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「夜の月の下で、あの子を抱いて走って逃げた」
「だから逃げるな」
即座につっこまれ、ルイは言葉に詰まる。
無言になった男二人が足を動かし、やっとアネッサの家に辿り着く。
途端に満面の笑みでニコニコとご機嫌になったルイと、不機嫌なウェダーが扉を開けて中に入る。
真っすぐに迷いなく先頭を歩くルイが、アネッサの私室の扉を止める間もなく開けた。
「ただいまーっ!アネッサ、我が番よ!」
「ぎゃあああーっ!」
途端にアネッサの悲鳴が響いた瞬間、グッとウェダーがルイの首根っこを掴んで後ろに引っ張った。
バタンと開いた扉が、反動でしまり、二人は廊下でやり直しとなる。
「なんだよお前!」
「それはこっちのセリフだ!」
突然ご機嫌で乱入するとは思わず、ウェダーは頭を抱えた。
「エルフもなかなかだが、獣人もあんまりだ。いいか、お前はここで待て。まず俺が、中にいる彼女に聞いてくる」
「待て。俺の番に他の男を近づけるわけがないだろうが」
「俺の番も中にいるんだ。お前は己の立場を知れ!」
頭をバシンと叩いて、ウェダーはさっさと一人、扉に入った。
ウェダーの姿を見て、中にいたエルフ二人は、安心したのか立っていた耳を揃えてヘニョリと垂れ下がった。
「すまんな突然。とりあえず当人を連れてきたが、話し合うつもりはあるか?」
「ぜひ、殴らせて下さい」
「ダメよアネッサ。ちゃんと、これからの事を話し合って、ね?」
ウェダーがルイを中に入れると、今度はしおらしく大人しい虎が鼻をならす。
「俺の番から、何か薬臭い……」
「あっ、さっき全身痛むって言うから、特製薬用湿布を貼ったんですよ」
「とっても効くのよ。流石は私の友だわ」
「そうか。ならば俺にとっても友人だ。ありがとう」
「なぜ?」
最後は虎男以外の三人の言葉が重なった。
抗議したげな虎は、アネッサの睨みでトロリと蕩けたような顔にゆるまった。
「俺の番が認めた友は、俺にとっても大事な友だからだ」
近づこうとするルイの前に手を出して制止するウェダーを、ルイは睨みつける。
そして奇妙な面談が始まった。
ベッドの上にアネッサと、横に寄り添うように縁に座るシャーリー。
アネッサ達との間に、大人二人分寝られる空間の先、壁際に並べられた丸椅子に男たちは座った。
その距離にルイは不平を言うが、ウェダーは敗者は言う事を聞けで黙らせた。
なんともいえない空気の中で、シャーリーは困った顔をするが、ウェダーは苦笑いで大丈夫だと目で伝えた。
それとは反対に、睨みつけるアネッサと、懇願する目を向けては顔を俯くルイの対比は、なかなかのものだ。
「体はどうだいアネッサ?」
ウェダーが促すと、アネッサは上半身だけ起こした姿勢で、こちらを向く。
肩を揉みながら、コキコキと首を鳴らした。
「いやぁ、シャーリーの薬と湿布でマシになったけど、やっぱり穴が痛くって……あっ、穴って言うのは」
「いや、もういいわかった」
眉間を揉みながら、ウェダーは気を取り直す。
とりあえず横にいるルイの頭を押さえつけて、無理やり頭を下げさせた。
「とりあえず、虎の成れの果てがコイツだ。間違いないか?」
「暗闇であんまり、顔ってわかんなかったのよね。でも、声がそんな感じだったわ」
「おっ、俺だよ!ルイだ!俺の番!」
「名前なんか名乗ってくんなかったし、私が助けたのは虎ちゃんだけよ」
「だから、俺が虎ちゃんなんだって」
絶望の顔をしたルイを無視して、ウェダーは告げた。
