逃亡のアルメティア「あなたを解放します・離婚して下さい」

西野和歌

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6・私たちの未来

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「兄上! よくぞご無事で!」
「ただいまフレイド。留守の間ご苦労だった」
「本当です。ですが、その甲斐はあったようで良かった」

 彼と似た顔がニコニコと馬車から降りた私たちに近づいてくる。
 高貴な者特有の高価な服の前に、私たちは旅路の平民服であり、向かい合うのがためらわれたが、相手はまったく気にしていない風だった。

 突然、私の前に膝を屈してフレイドと呼ばれた王弟は挨拶を述べた。
 周囲の者たち十数名も、それに習って最高礼をとる。

「あなたが陛下の命に代えても大切な恩人なのは聞いております。そして、あの子は間違いなく王家の血筋。我々はあなたを歓迎します」

 どれだけ久しぶりだろう。このような扱われ方に、ぎこちなくスカートの裾をもちカーテシーを返す。
 服が服だけにサマにならないが、突っ立っているわけにはいかない。
 こうして私たちは王城に迎え入れられることになる。

 それからは色々あった。
 子のいない王弟のフレイド様夫婦は、ミリオンをとても可愛がってくれたのは心強かった。
 私も息子も、戦争によって事情があり避難していたが、その間の心労で王妃である私は心の静養が必要だと公式に発表された。
 それと同時に、前妻である私の名は密かに抹消され、王家からは一切の説明はされる事なく、誰しもが口に出す事はなかった。
 息子に関しても、一度は王座の間にて臣下達のお披露目と、王城を開放しての一般公開でバルコニーよりお披露目は済ませたのみだ。
 表舞台に出すのは早いという王の命令で、私たちは王城奥で極力静かに暮らしていた。

 山や川で自給自足で暮らしていた息子にとって、最初の半年程度はあまりの落差に不安定になった。
 私の仕事は息子のフォローがメインだった。
 私が教えられるマナーや王族の心得は、今まで育ってきた環境からすれば不要なものだが、ここで生きていくには必須なことである。
 
 何度も自分の立場を受け入れられない息子に、ここに来たのは間違いだったのかと迷った時もあった。
 そんな私たちを全力でマクシ様が支えてくれた。
 戻って忙しい公務の合間に、何度も私やミリオンのもとに訪れては気遣ってくれた。

「お父さん。僕もう村に帰りたいよ……でも、お父さんと離れたくないんだ」
「わかった。お前のスケジュールを組みなおすように言っておく。少しずつでいい」
「勉強が嫌じゃないんだ。ただ山や川に行って走り回りたい」
「よし、敷地内に山や川を作る。あの家に近い建物を建てよう。あと畑もだ」

 チラリと私を見て彼は胸をたたく。
 あまりにも突拍子のない話だ。格式ある王城において、なんてものを作るのだ。
 必死に止めたのだが、既に着手した後であり、気づけば息子可愛さの彼は、小さな田舎の空間をつくり上げた。
 確かに彼の言う通り、この王城の敷地は広い。
 それこそ馬で一日かけて回る広さの敷地があるが、王の特権を使った命令とはいえ、内容があんまりだ。

「君にも疲れが見える。それに俺も息抜きする場所が必要だった。だから、王城が馴染めないなら、新しく作ったアチラで暮らすのもいい」
「それでは王族としての規律が」
「そんなものは俺が決める」

 私は知っている。
 彼は優しいだけの王ではない。むしろ自らの主張を曲げず、時には冷徹さをもって統治していた。

 私の知る過去の彼ではなく、王としての彼は別者だ。
 私の祖国も組み入れた為に支配地は広がり、彼の守るべき範囲も増えた。

 彼は私と別れ、祖国に戻ったあとの出来事をあまり語ってはくれなかった。
 つまり、そういう事だろう。
 彼は一人、非情に成らざるをえなかったのだ。

 そんな彼の唯一の癒しが私たちだ。
 息子のためと言いながら、実はこの城より離れた田舎風の別宅は、彼の隠れ家ともなっている。
 多忙なはずなのに、暇を見つけてはここに来て寛いでいた。

