33 / 36
33
しおりを挟む
「今日は一日、シャーリーと離れた時間が長すぎて辛かった」
「お疲れ様ですウェダー」
夕食を提供しつつ、にこにことシャーリーが労ってくれた。
どうもウェダーがルイと対峙している間、シャーリーはアネッサ宅と往復して、実家での作業も色々と済ませていたらしい。
「俺の嫁が素晴らしすぎる」
早速、燻製にした肉のステーキを噛み締めて、幸せを堪能するウェダーに、妻のエルフは大げさだと笑う。
エルフの生活魔法で栽培された、新鮮な野菜サラダに、飼育している鶏のゆで卵も添えて、素朴ながら栄養満点な食事にウェダーは大満足だ。
「もし家事スキルが数値化されていたら、君はSランクだ」
「ふふっ、雑用には慣れてるんです。そう言ってくれると嬉しいです」
いつも冒険では戦闘では役立たずの足手まとい扱いだった。
少しでも居場所が欲しくて、必死で雑務や野戦料理に励んだのだ。
だから、パーティーを追い出される時も、中には食事にだけ来てくれないか?という誘いがあった。
流石にそれは情けないので、お断りさせてもらったが。
「さて、腹も満ちたし、今度こそシャーリーを……」
「お疲れ様でした。シャワーを浴びて来てください」
「ああ、一緒に入ろう」
「すいません。昼間にアネッサ宅で済ませてしまいました。燻製の煙の臭いが染み付いちゃって」
テヘヘと天然でウェダーの誘いを躱し、ガクリとウェダーは一人シャワーを浴びた。
だが、いい加減お預けも長く、悶々とする男の欲望を必死で押さえつける。
「落ち着け、ウェダー・ウェールズ。お前がここで獣になれば、あの虎の二の舞だ」
ぶつぶつと言い聞かせ、なんとか哀れな虎男を思い出し、興奮を抑え込むことに成功した。
これが、どれ程の労力と忍耐が必要だったかなど、シャーリーは知る由もない。
ある意味、冷たいシャワーしか出なくて幸いだったかもと思いつつ、新しく用意されたシャツを羽織る。
冷たい水のお陰で、火照る欲望が少しは落ち着いた。
シャーリーは確かに冒険者としての才能は低い。
たとえ魔法が少し扱えるようになったとしても、それ以上に彼女は優しすぎるのだ。
躊躇すれば死ぬ冒険の世界で、彼女の優しさは弱点でもある。
それでも彼女が冒険者でありたいと望む限り、ただ願いを叶えるために共に冒険をこなすつもりではあるが。
「だが、万が一の事を考えて、定住の地を確保しておくのもいいと思うんだが」
ずっとそれを考えていた。
冒険に出るのが嫌なのではなく、帰る場所を作ってやりたい。
ただ、それだけだ。
「どうも、エルフ達のいるここに住むのは、居心地が悪そうだ」
彼らの生活や価値観、文化は尊重するが……馴染めるかと言われれば無理そうだ。
その夜、シャーリーを膝に乗せ抱きしめながら、指で髪をすいてやる。
「本当に、抱っこだけですよ」
「ああ……わかってる。俺も番には、二度と嫌われたくない」
「少しは過去の反省があったみたいで良かったです」
「うっ」
痛い所を突かれたウェダーの動きが止まると、クスクスと胸の中のシャーリーが笑った。
「もういいんです。だって、私も好きになっちゃったから。それより、あの二人が仲良くなるといいですね」
「虎のままでも幸せそうだし、二人の仲は二人に任せるのが一番だ」
「ですね。でも、明日の長がどう答えるかが心配です。うちの集落って堅苦しくて、色々と細かい決まりも多いから」
「例えば?」
再び、シャーリーの髪をもて遊びながら、その頭に鼻を埋めた。
逃げないように、だが怖がらせないように、絶妙な力加減で、エルフの細い腰に腕を回して抱いている。
本当は指をそのまま太ももに沿わせ、そのまま指先をよく濡れるあの場所に……と、妄想と煩悩を振り切るために、シャーリーの話に集中する。
「うちの集落だと、満月の夜は大樹に祈りを捧げるために、畑仕事も家畜への魔法も禁止です。あと雨の日は一切の労働禁止とか、火の曜日には、水を三杯は飲むとか……意味わかんない」
その言い方が可愛くて、ついウェダーは噴き出してしまう。
「ここで育ったエルフの君が、わからない?」
「だって、古い迷信とか呪いを、そのまま続けてるだけで、古すぎて意味なんかないのも多いと思います」
エルフの頭はガチガチに固くて、ともかく意味など考えずに従うのが正しいという思考らしい。
先祖を大切にする種族の中でも、特にエルフは自然を神格化している。
「うちだと大樹だけど、他の場所では色々なものがあります」
「凄くためになる」
そのまま、こっそり胸元に手を這わせたら、即座にパチンと叩かれた。
「ウェダー……」
「すまん、つい美味しそうで。というか、シャーリー……好きな女と密着して興奮しない男などいない」
「アネッサと虎ちゃんの事で、今は頭が一杯で……」
言葉の途中で急に止まったシャーリーは、口元に手を当てた。
「ウェダー……うっぷ、離して」
「えっ?おいっ!どうした!」
いつも元気なシャーリーが弱った?と、一瞬頭が真っ白になったウェダーだが、体を自由にしてやると、ピョンと元気に駆け出していく。
急いで追いかけると、洗面所に入りシャーリーは吐いていた。
こういう時は、どうするんだ?
