4 / 14
第四話
しおりを挟む
私は部屋を出ると、このホテルの中心にあるホールへ出た。螺旋状に上昇していく階段に囲まれた円形のホールは結構広い。四、五十人は入ることができるだろうか。
この建物を建てた富豪はきっとここでパーティーを開いたり、ホームコンサートを行ったりしたのだろう。
天井まで吹き抜けになっており、ガラス張りの天井から重い雲に覆われた空が見える。
緩やかに湾曲する壁面には客船らしく丸い窓がつけられていた。私はその海底を思わせるほど重い静けさに満ちているホールへ向かって螺旋階段を降りてゆく。
私は一つの階をおりると階段から離れ、廊下へと入り込む。古風なエッチングの風景画や静物画が飾られゴシック調の装飾がなされたその廊下を、私は歩いてゆく。ふっと気配を感じて、私は振り向いた。視界の端に、走り去る人影が見えた気がする。それはおそらく、レースで飾られた古風なドレスを纏った少女の姿であった。
私はこの建物で時折、ひとの気配を感じる。それは幻覚なのかもしれない。まあ、こんな所に長く監禁されていれば幻覚の一つも見えようものか。
私は、振り向いて前を向く。今度は行く先の廊下を、淡雪のように白いレースに飾られた黒いドレスを纏った少女が、駆け抜けた気がする。ここでは、何か色々と曖昧な気がした。現実も、夢も、何かその境界が崩れ自由に行き来している。
私は、ウエイティング・バーに辿り着く。あちこち彷徨ううちにたどり着いた不思議な場所だ。なぜかカウンターの向こうには色とりどりのボトルが整然と並べられており、凛とした空気が保たれている。
私はいつものように、心の中から彼を呼び出す。彼は私が遊びで作り上げたイマジナリーフレンドみたいなもので、ちゃんと初老のスーツを纏った男の姿をとって私の前に現れる。いうなれば、明晰夢を見ているようなものだ。
私は彼に、声をかける。
「うんとドライなロンドン・ジンは、あるかしら」
想像の産物たる彼は、私の方を見ることもなく頷くと返事をする。その顔は暗い影に覆われており、表情は伺えない。
(本日は、ボンベイ・サファイアがございます)
「ギムレットを作って頂戴」
私は、頷いてそう言った。ロンドン・ジンは時折タンカレーだったり、ゴードンであったりする。意外と芸が細かい幻覚だ。ただ、ギムレットを頼んだのは、今日がはじめてだ。
彼は手際よくギムレットを作り上げると、グラスを私の前に置く。少し薄暗いバーの中で、硝子が硬質の光を煌めかせた。
私はそれを手にとり、口にする。明晰夢はちゃんと、甘いギムレットの味を脳内に再現した。そして、それはひとつの記憶を呼び覚ます。
昔付き合っていた男は、デートの最後に必ずオーセンティックバーにゆく。そして、そこで私たちはアイラスコッチを味わった後、最後にはギムレットを飲むことになっていた。私は、時折別れに寂しさを感じ彼がギムレットを頼んだときにこう零す。
(まだ、ギムレットには早いんじゃあないの)
その言葉を聞いた彼は、まるでよくできたジョークを聞いたようにクスクス笑っていたものだ。私がその意味を知るのはずっと後で、チャンドラーの長い探偵小説を読んだ後になる。
私はふとまた気配を感じ、振り向く。少女が笑い声と共に、バーの入口を走り抜けた気がする。私はもしかすると、とても危険な精神状態なのかもしれない。ここでいつか夢と現実の区別を、無くすのかもしれないとも思う。
ただ、そんなことを考えていてもしかたがなく、私は再び廊下を通って階段へゆくとそこを下っていった。
この建物を建てた富豪はきっとここでパーティーを開いたり、ホームコンサートを行ったりしたのだろう。
天井まで吹き抜けになっており、ガラス張りの天井から重い雲に覆われた空が見える。
緩やかに湾曲する壁面には客船らしく丸い窓がつけられていた。私はその海底を思わせるほど重い静けさに満ちているホールへ向かって螺旋階段を降りてゆく。
私は一つの階をおりると階段から離れ、廊下へと入り込む。古風なエッチングの風景画や静物画が飾られゴシック調の装飾がなされたその廊下を、私は歩いてゆく。ふっと気配を感じて、私は振り向いた。視界の端に、走り去る人影が見えた気がする。それはおそらく、レースで飾られた古風なドレスを纏った少女の姿であった。
私はこの建物で時折、ひとの気配を感じる。それは幻覚なのかもしれない。まあ、こんな所に長く監禁されていれば幻覚の一つも見えようものか。
私は、振り向いて前を向く。今度は行く先の廊下を、淡雪のように白いレースに飾られた黒いドレスを纏った少女が、駆け抜けた気がする。ここでは、何か色々と曖昧な気がした。現実も、夢も、何かその境界が崩れ自由に行き来している。
私は、ウエイティング・バーに辿り着く。あちこち彷徨ううちにたどり着いた不思議な場所だ。なぜかカウンターの向こうには色とりどりのボトルが整然と並べられており、凛とした空気が保たれている。
私はいつものように、心の中から彼を呼び出す。彼は私が遊びで作り上げたイマジナリーフレンドみたいなもので、ちゃんと初老のスーツを纏った男の姿をとって私の前に現れる。いうなれば、明晰夢を見ているようなものだ。
私は彼に、声をかける。
「うんとドライなロンドン・ジンは、あるかしら」
想像の産物たる彼は、私の方を見ることもなく頷くと返事をする。その顔は暗い影に覆われており、表情は伺えない。
(本日は、ボンベイ・サファイアがございます)
「ギムレットを作って頂戴」
私は、頷いてそう言った。ロンドン・ジンは時折タンカレーだったり、ゴードンであったりする。意外と芸が細かい幻覚だ。ただ、ギムレットを頼んだのは、今日がはじめてだ。
彼は手際よくギムレットを作り上げると、グラスを私の前に置く。少し薄暗いバーの中で、硝子が硬質の光を煌めかせた。
私はそれを手にとり、口にする。明晰夢はちゃんと、甘いギムレットの味を脳内に再現した。そして、それはひとつの記憶を呼び覚ます。
昔付き合っていた男は、デートの最後に必ずオーセンティックバーにゆく。そして、そこで私たちはアイラスコッチを味わった後、最後にはギムレットを飲むことになっていた。私は、時折別れに寂しさを感じ彼がギムレットを頼んだときにこう零す。
(まだ、ギムレットには早いんじゃあないの)
その言葉を聞いた彼は、まるでよくできたジョークを聞いたようにクスクス笑っていたものだ。私がその意味を知るのはずっと後で、チャンドラーの長い探偵小説を読んだ後になる。
私はふとまた気配を感じ、振り向く。少女が笑い声と共に、バーの入口を走り抜けた気がする。私はもしかすると、とても危険な精神状態なのかもしれない。ここでいつか夢と現実の区別を、無くすのかもしれないとも思う。
ただ、そんなことを考えていてもしかたがなく、私は再び廊下を通って階段へゆくとそこを下っていった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる