こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌

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「夜の月の下で、あの子を抱いて走って逃げた」

「だから逃げるな」



 即座につっこまれ、ルイは言葉に詰まる。

 無言になった男二人が足を動かし、やっとアネッサの家に辿り着く。



 途端に満面の笑みでニコニコとご機嫌になったルイと、不機嫌なウェダーが扉を開けて中に入る。

 真っすぐに迷いなく先頭を歩くルイが、アネッサの私室の扉を止める間もなく開けた。



「ただいまーっ!アネッサ、我が番よ!」

「ぎゃあああーっ!」



 途端にアネッサの悲鳴が響いた瞬間、グッとウェダーがルイの首根っこを掴んで後ろに引っ張った。

 バタンと開いた扉が、反動でしまり、二人は廊下でやり直しとなる。



「なんだよお前!」

「それはこっちのセリフだ!」



 突然ご機嫌で乱入するとは思わず、ウェダーは頭を抱えた。



「エルフもなかなかだが、獣人もあんまりだ。いいか、お前はここで待て。まず俺が、中にいる彼女に聞いてくる」

「待て。俺の番に他の男を近づけるわけがないだろうが」

「俺の番も中にいるんだ。お前は己の立場を知れ!」



 頭をバシンと叩いて、ウェダーはさっさと一人、扉に入った。

 ウェダーの姿を見て、中にいたエルフ二人は、安心したのか立っていた耳を揃えてヘニョリと垂れ下がった。



「すまんな突然。とりあえず当人を連れてきたが、話し合うつもりはあるか?」

「ぜひ、殴らせて下さい」

「ダメよアネッサ。ちゃんと、これからの事を話し合って、ね?」



 ウェダーがルイを中に入れると、今度はしおらしく大人しい虎が鼻をならす。



「俺の番から、何か薬臭い……」

「あっ、さっき全身痛むって言うから、特製薬用湿布を貼ったんですよ」

「とっても効くのよ。流石は私の友だわ」

「そうか。ならば俺にとっても友人だ。ありがとう」

「なぜ?」



 最後は虎男以外の三人の言葉が重なった。

 抗議したげな虎は、アネッサの睨みでトロリと蕩けたような顔にゆるまった。



「俺の番が認めた友は、俺にとっても大事な友だからだ」



 近づこうとするルイの前に手を出して制止するウェダーを、ルイは睨みつける。

 そして奇妙な面談が始まった。



 ベッドの上にアネッサと、横に寄り添うように縁に座るシャーリー。

 アネッサ達との間に、大人二人分寝られる空間の先、壁際に並べられた丸椅子に男たちは座った。

 その距離にルイは不平を言うが、ウェダーは敗者は言う事を聞けで黙らせた。



 なんともいえない空気の中で、シャーリーは困った顔をするが、ウェダーは苦笑いで大丈夫だと目で伝えた。

 それとは反対に、睨みつけるアネッサと、懇願する目を向けては顔を俯くルイの対比は、なかなかのものだ。



「体はどうだいアネッサ?」



 ウェダーが促すと、アネッサは上半身だけ起こした姿勢で、こちらを向く。

 肩を揉みながら、コキコキと首を鳴らした。



「いやぁ、シャーリーの薬と湿布でマシになったけど、やっぱり穴が痛くって……あっ、穴って言うのは」

「いや、もういいわかった」



 眉間を揉みながら、ウェダーは気を取り直す。

 とりあえず横にいるルイの頭を押さえつけて、無理やり頭を下げさせた。



「とりあえず、虎の成れの果てがコイツだ。間違いないか?」

「暗闇であんまり、顔ってわかんなかったのよね。でも、声がそんな感じだったわ」

「おっ、俺だよ!ルイだ!俺の番!」

「名前なんか名乗ってくんなかったし、私が助けたのは虎ちゃんだけよ」

「だから、俺が虎ちゃんなんだって」



 絶望の顔をしたルイを無視して、ウェダーは告げた。