確か救護訓練で、いやエルフに効果あるのか?
落ち着け、ともかく口をゆすぐ水だ。
ドフがいたら、あのウェダーがと大爆笑したであろう狼狽を見せつつ、ウェダーは急いで水をコップに入れてきた。
「大丈夫か?息は?痛みは?医者はどこだ!」
「ゲホッ……落ち着いてウェダー。最近、ちょっと胃がムカムカしてただけだから」
「どうして早く言わないんだ!」
初めて番を怒鳴りつけると、シャーリーは大きく体を跳ね、涙目で告げた。
「な、なんとなく……原因はわかってるから」
「原因だと?なんだ、それは!」
「おっ、落ち着いて、お水飲んで」
シャーリーの為にと運んだ水を手渡され、勢いでウェダーは一気に飲み干した。
そして、気づく。
「ぷはっ……っと、俺じゃない。いや、俺だ落ち着くのは」
「ちゃんと明日にでも、原因を確認するし、別に病気じゃないから」
「いや、今すぐだシャーリー。ともかく、早くしないと……」
騒ぎ立てるウェダーにキレたシャーリーが、ウェダーの頬を叩いた。
「だから、うるさいっ!私の事を信じて、明日まで待って!」
「……はい」
やっと大人しくなったウェダーに背を向けて寝室に向かう。
昨夜も寝た両親の寝室に入るなり、ウェダーをドンと廊下に突き出して、扉は目の前で勢いよく閉まった。
目を白黒させたウェダーだが、番の機嫌をそこねた事だけは確実で、ともかくその場で座り込む。
「命に、本当に別状はないよな……シャーリー」
クシャリと自らの銀の髪を掴み、そのままウェダーは扉の番人として、またもや徹夜を過ごす。
少しでも物音がする度に、部屋の中の音に耳を澄ませ、何度も寝息に安堵する。
そして、長い夜が明けて朝を迎えると、シャーリーは廊下で壁にもたれて座り込むウェダーに驚いた。
「ええっ、もしかして一晩ここで?」
「君が心配なんだシャーリー」
流石に精神的な疲労がひどいウェダーの声に、はぁとシャーリーはため息をついた。
その後のシャーリーの動きは速かった。
流石は伊達に妻になったのではないとばかりに、ウェダーの過保護を先取りして、とっとと朝食を食べさせた後に叩き出す。
「これとこれは、アネッサとちゃんとルイさんにも分けてあげて下さいね。その後、長の所に私も行くと思うので、真面目に二人の為に助けてあげて下さいね」
「わかった……あの、行ってきますのキスを……」
最後まで言い終わらぬうちに、照れた妻がサッとウェダーの頬にキスをした。
顔をほんのり赤くした初々しい仕草で、小さく告げる。
「あっ、その、気持ちいいのは恥ずかしいけど、別にするのが嫌とかじゃなくて……。故郷のこの森では、そんな気になれないというか」
「はやく、この集落を出よう」
「そうじゃなくって……」
シャーリーはあらためて、ウェダーを見て微笑んだ。
「大好きウェダー。いってらっしゃい」
玄関は閉じられ、ウェダーは優しい気持ちに満たされつつ、荷物を持ってアネッサの家に向かう。
途中で出会うエルフ達は、挨拶こそすれど、好意的な態度ではない。
ただ、客人として一歩置かれている感じはぬぐえない。
「仕方ない。よそ者なのは事実だ」
とっとと終わらせて、外に出たい。
今は、頭の中がそれだけだ。
辿り着いたアネッサの家の玄関を叩くと、虎が飛び出してきた。
「ガァァッ!」
「おいこら、飯だ。大人しくしてたか?」
サッと前に突き出した籠を、虎は咥えて、尻尾を振りつつアネッサの元に急ぐ。
その後ろを、ウェダーは悠々と追った。
扉は開け放たれており、既に着替えたらしきアネッサが椅子に座っていた。
「おはようアネッサ。体はどうだ?」
