こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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「今日は一日、シャーリーと離れた時間が長すぎて辛かった」

「お疲れ様ですウェダー」



 夕食を提供しつつ、にこにことシャーリーが労ってくれた。

 どうもウェダーがルイと対峙している間、シャーリーはアネッサ宅と往復して、実家での作業も色々と済ませていたらしい。



「俺の嫁が素晴らしすぎる」



 早速、燻製にした肉のステーキを噛み締めて、幸せを堪能するウェダーに、妻のエルフは大げさだと笑う。

 エルフの生活魔法で栽培された、新鮮な野菜サラダに、飼育している鶏のゆで卵も添えて、素朴ながら栄養満点な食事にウェダーは大満足だ。



「もし家事スキルが数値化されていたら、君はSランクだ」

「ふふっ、雑用には慣れてるんです。そう言ってくれると嬉しいです」



 いつも冒険では戦闘では役立たずの足手まとい扱いだった。

 少しでも居場所が欲しくて、必死で雑務や野戦料理に励んだのだ。

 だから、パーティーを追い出される時も、中には食事にだけ来てくれないか?という誘いがあった。

 流石にそれは情けないので、お断りさせてもらったが。



「さて、腹も満ちたし、今度こそシャーリーを……」

「お疲れ様でした。シャワーを浴びて来てください」

「ああ、一緒に入ろう」

「すいません。昼間にアネッサ宅で済ませてしまいました。燻製の煙の臭いが染み付いちゃって」



 テヘヘと天然でウェダーの誘いを躱し、ガクリとウェダーは一人シャワーを浴びた。

 だが、いい加減お預けも長く、悶々とする男の欲望を必死で押さえつける。



「落ち着け、ウェダー・ウェールズ。お前がここで獣になれば、あの虎の二の舞だ」



 ぶつぶつと言い聞かせ、なんとか哀れな虎男を思い出し、興奮を抑え込むことに成功した。

 これが、どれ程の労力と忍耐が必要だったかなど、シャーリーは知る由もない。

 ある意味、冷たいシャワーしか出なくて幸いだったかもと思いつつ、新しく用意されたシャツを羽織る。

 冷たい水のお陰で、火照る欲望が少しは落ち着いた。



 シャーリーは確かに冒険者としての才能は低い。

 たとえ魔法が少し扱えるようになったとしても、それ以上に彼女は優しすぎるのだ。

 躊躇すれば死ぬ冒険の世界で、彼女の優しさは弱点でもある。

 それでも彼女が冒険者でありたいと望む限り、ただ願いを叶えるために共に冒険をこなすつもりではあるが。



「だが、万が一の事を考えて、定住の地を確保しておくのもいいと思うんだが」



 ずっとそれを考えていた。

 冒険に出るのが嫌なのではなく、帰る場所を作ってやりたい。

 ただ、それだけだ。



「どうも、エルフ達のいるここに住むのは、居心地が悪そうだ」



 彼らの生活や価値観、文化は尊重するが……馴染めるかと言われれば無理そうだ。

 その夜、シャーリーを膝に乗せ抱きしめながら、指で髪をすいてやる。



「本当に、抱っこだけですよ」

「ああ……わかってる。俺も番には、二度と嫌われたくない」

「少しは過去の反省があったみたいで良かったです」

「うっ」



 痛い所を突かれたウェダーの動きが止まると、クスクスと胸の中のシャーリーが笑った。



「もういいんです。だって、私も好きになっちゃったから。それより、あの二人が仲良くなるといいですね」

「虎のままでも幸せそうだし、二人の仲は二人に任せるのが一番だ」

「ですね。でも、明日の長がどう答えるかが心配です。うちの集落って堅苦しくて、色々と細かい決まりも多いから」

「例えば?」



 再び、シャーリーの髪をもて遊びながら、その頭に鼻を埋めた。

 逃げないように、だが怖がらせないように、絶妙な力加減で、エルフの細い腰に腕を回して抱いている。

 本当は指をそのまま太ももに沿わせ、そのまま指先をよく濡れるあの場所に……と、妄想と煩悩を振り切るために、シャーリーの話に集中する。



「うちの集落だと、満月の夜は大樹に祈りを捧げるために、畑仕事も家畜への魔法も禁止です。あと雨の日は一切の労働禁止とか、火の曜日には、水を三杯は飲むとか……意味わかんない」



 その言い方が可愛くて、ついウェダーは噴き出してしまう。



「ここで育ったエルフの君が、わからない?」

「だって、古い迷信とか呪いを、そのまま続けてるだけで、古すぎて意味なんかないのも多いと思います」



 エルフの頭はガチガチに固くて、ともかく意味など考えずに従うのが正しいという思考らしい。

 先祖を大切にする種族の中でも、特にエルフは自然を神格化している。



「うちだと大樹だけど、他の場所では色々なものがあります」

「凄くためになる」



 そのまま、こっそり胸元に手を這わせたら、即座にパチンと叩かれた。



「ウェダー……」

「すまん、つい美味しそうで。というか、シャーリー……好きな女と密着して興奮しない男などいない」

「アネッサと虎ちゃんの事で、今は頭が一杯で……」



 言葉の途中で急に止まったシャーリーは、口元に手を当てた。



「ウェダー……うっぷ、離して」

「えっ?おいっ!どうした!」



 いつも元気なシャーリーが弱った?と、一瞬頭が真っ白になったウェダーだが、体を自由にしてやると、ピョンと元気に駆け出していく。

 急いで追いかけると、洗面所に入りシャーリーは吐いていた。



 こういう時は、どうするんだ?