「殴るも蹴るも好きにしたらいい。君になら、何をされても許すだろうし、君には権利がある」

「殴ってやりたかったけど、本体を見てやめておくわ。だって頑丈そうだから、私の手が痛むもの」

「ならこん棒か何か、用意しようか?」

「そうじゃないですウェダー!アネッサも、とりあえず謝罪して欲しいのよね?」



 唯一まともな事を言ったシャーリーが、場をとりなした。

 ルイ自身は、好きにしろと落ち込むばかり。

 その大きな体を小さくさせて、顔を下向けたまま。

 そんな大男に、アネッサは鋭い声をかけた。



「どうして交尾したの」

「……我慢できなかった」

「虎の時に弱ってたのは嘘だったの?」

「弱ってた……ずっと、お前を森で待ってたから」



 ゆっくりと顔をあげたルイの瞳には、アネッサしか映っていない。

 改めて、ルイは心から懇願する。



「すまない……名前すら教えてなかった。お前は俺の魂で命だ。だから離れる事はできない」

「えっ、やだっ」



 アネッサは素直に拒絶した。



「ムサイ男がそばにいるなんて、やだぁ」

「ちょっと、もっと言い方が……アネッサ」

「だって、私もともと男が好きじゃないもの」

「そんなぁ~俺っ、どうしたらぁ」



 椅子から崩れ落ちたルイを、ウェダーはうるさいと無視をした。

 あわあわとするシャーリーに、アネッサは追撃する。



「番だぁ?あっそ、別に獣人の番の意味なんか知ってるけど、私はここから出るつもりはありません」

「なっ、なら、長に頼んで彼をここに置いて貰おうよ。だって番と離れすぎると、彼も死んじゃうし」



 シャーリーの必死の提案も、ウェダーが即答で却下した。



「長からは、エルフ達を傷つけようとした獣人は、ここに住まわせないと言ってたが?あくまで今は、特例の話し合いとして、さっき許可を得ただけだ」

「なら、仕方ないわよね。他の人に迷惑かけないでよ虎男」

「るっ……ルイだ!アネッサ!」

「馴れ馴れしく名前を……ひっ!」



 手を伸ばそうとしたルイの前に、剣を抜いたウェダーが立ちふさがりアネッサを守る。

 ほんの一瞬の出来事に、反射してやってのけたウェダーは低い声で脅す。



「己の立場をわきまえろと言ったな?」



 目で殺す勢いで、ウェダーの冷たい声は、死者すら震える恐ろしさだ。

 だが、ルイはもういいのだと、食って掛かる。



「殺せ……もう生きていても仕方ない」

「ちょっと、外でしてよ。ここ汚さないで!」

「わかったよ。外で死んでくる……アネッサ、俺の番でごめんな」



 ルイは悲しげに瞳の光を消して、静かに立ち上がった。

 ウェダーは剣先を喉元に突き付けながら、視線をルイから外さない。



「本当に、殺していいのか?アネッサ」

「んーっ……」

「アネッサ、彼が死んだら、もう虎ちゃんもいなくなるんだよ」

「あっ!それは困る!」



 途端に緊迫した空気が解けた。

 はぁ?という二人の男相手に、アネッサはあっけらかんと言ってのけた。

 ギュッと膝にかけていたシーツを掴み、アネッサが叫ぶ。



「モフモフだけ置いて行きなさいよ!あの虎ちゃんは私のよ!」

「できるか――――っ!!」



 アネッサを除く三人の怒鳴り声が大きく轟いた。



 こうして話し合いは続き、終わりが見えた頃には既に夕日が落ちて月が昇っていた。



「とりあえず、ルイはこのエルフの集落にいる間は、虎の形態を保つ事。その間は、エルフ達の警備を約束するを条件に、とりあえず長に認めて貰う」

「ううっ……頼む」

「本当に、それでいいんですか?ルイさん」



 正座してうなだれるルイを気遣って、シャーリーが声をかけたが、ルイに迷いはなかった。



「たとえ虎のままでも、番と共にいれるなら、それでいい」

「そんな、ずっと虎だなんて……」

