手の届かないあなたへ

紗凪

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手の届かないあなたへ

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「久しぶり」
その一言で、時間が止まった気がした。
振り返らなくても分かる声。
忘れたことなんて、一度もなかった。
でも、振り返るのが怖かった。
だってそこにいるのは、
もう“私の知ってるあなた”じゃないから。

「…元気?」
ゆっくり振り返ると、
帽子とマスクで顔を隠したあなたが立っていた。
それでも分かる。
テレビの中で見るよりも、
ずっと近くて、ずっと遠い存在。
「うん、まあ」
うまく笑えない。
だってあなたは今、
誰もが知ってるアイドルだから。

「こんなとこで会うとか、運命じゃない?」
昔みたいに軽く笑う。
変わってない声に、少しだけ安心する。
「…そういうこと言うの、変わってないね」
そう返すと、あなたは少しだけ目を細めた。

あの頃は、隣で笑ってたのに。
放課後も、帰り道も、
全部一緒だったのに。

「なあ」
あなたが少しだけ真面目な声で言う。
「俺のこと、まだ応援してる?」
ドキッとする。
「してるよ」
即答だった。
テレビに映るたびに見てるし、
新曲だってちゃんと聴いてる。
でもそれは、
“ファンとして”じゃなくて。

「そっか」
あなたは少しだけ笑う。
「ありがと」
その言葉が、やけに遠く感じた。

「ねえ」
気づいたら、口が動いていた。
「なんで別れたか、覚えてる?」
あなたの動きが止まる。
「…覚えてるよ」
少しだけ、苦い顔をする。

『今は夢を優先したい』
そう言ったのはあなただった。

「後悔してる?」
聞いちゃいけないって分かってたのに。
でも、止められなかった。

少しの沈黙。
それからあなたは、静かに言った。
「…してるよ」
その一言で、胸が痛くなる。

「でもさ」
あなたは続ける。
「今の俺があるのは、あの時選んだからで」
「だから、戻りたいとは言えない」

分かってる。
そんなの、最初から分かってる。

「うん」
それしか言えなかった。

遠くで人の声がする。
「やば、行かないと」
あなたは周りを気にしながら言う。

「じゃあな」
その言葉が、やけにあっさりしていて。

ああ、本当に終わったんだって思った。

「…ねえ」
最後に呼び止める。
あなたが振り返る。

「ちゃんと届いてるよ」
少しだけ笑う。

「あなたの夢も」
「あなたの歌も」

「全部」

一瞬、あなたの表情が揺れた気がした。

「…そっか」
小さくそう言って、
今度こそ、あなたは人混みの中に消えていった。

もう、追いかけない。
追いかけられない。

だってあなたはもう、
手の届かない人だから。
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