「殴るも蹴るも好きにしたらいい。君になら、何をされても許すだろうし、君には権利がある」
「殴ってやりたかったけど、本体を見てやめておくわ。だって頑丈そうだから、私の手が痛むもの」
「ならこん棒か何か、用意しようか?」
「そうじゃないですウェダー!アネッサも、とりあえず謝罪して欲しいのよね?」
唯一まともな事を言ったシャーリーが、場をとりなした。
ルイ自身は、好きにしろと落ち込むばかり。
その大きな体を小さくさせて、顔を下向けたまま。
そんな大男に、アネッサは鋭い声をかけた。
「どうして交尾したの」
「……我慢できなかった」
「虎の時に弱ってたのは嘘だったの?」
「弱ってた……ずっと、お前を森で待ってたから」
ゆっくりと顔をあげたルイの瞳には、アネッサしか映っていない。
改めて、ルイは心から懇願する。
「すまない……名前すら教えてなかった。お前は俺の魂で命だ。だから離れる事はできない」
「えっ、やだっ」
アネッサは素直に拒絶した。
「ムサイ男がそばにいるなんて、やだぁ」
「ちょっと、もっと言い方が……アネッサ」
「だって、私もともと男が好きじゃないもの」
「そんなぁ~俺っ、どうしたらぁ」
椅子から崩れ落ちたルイを、ウェダーはうるさいと無視をした。
あわあわとするシャーリーに、アネッサは追撃する。
「番だぁ?あっそ、別に獣人の番の意味なんか知ってるけど、私はここから出るつもりはありません」
「なっ、なら、長に頼んで彼をここに置いて貰おうよ。だって番と離れすぎると、彼も死んじゃうし」
シャーリーの必死の提案も、ウェダーが即答で却下した。
「長からは、エルフ達を傷つけようとした獣人は、ここに住まわせないと言ってたが?あくまで今は、特例の話し合いとして、さっき許可を得ただけだ」
「なら、仕方ないわよね。他の人に迷惑かけないでよ虎男」
「るっ……ルイだ!アネッサ!」
「馴れ馴れしく名前を……ひっ!」
手を伸ばそうとしたルイの前に、剣を抜いたウェダーが立ちふさがりアネッサを守る。
ほんの一瞬の出来事に、反射してやってのけたウェダーは低い声で脅す。
「己の立場をわきまえろと言ったな?」
目で殺す勢いで、ウェダーの冷たい声は、死者すら震える恐ろしさだ。
だが、ルイはもういいのだと、食って掛かる。
「殺せ……もう生きていても仕方ない」
「ちょっと、外でしてよ。ここ汚さないで!」
「わかったよ。外で死んでくる……アネッサ、俺の番でごめんな」
ルイは悲しげに瞳の光を消して、静かに立ち上がった。
ウェダーは剣先を喉元に突き付けながら、視線をルイから外さない。
「本当に、殺していいのか?アネッサ」
「んーっ……」
「アネッサ、彼が死んだら、もう虎ちゃんもいなくなるんだよ」
「あっ!それは困る!」
途端に緊迫した空気が解けた。
はぁ?という二人の男相手に、アネッサはあっけらかんと言ってのけた。
ギュッと膝にかけていたシーツを掴み、アネッサが叫ぶ。
「モフモフだけ置いて行きなさいよ!あの虎ちゃんは私のよ!」
「できるか――――っ!!」
アネッサを除く三人の怒鳴り声が大きく轟いた。
こうして話し合いは続き、終わりが見えた頃には既に夕日が落ちて月が昇っていた。
「とりあえず、ルイはこのエルフの集落にいる間は、虎の形態を保つ事。その間は、エルフ達の警備を約束するを条件に、とりあえず長に認めて貰う」
「ううっ……頼む」
「本当に、それでいいんですか?ルイさん」
正座してうなだれるルイを気遣って、シャーリーが声をかけたが、ルイに迷いはなかった。
「たとえ虎のままでも、番と共にいれるなら、それでいい」