「モフモフなら、許すわよ」



 なぜか威張るアネッサに、軽く眩暈を感じながらウェダーは長の元に報告に向かうために足を踏み出した。

 だが、シャーリーはまだ何か納得がいかないようだ。



「あんまりだよ。ルイさんが可哀そう……せめて、少しはお互いを知り合えるチャンスは必要だわ」

「虎ちゃんの面倒はちゃんと見るわよ」

「アネッサの馬鹿!ルイさんは、ただの虎じゃないじゃない!」



 とうとう、怒りを爆発させたシャーリーが、アネッサの手を叩く。

 ウェダーは一瞬殺意を出した虎に、即座に剣を突き出して動きを停止させた。

 ここは、女同士に任せるのが一番だ。



 ウェダーとしても、この落しどころには納得のいくものではなかった。

 シャーリーとはまた違う意味で、虎であろうと、これはケダモノの男で間違いない。

 どこまで自制ができるか、我慢が続くかなど不安があったからだ。

 まあ、番の言いつけであれば、いざとなれば舌を噛んででも耐えるだろうが。



「アネッサ!手は大丈夫か!」

「触らないで!」



 あと少しで叩かれた手を掴もうとしたルイは、番の叫びにビクリと大きく体を跳ね、差し出した手を引っ込めた。

 アネッサは、少し動揺したように視線を泳がせた後に、横を向く。



「わっ、私がいいって言うまで、近づかないで!触るなら出て行って」

「わかった……いいと言われるまで絶対に触らない」

「虎の時は甘えていいから」

「……はは、なら虎で生きるのが俺の幸せかもな」



 ルイは気づく。

 アネッサが自分の体に怯え、小さく指先が震えていた事を……。

 自分のした過ちに、心から後悔が押し寄せた。

 だが、それでも離れる事が出来ない。



「虎になる前に、長にちゃんと話をつけねばなるまい。さて、こいつをどうするか。明日の朝には、決着をつけたいが、もう夜だし」



 窓際から昇る月に反応して、闇に光る光苔を詰めた明かりが、部屋を照らす。



「外の森で朝を迎えるさ」

「外で寝るんですか?だったら、ウチ……ふがっ」



 見かねたシャーリーが、申し出をいい終わらぬうちに、ウェダーが軽く口元を抑えた。

 そんな二人が見守る中で、アネッサが迷った末に切り出す。



「しっ……仕方ないから、うちの廊下の隅にでも、転がってなさい」

「本当か!」



 虎の名残の耳をピンと立てて、ルイは目を見張る。

 アネッサは顔を背けながら、吐き捨てた。



「ただし一切、私に触れないで!」

「うんうん!俺はお利口さんの虎になるよ!アネッサはそう俺にずっと言ってたもんな!」

「だから、それは虎ちゃんに対してであって……」

「今度こそ言いつけは守る」



 ルイは手首を縛っていた縄を簡単に引きちぎると、そのまま四つん這いになる。



「朝にはまた人型に戻る。また迎えに来てくれ」



 ウェダーに吐き捨てると、ルイの体が光を帯びる。

 一瞬目を開くのが辛いほどの七色の光に包まれたルイは、すぐさま大人一人が背に乗れる程度の立派な虎に変化していた。



「装備とか、服はどこへ」



 初めて変身を見たウェダーの疑問に、シャーリーが答える。



「昔から、それが謎なんですよね。でも、そんなものかと受け入れてます」

「まあいちいち裸にならなくて済む分、何かしら便利ではあるな」



 獣人やエルフのまだ知られていない、解明されていない謎はたくさんあり、その一つ。

 ともかく虎に変化したルイは、その目尻の模様が人であった入れ墨と同じである。

 立派な黄金色の毛皮に、黒の縞が入った体躯は、しなやかに尻尾を振った。



「きゃあああっ!モフモフ~っ!」



 途端に目の色を変えたアネッサがベッドから飛び出そうとして、下半部の痛みに顔を歪ませ苦悶した。



「ほらアネッサ、まだ傷が癒えていないんだから」

