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「あ! 見てください、ニモですよっ」
小さめな水槽のなかで泳いでいる橙色の魚はカクレクマノミだ。
【カクレクマノミとは、スズキ目ベラ亜目スズメダイ科クマノミ亜科クマノミ属海水魚です。】
へえ……
説明書きを読んでも意味はよくわからない。小さな体が優雅に泳いでいる姿には感嘆の声がもれそうだ。
「かわいいな~」
「とって食うなよ」
「食べるわけ! 俺のことをなんだと……」
「トイレ行ってくる。少しここで待ってろ」
「あぁ、はい」
隼人さんの匂いは心臓に悪い。
俺は元々、人や香水の匂いが好きだ。
なんの匂いなのかわからないものが多いけど、ふわっと香るそれによくドキッとする。
「ねえ君、あの人は友人?」
「え?」
声をかけてきたのは、30代くらいの男だった。
同行者は見当たらない。
それなりの金持ちらしいブランドのバッグに小洒落た服をまとっている。
「友人ですけど、なんすか」
「いや、すごく綺麗だなと思って。男だよね?」
「初対面でそれ聞くの失礼でしょ」
「ごめんごめん、あまりに綺麗な人だから女性だったら申し訳ないと思ったんだ。よかったら、LINE交換しない? オレ、実はモデルやってるんだ。もちろん勧誘じゃないけど、君と仲良くなれないかなって」
「へー。すいませんけど、俺そういうのは受けつけてないんですよ」
正直なところ、ナンパの対応には慣れている。
女でも男でも俺に声をかけてくる人間はよくいるせいで、いまさら喜びもビビりもない。
「オレ、あんな男より金持ってるしブランド物もいっぱいあるよ。君がほしいものならなんでも買ってあげられる」
「そうなんですね、それはすごいな。てことは、NYのバッグとかも買ってくれます?」
「もちろんだよ。あんなのは安いものだ」
「……」
NY、通称ニューディ・ヨーク。
ファッションデザイナーのニューディ・ヨークによって創設された高級ファッションブランドだ。
主に男性層から愛されるNYの魅力に憧れを抱いている俺は、いつか全身NYコーデをしたいと本気で考えていた。
この男は"あんなもの"といったけど、金があるからとNYの価値を否定する人間は嫌いだ。
「あんたみたいな男といっしょに行くくらいなら金も高級品もいらないんで、諦めてください」
「は……? いやいや、調子にのるなよ。オレがここまで言ってやってんのに何様だ」
男に手首をつかまれた瞬間、その手は第三者の介入によって引き剥がされた。
「いって、! おい離せ、いきなり何しやがるっ」
「こいつに手出すなよ。つーか、誰だお前」
「っ……」
隼人さん……やっぱり、かっこいい……
「さっさと諦めろよ。場所考えろ、ガキもいんだぞ」
いたって冷静な声なのに、男の手をつかんだまま力を込めている彼からは怒りのオーラがにじんでいる。
「い、いてててっ、わかった、わかったって!」
「二度と近づくな。わかったか」
「はいっ、わかりましたから!」
情けない声を上げた男は解放された途端に人混みのなかへと紛れていった。
隼人さんが助けてくれた。
それにどこか怒気を感じるのは、俺のことを気にかけてくれていたからだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「いくぞ」
「はいっ」
そっけない態度でいって前を歩きはじめた隼人さんについていく。
こんな些細なことでも心がかき乱される。おれが隼人さんの一番になれたらいいなんて、願ってはいけないことなのに。
「ここってパフォーマンスステージがあるんですね。イルカの」
「ああ、勢いすげえからそのメイクも崩れんぞ」
「うわぁ……メイク道具持ってきてないや」
「要は女になりたくてメイクしてるんじゃないんだよな?」
「え? はい。女になりたいなんて1ミリも思ってないです。きれいなのは好きですけど」
「へえ。大学じゃさほど珍しくもないだろ」
隼人さんは俺が美容好きなのを知っていて、いつもさりげないアドバイスをくれる。
美容師ということもありコスメやメイクテクニックに詳しいわけだ。
「でもなんか、隼人さんとこうやって出かけるのちょっと新鮮ですねー。家にいくこと多かったし」
「今日は家にいると彼女がくるんだよ。あれこれ買えってせがまれて面倒だしお前といる方が楽でいい」
「そ、そうなんですね……大変そう」
「要こそこんなの楽しいの。男とふたりで水族館とか」
「もちろん楽しいですっ、隼人さんと話すの好きなんで」
偽りのない笑みがこぼれて、隼人さんが一瞬だけ眉をゆがめた。
そして手首をつかまれたかと思えば突然、足早に歩きはじめる。
「は、隼人さん? どうしたんですかっ」
通路の脇にある行き止まりの場所に連れてこられると、壁に押しやられてドキッとする。
薄暗いせいで隼人さんの顔がよく見えない。
次の瞬間、首筋に噛みつかれたおれは小さく声をもらしていた。
