その手紙は、冥界から届けられた

ルサルカ

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第四話

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 私は部屋を出ると、このホテルの中心にあるホールへ出た。螺旋状に上昇していく階段に囲まれた円形のホールは結構広い。四、五十人は入ることができるだろうか。
 この建物を建てた富豪はきっとここでパーティーを開いたり、ホームコンサートを行ったりしたのだろう。
 天井まで吹き抜けになっており、ガラス張りの天井から重い雲に覆われた空が見える。
 緩やかに湾曲する壁面には客船らしく丸い窓がつけられていた。私はその海底を思わせるほど重い静けさに満ちているホールへ向かって螺旋階段を降りてゆく。
 私は一つの階をおりると階段から離れ、廊下へと入り込む。古風なエッチングの風景画や静物画が飾られゴシック調の装飾がなされたその廊下を、私は歩いてゆく。ふっと気配を感じて、私は振り向いた。視界の端に、走り去る人影が見えた気がする。それはおそらく、レースで飾られた古風なドレスを纏った少女の姿であった。
 私はこの建物で時折、ひとの気配を感じる。それは幻覚なのかもしれない。まあ、こんな所に長く監禁されていれば幻覚の一つも見えようものか。
 私は、振り向いて前を向く。今度は行く先の廊下を、淡雪のように白いレースに飾られた黒いドレスを纏った少女が、駆け抜けた気がする。ここでは、何か色々と曖昧な気がした。現実も、夢も、何かその境界が崩れ自由に行き来している。
 私は、ウエイティング・バーに辿り着く。あちこち彷徨ううちにたどり着いた不思議な場所だ。なぜかカウンターの向こうには色とりどりのボトルが整然と並べられており、凛とした空気が保たれている。
 私はいつものように、心の中から彼を呼び出す。彼は私が遊びで作り上げたイマジナリーフレンドみたいなもので、ちゃんと初老のスーツを纏った男の姿をとって私の前に現れる。いうなれば、明晰夢を見ているようなものだ。
 私は彼に、声をかける。

「うんとドライなロンドン・ジンは、あるかしら」

 想像の産物たる彼は、私の方を見ることもなく頷くと返事をする。その顔は暗い影に覆われており、表情は伺えない。

(本日は、ボンベイ・サファイアがございます)

「ギムレットを作って頂戴」

 私は、頷いてそう言った。ロンドン・ジンは時折タンカレーだったり、ゴードンであったりする。意外と芸が細かい幻覚だ。ただ、ギムレットを頼んだのは、今日がはじめてだ。
 彼は手際よくギムレットを作り上げると、グラスを私の前に置く。少し薄暗いバーの中で、硝子が硬質の光を煌めかせた。
 私はそれを手にとり、口にする。明晰夢はちゃんと、甘いギムレットの味を脳内に再現した。そして、それはひとつの記憶を呼び覚ます。
 昔付き合っていた男は、デートの最後に必ずオーセンティックバーにゆく。そして、そこで私たちはアイラスコッチを味わった後、最後にはギムレットを飲むことになっていた。私は、時折別れに寂しさを感じ彼がギムレットを頼んだときにこう零す。

(まだ、ギムレットには早いんじゃあないの)

 その言葉を聞いた彼は、まるでよくできたジョークを聞いたようにクスクス笑っていたものだ。私がその意味を知るのはずっと後で、チャンドラーの長い探偵小説を読んだ後になる。
 私はふとまた気配を感じ、振り向く。少女が笑い声と共に、バーの入口を走り抜けた気がする。私はもしかすると、とても危険な精神状態なのかもしれない。ここでいつか夢と現実の区別を、無くすのかもしれないとも思う。
 ただ、そんなことを考えていてもしかたがなく、私は再び廊下を通って階段へゆくとそこを下っていった。
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