 毎日、城より馬車が迎えに来て教育を受けるミリオンと違い、私はこの別宅からほぼ出ることはなかった。
 別段、何かされたわけでも不満があるわけでもない。
 彼らは王の命令に忠実であったし、私を詮索もしなければ下に扱うこともなかった。

 ただ、私一人が居心地の悪さを感じて臆してしまったのだ。
 自らの秘密を隠した罪悪感のために、どれだけ心が弱いのかと自らをいつしか責めるようになってしまった。
 仕えてくれた彼女たちは、今では交代で数名ずつ、こちらの別宅に来て雑用をこなしてくれている。
 嫌な顔一つせず、笑顔すら見せてる事に心から感謝した。

 「王妃様のこちらの家は、私どもにも癒しになっておりますわ。どうか、私どもにも少しはお手伝いさせて下さいませ」

 彼女たちから、王城内での王妃の専属という仕事を取り上げたのは私だ。
 これに関してはマクシ様と話し合って、今の交代制で通ってもらう方式に変更させて貰った。
 こうして色々な事を試しながら、少しずつこの家を中心に形を成していく。

 この別宅はもしかしたら、息子だけでなく私を心配して彼が造ってくれたものかもしれない。
 基本的には王城にいる彼だが、夜に何事も予定のない日は私たちとここで過ごしていた。
 まるで、当たり前の平凡な夫婦のように、私たちだけの生活。
 最低限の使用人と、見えないように配置された護衛はいるが、それでも民家のような建物で私たちは王族としては、かなり変わった生活を送っていた。

 彼も私たちも、本当はこのような庶民の生活の方が落ち着くのかもしれない。
 ここが新たなる私たちの聖域なのだ。

 夕食も用意して貰った食材と、私が育てた作物で調理する。
 城にいたころは、それこそ専用の調理人によって作られたご馳走を食べていたわけだが、沢山の人たちに見守られて食べる食事は好ましいものではなかった。
 慣れなければと、無理やりに口に入れても喉を通るのを拒絶し始める。
 息子のテーブルマナーも気になって、いつしか私には苦痛の時間となってしまった。

 (情けない、たとえ滅んだとしても王族の一人であったはずなのに)

 今は呪縛となった王家の血でも、幼いころは誇りをもって育てられ、沢山の使用人に世話されて育ったはずなのに。
 恥ずかしくない王女であれと育てられ、人質だった幼い王子と婚姻させられ、そして逃亡した先の田舎の村で出産して暮らしていたはずが、またもや今は別の国の城にいる。

 私に王妃など務まるはずもない。
 物思いにふけっていると、声をかけられた。
 私をここに連れてきた張本人の低い声が気遣ってくれる。

「今日は、何か植えていたと聞いたが?」
「ええ、少し夏の野菜と花を植えました」
「おや、花は珍しいな」
「もう食料には困らないので、少し試してみたくなって」
「それは楽しみだ」

 ミリオンはまだ戻らない。
 公務の合間に訪れた彼は、ここぞとばかりに私に甘えてくる。
 その大きな体はもう幼いころとは違うのに、私にもたれかかり顔を寄せてくる。

「また、公務にお戻りにならなければダメですよ?」
「ああ、本当は弟に王位を譲りたいが、そうもいかない。こんなに面倒が多いと思わなかった」
「今夜は確か、メリッサ国からの使者の方を歓待されるのでしたね」
「ああ、少し遠い国だか、以前の戦いで共に戦ってくれたからな」

 弱小だったこの国が勝ち得たのは、沢山の国からの支援があったから。
 だが、その支援もタダではなく、今は回収の時期となったのか、色々な国が訪れては交渉に来るのだ。
 彼らとの契約の微調整に神経をすり減らし、こうして彼はここに逃げ込んでくる。
 全ては私の祖国が犯した罪の尻ぬぐいのようなものなのだ。