小さめな水槽のなかで泳いでいる橙色の魚はカクレクマノミだ。
【カクレクマノミとは、スズキ目ベラ亜目スズメダイ科クマノミ亜科クマノミ属海水魚です。】
へえ……
説明書きを読んでも意味はよくわからない。小さな体が優雅に泳いでいる姿には感嘆の声がもれそうだ。
「かわいいな~」
「とって食うなよ」
「食べるわけ! 俺のことをなんだと……」
「トイレ行ってくる。少しここで待ってろ」
「あぁ、はい」
隼人さんの匂いは心臓に悪い。
俺は元々、人や香水の匂いが好きだ。
なんの匂いなのかわからないものが多いけど、ふわっと香るそれによくドキッとする。
「ねえ君、あの人は友人?」
「え?」
声をかけてきたのは、30代くらいの男だった。
同行者は見当たらない。
それなりの金持ちらしいブランドのバッグに小洒落た服をまとっている。
「友人ですけど、なんすか」
「いや、すごく綺麗だなと思って。男だよね?」
「初対面でそれ聞くの失礼でしょ」
「ごめんごめん、あまりに綺麗な人だから女性だったら申し訳ないと思ったんだ。よかったら、LINE交換しない? オレ、実はモデルやってるんだ。もちろん勧誘じゃないけど、君と仲良くなれないかなって」
「へー。すいませんけど、俺そういうのは受けつけてないんですよ」
正直なところ、ナンパの対応には慣れている。
女でも男でも俺に声をかけてくる人間はよくいるせいで、いまさら喜びもビビりもない。
「オレ、あんな男より金持ってるしブランド物もいっぱいあるよ。君がほしいものならなんでも買ってあげられる」
「そうなんですね、それはすごいな。てことは、NYのバッグとかも買ってくれます?」
「もちろんだよ。あんなのは安いものだ」
「……」
NY、通称ニューディ・ヨーク。
ファッションデザイナーのニューディ・ヨークによって創設された高級ファッションブランドだ。
主に男性層から愛されるNYの魅力に憧れを抱いている俺は、いつか全身NYコーデをしたいと本気で考えていた。
この男は"あんなもの"といったけど、金があるからとNYの価値を否定する人間は嫌いだ。
「あんたみたいな男といっしょに行くくらいなら金も高級品もいらないんで、諦めてください」
「は……? いやいや、調子にのるなよ。オレがここまで言ってやってんのに何様だ」
男に手首をつかまれた瞬間、その手は第三者の介入によって引き剥がされた。
「いって、! おい離せ、いきなり何しやがるっ」
「こいつに手出すなよ。つーか、誰だお前」
「っ……」
隼人さん……やっぱり、かっこいい……
「さっさと諦めろよ。場所考えろ、ガキもいんだぞ」
いたって冷静な声なのに、男の手をつかんだまま力を込めている彼からは怒りのオーラがにじんでいる。
「い、いてててっ、わかった、わかったって!」
「二度と近づくな。わかったか」
「はいっ、わかりましたから!」
情けない声を上げた男は解放された途端に人混みのなかへと紛れていった。
隼人さんが助けてくれた。
それにどこか怒気を感じるのは、俺のことを気にかけてくれていたからだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「いくぞ」
「はいっ」
そっけない態度でいって前を歩きはじめた隼人さんについていく。
こんな些細なことでも心がかき乱される。おれが隼人さんの一番になれたらいいなんて、願ってはいけないことなのに。
「ここってパフォーマンスステージがあるんですね。イルカの」
「ああ、勢いすげえからそのメイクも崩れんぞ」
「うわぁ……メイク道具持ってきてないや」
「要は女になりたくてメイクしてるんじゃないんだよな?」
「え? はい。女になりたいなんて1ミリも思ってないです。きれいなのは好きですけど」
「へえ。大学じゃさほど珍しくもないだろ」
隼人さんは俺が美容好きなのを知っていて、いつもさりげないアドバイスをくれる。
美容師ということもありコスメやメイクテクニックに詳しいわけだ。
「でもなんか、隼人さんとこうやって出かけるのちょっと新鮮ですねー。家にいくこと多かったし」
「今日は家にいると彼女がくるんだよ。あれこれ買えってせがまれて面倒だしお前といる方が楽でいい」
「そ、そうなんですね……大変そう」
「要こそこんなの楽しいの。男とふたりで水族館とか」
「もちろん楽しいですっ、隼人さんと話すの好きなんで」
偽りのない笑みがこぼれて、隼人さんが一瞬だけ眉をゆがめた。
そして手首をつかまれたかと思えば突然、足早に歩きはじめる。
「は、隼人さん? どうしたんですかっ」
通路の脇にある行き止まりの場所に連れてこられると、壁に押しやられてドキッとする。
薄暗いせいで隼人さんの顔がよく見えない。
次の瞬間、首筋に噛みつかれたおれは小さく声をもらしていた。
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