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第五話
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一階のホールへ、私はたどり着いた。そこには決して現れる事のないであろう楽団を待つ、椅子が並べられている。私は椅子の一つに目を止めた。
影が座っていた。
いや、影のように漆黒のマントを身に纏った男が座っている。奇妙なことにその男に見覚えがない。今、このホテルには私たち研究所のスタッフしかいないはずなのだが。この男も、私が脳内で生み出した幻覚の一つなのだろうか?
私は背後からその男へ近付く。私の気配を感じたのか、男は突然立ち上がった。そして私のほうを振り返る。
彫りの深い端正な顔だちの男だった。男は軽く会釈する。
「こんにちは、斉木美奈子さんですね」
私は頷く。
「私は、長曽我部元春といいます、あ、長ったらしい名前なんで元春と呼んでください」
私の怪訝そうな表情を見て、元春と名乗った男は笑みを浮かべる。
「田端さんから、手紙をもらったんでしょ」
私は頷く。
「私ですよ、魔法使いっていうのは」
「あなたがあの手紙を」
元春は手を上げて、私の言葉を遮った。
「田端さんに会いたくないです?」
私は幻惑を感じた。
「会えますよ、魔法を使えばね」
私は首を振る。
「魔法なんて無いですか? でも、あなた達ですよ。悪魔の封印を解いたのは」
「南極で見付けた、あれを言っているの? あれはただの翼竜です。ウィルスに犯されて変形していたけれど」
元春は、どこか皮肉な笑みを見せる。
「四肢は人間にそっくりでも?」
「ただの奇形です。それにしても、なぜそんなに詳しいんですか?」
「田端さんに、聞いたんですよ」
元春は真っすぐ私を見つめた。
「あなたはあれを本当に、翼竜の死体と信じていますか?」
「あれは」
「でもあなたは」
元春はマントの内側から水晶の球を取り出す。無数の虹を閉じ込めたように輝くその球体は私の心を吸い込む。
「夢を見たのでしょう」
「ゆ、め ?」
ふと私はざわついた気配を感じ、ふりむく。
ホールには、人があふれていた。女たちは星が煌く夜空のように華やかなドレスに身を包み、男たちは立ち上がった影のようなタキシードを纏って彼女たちをエスコートしている。
彼らは、歌うように笑い囁きあっており、踊るような足取りで優雅に歩いていた。皆、仮面をつけているためその表情は、読み取ることができない。
彼らは私の存在を無視しているように、歩き回り語り合っていた。一見華やかのようであっが、あたりの空気はどこか蒼ざめており歩きまわる人々も夕暮れに佇む影のように存在が希薄だ。
私はそのざわめきに酔ったらしく、少し眩暈を感じる。夕暮れから這い出た幽鬼のようにも見える人の波から離れようと、私は人の間を縫って歩く。
ふと、私は気づいた。
そこにいる人々が目を向けていない箇所がある。そこは本来楽団がいるはずであろう舞台。そこには、黒い水のように闇が蹲っている。
そこは、冥界への口であった。しんとした死の気配があたりの浮ついたざわめきを殺し、真冬の空気を思わせる静寂を滲み出させている。
私は自分でも気がつかぬうちに、その闇へ向かって歩いていた。
闇の中から誰かが、私を見つめている。漆黒の人。その人を私は知っていた。
影が座っていた。
いや、影のように漆黒のマントを身に纏った男が座っている。奇妙なことにその男に見覚えがない。今、このホテルには私たち研究所のスタッフしかいないはずなのだが。この男も、私が脳内で生み出した幻覚の一つなのだろうか?
私は背後からその男へ近付く。私の気配を感じたのか、男は突然立ち上がった。そして私のほうを振り返る。
彫りの深い端正な顔だちの男だった。男は軽く会釈する。
「こんにちは、斉木美奈子さんですね」
私は頷く。
「私は、長曽我部元春といいます、あ、長ったらしい名前なんで元春と呼んでください」
私の怪訝そうな表情を見て、元春と名乗った男は笑みを浮かべる。
「田端さんから、手紙をもらったんでしょ」
私は頷く。
「私ですよ、魔法使いっていうのは」
「あなたがあの手紙を」
元春は手を上げて、私の言葉を遮った。
「田端さんに会いたくないです?」
私は幻惑を感じた。
「会えますよ、魔法を使えばね」
私は首を振る。
「魔法なんて無いですか? でも、あなた達ですよ。悪魔の封印を解いたのは」
「南極で見付けた、あれを言っているの? あれはただの翼竜です。ウィルスに犯されて変形していたけれど」
元春は、どこか皮肉な笑みを見せる。
「四肢は人間にそっくりでも?」
「ただの奇形です。それにしても、なぜそんなに詳しいんですか?」
「田端さんに、聞いたんですよ」
元春は真っすぐ私を見つめた。
「あなたはあれを本当に、翼竜の死体と信じていますか?」
「あれは」
「でもあなたは」
元春はマントの内側から水晶の球を取り出す。無数の虹を閉じ込めたように輝くその球体は私の心を吸い込む。
「夢を見たのでしょう」
「ゆ、め ?」
ふと私はざわついた気配を感じ、ふりむく。
ホールには、人があふれていた。女たちは星が煌く夜空のように華やかなドレスに身を包み、男たちは立ち上がった影のようなタキシードを纏って彼女たちをエスコートしている。
彼らは、歌うように笑い囁きあっており、踊るような足取りで優雅に歩いていた。皆、仮面をつけているためその表情は、読み取ることができない。
彼らは私の存在を無視しているように、歩き回り語り合っていた。一見華やかのようであっが、あたりの空気はどこか蒼ざめており歩きまわる人々も夕暮れに佇む影のように存在が希薄だ。
私はそのざわめきに酔ったらしく、少し眩暈を感じる。夕暮れから這い出た幽鬼のようにも見える人の波から離れようと、私は人の間を縫って歩く。
ふと、私は気づいた。
そこにいる人々が目を向けていない箇所がある。そこは本来楽団がいるはずであろう舞台。そこには、黒い水のように闇が蹲っている。
そこは、冥界への口であった。しんとした死の気配があたりの浮ついたざわめきを殺し、真冬の空気を思わせる静寂を滲み出させている。
私は自分でも気がつかぬうちに、その闇へ向かって歩いていた。
闇の中から誰かが、私を見つめている。漆黒の人。その人を私は知っていた。
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