「そんな、ずっと虎だなんて……」
「モフモフなら、許すわよ」
なぜか威張るアネッサに、軽く眩暈を感じながらウェダーは長の元に報告に向かうために足を踏み出した。
だが、シャーリーはまだ何か納得がいかないようだ。
「あんまりだよ。ルイさんが可哀そう……せめて、少しはお互いを知り合えるチャンスは必要だわ」
「虎ちゃんの面倒はちゃんと見るわよ」
「アネッサの馬鹿!ルイさんは、ただの虎じゃないじゃない!」
とうとう、怒りを爆発させたシャーリーが、アネッサの手を叩く。
ウェダーは一瞬殺意を出した虎に、即座に剣を突き出して動きを停止させた。
ここは、女同士に任せるのが一番だ。
ウェダーとしても、この落しどころには納得のいくものではなかった。
シャーリーとはまた違う意味で、虎であろうと、これはケダモノの男で間違いない。
どこまで自制ができるか、我慢が続くかなど不安があったからだ。
まあ、番の言いつけであれば、いざとなれば舌を噛んででも耐えるだろうが。
「アネッサ!手は大丈夫か!」
「触らないで!」
あと少しで叩かれた手を掴もうとしたルイは、番の叫びにビクリと大きく体を跳ね、差し出した手を引っ込めた。
アネッサは、少し動揺したように視線を泳がせた後に、横を向く。
「わっ、私がいいって言うまで、近づかないで!触るなら出て行って」
「わかった……いいと言われるまで絶対に触らない」
「虎の時は甘えていいから」
「……はは、なら虎で生きるのが俺の幸せかもな」
ルイは気づく。
アネッサが自分の体に怯え、小さく指先が震えていた事を……。
自分のした過ちに、心から後悔が押し寄せた。
だが、それでも離れる事が出来ない。
「虎になる前に、長にちゃんと話をつけねばなるまい。さて、こいつをどうするか。明日の朝には、決着をつけたいが、もう夜だし」
窓際から昇る月に反応して、闇に光る光苔を詰めた明かりが、部屋を照らす。
「外の森で朝を迎えるさ」
「外で寝るんですか?だったら、ウチ……ふがっ」
見かねたシャーリーが、申し出をいい終わらぬうちに、ウェダーが軽く口元を抑えた。
そんな二人が見守る中で、アネッサが迷った末に切り出す。
「しっ……仕方ないから、うちの廊下の隅にでも、転がってなさい」
「本当か!」
虎の名残の耳をピンと立てて、ルイは目を見張る。
アネッサは顔を背けながら、吐き捨てた。
「ただし一切、私に触れないで!」
「うんうん!俺はお利口さんの虎になるよ!アネッサはそう俺にずっと言ってたもんな!」
「だから、それは虎ちゃんに対してであって……」
「今度こそ言いつけは守る」
ルイは手首を縛っていた縄を簡単に引きちぎると、そのまま四つん這いになる。
「朝にはまた人型に戻る。また迎えに来てくれ」
ウェダーに吐き捨てると、ルイの体が光を帯びる。
一瞬目を開くのが辛いほどの七色の光に包まれたルイは、すぐさま大人一人が背に乗れる程度の立派な虎に変化していた。
「装備とか、服はどこへ」
初めて変身を見たウェダーの疑問に、シャーリーが答える。
「昔から、それが謎なんですよね。でも、そんなものかと受け入れてます」
「まあいちいち裸にならなくて済む分、何かしら便利ではあるな」
獣人やエルフのまだ知られていない、解明されていない謎はたくさんあり、その一つ。
ともかく虎に変化したルイは、その目尻の模様が人であった入れ墨と同じである。
立派な黄金色の毛皮に、黒の縞が入った体躯は、しなやかに尻尾を振った。
「きゃあああっ!モフモフ~っ!」
途端に目の色を変えたアネッサがベッドから飛び出そうとして、下半部の痛みに顔を歪ませ苦悶した。