 なのに、生き延びたあげく私は名も変えて匿ってもらっている。
 果たすべき責務と義務から目をそらして、罰すら与えられず別人としてここにいる。

 田舎風の二階建ての小さな家の軒先に、木のベンチを添えてクッションを並べた。
 そよ風を感じながら、畑を眺めるこの位置は私たちの一番のお気に入りだ。

「また余計な事を考えてるのかアル? 全部俺のせいにすればいい。君には選択肢はなかった」
「ここにいるのは私の意思です。ならば、少しでもお役に立ちたい。それと同時に私の存在が害悪になるのならと怖くてたまらないのです」
「……君は慎重過ぎる。それが好ましくもあるが、時には俺を信じて貰えないのかと思って寂しいよ」
「陛下がどうではなく、万が一でも私を知る者がいればと不安でなりません」
「別に知られたところで、俺がどうとでもしてやるが……君が罪を背負うべきではない」
「そうではなく……」
「もういいよ。とりあえず答えはゆっくり出せばいい」
「申し訳ございません。お疲れのところ、こんな話をしてしまって……」

 彼の短い髪を撫でながら、私は目の前の風景に意識を向けた。
 彼は優しい、そして私の為にこの国に戻って努力したというのも本当だろう。
 私の心だけが未熟なまま、わかっているのだ。

 我が祖国の民たちの思い出が浮かんでは消える。
 彼らや私の身内たちは、その罪を背負わされ、贖罪と痛みを受けたのに、私はぬくぬくとここで守られている。
 私は幸せになっていいのだろうか?

 せめて少しでも役に立ちたいと、何気ない会話の中で提案してみた。

「今夜の歓迎会ですが……メリッサ国の方なら、パンではなく薄いクレープの生地が主食だったと思います。味付けも辛味のある物が特徴だったかと」
「ふむ」
「飲み物も、私たちの紅茶よりは、さっぱりとしたミント茶かハーブ茶をご用意した方が喜ばれます」
「なるほど」
「彼らの文化は、互いに食事を共にして親交を深めるものだったと思うのです。ですから立食ではなく、座りながら、なおかつ席は近い方が宜しいかと」
「確か、洞窟の亀の話の舞台の国だったな。ああ、なるほど。どうも手ごたえが今一つだったのだが、突破口が見えた気がする」

 彼に幼いころに教えた世界の童話の一つ。
 ミリオンと同じように、幼い彼を寝かしつける度に、色々な話を聞かせたものだが、覚えてくれていたらしい。

 勢いよく立ち上がり、サッパリとした顔になった彼は王の顔に戻る。

「ありがとうアル。やはり君は誰よりも私にふさわしい」
「お役に立てたなら良かったです」
「亀はプライドが高いのに、友達が欲しくて勇気を出して洞窟を出た。亀が最初にしたのは友達に食べ物を差し出す事だった」
「よく覚えていらっしゃいますね」
「当たり前だ」

 私に軽くキスをして、彼は城に戻る準備をする。
 その、背中を見てふと思う。

(昔も今も、あなたを解放してあげるつもりだったのに、結局は私は離れられないままね)

 そして、その夜の歓迎会にてメリッサ国より、条件の良い今後の友好条約を取り付けることに成功した。

 それから時折彼は独り言のように愚痴るたびに、私も一緒に考えた。
 私はいつしか自分の知らない間に、彼の臣下たちに認められていったようだ。
 そして、当然ミリオンも、その人懐っこさと、新しい知識への探求心を好ましく受け入れられ、髪色からも間違いなく次期後継者として認知された。
 将軍などは、自らの孫みたいだと周囲に認められるほどに息子を可愛がってくれた。

 「剣のおじちゃんは、笑うと声が大きくて耳が痛くなるんだ。大臣のおじちゃんは、秘密で図書室の本を読んで色々教えてくれたよ」

 いつの間にかこの国の文字も覚えて、知らなかった計算や知識を学んでいく。
 子供特有の楽しさに夢中になるように、ミリオンは皆に支えられて馴染んでいった。

 いつしか姿絵が国に配布され、幼い王子は人気者となる。それに反して、私は身分の低さから、あえて子のために表に出ない献身的な母親だと伝わっていく。

 その情報操作に彼が何かしたのは確実だが、私は一切関わらないと心に決めていたので、口出しもしなかった。

 あれから数人の大臣や大貴族の一部は、私を表に出すべきだと王に意見を述べた事がある。
 その時の彼の怒りはすさまじく、問答無用で彼らを更迭しようとしたのを説得した。
 王の目をかいくぐって、この別宅にミリオンへ贈り物を届けるという名目で、何人から直接懇願された事もある。