「うん!シャーリーから貰ったシップと、穴に塗る薬が効いて……」
「いやいい、わかった。まあ養生してくれ」
こんな女でいいのか?みてくれは確かにエルフらしく、陶器の芸術品のごとく美少女ではあるのだが。
いかんせん感覚についていけないウェダーは、何度も自分のエルフの尊さを心の中で絶賛した。
そして、こちらにも自らの番にメロメロの虎のルイが、甲斐甲斐しく虎のままに、色々な物を運んで給仕している。
「虎にしては便利だな」
ウェダーの独り言に、アネッサは自慢した。
「うちの虎ちゃんは賢いのよ」
「良かったなルイ、おめでとう。相思相愛だ」
「ガオン!」
喜びの返事をするが、これはこれでアリなのか?
ウェダーに判断がつくはずもなく、食事を終えた後に、ルイのみを連れて長の家に向かう。
笑顔で、餌付けされちゃダメよと言いつけられたルイは、より元気に返事した。
たしかに、今のままならボリュームのあるモフモフもどきだ。
だがアネッサの気配が遠くなると、本性を現す。
「ググゥ」
「文句言うな、けじめは必要なんだ。さっき会ったエルフに言付けを頼んである。とっとと長に会うぞ」
今朝、出会ったエルフは約束を守ってくれたらしい。
長の家ではなく、集会場に来るようにと、駆けつけたエルフが伝えに来たので、そちらに向かった。
虎を見てエルフ達は顔色を変える。
女たちは家に逃げ込み、男たちは険しい顔だ。
中には、数少ない子供が指を指すが、途端に親が叱りつけて逃げていく。
辿り着いた集会場に入ると、長や何人ものエルフの男たちが待ち構えていた。
「その虎は暴れないか?」
「番の言いつけは必ず守るし、万が一は俺が再度ねじ伏せる」
その言葉に、エルフの男たちはざわついた。
「たかが人がか?流石に、獣の血を引いていたとしても……」
「既に昨日、勝負してこいつを負かしている。だからこいつは、ここにいる」
疑いの目は、おおっ!というどよめきと共に感心の言葉が各自から漏れた。
不愉快そうなのはルイだが、事前に耐えろと言い聞かせたお陰で、小さく唸るだけで我慢して座っている。
場がある程度静まった所で、長が切り出した。
「それで答えは出たのか?」
ウェダーは、アネッサの虎のままの願いと、側に居られるならそれでいいというルイの答えを伝えた。
だが、長の答えは芳しいものではなかった。
「……守護をするとなると、あちら側はそれでいいのか?」
「本人に、次は結界の外で待つ仲間達に話し合いさせます」
「一方的に虎のままで、他の獣人が納得するかどうか」
確かに番至上主義とはいえ、獣人はただの獣ではなく人と同じ心もあるはずだ。
どうとらえるかは未知数で、本人たちがそれでいいと納得してくれるかはわからない。
話し合いの場に、アネッサの父が静かに現れた。
ウェダーは少し警戒するが、ルイはわかっているのだろう。
静かに頭を項垂れて、四つん這いで伏せたままだ。
「その虎が、私の娘を襲った虎か?」
「そうだ」
ウェダーが答えると、父親は憎々しげに睨む。
そしてルイに近づくなり、思い切り頭を蹴りつけた。
「耐えろルイ!番の父だ!」
「グゥルル」
ガツガツと音が鳴る間、ルイは衝撃に耐えた。
所詮は筋力のないエルフの蹴りだが、頭だけでなく柔らかい首元や胴体など、何度も何度も蹴りつけられる。
怒りのあまりだろうが、蹴りの勢いは激しいものの、父の表情は冷たいエルフの美貌のままだった。
荒れた息を整えながら、やっとアネッサの父の攻撃がやむと、顔を伏せて防御していたルイが短く鳴いた。
「グァ……」
「いいから、弱ったフリをしておけ」
小声で吐き捨てたウェダーには、まるで虎の言葉が理解できているようだ。