「いててっ……ああ、でも見て、この虎ちゃんなのよ。なんて立派で毛並みがツヤツヤで可愛いの」

「立派な虎ですね、ルイさん」

「違うわよ!虎ちゃんよ」

「虎ちゃんというのは、名前だったのか……」



 最後に、アネッサの適当なネーミングに、ウェダーはお前も大変だなと、同情の目でルイをみたが、虎は幸せそうに、大人しくお座りをして待機していた。



「うんうん、前は飛びついて大変だったけど、おりこうさんね。いい子いい子」



 手を伸ばして、虎を撫でようとするが、自ら触れる事がかなわない虎のルイは、停止したままだ。

 余程、番を怯えさせたのが堪えたのか、言いつけを健気に守ろうとする。



「ルイさん、近づいても大丈夫ですよ?アネッサは頭をいい子いい子したいんです」



 シャーリーの言葉に、ルイはのっそりと近づく。

 それでも、恐る恐るという感じだが、足音をたてないのは流石に虎である。



 思った以上に、ルイは身に染みた様子だったので、ウェダーはシャーリーを促した。



「大丈夫そうだから、俺達は帰ろう」

「はい。アネッサ、ご飯はバスケットにまとめてるから、食べてね」

「わかった。色々ありがとうね」



 アネッサは、一呼吸置いて続ける。



「そちらの、人間もありがとう。まあ、なんとかなるわよ」

「君の幸せを祈るよ、アネッサ」



 ウェダーは静かに微笑み、シャーリーを促し部屋を出て行った。

 二人の気配が消えた後、アネッサはドサリとベッドに倒れ込む。



「あー疲れたあ」



 ルイは大人しく、お座りをしたまま動かない。

 ゴロリと横を向き、アネッサは虎に話しかけた。



「なんでただの虎じゃないのよ。あんたが、あのむさ苦しい男だとは思えないわ」

「ガゥ…」



 しょぼくれた虎を見て、アネッサは独り言のように話しかけた。



「男は嫌い、怖い、力が強くて荒くて嫌。でも、大きなモフモフは好き」



 その目に、少しの悲しみがエルフの気持ちを物語る。

 静かな森の奥に、フクロウの鳴き声が響く。



「これも運命なのかな?シャーリーの相手が人であるように、私は虎ちゃんの番だったのね」



 大きく頷く虎に、優しい笑みを浮かべる。

 そして、手を伸ばそうとしたアネッサのお腹が、空腹を伝えた。



 一瞬の沈黙が部屋を包み、すぐさまアネッサは爆笑する。



「あははっ!お腹空いちゃった。確か、シャーリーが用意してくれてたわよね」



 持つべきものは便利な友だと、現金なことを言ったアネッサが体を動かすが、ピリリとした下半身の痛みに悶絶する。

 それを見た虎のルイは、勢いよく扉に体当たりして開けた後、部屋を飛び出し、すぐにバスケットの持ち手を咥え運んで来た。



「運んでくれたの?なんて賢い虎ちゃんかしら!」



 感激したアネッサは、両手を叩いて喜んだ。



 バスケットの中には、シャーリーのお手製サンドイッチが詰め込まれている。

 差し入れの白パンのおすそ分けに、燻製にしたチキンとレタスやトマトが挟まれた、ボリューム満点のご馳走だ。



 アネッサがベッドで食べていると、今度はまた虎のルイが籠を咥えて持ってくる。

 中には、アネッサの好きな果実を絞った水が入った小さなヤカンと、コップが入っていた。

 驚いたアネッサは、目を丸くする。



「凄い……本当に凄いわ!虎ちゃんが準備してくれたの?」



 得意げな顔をして、お座りの姿勢を正す虎を見て、アネッサはしみじみと告げた。



「本当にいい子……これで、中身が獣人でさえなければねぇ……」

「アゥン……」



 悲しげな虎のため息がこぼれたが、それなりに平和な夜を過ごせたようだ。

 そして、その頃別のカップルはというと……。

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