「他国の手前、せめて友好国の前のみで結構です。王妃として立っては頂けませんか?」
「大臣、あなたは私が何者かご存じでしょう。私には、その資格はありません」
「そんな……」
「万が一、私のせいでミリオンだけでなく陛下に迷惑をかけたくないのです。どうぞこのまま心を病んだ王妃としてソッとして下さい」
「いいえ、せめて心ではなくお体が弱いという事にしておきます。王妃様の聡明さを私たちは誇りに思っておりますゆえ。決して、その事があるからと王妃様を無理やりに公式に出すことはしないと誓います」
「ありがとうございます。私を気遣ってくださって……」
「勿体なきお言葉……」

 大臣は何冊もの辞典をミリオンへの贈り物として置いて帰っていった。
 また別の日は、ミリオンを送り届けた将軍が私に告げた。

「王妃様が何者であろうと、殿下の母君であらせられる。そして陛下の伴侶であるならば、その責務を果たすべきでは?」
「この子が、陛下の子であるのは一目瞭然です。ですが、私が実の母親であると証明する術がございません」
「いや、親子関係を私どもは疑ってはいません」
「私が表に出た時に、あなた方以外でそれを疑うものが現れます。そのきっかけは、私が表に出たと同時に、権力を振りかざすと誤解する者たちが出ることが一番の害となるでしょう」
「そのような輩は、我々がちゃんと対応致します」
「いいえ、将軍。私が誤解されるのは良いのです。問題はそこではなく、そこから私が何者であるか探られる事が、ミリオンに害になるという事です」

 将軍は目を見開いて、私を驚愕の目で見つめる。
 なぜ、私が頑としてここにひきこもるのか。
 王妃としての責務も義務も放棄して、ここにいる理由は何か?

「私は母親として、妻として、私の存在によって少しでも迷惑をかける位なら、ここから消える覚悟です」

 ここまでハッキリと伝えると、将軍は頭を下げて、二度と私に表舞台に出ろという事はなくなった。
 何かあれば退役したとしても命を懸けて、私や息子を守ると剣にかけて誓ってくれた。

 祖国にいたころ、私のような年上の敵国の女から解放してやりたいと、ずっと思っていた。
 今は、私の呪われた血脈の呪いから息子を解放したいと思っている。

 ここに滞在した時間を重ねると共に、自然と私を気にかける人たちも増えてくれた。
 稀に、王弟妃である義妹も遊びに来ては、共にお菓子を作ったりする。

 王弟夫婦には子がいない。
 その原因は、実は彼女自身に問題があるらしい。
 何度も、それを理由に王弟であるフレイド様に離縁を申し出たが、愛を理由に拒絶されたという。
 その辺りの執着心は、流石に兄弟だ。
 そこに、夫であるマクシ様が戻り、一度飛び出して行った後に、妻子である私たちを連れて戻ってきたのだ。

 彼らは最初からミリオンに優しくしてくれた。
 けれど、決定打になったのは、ミリオンが彼女にこう告げたらしい。

「ならペットを飼ってみれば? 僕も一緒に面倒をみるよ」

 言われるがままに、今では犬と猫を飼育しており、ミリオンもこまめに面倒を見に行っているらしい。

「どれだけミリオン殿下が私たちの癒しになっている事か……感謝しかございません。今では城内も、殿下のお陰で皆が笑顔になっております」

 何があろうと、息子の味方であり続けると王弟夫婦は誓ってくれた。
 相手が誰であろうと、笑顔でニコニコと接していける才能がある。
 ミリオンには私とは違う、持って生まれた資質が役に立っていた。

 王弟妃である、メルローズ様はとても可愛らしい方だ。
 王族としては珍しい恋愛結婚であり、他国でのパーティーで王弟のフレイド様と出会ったらしい。

 今日はそんな彼女が、この家に遊びに来ていた。
 彼女は大国である王家の出身なので、このような庶民的な生活に興味がひかれるらしい。

「今日のお菓子も美味しいですわ」
「余ったパンに小麦の生地を巻いて、その間にチョコレートを挟んで揚げたものです」
「とても美味しいです。私にも作れるかしら?」
「勿論です。良かったら、次は一緒に作りませんか?」
「嬉しい!」