いや、実際にはなんとなくだが理解はできていたのだ。
ウェアキャットの時もそうだが、ウェダーは特定の動物の言葉や感情がなんとなく掴めていた。
それも、彼の古き獣の血のお陰なのだが、人として生きるウェダーは、その能力を一切悟られぬようにしている。
「これで気が済んだ。だが、娘は別だ」
「それについて、娘から提案があったそうだ」
長が、先程のアネッサによる、ルイを虎として護衛させるという案を告げた。
この内容については、ここにいるエルフ達の反応も様々だ。
聞き終えた父が、大きくため息をついた。
表情に心なしか、疲れが見えるのは気のせいかと、ウェダーは感じた。
まあ、あの娘の父親なのだから、大変なのは確かだろう。
だが、彼は父でもあるがエルフでもある。
誇り高いエルフとして、自らの娘の罪をなかった事にはしなかった。
「たかだか獣人が罪を償うのだ。我が娘も無罪放免とはいかない」
その言葉に、ただ盲愛するのではないとウェダーは感心した。
エルフ達が集まり、話し合いが始まる。
ウェダーとルイは蚊帳の外で、ただ待つばかり。
飽きたのか動き出そうとするルイの尻尾を、ウェダーは踏んだ。
「ギャン!(痛い)」
「いいから大人しくしていろ」
「グゥゥウ、ガウ(お前、何する)」
「俺だって、好きで付き合ってるんじゃない。全ては番の為だ」
番の言葉に、ルイは仕方ないとばかりに、再び伏せて踏まれた尻尾を舐め始めた。
やがて、答えが出たようだ。
長から二人に伝えられた。
「お疲れ様ですウェダー」
夕食を提供しつつ、にこにことシャーリーが労ってくれた。
どうもウェダーがルイと対峙している間、シャーリーはアネッサ宅と往復して、実家での作業も色々と済ませていたらしい。
「俺の嫁が素晴らしすぎる」
早速、燻製にした肉のステーキを噛み締めて、幸せを堪能するウェダーに、妻のエルフは大げさだと笑う。
エルフの生活魔法で栽培された、新鮮な野菜サラダに、飼育している鶏のゆで卵も添えて、素朴ながら栄養満点な食事にウェダーは大満足だ。
「もし家事スキルが数値化されていたら、君はSランクだ」
「ふふっ、雑用には慣れてるんです。そう言ってくれると嬉しいです」
いつも冒険では戦闘では役立たずの足手まとい扱いだった。
少しでも居場所が欲しくて、必死で雑務や野戦料理に励んだのだ。
だから、パーティーを追い出される時も、中には食事にだけ来てくれないか?という誘いがあった。
流石にそれは情けないので、お断りさせてもらったが。
「さて、腹も満ちたし、今度こそシャーリーを……」
「お疲れ様でした。シャワーを浴びて来てください」
「ああ、一緒に入ろう」
「すいません。昼間にアネッサ宅で済ませてしまいました。燻製の煙の臭いが染み付いちゃって」
テヘヘと天然でウェダーの誘いを躱し、ガクリとウェダーは一人シャワーを浴びた。
だが、いい加減お預けも長く、悶々とする男の欲望を必死で押さえつける。
「落ち着け、ウェダー・ウェールズ。お前がここで獣になれば、あの虎の二の舞だ」
ぶつぶつと言い聞かせ、なんとか哀れな虎男を思い出し、興奮を抑え込むことに成功した。
これが、どれ程の労力と忍耐が必要だったかなど、シャーリーは知る由もない。
ある意味、冷たいシャワーしか出なくて幸いだったかもと思いつつ、新しく用意されたシャツを羽織る。
冷たい水のお陰で、火照る欲望が少しは落ち着いた。
シャーリーは確かに冒険者としての才能は低い。
たとえ魔法が少し扱えるようになったとしても、それ以上に彼女は優しすぎるのだ。
躊躇すれば死ぬ冒険の世界で、彼女の優しさは弱点でもある。