「ほらアネッサ、まだ傷が癒えていないんだから」
「いててっ……ああ、でも見て、この虎ちゃんなのよ。なんて立派で毛並みがツヤツヤで可愛いの」
「立派な虎ですね、ルイさん」
「違うわよ!虎ちゃんよ」
「虎ちゃんというのは、名前だったのか……」
最後に、アネッサの適当なネーミングに、ウェダーはお前も大変だなと、同情の目でルイをみたが、虎は幸せそうに、大人しくお座りをして待機していた。
「うんうん、前は飛びついて大変だったけど、おりこうさんね。いい子いい子」
手を伸ばして、虎を撫でようとするが、自ら触れる事がかなわない虎のルイは、停止したままだ。
余程、番を怯えさせたのが堪えたのか、言いつけを健気に守ろうとする。
「ルイさん、近づいても大丈夫ですよ?アネッサは頭をいい子いい子したいんです」
シャーリーの言葉に、ルイはのっそりと近づく。
それでも、恐る恐るという感じだが、足音をたてないのは流石に虎である。
思った以上に、ルイは身に染みた様子だったので、ウェダーはシャーリーを促した。
「大丈夫そうだから、俺達は帰ろう」
「はい。アネッサ、ご飯はバスケットにまとめてるから、食べてね」
「わかった。色々ありがとうね」
アネッサは、一呼吸置いて続ける。
「そちらの、人間もありがとう。まあ、なんとかなるわよ」
「君の幸せを祈るよ、アネッサ」
ウェダーは静かに微笑み、シャーリーを促し部屋を出て行った。
二人の気配が消えた後、アネッサはドサリとベッドに倒れ込む。
「あー疲れたあ」
ルイは大人しく、お座りをしたまま動かない。
ゴロリと横を向き、アネッサは虎に話しかけた。
「なんでただの虎じゃないのよ。あんたが、あのむさ苦しい男だとは思えないわ」
「ガゥ…」
しょぼくれた虎を見て、アネッサは独り言のように話しかけた。
「男は嫌い、怖い、力が強くて荒くて嫌。でも、大きなモフモフは好き」
その目に、少しの悲しみがエルフの気持ちを物語る。
静かな森の奥に、フクロウの鳴き声が響く。
「これも運命なのかな?シャーリーの相手が人であるように、私は虎ちゃんの番だったのね」
大きく頷く虎に、優しい笑みを浮かべる。
そして、手を伸ばそうとしたアネッサのお腹が、空腹を伝えた。
一瞬の沈黙が部屋を包み、すぐさまアネッサは爆笑する。
「あははっ!お腹空いちゃった。確か、シャーリーが用意してくれてたわよね」
持つべきものは便利な友だと、現金なことを言ったアネッサが体を動かすが、ピリリとした下半身の痛みに悶絶する。
それを見た虎のルイは、勢いよく扉に体当たりして開けた後、部屋を飛び出し、すぐにバスケットの持ち手を咥え運んで来た。
「運んでくれたの?なんて賢い虎ちゃんかしら!」
感激したアネッサは、両手を叩いて喜んだ。
バスケットの中には、シャーリーのお手製サンドイッチが詰め込まれている。
差し入れの白パンのおすそ分けに、燻製にしたチキンとレタスやトマトが挟まれた、ボリューム満点のご馳走だ。
アネッサがベッドで食べていると、今度はまた虎のルイが籠を咥えて持ってくる。
中には、アネッサの好きな果実を絞った水が入った小さなヤカンと、コップが入っていた。
驚いたアネッサは、目を丸くする。
「凄い……本当に凄いわ!虎ちゃんが準備してくれたの?」
得意げな顔をして、お座りの姿勢を正す虎を見て、アネッサはしみじみと告げた。
「本当にいい子……これで、中身が獣人でさえなければねぇ……」
「アゥン……」
悲しげな虎のため息がこぼれたが、それなりに平和な夜を過ごせたようだ。
