んで、と。
ムッとした男たちだが、現れた虎のルイに駆け寄った。
「おいルイ!どうなった?番は?」
「ガゥガゥア!」
虎のまま答えようとしたルイを、白い目で見つめたウェダー。
「人に戻って、とっとと説明してやれ」
「ガゥ(そうだな)」
途端に、光を纏って人に戻ったルイが、先ほど決まった結果を皆に伝えた。
こちらも反応が様々だった。
「おい。それでいいのか?」
「しかし、排他的なエルフの番の側にいるには、それしかないのかも」
「こちらの長にどう伝えるんだルイ。お前が次の跡取りだろうが」
あーだこうだと、静かな湖畔にうるさい男たちの声が響く。
無駄な時間だと、早く戻りたくてイライラしているウェダーは、いい加減にしろと怒鳴る寸前で、人に戻ったルイが仲間達に宣言した。
「俺は決めた。俺の愛しいアネッサの元に居られるなら、虎でも猫でもいい」
「お前の親父さんに、どう伝えるんだ!」
「弟がいるだろ。あいつに跡を継がせたらいいんだよ」
もう幸せは確定したとばかりに、喜び勇むルイは、他の言葉など聞き入れない。
ガクリと肩を落とした仲間達は、これで良かったんだと慰め合った。
「これで、なんとかお前たちとエルフの対立は阻止されたな」
やれやれだと、肩を揉むウェダーは首をコキコキと鳴らす。
まったく、ただ里帰りさせただけで、余計な事に巻き込まれて迷惑だった。
予定では、感動したシャーリーと、より濃密な夜を過ごせていたはずなのに……。
なのに現実は、獣人とのトラブルに時間をとられ、あげく愛しいシャーリーは神聖なる空気に影響されて、発情できなくなっている。
そのうえ、あの吐き気はもしかしたら……。
「おい。最近は、他種族間での婚姻が増えているのは、番認定される確率が上がったからか?」
ウェダーが、獣人達に尋ねてみた。
「ああ、昔より交流が増えたせいでな。以前より、番が見つかる率が早まったのはいいが、いい事ばかりではないな」
「一応、相手種族の意思を尊重するようにしているが、俺たちも番を認識してしまったら最後だ。離れたら気狂いする」
ほぼ番を嗅ぎ分けるのは獣人だけだ。
エルフも人も、その感覚は絶えて久しい。
だからこそ、彼らからの一方的な求愛でトラブルが発生しやすくなっている。
「エルフと番う者も、増えているのか?」
彼らは顔を見合わせ、首を横に振る。
「俺たちの村では、ルイが初めてだ。だが、ないわけではない」
「それで結果は?」
「半々だ。少なくとも、人の世界に紛れたエルフとなら、出会う確率が高い」
確かに、わざわざ番を探しにエルフ達の場所まで近づかないだろう。
余所者も入れぬ結界は、場所によっては攻撃される恐れすらある。
今回のルイは、本当に奇跡だったのだ。
アネッサが、薬草を求めて結界の外にさえ出ていなければ、出会う事すらなかっただろう。
本来のエルフ達は、変わり者や、物好きでもなければ、外になど出ないのだから。
改めてシャーリーの奇跡に感謝する。
彼らいわく、たとえ番から拒絶されても、ただ待つしかないのだという。
「エルフと揉めるのは、俺たちだって避けたい。人ともだ。本来なら、相手側に拒絶され、トラブルの種になると判断された時点で、その村から縁を切られる」
つまり、こちら側とはもう無関係だからと切り捨てるらしい。
「ルイは特別だ。俺たちは友人であり、こいつは未来の長だった。だから、俺たちも追放覚悟で応援に来たんだ」
「ありがとうな、みんな!俺は、幸せになる」
そうだ、絶対に幸せになれ!
お前はいつまでも仲間だ!
