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第九話
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おれは、いつものように彼女の部屋にいた。
まるで演劇の準備をしている楽屋のように、思わせられる雑然とした薄暗い部屋。
おれはいつものように、彼女が操る物語の登場人物になったような気分になる。
おれは、美しいがラファエロ前派の絵画に描かれるひとのように現実味が乏しい彼女に問いかけた。
「なあ、実際のところおれの話をどう思ってるんだ? 楽しい以外に、何か思うところはあるのかい」
彼女は、三日月のように唇を歪める。
それは、魔女の笑みにも思えおれは少しばかりぞっとした。
彼女は、ふっと吐息をつくと語りはじめる。
「そうね、あなた達はどちらも過剰をかかえ、同時に欠如を持ってる」
彼女は落ち着いた声で、淡々と語る。
「ほんとうは、互いの過剰が互いの欠如に重ねっていれば補完し合うのだけれど」
彼女はそっと、首をふる。
「あなた達のそれは、少しずれている。だから互いに過剰をくらっても、互いの欠如は癒されない、そこで」
彼女はどこか邪悪にも思える、笑みを見せる。
「あなた達は互いを喰らいあう。己食いの蛇みたいに。喰らいあって、消滅するみたい」
うぅむと、おれは唸る。
まあ、よく判らなかったが。
気にするほどのことでもないかと思い、おれは話を続けることにする。
❖
その娘は、おれの大学時代の後輩だった。
彼女はおとこよりおんなの子が好きだったので、性的な意味での付き合いはない。
でも、まあいい友人だったし仲はよかった。
同じ哲学科で、おれはヴィトゲンシュタインの言語ゲームと生成AI技術を比較して語り、教授に「君にヴィトゲンシュタインの話をしても無駄だな」と呆れられたりしていたのだけれど。
彼女はおれと違って、まじめにバタイユとかを研究していた。
ま、正直おれはバタイユって哲学だったんだとか思ってたレベルなんだが。
おれたちは、久しぶりに街なかで偶然再開した。
なぜか彼女はバタイユへの興味を失い、すっかりシモーヌ・ヴェイユに心酔していた。
おれが仕事で倫理観を失った、ていう話をしていたら。
彼女は、こう語った。
■■
酷さ、迫害、非業の死、拷問、恐怖、病苦など。
これらはみな、神の愛なのよ。
神は、わたしたちを愛するからこそ、わたしたちが神を愛することができるようにと、わたしたちに業苦をあたえ遠ざかる。
■■
流石になにいってんだこいつ、と思いはした。
彼女はヴェイユを真似て教師を辞めたあと、工場労働者になったらしいが。
彼女はヴェイユと違ってもの凄く有能で、体力もあったから工場で重宝され、むしろ現場責任者として出世してしまう有り様だった。
工場で業苦を欠片ほども感じれらなくなった彼女は馬鹿馬鹿しくなり工場を辞めてしまい、バイトで食いつないでいたようだ。
その彼女から、変な提案をおれは持ちかけられる。
その提案は、彼女が付き合っているおんなの子と愛を交わしているところを、見ていて欲しい、っていうものだった。
そんな話を聞いた時、なんだその変態プレイはと思ったけれど。
まあ、社会生活で業苦を見出すのは無理そうと思ったので、罪悪を感じることで神に近づけるとでも思ったようだ。
彼女はこう言った。
■■
わたしたちは、逆さまに生まれ逆さまに生きる。
わたしたちは、罪の中に生まれ罪の中に生きる。
わたしは、もとに戻すため神の愛を求めるの。
低き所は、高き所に似ている。
わたしは肉欲の業苦というこの世の最も低き炎に焼かれ、もっとも高き神の身元へと至るの。
■■
まあ何を言ってるのかおれにはよく判らないが、愛ではなく欲望に狂うことで罪悪に落ち、その最低の場所が最高の場所へ通じるはずという謎理論を語っているらしい。