そして、その頃別のカップルはというと……。
「だから逃げるな」
即座につっこまれ、ルイは言葉に詰まる。
無言になった男二人が足を動かし、やっとアネッサの家に辿り着く。
途端に満面の笑みでニコニコとご機嫌になったルイと、不機嫌なウェダーが扉を開けて中に入る。
真っすぐに迷いなく先頭を歩くルイが、アネッサの私室の扉を止める間もなく開けた。
「ただいまーっ!アネッサ、我が番よ!」
「ぎゃあああーっ!」
途端にアネッサの悲鳴が響いた瞬間、グッとウェダーがルイの首根っこを掴んで後ろに引っ張った。
バタンと開いた扉が、反動でしまり、二人は廊下でやり直しとなる。
「なんだよお前!」
「それはこっちのセリフだ!」
突然ご機嫌で乱入するとは思わず、ウェダーは頭を抱えた。
「エルフもなかなかだが、獣人もあんまりだ。いいか、お前はここで待て。まず俺が、中にいる彼女に聞いてくる」
「待て。俺の番に他の男を近づけるわけがないだろうが」
「俺の番も中にいるんだ。お前は己の立場を知れ!」
頭をバシンと叩いて、ウェダーはさっさと一人、扉に入った。
ウェダーの姿を見て、中にいたエルフ二人は、安心したのか立っていた耳を揃えてヘニョリと垂れ下がった。
「すまんな突然。とりあえず当人を連れてきたが、話し合うつもりはあるか?」
「ぜひ、殴らせて下さい」
「ダメよアネッサ。ちゃんと、これからの事を話し合って、ね?」
ウェダーがルイを中に入れると、今度はしおらしく大人しい虎が鼻をならす。
「俺の番から、何か薬臭い……」
「あっ、さっき全身痛むって言うから、特製薬用湿布を貼ったんですよ」
「とっても効くのよ。流石は私の友だわ」
「そうか。ならば俺にとっても友人だ。ありがとう」
「なぜ?」
最後は虎男以外の三人の言葉が重なった。
抗議したげな虎は、アネッサの睨みでトロリと蕩けたような顔にゆるまった。
「俺の番が認めた友は、俺にとっても大事な友だからだ」
近づこうとするルイの前に手を出して制止するウェダーを、ルイは睨みつける。
そして奇妙な面談が始まった。
ベッドの上にアネッサと、横に寄り添うように縁に座るシャーリー。
アネッサ達との間に、大人二人分寝られる空間の先、壁際に並べられた丸椅子に男たちは座った。
その距離にルイは不平を言うが、ウェダーは敗者は言う事を聞けで黙らせた。
なんともいえない空気の中で、シャーリーは困った顔をするが、ウェダーは苦笑いで大丈夫だと目で伝えた。
それとは反対に、睨みつけるアネッサと、懇願する目を向けては顔を俯くルイの対比は、なかなかのものだ。
「体はどうだいアネッサ?」
ウェダーが促すと、アネッサは上半身だけ起こした姿勢で、こちらを向く。
肩を揉みながら、コキコキと首を鳴らした。
「いやぁ、シャーリーの薬と湿布でマシになったけど、やっぱり穴が痛くって……あっ、穴って言うのは」
「いや、もういいわかった」
眉間を揉みながら、ウェダーは気を取り直す。
とりあえず横にいるルイの頭を押さえつけて、無理やり頭を下げさせた。
「とりあえず、虎の成れの果てがコイツだ。間違いないか?」
「暗闇であんまり、顔ってわかんなかったのよね。でも、声がそんな感じだったわ」
「おっ、俺だよ!ルイだ!俺の番!」
「名前なんか名乗ってくんなかったし、私が助けたのは虎ちゃんだけよ」
「だから、俺が虎ちゃんなんだって」
絶望の顔をしたルイを無視して、ウェダーは告げた。
「殴るも蹴るも好きにしたらいい。君になら、何をされても許すだろうし、君には権利がある」
「殴ってやりたかったけど、本体を見てやめておくわ。だって頑丈そうだから、私の手が痛むもの」