などと、彼らは呑気に励まし合って、ルイの幸せを応援してくれた。
当の本人も、得意げに胸を張って告げた。
「なんてったって、夜は人でいられるなら、惚れてもらえるチャンスもあるもんな!」
「勝手に喜んでいる所悪いんだが、あくまで結界の外に家が建つまでは、お前は夜も虎のままだが?」
「あああっ!」
途端にルイは、頭を抱えて座り込んだ。
馬鹿だ……本当に、こいつは馬鹿だと、ウェダーは見捨ててしまいたいが、ルイ一人では結界の中に入れない。
もう、ここに放置していい気がすると思っていたが。
「なら、俺たちがここに建てればいいだろ!」
「おおーっ!」
素晴らしい脳筋だと、ウェダーは痛むこめかみを指で抑えた。
そのままウェダー一人、急ぎ足で長の元に戻り建設の許可を得る。
長は、腹を抱えて笑っていた。
その足で急いでシャーリーの元に走る。
自分にだけわかる彼女の匂い。
実家ではなく、アネッサの元にいるらしい。
ついでとばかりに、アネッサの家に飛び込むと、泣いて落ち込むアネッサを慰めるシャーリーがいた。
「ウェダー、お帰りなさい」
「ああ、また外にいるバカどもの元に行かなくては……行きたくない」
ポロリとこぼすと、乗っかるようにアネッサも叫んだ。
「私も嫌!夜にあの大きいの男と一緒なんて、舌を噛んで死にたい!」
「なら噛めばいい」
冷たく放つウェダーに、シャーリーは叱った。
「ダメですウェダー!」
「……本人の自由だと思うが」
「どうして、私には優しいのに、他の人に時々冷たいんですか」
そう言われても、仕方ない。答えは決まっている。
「君だけが、大事だからだ」
「他の人にも、優しくして下さい」
「だから、俺は当事者でもないのに、こうやって駆けずり回っている」
「ありがとう」
グスンと鼻をすすったアネッサが、初めてウェダーに礼を告げた。
気位の高いエルフが、ただの人間に礼を言うのだ。
やはり、このアネッサも変わり者の一人なのだとウェダーは感じた。
先程とは違う、優しくゆっくりとウェダーは教えてやる。
「君は怖いのかも知れないが、ルイにとって君に嫌われる事が君以上に怖い。だから、君が嫌がることは二度としないと誓えるよ」
「ほ、本当?」
「あれも、中身は虎ちゃんだ。ちゃんと今度は躾けたんだろ?」
小さく笑ってやると、やっと調子をとり戻したアネッサは笑う。
「そうね、怖がってばかりじゃダメよね」
「今は、君の為に結界を出た泉の近くに、仲間達と家を建てている。出来るだけ、ここに近い場所がいいという配慮だ」
アネッサは一瞬目を見張り、そして横に座るシャーリーの顔を見た。
大丈夫だと無言で頷く親友に力づけられ、アネッサはウェダーに言付けた。
聞き入れたウェダーは、今度はシャーリーを見つめる。
「体の調子は?」
「あっ、えっと……」
「ここで見てもらえなかったのなら、急いでカイザーに乗ってふもとの人の村まで飛ばそう」
「違う、その、あのっ」
なぜか躊躇するシャーリーの背中を、アネッサがバンと叩いた。
「私はもう大丈夫だから、とりあえず二人で話してきなさいよ」
「うん……」
立ち上がったシャーリーが、ソッとウェダーの手を握り、そのまま扉を開けてアネッサの家を出た。
もともとシャーリーの家と同じく、アネッサの家も、仲間達から離れた外れにある。
家を出れば静かで、緑に染まった周囲の空気は澄んでいた。
間違いなくここは、神聖なるエルフの土地である。
「シャーリー、君から手を握ってくれるのが、どれだけ嬉しいかわかるか?」
ふいに聞かれて、シャーリーは立ち止まる。
その手がふいに離れそうになると、今度はウェダーがギュッと軽く握る。
甘い妻にだけ見せる顔で、ウェダーは告げた。
「いつもほら?こうやって、俺からばかりだろ?だから、シャーリーから俺に触れてくれた時は、より幸せを噛み締めているんだ」
その言葉に、シャーリーは頬を桃色に染めて、下を向いた。