まるで演劇の準備をしている楽屋のように、思わせられる雑然とした薄暗い部屋。
おれはいつものように、彼女が操る物語の登場人物になったような気分になる。
おれは、美しいがラファエロ前派の絵画に描かれるひとのように現実味が乏しい彼女に問いかけた。
「なあ、実際のところおれの話をどう思ってるんだ? 楽しい以外に、何か思うところはあるのかい」
彼女は、三日月のように唇を歪める。
それは、魔女の笑みにも思えおれは少しばかりぞっとした。
彼女は、ふっと吐息をつくと語りはじめる。
「そうね、あなた達はどちらも過剰をかかえ、同時に欠如を持ってる」
彼女は落ち着いた声で、淡々と語る。
「ほんとうは、互いの過剰が互いの欠如に重ねっていれば補完し合うのだけれど」
彼女はそっと、首をふる。
「あなた達のそれは、少しずれている。だから互いに過剰をくらっても、互いの欠如は癒されない、そこで」
彼女はどこか邪悪にも思える、笑みを見せる。
「あなた達は互いを喰らいあう。己食いの蛇みたいに。喰らいあって、消滅するみたい」
うぅむと、おれは唸る。
まあ、よく判らなかったが。
気にするほどのことでもないかと思い、おれは話を続けることにする。
❖
その娘は、おれの大学時代の後輩だった。
彼女はおとこよりおんなの子が好きだったので、性的な意味での付き合いはない。
でも、まあいい友人だったし仲はよかった。
同じ哲学科で、おれはヴィトゲンシュタインの言語ゲームと生成AI技術を比較して語り、教授に「君にヴィトゲンシュタインの話をしても無駄だな」と呆れられたりしていたのだけれど。
彼女はおれと違って、まじめにバタイユとかを研究していた。
ま、正直おれはバタイユって哲学だったんだとか思ってたレベルなんだが。
おれたちは、久しぶりに街なかで偶然再開した。
なぜか彼女はバタイユへの興味を失い、すっかりシモーヌ・ヴェイユに心酔していた。
おれが仕事で倫理観を失った、ていう話をしていたら。
彼女は、こう語った。
■■
酷さ、迫害、非業の死、拷問、恐怖、病苦など。
これらはみな、神の愛なのよ。
神は、わたしたちを愛するからこそ、わたしたちが神を愛することができるようにと、わたしたちに業苦をあたえ遠ざかる。
■■
流石になにいってんだこいつ、と思いはした。
彼女はヴェイユを真似て教師を辞めたあと、工場労働者になったらしいが。
彼女はヴェイユと違ってもの凄く有能で、体力もあったから工場で重宝され、むしろ現場責任者として出世してしまう有り様だった。
工場で業苦を欠片ほども感じれらなくなった彼女は馬鹿馬鹿しくなり工場を辞めてしまい、バイトで食いつないでいたようだ。
その彼女から、変な提案をおれは持ちかけられる。
その提案は、彼女が付き合っているおんなの子と愛を交わしているところを、見ていて欲しい、っていうものだった。
そんな話を聞いた時、なんだその変態プレイはと思ったけれど。
まあ、社会生活で業苦を見出すのは無理そうと思ったので、罪悪を感じることで神に近づけるとでも思ったようだ。
彼女はこう言った。
■■
わたしたちは、逆さまに生まれ逆さまに生きる。
わたしたちは、罪の中に生まれ罪の中に生きる。
わたしは、もとに戻すため神の愛を求めるの。
低き所は、高き所に似ている。
わたしは肉欲の業苦というこの世の最も低き炎に焼かれ、もっとも高き神の身元へと至るの。
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まあ何を言ってるのかおれにはよく判らないが、愛ではなく欲望に狂うことで罪悪に落ち、その最低の場所が最高の場所へ通じるはずという謎理論を語っているらしい。
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