それでも彼女が冒険者でありたいと望む限り、ただ願いを叶えるために共に冒険をこなすつもりではあるが。
「だが、万が一の事を考えて、定住の地を確保しておくのもいいと思うんだが」
ずっとそれを考えていた。
冒険に出るのが嫌なのではなく、帰る場所を作ってやりたい。
ただ、それだけだ。
「どうも、エルフ達のいるここに住むのは、居心地が悪そうだ」
彼らの生活や価値観、文化は尊重するが……馴染めるかと言われれば無理そうだ。
その夜、シャーリーを膝に乗せ抱きしめながら、指で髪をすいてやる。
「本当に、抱っこだけですよ」
「ああ……わかってる。俺も番には、二度と嫌われたくない」
「少しは過去の反省があったみたいで良かったです」
「うっ」
痛い所を突かれたウェダーの動きが止まると、クスクスと胸の中のシャーリーが笑った。
「もういいんです。だって、私も好きになっちゃったから。それより、あの二人が仲良くなるといいですね」
「虎のままでも幸せそうだし、二人の仲は二人に任せるのが一番だ」
「ですね。でも、明日の長がどう答えるかが心配です。うちの集落って堅苦しくて、色々と細かい決まりも多いから」
「例えば?」
再び、シャーリーの髪をもて遊びながら、その頭に鼻を埋めた。
逃げないように、だが怖がらせないように、絶妙な力加減で、エルフの細い腰に腕を回して抱いている。
本当は指をそのまま太ももに沿わせ、そのまま指先をよく濡れるあの場所に……と、妄想と煩悩を振り切るために、シャーリーの話に集中する。
「うちの集落だと、満月の夜は大樹に祈りを捧げるために、畑仕事も家畜への魔法も禁止です。あと雨の日は一切の労働禁止とか、火の曜日には、水を三杯は飲むとか……意味わかんない」
その言い方が可愛くて、ついウェダーは噴き出してしまう。
「ここで育ったエルフの君が、わからない?」
「だって、古い迷信とか呪いを、そのまま続けてるだけで、古すぎて意味なんかないのも多いと思います」
エルフの頭はガチガチに固くて、ともかく意味など考えずに従うのが正しいという思考らしい。
先祖を大切にする種族の中でも、特にエルフは自然を神格化している。
「うちだと大樹だけど、他の場所では色々なものがあります」
「凄くためになる」
そのまま、こっそり胸元に手を這わせたら、即座にパチンと叩かれた。
「ウェダー……」
「すまん、つい美味しそうで。というか、シャーリー……好きな女と密着して興奮しない男などいない」
「アネッサと虎ちゃんの事で、今は頭が一杯で……」
言葉の途中で急に止まったシャーリーは、口元に手を当てた。
「ウェダー……うっぷ、離して」
「えっ?おいっ!どうした!」
いつも元気なシャーリーが弱った?と、一瞬頭が真っ白になったウェダーだが、体を自由にしてやると、ピョンと元気に駆け出していく。
急いで追いかけると、洗面所に入りシャーリーは吐いていた。
こういう時は、どうするんだ?
確か救護訓練で、いやエルフに効果あるのか?
落ち着け、ともかく口をゆすぐ水だ。
ドフがいたら、あのウェダーがと大爆笑したであろう狼狽を見せつつ、ウェダーは急いで水をコップに入れてきた。
「大丈夫か?息は?痛みは?医者はどこだ!」
「ゲホッ……落ち着いてウェダー。最近、ちょっと胃がムカムカしてただけだから」
「どうして早く言わないんだ!」
初めて番を怒鳴りつけると、シャーリーは大きく体を跳ね、涙目で告げた。
「な、なんとなく……原因はわかってるから」
「原因だと?なんだ、それは!」
「おっ、落ち着いて、お水飲んで」
シャーリーの為にと運んだ水を手渡され、勢いでウェダーは一気に飲み干した。