少し長めのシャーリーの前髪を、指で梳くってウェダーは今度は、心配そうに尋ねた。
「俺の命、俺の魂。どうか、隠し事はしないでくれ。君の体に何かあったのか?」
その言葉に、小さくビクリと体を震わせたシャーリーは、観念したかのように、ゆっくりと顔をあげた。
目が潤み、唇が小さく震える姿に、ウェダーはゾクリと獣が騒ぎ出す。
だが、必死にいつものごとく抑え込んだ。
ここが、ルイとの差だ。
「私、勘違いしちゃって……あのっ、子供ができたと思ったんです」
「子供?」
驚いたウェダーは、妖艶に魅了する予定だったが、いつもの素顔に戻ってしまう。
だが、シャーリーは気づく事なく、必死に言葉を紡ぐ。
「もしかしてって、少し思い当たる事もあって……」
「ああ、月経が遅れていたな」
「馬鹿ッ!普通に言わないでっ!」
バンバンと胸を叩かれ、苦笑しながらウェダーは答えた。
「ごめんごめん。それで?」
「吐き気は、ただの食あたりでした」
「もう、大丈夫なのか?」
「ちゃんと薬を飲んだんで……それで、止まっていたのが始まってしまって……」
旅人や冒険者であれば、女の体調不順は常識として頭に入っている。
数少ない、女魔法使いなど、月の物によって魔力すら変化してしまうのだから。
市販でも、遅らせる薬や、緩和する食べ物などの知識もある。
ウェダーも、救護知識として当然学んでいた。
「お腹を温めて、横になって休もう、シャーリー」
「こういう知識もあるんですね、誰に教わったんですか?」
おや?とウェダーはシャーリーを見つめた。
だが、泣くのを堪えた顔で、少し睨みつける目が可愛いとしか感じないウェダー。
当人は、特有の感情が不安定で、つい隠していた心に振り回されている。
「ウェダーは、とってもモテるから、他の女性からそういう知識を教わったんですか?」
「どうした?」
「どこのギルドに行っても、新しい町や村でも、女性はみんなウェダーを見ます。私の旦那様なのにっ」
まるで幼子のようだ。
癇癪を起こして、隠れた嫉妬をむき出して、ウェダーを困らせる。
私はなんて未熟なのだと、自分で自分が嫌いになって行く。
きっと彼も呆れたに違いない。
妻にもなって、なんて情けないって……。
その上、私は……。
「もう、ずっと私は妻として夜のお勤めもできていないし。今も月の物が来ちゃったから、当分は我慢させちゃうし。こんなにもったいぶる私なんか、妻失格だよね」
ホロリと涙が出る。
私って、こんなに泣き虫だった?
でも今は、あふれ出る感情で、ウェダーに必死に懇願した。
「ダメな妻だけど、ウェダー捨てないで!もう一人は嫌、本当は抱きしめられると嬉しいの」
無言の夫に、嫌われたのだと思い込んだシャーリーは、泣いて縋りつく。
「ちゃんと体が戻ったら、今度は私から頑張るから!だからっ……」
最後まで言い切る前に、勢いよく引き寄せられたシャーリーは、気づくと熱く唇を奪われていた。
ついばむような甘いものではなく、全てを吸い取る激しさで愛を思い知らされる。
息苦しさに厚い胸を叩いても、優しく手首を掴まれ捕獲される。
舌を絡めとられ、口の中を堪能される二人に、木々の隙間から光が照らす。
「夜以外?」
「夜は、集落の結界外に家を建て、そちらで二人とも過ごしてもらう。そこでは人の形に戻るのも、虎のままなのも好きにしろ。獣人達の意思に従う。こちらからは、以上だ」
「なるほど、わかった」
確かにアネッサにとって、夜だけでも嫌いな男と一緒にいるのは罰になる。
番を引き離す事は出来ない、それを知った上でのエルフの采配だった。
ルイは尻尾をパタンパタンさせて、喜びを表していた。
「では、アネッサ自身への報告は父親に任せるとして、外で待つ獣人達にそれを伝えてくる」
「頼むぞ、シャーリーの番よ」
長に頭を下げて、ウェダーはルイを引き連れて結界の外を目指す。
とっとと終わらせて、急いでシャーリーの元に駆けつけたい。
体調はどうだろうか?