「ならこん棒か何か、用意しようか?」
「そうじゃないですウェダー!アネッサも、とりあえず謝罪して欲しいのよね?」
唯一まともな事を言ったシャーリーが、場をとりなした。
ルイ自身は、好きにしろと落ち込むばかり。
その大きな体を小さくさせて、顔を下向けたまま。
そんな大男に、アネッサは鋭い声をかけた。
「どうして交尾したの」
「……我慢できなかった」
「虎の時に弱ってたのは嘘だったの?」
「弱ってた……ずっと、お前を森で待ってたから」
ゆっくりと顔をあげたルイの瞳には、アネッサしか映っていない。
改めて、ルイは心から懇願する。
「すまない……名前すら教えてなかった。お前は俺の魂で命だ。だから離れる事はできない」
「えっ、やだっ」
アネッサは素直に拒絶した。
「ムサイ男がそばにいるなんて、やだぁ」
「ちょっと、もっと言い方が……アネッサ」
「だって、私もともと男が好きじゃないもの」
「そんなぁ~俺っ、どうしたらぁ」
椅子から崩れ落ちたルイを、ウェダーはうるさいと無視をした。
あわあわとするシャーリーに、アネッサは追撃する。
「番だぁ?あっそ、別に獣人の番の意味なんか知ってるけど、私はここから出るつもりはありません」
「なっ、なら、長に頼んで彼をここに置いて貰おうよ。だって番と離れすぎると、彼も死んじゃうし」
シャーリーの必死の提案も、ウェダーが即答で却下した。
「長からは、エルフ達を傷つけようとした獣人は、ここに住まわせないと言ってたが?あくまで今は、特例の話し合いとして、さっき許可を得ただけだ」
「なら、仕方ないわよね。他の人に迷惑かけないでよ虎男」
「るっ……ルイだ!アネッサ!」
「馴れ馴れしく名前を……ひっ!」
手を伸ばそうとしたルイの前に、剣を抜いたウェダーが立ちふさがりアネッサを守る。
ほんの一瞬の出来事に、反射してやってのけたウェダーは低い声で脅す。
「己の立場をわきまえろと言ったな?」
目で殺す勢いで、ウェダーの冷たい声は、死者すら震える恐ろしさだ。
だが、ルイはもういいのだと、食って掛かる。
「殺せ……もう生きていても仕方ない」
「ちょっと、外でしてよ。ここ汚さないで!」
「わかったよ。外で死んでくる……アネッサ、俺の番でごめんな」
ルイは悲しげに瞳の光を消して、静かに立ち上がった。
ウェダーは剣先を喉元に突き付けながら、視線をルイから外さない。
「本当に、殺していいのか?アネッサ」
「んーっ……」
「アネッサ、彼が死んだら、もう虎ちゃんもいなくなるんだよ」
「あっ!それは困る!」
途端に緊迫した空気が解けた。
はぁ?という二人の男相手に、アネッサはあっけらかんと言ってのけた。
ギュッと膝にかけていたシーツを掴み、アネッサが叫ぶ。
「モフモフだけ置いて行きなさいよ!あの虎ちゃんは私のよ!」
「できるか――――っ!!」
アネッサを除く三人の怒鳴り声が大きく轟いた。
こうして話し合いは続き、終わりが見えた頃には既に夕日が落ちて月が昇っていた。
「とりあえず、ルイはこのエルフの集落にいる間は、虎の形態を保つ事。その間は、エルフ達の警備を約束するを条件に、とりあえず長に認めて貰う」
「ううっ……頼む」
「本当に、それでいいんですか?ルイさん」
正座してうなだれるルイを気遣って、シャーリーが声をかけたが、ルイに迷いはなかった。
「たとえ虎のままでも、番と共にいれるなら、それでいい」
「そんな、ずっと虎だなんて……」
「モフモフなら、許すわよ」
なぜか威張るアネッサに、軽く眩暈を感じながらウェダーは長の元に報告に向かうために足を踏み出した。