 確か救護訓練で、いやエルフに効果あるのか?

 落ち着け、ともかく口をゆすぐ水だ。



 ドフがいたら、あのウェダーがと大爆笑したであろう狼狽を見せつつ、ウェダーは急いで水をコップに入れてきた。



「大丈夫か?息は?痛みは?医者はどこだ!」

「ゲホッ……落ち着いてウェダー。最近、ちょっと胃がムカムカしてただけだから」

「どうして早く言わないんだ!」



 初めて番を怒鳴りつけると、シャーリーは大きく体を跳ね、涙目で告げた。



「な、なんとなく……原因はわかってるから」

「原因だと?なんだ、それは!」

「おっ、落ち着いて、お水飲んで」



 シャーリーの為にと運んだ水を手渡され、勢いでウェダーは一気に飲み干した。

 そして、気づく。



「ぷはっ……っと、俺じゃない。いや、俺だ落ち着くのは」

「ちゃんと明日にでも、原因を確認するし、別に病気じゃないから」

「いや、今すぐだシャーリー。ともかく、早くしないと……」



 騒ぎ立てるウェダーにキレたシャーリーが、ウェダーの頬を叩いた。



「だから、うるさいっ!私の事を信じて、明日まで待って!」

「……はい」



 やっと大人しくなったウェダーに背を向けて寝室に向かう。

 昨夜も寝た両親の寝室に入るなり、ウェダーをドンと廊下に突き出して、扉は目の前で勢いよく閉まった。

 目を白黒させたウェダーだが、番の機嫌をそこねた事だけは確実で、ともかくその場で座り込む。



「命に、本当に別状はないよな……シャーリー」



 クシャリと自らの銀の髪を掴み、そのままウェダーは扉の番人として、またもや徹夜を過ごす。

 少しでも物音がする度に、部屋の中の音に耳を澄ませ、何度も寝息に安堵する。

 そして、長い夜が明けて朝を迎えると、シャーリーは廊下で壁にもたれて座り込むウェダーに驚いた。



「ええっ、もしかして一晩ここで?」

「君が心配なんだシャーリー」



 流石に精神的な疲労がひどいウェダーの声に、はぁとシャーリーはため息をついた。

 その後のシャーリーの動きは速かった。

 流石は伊達に妻になったのではないとばかりに、ウェダーの過保護を先取りして、とっとと朝食を食べさせた後に叩き出す。



「これとこれは、アネッサとちゃんとルイさんにも分けてあげて下さいね。その後、長の所に私も行くと思うので、真面目に二人の為に助けてあげて下さいね」

「わかった……あの、行ってきますのキスを……」



 最後まで言い終わらぬうちに、照れた妻がサッとウェダーの頬にキスをした。

 顔をほんのり赤くした初々しい仕草で、小さく告げる。



「あっ、その、気持ちいいのは恥ずかしいけど、別にするのが嫌とかじゃなくて……。故郷のこの森では、そんな気になれないというか」

「はやく、この集落を出よう」

「そうじゃなくって……」



 シャーリーはあらためて、ウェダーを見て微笑んだ。



「大好きウェダー。いってらっしゃい」



 玄関は閉じられ、ウェダーは優しい気持ちに満たされつつ、荷物を持ってアネッサの家に向かう。

 途中で出会うエルフ達は、挨拶こそすれど、好意的な態度ではない。

 ただ、客人として一歩置かれている感じはぬぐえない。



「仕方ない。よそ者なのは事実だ」



 とっとと終わらせて、外に出たい。

 今は、頭の中がそれだけだ。



 辿り着いたアネッサの家の玄関を叩くと、虎が飛び出してきた。



「ガァァッ!」

「おいこら、飯だ。大人しくしてたか?」



 サッと前に突き出した籠を、虎は咥えて、尻尾を振りつつアネッサの元に急ぐ。

 その後ろを、ウェダーは悠々と追った。



 扉は開け放たれており、既に着替えたらしきアネッサが椅子に座っていた。



「おはようアネッサ。体はどうだ?」

「うん!シャーリーから貰ったシップと、穴に塗る薬が効いて……」

「いやいい、わかった。まあ養生してくれ」



 こんな女でいいのか?みてくれは確かにエルフらしく、陶器の芸術品のごとく美少女ではあるのだが。

 いかんせん感覚についていけないウェダーは、何度も自分のエルフの尊さを心の中で絶賛した。

 そして、こちらにも自らの番にメロメロの虎のルイが、甲斐甲斐しく虎のままに、色々な物を運んで給仕している。



「虎にしては便利だな」



 ウェダーの独り言に、アネッサは自慢した。



「うちの虎ちゃんは賢いのよ」

「良かったなルイ、おめでとう。相思相愛だ」

「ガオン!」



 喜びの返事をするが、これはこれでアリなのか?