戻ったら医者に連れて行かなければ。
エルフ達に治療できないなら、町まで愛馬で駆けてそれで……。
考え事をしているうちに歪みに辿り着く。
停止したルイの背に、ウェダーは告げた。
「入るのは特殊な方法が必要だが、出るのは簡単らしい。行くぞ」
足を踏み出すと、一瞬の眩暈と共に世界が変わる。
外に出た途端に、待ち受けていたルイの仲間達に取り囲まれた。
「ご苦労な事だな。ずっと待機していたのか」
獣人にとっては、野営など造作もない事だったに違いない。
だが嫌味を込めて告げてやった。
わざわざ、他種族との揉め事の種を持ち込んで、と。
ムッとした男たちだが、現れた虎のルイに駆け寄った。
「おいルイ!どうなった?番は?」
「ガゥガゥア!」
虎のまま答えようとしたルイを、白い目で見つめたウェダー。
「人に戻って、とっとと説明してやれ」
「ガゥ(そうだな)」
途端に、光を纏って人に戻ったルイが、先ほど決まった結果を皆に伝えた。
こちらも反応が様々だった。
「おい。それでいいのか?」
「しかし、排他的なエルフの番の側にいるには、それしかないのかも」
「こちらの長にどう伝えるんだルイ。お前が次の跡取りだろうが」
あーだこうだと、静かな湖畔にうるさい男たちの声が響く。
無駄な時間だと、早く戻りたくてイライラしているウェダーは、いい加減にしろと怒鳴る寸前で、人に戻ったルイが仲間達に宣言した。
「俺は決めた。俺の愛しいアネッサの元に居られるなら、虎でも猫でもいい」
「お前の親父さんに、どう伝えるんだ!」
「弟がいるだろ。あいつに跡を継がせたらいいんだよ」
もう幸せは確定したとばかりに、喜び勇むルイは、他の言葉など聞き入れない。
ガクリと肩を落とした仲間達は、これで良かったんだと慰め合った。
「これで、なんとかお前たちとエルフの対立は阻止されたな」
やれやれだと、肩を揉むウェダーは首をコキコキと鳴らす。
まったく、ただ里帰りさせただけで、余計な事に巻き込まれて迷惑だった。
予定では、感動したシャーリーと、より濃密な夜を過ごせていたはずなのに……。
なのに現実は、獣人とのトラブルに時間をとられ、あげく愛しいシャーリーは神聖なる空気に影響されて、発情できなくなっている。
そのうえ、あの吐き気はもしかしたら……。
「おい。最近は、他種族間での婚姻が増えているのは、番認定される確率が上がったからか?」
ウェダーが、獣人達に尋ねてみた。
「ああ、昔より交流が増えたせいでな。以前より、番が見つかる率が早まったのはいいが、いい事ばかりではないな」
「一応、相手種族の意思を尊重するようにしているが、俺たちも番を認識してしまったら最後だ。離れたら気狂いする」
ほぼ番を嗅ぎ分けるのは獣人だけだ。
エルフも人も、その感覚は絶えて久しい。
だからこそ、彼らからの一方的な求愛でトラブルが発生しやすくなっている。
「エルフと番う者も、増えているのか?」
彼らは顔を見合わせ、首を横に振る。
「俺たちの村では、ルイが初めてだ。だが、ないわけではない」
「それで結果は?」
「半々だ。少なくとも、人の世界に紛れたエルフとなら、出会う確率が高い」
確かに、わざわざ番を探しにエルフ達の場所まで近づかないだろう。
余所者も入れぬ結界は、場所によっては攻撃される恐れすらある。
今回のルイは、本当に奇跡だったのだ。
アネッサが、薬草を求めて結界の外にさえ出ていなければ、出会う事すらなかっただろう。
本来のエルフ達は、変わり者や、物好きでもなければ、外になど出ないのだから。
改めてシャーリーの奇跡に感謝する。
彼らいわく、たとえ番から拒絶されても、ただ待つしかないのだという。
「エルフと揉めるのは、俺たちだって避けたい。人ともだ。本来なら、相手側に拒絶され、トラブルの種になると判断された時点で、その村から縁を切られる」
つまり、こちら側とはもう無関係だからと切り捨てるらしい。
「ルイは特別だ。俺たちは友人であり、こいつは未来の長だった。だから、俺たちも追放覚悟で応援に来たんだ」
「ありがとうな、みんな!俺は、幸せになる」
そうだ、絶対に幸せになれ!