だが、シャーリーはまだ何か納得がいかないようだ。
「あんまりだよ。ルイさんが可哀そう……せめて、少しはお互いを知り合えるチャンスは必要だわ」
「虎ちゃんの面倒はちゃんと見るわよ」
「アネッサの馬鹿!ルイさんは、ただの虎じゃないじゃない!」
とうとう、怒りを爆発させたシャーリーが、アネッサの手を叩く。
ウェダーは一瞬殺意を出した虎に、即座に剣を突き出して動きを停止させた。
ここは、女同士に任せるのが一番だ。
ウェダーとしても、この落しどころには納得のいくものではなかった。
シャーリーとはまた違う意味で、虎であろうと、これはケダモノの男で間違いない。
どこまで自制ができるか、我慢が続くかなど不安があったからだ。
まあ、番の言いつけであれば、いざとなれば舌を噛んででも耐えるだろうが。
「アネッサ!手は大丈夫か!」
「触らないで!」
あと少しで叩かれた手を掴もうとしたルイは、番の叫びにビクリと大きく体を跳ね、差し出した手を引っ込めた。
アネッサは、少し動揺したように視線を泳がせた後に、横を向く。
「わっ、私がいいって言うまで、近づかないで!触るなら出て行って」
「わかった……いいと言われるまで絶対に触らない」
「虎の時は甘えていいから」
「……はは、なら虎で生きるのが俺の幸せかもな」
ルイは気づく。
アネッサが自分の体に怯え、小さく指先が震えていた事を……。
自分のした過ちに、心から後悔が押し寄せた。
だが、それでも離れる事が出来ない。
「虎になる前に、長にちゃんと話をつけねばなるまい。さて、こいつをどうするか。明日の朝には、決着をつけたいが、もう夜だし」
窓際から昇る月に反応して、闇に光る光苔を詰めた明かりが、部屋を照らす。
「外の森で朝を迎えるさ」
「外で寝るんですか?だったら、ウチ……ふがっ」
見かねたシャーリーが、申し出をいい終わらぬうちに、ウェダーが軽く口元を抑えた。
そんな二人が見守る中で、アネッサが迷った末に切り出す。
「しっ……仕方ないから、うちの廊下の隅にでも、転がってなさい」
「本当か!」
虎の名残の耳をピンと立てて、ルイは目を見張る。
アネッサは顔を背けながら、吐き捨てた。
「ただし一切、私に触れないで!」
「うんうん!俺はお利口さんの虎になるよ!アネッサはそう俺にずっと言ってたもんな!」
「だから、それは虎ちゃんに対してであって……」
「今度こそ言いつけは守る」
ルイは手首を縛っていた縄を簡単に引きちぎると、そのまま四つん這いになる。
「朝にはまた人型に戻る。また迎えに来てくれ」
ウェダーに吐き捨てると、ルイの体が光を帯びる。
一瞬目を開くのが辛いほどの七色の光に包まれたルイは、すぐさま大人一人が背に乗れる程度の立派な虎に変化していた。
「装備とか、服はどこへ」
初めて変身を見たウェダーの疑問に、シャーリーが答える。
「昔から、それが謎なんですよね。でも、そんなものかと受け入れてます」
「まあいちいち裸にならなくて済む分、何かしら便利ではあるな」
獣人やエルフのまだ知られていない、解明されていない謎はたくさんあり、その一つ。
ともかく虎に変化したルイは、その目尻の模様が人であった入れ墨と同じである。
立派な黄金色の毛皮に、黒の縞が入った体躯は、しなやかに尻尾を振った。
「きゃあああっ!モフモフ~っ!」
途端に目の色を変えたアネッサがベッドから飛び出そうとして、下半部の痛みに顔を歪ませ苦悶した。
「ほらアネッサ、まだ傷が癒えていないんだから」
「いててっ……ああ、でも見て、この虎ちゃんなのよ。なんて立派で毛並みがツヤツヤで可愛いの」