 純粋な王族として過ごしてきたメルローズ様は、その御心の優しさからフレイド様に溺愛されるのも頷けた。
 素直でまっすぐな彼女を見習うべきかもしれない。
 そう思う私に反して、彼女は私を慕ってくれていた。

 王城にいない私に代わって、彼女が実質的に城内を管理してくれている。
 そして、私に色々と情報を教えてくれるのも彼女だ。

 大臣や将軍の言葉に心が動かなかった私だが、彼女の言葉には心が動く。

「あなたに負担をかけて申し訳ないと思っているわ」

 私が紅茶を注ぎながら謝罪する。
 小さな居間兼食卓は、私が作ったテーブルクロスが敷かれ、ささやかに小さな花も飾っていた。
 小さなクッションを背もたれに、メルローズ様は微笑んでくれた。

「負担ではないですわ。むしろ私は大きな顔をして、城内を好き放題にしていますのよ」

 笑う彼女につられて私も笑う。

 この国にきて既に一年が経過した。
 あの村を出てから、あまりにも変わった状況に、やっと心が落ち着いてきた。
 穏やかな昼下がり、私は小さく微笑み返す。

「ところでご相談なのですが、最近フレイド様の嫉妬がひどくって」
「嫉妬?」
「猫や犬だけでなく、私がミリオン殿下と親しくお茶を飲んでいたら、なぜか参加してくるんです」

 つい想像して笑ってしまった。
 マクシ様より一回り大きいフレイド様が、まるで子供のように必死にメルローズ様をとられまいとしている姿が目に浮かぶ。

「本当に困ったものですね、男性というのは」

 私たちは笑いあい、幸せな時が流れていく。



 ◇◇◇◇◇

 少し成長した息子が、元気にこちらに向かってくる。
 あれからミリオンは、こちらだけでなく城で過ごす時間も増えていく。
 ただの子供から、沢山の教育を受けて王族となっていくのだ。
 いつしか乗馬も得意になり、得意げに私の前に降り立った。

「お母さん……違った。母上、ただいま帰りました」
「お帰りなさい殿下。今夜はこちらにお泊りですか?」
「はい、できればそうしたいのです。母上の体が心配です」
「ふふっ、何事もなく順調ですよ」

 おそるおそる、私に近づく愛しい我が子を手招きしてやった。
 いつものベンチに腰かけて、私は大きくなっていく息子を見つめた。

 私と結婚した時の彼と似たミリオンに、優しく微笑んでやる。

「誰もいないから、もういつもの口調でいいのよ?」
「うん、お母さん。お腹はどう?」
「元気に育っているわ」

 新しい命を前に、息子は喜びを隠せない。
 私のお腹に手を当てて、優しく息子はささやいた。

「僕がお兄ちゃんだぞ。元気に出ておいでね」
「いいお兄ちゃんになってねミリオン」
「うん、弟かな? 妹かな?」
「さあ、どっちがいい?」
「どっちでも可愛いがるよ。だから僕、頑張って勉強して鍛えるんだ」

 あの時と同じ誓いをこの子も告げた。

「僕が守るよ。お母さんも、弟も妹も……ついでにお父さんも」
「ついでなのね」

 つい笑って、遠くを見ると、見慣れた青い髪がこちらに向かって来るのが見えた。

 敗戦した生き残りの王族としては、間違った幸せかも知れない。
 けれど、この小さな家にいる私たちは、ささやかで確実な幸せに包まれている。
 何があろうと、これからもずっと。

 長い時を経て歴史書に記載された、ある王妃の記載はこうだ。
 ――マクシミリアン・ファルシオン国王の王妃は謎に包まれている。
 彼女に残された記録は少なく、わかるのは一切公式に姿を見せなかったという事だ。
 残る記録では、王子二人と王女を一人生んでいる。
 王は側室もとらず、この妻を生涯愛し続けた――

 完
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