お前はいつまでも仲間だ!
などと、彼らは呑気に励まし合って、ルイの幸せを応援してくれた。
当の本人も、得意げに胸を張って告げた。
「なんてったって、夜は人でいられるなら、惚れてもらえるチャンスもあるもんな!」
「勝手に喜んでいる所悪いんだが、あくまで結界の外に家が建つまでは、お前は夜も虎のままだが?」
「あああっ!」
途端にルイは、頭を抱えて座り込んだ。
馬鹿だ……本当に、こいつは馬鹿だと、ウェダーは見捨ててしまいたいが、ルイ一人では結界の中に入れない。
もう、ここに放置していい気がすると思っていたが。
「なら、俺たちがここに建てればいいだろ!」
「おおーっ!」
素晴らしい脳筋だと、ウェダーは痛むこめかみを指で抑えた。
そのままウェダー一人、急ぎ足で長の元に戻り建設の許可を得る。
長は、腹を抱えて笑っていた。
その足で急いでシャーリーの元に走る。
自分にだけわかる彼女の匂い。
実家ではなく、アネッサの元にいるらしい。
ついでとばかりに、アネッサの家に飛び込むと、泣いて落ち込むアネッサを慰めるシャーリーがいた。
「ウェダー、お帰りなさい」
「ああ、また外にいるバカどもの元に行かなくては……行きたくない」
ポロリとこぼすと、乗っかるようにアネッサも叫んだ。
「私も嫌!夜にあの大きいの男と一緒なんて、舌を噛んで死にたい!」
「なら噛めばいい」
冷たく放つウェダーに、シャーリーは叱った。
「ダメですウェダー!」
「……本人の自由だと思うが」
「どうして、私には優しいのに、他の人に時々冷たいんですか」
そう言われても、仕方ない。答えは決まっている。
「君だけが、大事だからだ」
「他の人にも、優しくして下さい」
「だから、俺は当事者でもないのに、こうやって駆けずり回っている」
「ありがとう」
グスンと鼻をすすったアネッサが、初めてウェダーに礼を告げた。
気位の高いエルフが、ただの人間に礼を言うのだ。
やはり、このアネッサも変わり者の一人なのだとウェダーは感じた。
先程とは違う、優しくゆっくりとウェダーは教えてやる。
「君は怖いのかも知れないが、ルイにとって君に嫌われる事が君以上に怖い。だから、君が嫌がることは二度としないと誓えるよ」
「ほ、本当?」
「あれも、中身は虎ちゃんだ。ちゃんと今度は躾けたんだろ?」
小さく笑ってやると、やっと調子をとり戻したアネッサは笑う。
「そうね、怖がってばかりじゃダメよね」
「今は、君の為に結界を出た泉の近くに、仲間達と家を建てている。出来るだけ、ここに近い場所がいいという配慮だ」
アネッサは一瞬目を見張り、そして横に座るシャーリーの顔を見た。
大丈夫だと無言で頷く親友に力づけられ、アネッサはウェダーに言付けた。
聞き入れたウェダーは、今度はシャーリーを見つめる。
「体の調子は?」
「あっ、えっと……」
「ここで見てもらえなかったのなら、急いでカイザーに乗ってふもとの人の村まで飛ばそう」
「違う、その、あのっ」
なぜか躊躇するシャーリーの背中を、アネッサがバンと叩いた。
「私はもう大丈夫だから、とりあえず二人で話してきなさいよ」
「うん……」
立ち上がったシャーリーが、ソッとウェダーの手を握り、そのまま扉を開けてアネッサの家を出た。
もともとシャーリーの家と同じく、アネッサの家も、仲間達から離れた外れにある。
家を出れば静かで、緑に染まった周囲の空気は澄んでいた。
間違いなくここは、神聖なるエルフの土地である。
「シャーリー、君から手を握ってくれるのが、どれだけ嬉しいかわかるか?」
ふいに聞かれて、シャーリーは立ち止まる。
その手がふいに離れそうになると、今度はウェダーがギュッと軽く握る。
甘い妻にだけ見せる顔で、ウェダーは告げた。