「立派な虎ですね、ルイさん」
「違うわよ!虎ちゃんよ」
「虎ちゃんというのは、名前だったのか……」
最後に、アネッサの適当なネーミングに、ウェダーはお前も大変だなと、同情の目でルイをみたが、虎は幸せそうに、大人しくお座りをして待機していた。
「うんうん、前は飛びついて大変だったけど、おりこうさんね。いい子いい子」
手を伸ばして、虎を撫でようとするが、自ら触れる事がかなわない虎のルイは、停止したままだ。
余程、番を怯えさせたのが堪えたのか、言いつけを健気に守ろうとする。
「ルイさん、近づいても大丈夫ですよ?アネッサは頭をいい子いい子したいんです」
シャーリーの言葉に、ルイはのっそりと近づく。
それでも、恐る恐るという感じだが、足音をたてないのは流石に虎である。
思った以上に、ルイは身に染みた様子だったので、ウェダーはシャーリーを促した。
「大丈夫そうだから、俺達は帰ろう」
「はい。アネッサ、ご飯はバスケットにまとめてるから、食べてね」
「わかった。色々ありがとうね」
アネッサは、一呼吸置いて続ける。
「そちらの、人間もありがとう。まあ、なんとかなるわよ」
「君の幸せを祈るよ、アネッサ」
ウェダーは静かに微笑み、シャーリーを促し部屋を出て行った。
二人の気配が消えた後、アネッサはドサリとベッドに倒れ込む。
「あー疲れたあ」
ルイは大人しく、お座りをしたまま動かない。
ゴロリと横を向き、アネッサは虎に話しかけた。
「なんでただの虎じゃないのよ。あんたが、あのむさ苦しい男だとは思えないわ」
「ガゥ…」
しょぼくれた虎を見て、アネッサは独り言のように話しかけた。
「男は嫌い、怖い、力が強くて荒くて嫌。でも、大きなモフモフは好き」
その目に、少しの悲しみがエルフの気持ちを物語る。
静かな森の奥に、フクロウの鳴き声が響く。
「これも運命なのかな?シャーリーの相手が人であるように、私は虎ちゃんの番だったのね」
大きく頷く虎に、優しい笑みを浮かべる。
そして、手を伸ばそうとしたアネッサのお腹が、空腹を伝えた。
一瞬の沈黙が部屋を包み、すぐさまアネッサは爆笑する。
「あははっ!お腹空いちゃった。確か、シャーリーが用意してくれてたわよね」
持つべきものは便利な友だと、現金なことを言ったアネッサが体を動かすが、ピリリとした下半身の痛みに悶絶する。
それを見た虎のルイは、勢いよく扉に体当たりして開けた後、部屋を飛び出し、すぐにバスケットの持ち手を咥え運んで来た。
「運んでくれたの?なんて賢い虎ちゃんかしら!」
感激したアネッサは、両手を叩いて喜んだ。
バスケットの中には、シャーリーのお手製サンドイッチが詰め込まれている。
差し入れの白パンのおすそ分けに、燻製にしたチキンとレタスやトマトが挟まれた、ボリューム満点のご馳走だ。
アネッサがベッドで食べていると、今度はまた虎のルイが籠を咥えて持ってくる。
中には、アネッサの好きな果実を絞った水が入った小さなヤカンと、コップが入っていた。
驚いたアネッサは、目を丸くする。
「凄い……本当に凄いわ!虎ちゃんが準備してくれたの?」
得意げな顔をして、お座りの姿勢を正す虎を見て、アネッサはしみじみと告げた。
「本当にいい子……これで、中身が獣人でさえなければねぇ……」
「アゥン……」
悲しげな虎のため息がこぼれたが、それなりに平和な夜を過ごせたようだ。
そして、その頃別のカップルはというと……。
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