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ハーレムの沈鬱
しおりを挟む黒い水となった重苦しい闇の中で、僕は目覚める。
闇は音と光を奪い、部屋の中をジェル状の固体となって埋め尽くしていた。
僕は、ベッドから起き上がる。
夏の夜の空気は、湿って重たい。
それは、呼吸の度に喉の奥に詰め込まれていくようだ。
風を求めて、僕は窓を開く。
僕の部屋からは、125丁目とブロードウェイの交差点を見下ろすことができる。
深夜でも賑あうその通りは、今は廃墟の静けさに包まれていた。
僕は、ふと音の響きを感じて空を見上げる。
それは、可聴域ぎりぎりの低音に思えた。
地の奥底で生まれた振動が空へ上り、再び地上へと帰ってゆく。
そんな、静かで壮大な低音が空から降りてきていた。
僕は、空を見上げる。
地上には、摩天楼が宝石の輝きを散りばめられ聳えていたが、空は星無き黒き闇がビロードとなって覆っていた。
僕は、空を見つめるうちにそうではないことに気がつく。
そして、鳴り響く低音も次第に大きくなってゆき、リズミカルな金属の打ち合う響きも混ざりはじめていた。
空は、巨大な機械が埋め尽くしいる。
それが機械であるのなら、ドレッドノート級の戦艦を数百倍にしたスケールがあるだろう。
夏の夜は、押し殺した熱狂を内に秘めており、その狂った熱情が僕に幻覚を見せているのだろうかとも、思った。
漆黒の霧が風に流されていくかのように、その巨大な機械は姿を顕しつつある。
それは、逆しまになった巨大なコンビナートというべきだろうか。
星々の替わりに幾つものライトが色とりどりの光を放っており、地上に聳える摩天楼が影を薄めるほど存在感を放つ。
巨大な機械は、いつしか轟くような轟音で地上を満たしていた。
その内部では、機械でできた生き物の心臓が脈打っているのではないかと思う。
その機械は、ゆっくりと動いているようだ。
ハーレム川に沿って北東の、ウェストブロンクスのほうへ向かっているのだろうか。
僕の身体は機械の放つ轟音で振動し、機械の一部となって鼓動を共にしていた。
気がつくと僕は、ブロードウェイを歩いている。
あたりの景色が、歪んで見えるのはどうやら僕は水の中にいるかららしい。
僕は、ブロードウェイを満たした水の中から巨大な機械を見上げている。
機械は、水を鈍く振動させそれが透明な血液であるかのように思わせた。
都市は今、ひとつの巨大な機械によってオーガナイズされているかのようだ。
僕はまわりに銀色の影が、行き交っていることに気がつく。
銀色の影は、魚であった。
彼らはひとのように立ち上がり、歩き回っている。
僕は、ブロードウェイを銀色の魚たちと共に歩いていった。
僕はずっと南西へと、下ってゆく。
タイムズスクウェアに聳える摩天楼も水に沈んでおり、色を失い廃墟の灰色に染まっていた。
僕は、それを神々の墓標を見るような気持ちで見上げている。
タイムズスクウェアの向こうに、大きな黒い塔が聳えていた。
その塔は、破壊されたのか、もしくは崩壊しつつあるのか火山の噴火を思わせる赤い炎と灰色の煙を空に向かって吹き上げている。
銀色の鳥のようなあるいは魚のような影が、その塔から天上に向かって立ち昇っていた。
それは、地上から天に向かって降り注ぐ雨に見える。
僕は、足をはやめる。
なぜかというと、あの塔にはあなたが待っているはずだから。
僕は、あなたの優しい笑みと夏の夜のように官能的な肌の香りを思い出していた。
あなたと会うために、僕は漆黒の塔へ向かって急ぐ。
塔の前で誰かが、呼び止める。
「ここから先へは、生きているものは入れないよ」
そのひとは、でも怪訝な顔をして僕を見直す。
「ああでも、君は大丈夫だね」
ああそうだったと、僕は思い出す。
僕の身体は、忘れ去られた記憶のように水に溶けて半透明になっていた。
透けた身体は、忘却した思い出のようにどんどん薄くなってゆく。
ああ、あなたは僕と会っても誰か判らないかもしれないなと思い、少し苦笑すると塔の中へと足を踏み入れた。
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