「いつもほら?こうやって、俺からばかりだろ?だから、シャーリーから俺に触れてくれた時は、より幸せを噛み締めているんだ」
その言葉に、シャーリーは頬を桃色に染めて、下を向いた。
少し長めのシャーリーの前髪を、指で梳くってウェダーは今度は、心配そうに尋ねた。
「俺の命、俺の魂。どうか、隠し事はしないでくれ。君の体に何かあったのか?」
その言葉に、小さくビクリと体を震わせたシャーリーは、観念したかのように、ゆっくりと顔をあげた。
目が潤み、唇が小さく震える姿に、ウェダーはゾクリと獣が騒ぎ出す。
だが、必死にいつものごとく抑え込んだ。
ここが、ルイとの差だ。
「私、勘違いしちゃって……あのっ、子供ができたと思ったんです」
「子供?」
驚いたウェダーは、妖艶に魅了する予定だったが、いつもの素顔に戻ってしまう。
だが、シャーリーは気づく事なく、必死に言葉を紡ぐ。
「もしかしてって、少し思い当たる事もあって……」
「ああ、月経が遅れていたな」
「馬鹿ッ!普通に言わないでっ!」
バンバンと胸を叩かれ、苦笑しながらウェダーは答えた。
「ごめんごめん。それで?」
「吐き気は、ただの食あたりでした」
「もう、大丈夫なのか?」
「ちゃんと薬を飲んだんで……それで、止まっていたのが始まってしまって……」
旅人や冒険者であれば、女の体調不順は常識として頭に入っている。
数少ない、女魔法使いなど、月の物によって魔力すら変化してしまうのだから。
市販でも、遅らせる薬や、緩和する食べ物などの知識もある。
ウェダーも、救護知識として当然学んでいた。
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「こういう知識もあるんですね、誰に教わったんですか?」
おや?とウェダーはシャーリーを見つめた。
だが、泣くのを堪えた顔で、少し睨みつける目が可愛いとしか感じないウェダー。
当人は、特有の感情が不安定で、つい隠していた心に振り回されている。
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「どうした?」
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癇癪を起こして、隠れた嫉妬をむき出して、ウェダーを困らせる。
私はなんて未熟なのだと、自分で自分が嫌いになって行く。
きっと彼も呆れたに違いない。
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「ダメな妻だけど、ウェダー捨てないで!もう一人は嫌、本当は抱きしめられると嬉しいの」
無言の夫に、嫌われたのだと思い込んだシャーリーは、泣いて縋りつく。
「ちゃんと体が戻ったら、今度は私から頑張るから!だからっ……」
最後まで言い切る前に、勢いよく引き寄せられたシャーリーは、気づくと熱く唇を奪われていた。
ついばむような甘いものではなく、全てを吸い取る激しさで愛を思い知らされる。
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それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。
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人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。
「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
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