そして、気づく。
「ぷはっ……っと、俺じゃない。いや、俺だ落ち着くのは」
「ちゃんと明日にでも、原因を確認するし、別に病気じゃないから」
「いや、今すぐだシャーリー。ともかく、早くしないと……」
騒ぎ立てるウェダーにキレたシャーリーが、ウェダーの頬を叩いた。
「だから、うるさいっ!私の事を信じて、明日まで待って!」
「……はい」
やっと大人しくなったウェダーに背を向けて寝室に向かう。
昨夜も寝た両親の寝室に入るなり、ウェダーをドンと廊下に突き出して、扉は目の前で勢いよく閉まった。
目を白黒させたウェダーだが、番の機嫌をそこねた事だけは確実で、ともかくその場で座り込む。
「命に、本当に別状はないよな……シャーリー」
クシャリと自らの銀の髪を掴み、そのままウェダーは扉の番人として、またもや徹夜を過ごす。
少しでも物音がする度に、部屋の中の音に耳を澄ませ、何度も寝息に安堵する。
そして、長い夜が明けて朝を迎えると、シャーリーは廊下で壁にもたれて座り込むウェダーに驚いた。
「ええっ、もしかして一晩ここで?」
「君が心配なんだシャーリー」
流石に精神的な疲労がひどいウェダーの声に、はぁとシャーリーはため息をついた。
その後のシャーリーの動きは速かった。
流石は伊達に妻になったのではないとばかりに、ウェダーの過保護を先取りして、とっとと朝食を食べさせた後に叩き出す。
「これとこれは、アネッサとちゃんとルイさんにも分けてあげて下さいね。その後、長の所に私も行くと思うので、真面目に二人の為に助けてあげて下さいね」
「わかった……あの、行ってきますのキスを……」
最後まで言い終わらぬうちに、照れた妻がサッとウェダーの頬にキスをした。
顔をほんのり赤くした初々しい仕草で、小さく告げる。
「あっ、その、気持ちいいのは恥ずかしいけど、別にするのが嫌とかじゃなくて……。故郷のこの森では、そんな気になれないというか」
「はやく、この集落を出よう」
「そうじゃなくって……」
シャーリーはあらためて、ウェダーを見て微笑んだ。
「大好きウェダー。いってらっしゃい」
玄関は閉じられ、ウェダーは優しい気持ちに満たされつつ、荷物を持ってアネッサの家に向かう。
途中で出会うエルフ達は、挨拶こそすれど、好意的な態度ではない。
ただ、客人として一歩置かれている感じはぬぐえない。
「仕方ない。よそ者なのは事実だ」
とっとと終わらせて、外に出たい。
今は、頭の中がそれだけだ。
辿り着いたアネッサの家の玄関を叩くと、虎が飛び出してきた。
「ガァァッ!」
「おいこら、飯だ。大人しくしてたか?」
サッと前に突き出した籠を、虎は咥えて、尻尾を振りつつアネッサの元に急ぐ。
その後ろを、ウェダーは悠々と追った。
扉は開け放たれており、既に着替えたらしきアネッサが椅子に座っていた。
「おはようアネッサ。体はどうだ?」
「うん!シャーリーから貰ったシップと、穴に塗る薬が効いて……」
「いやいい、わかった。まあ養生してくれ」
こんな女でいいのか?みてくれは確かにエルフらしく、陶器の芸術品のごとく美少女ではあるのだが。
いかんせん感覚についていけないウェダーは、何度も自分のエルフの尊さを心の中で絶賛した。
そして、こちらにも自らの番にメロメロの虎のルイが、甲斐甲斐しく虎のままに、色々な物を運んで給仕している。
「虎にしては便利だな」
ウェダーの独り言に、アネッサは自慢した。
「うちの虎ちゃんは賢いのよ」
「良かったなルイ、おめでとう。相思相愛だ」
「ガオン!」
喜びの返事をするが、これはこれでアリなのか?