 ウェダーに判断がつくはずもなく、食事を終えた後に、ルイのみを連れて長の家に向かう。

 笑顔で、餌付けされちゃダメよと言いつけられたルイは、より元気に返事した。

 たしかに、今のままならボリュームのあるモフモフもどきだ。

 だがアネッサの気配が遠くなると、本性を現す。



「ググゥ」

「文句言うな、けじめは必要なんだ。さっき会ったエルフに言付けを頼んである。とっとと長に会うぞ」



 今朝、出会ったエルフは約束を守ってくれたらしい。

 長の家ではなく、集会場に来るようにと、駆けつけたエルフが伝えに来たので、そちらに向かった。

 虎を見てエルフ達は顔色を変える。

 女たちは家に逃げ込み、男たちは険しい顔だ。

 中には、数少ない子供が指を指すが、途端に親が叱りつけて逃げていく。



 辿り着いた集会場に入ると、長や何人ものエルフの男たちが待ち構えていた。



「その虎は暴れないか?」

「番の言いつけは必ず守るし、万が一は俺が再度ねじ伏せる」



 その言葉に、エルフの男たちはざわついた。



「たかが人がか?流石に、獣の血を引いていたとしても……」

「既に昨日、勝負してこいつを負かしている。だからこいつは、ここにいる」



 疑いの目は、おおっ!というどよめきと共に感心の言葉が各自から漏れた。

 不愉快そうなのはルイだが、事前に耐えろと言い聞かせたお陰で、小さく唸るだけで我慢して座っている。

 場がある程度静まった所で、長が切り出した。



「それで答えは出たのか?」



 ウェダーは、アネッサの虎のままの願いと、側に居られるならそれでいいというルイの答えを伝えた。

 だが、長の答えは芳しいものではなかった。



「……守護をするとなると、あちら側はそれでいいのか?」

「本人に、次は結界の外で待つ仲間達に話し合いさせます」

「一方的に虎のままで、他の獣人が納得するかどうか」



 確かに番至上主義とはいえ、獣人はただの獣ではなく人と同じ心もあるはずだ。

 どうとらえるかは未知数で、本人たちがそれでいいと納得してくれるかはわからない。



 話し合いの場に、アネッサの父が静かに現れた。

 ウェダーは少し警戒するが、ルイはわかっているのだろう。

 静かに頭を項垂れて、四つん這いで伏せたままだ。



「その虎が、私の娘を襲った虎か?」

「そうだ」



 ウェダーが答えると、父親は憎々しげに睨む。

 そしてルイに近づくなり、思い切り頭を蹴りつけた。



「耐えろルイ!番の父だ!」

「グゥルル」



 ガツガツと音が鳴る間、ルイは衝撃に耐えた。

 所詮は筋力のないエルフの蹴りだが、頭だけでなく柔らかい首元や胴体など、何度も何度も蹴りつけられる。

 怒りのあまりだろうが、蹴りの勢いは激しいものの、父の表情は冷たいエルフの美貌のままだった。



 荒れた息を整えながら、やっとアネッサの父の攻撃がやむと、顔を伏せて防御していたルイが短く鳴いた。



「グァ……」

「いいから、弱ったフリをしておけ」



 小声で吐き捨てたウェダーには、まるで虎の言葉が理解できているようだ。

 いや、実際にはなんとなくだが理解はできていたのだ。

 ウェアキャットの時もそうだが、ウェダーは特定の動物の言葉や感情がなんとなく掴めていた。

 それも、彼の古き獣の血のお陰なのだが、人として生きるウェダーは、その能力を一切悟られぬようにしている。



「これで気が済んだ。だが、娘は別だ」

「それについて、娘から提案があったそうだ」



 長が、先程のアネッサによる、ルイを虎として護衛させるという案を告げた。

 この内容については、ここにいるエルフ達の反応も様々だ。

 聞き終えた父が、大きくため息をついた。

 表情に心なしか、疲れが見えるのは気のせいかと、ウェダーは感じた。



 まあ、あの娘の父親なのだから、大変なのは確かだろう。

 だが、彼は父でもあるがエルフでもある。

 誇り高いエルフとして、自らの娘の罪をなかった事にはしなかった。



「たかだか獣人が罪を償うのだ。我が娘も無罪放免とはいかない」



 その言葉に、ただ盲愛するのではないとウェダーは感心した。

 エルフ達が集まり、話し合いが始まる。

 ウェダーとルイは蚊帳の外で、ただ待つばかり。



 飽きたのか動き出そうとするルイの尻尾を、ウェダーは踏んだ。



「ギャン!(痛い)」

「いいから大人しくしていろ」

「グゥゥウ、ガウ(お前、何する)」

「俺だって、好きで付き合ってるんじゃない。全ては番の為だ」



 番の言葉に、ルイは仕方ないとばかりに、再び伏せて踏まれた尻尾を舐め始めた。

 やがて、答えが出たようだ。

 長から二人に伝えられた。

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