ウェダーに判断がつくはずもなく、食事を終えた後に、ルイのみを連れて長の家に向かう。
笑顔で、餌付けされちゃダメよと言いつけられたルイは、より元気に返事した。
たしかに、今のままならボリュームのあるモフモフもどきだ。
だがアネッサの気配が遠くなると、本性を現す。
「ググゥ」
「文句言うな、けじめは必要なんだ。さっき会ったエルフに言付けを頼んである。とっとと長に会うぞ」
今朝、出会ったエルフは約束を守ってくれたらしい。
長の家ではなく、集会場に来るようにと、駆けつけたエルフが伝えに来たので、そちらに向かった。
虎を見てエルフ達は顔色を変える。
女たちは家に逃げ込み、男たちは険しい顔だ。
中には、数少ない子供が指を指すが、途端に親が叱りつけて逃げていく。
辿り着いた集会場に入ると、長や何人ものエルフの男たちが待ち構えていた。
「その虎は暴れないか?」
「番の言いつけは必ず守るし、万が一は俺が再度ねじ伏せる」
その言葉に、エルフの男たちはざわついた。
「たかが人がか?流石に、獣の血を引いていたとしても……」
「既に昨日、勝負してこいつを負かしている。だからこいつは、ここにいる」
疑いの目は、おおっ!というどよめきと共に感心の言葉が各自から漏れた。
不愉快そうなのはルイだが、事前に耐えろと言い聞かせたお陰で、小さく唸るだけで我慢して座っている。
場がある程度静まった所で、長が切り出した。
「それで答えは出たのか?」
ウェダーは、アネッサの虎のままの願いと、側に居られるならそれでいいというルイの答えを伝えた。
だが、長の答えは芳しいものではなかった。
「……守護をするとなると、あちら側はそれでいいのか?」
「本人に、次は結界の外で待つ仲間達に話し合いさせます」
「一方的に虎のままで、他の獣人が納得するかどうか」
確かに番至上主義とはいえ、獣人はただの獣ではなく人と同じ心もあるはずだ。
どうとらえるかは未知数で、本人たちがそれでいいと納得してくれるかはわからない。
話し合いの場に、アネッサの父が静かに現れた。
ウェダーは少し警戒するが、ルイはわかっているのだろう。
静かに頭を項垂れて、四つん這いで伏せたままだ。
「その虎が、私の娘を襲った虎か?」
「そうだ」
ウェダーが答えると、父親は憎々しげに睨む。
そしてルイに近づくなり、思い切り頭を蹴りつけた。
「耐えろルイ!番の父だ!」
「グゥルル」
ガツガツと音が鳴る間、ルイは衝撃に耐えた。
所詮は筋力のないエルフの蹴りだが、頭だけでなく柔らかい首元や胴体など、何度も何度も蹴りつけられる。
怒りのあまりだろうが、蹴りの勢いは激しいものの、父の表情は冷たいエルフの美貌のままだった。
荒れた息を整えながら、やっとアネッサの父の攻撃がやむと、顔を伏せて防御していたルイが短く鳴いた。
「グァ……」
「いいから、弱ったフリをしておけ」
小声で吐き捨てたウェダーには、まるで虎の言葉が理解できているようだ。
いや、実際にはなんとなくだが理解はできていたのだ。
ウェアキャットの時もそうだが、ウェダーは特定の動物の言葉や感情がなんとなく掴めていた。
それも、彼の古き獣の血のお陰なのだが、人として生きるウェダーは、その能力を一切悟られぬようにしている。
「これで気が済んだ。だが、娘は別だ」
「それについて、娘から提案があったそうだ」
長が、先程のアネッサによる、ルイを虎として護衛させるという案を告げた。
この内容については、ここにいるエルフ達の反応も様々だ。
聞き終えた父が、大きくため息をついた。
表情に心なしか、疲れが見えるのは気のせいかと、ウェダーは感じた。
まあ、あの娘の父親なのだから、大変なのは確かだろう。
だが、彼は父でもあるがエルフでもある。
誇り高いエルフとして、自らの娘の罪をなかった事にはしなかった。
「たかだか獣人が罪を償うのだ。我が娘も無罪放免とはいかない」
その言葉に、ただ盲愛するのではないとウェダーは感心した。
エルフ達が集まり、話し合いが始まる。
ウェダーとルイは蚊帳の外で、ただ待つばかり。
飽きたのか動き出そうとするルイの尻尾を、ウェダーは踏んだ。
「ギャン!(痛い)」
「いいから大人しくしていろ」
「グゥゥウ、ガウ(お前、何する)」
「俺だって、好きで付き合ってるんじゃない。全ては番の為だ」
番の言葉に、ルイは仕方ないとばかりに、再び伏せて踏まれた尻尾を舐め始めた。
やがて、答えが出たようだ。
長から二人に伝えられた。
13
あなたにおすすめの小説
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています
砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。
「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。
ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。
可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される
よしゆき
恋愛
両親に可愛がられず、甘え方を知らず、愛嬌のない令嬢に育ったアルマ。彼女には可愛らしく愛嬌のある自分とは正反対の腹違いの妹がいた。
父に決められた婚約者と出会い、彼に惹かれていくものの、可愛げのない自分は彼に相応しくないとアルマは思う。婚約者も、アルマよりも妹のリーゼロッテと結婚したいと望むのではないかと考え、身を引こうとするけれど、そうはならなかった話。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える
真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」
王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。
その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。
彼女には、誰にも言えない秘密があった。
それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。
聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。
人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。
「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる