薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

文字の大きさ
42 / 94

*

しおりを挟む
「がお~……」

「肇、目が死んでんぞ。もう寝てろ。家に着いたら起こすから」

「やだ……寝たら志野どっかいく」

「どこにだよ。今日は仕事もないし、このまま帰るだけだ」

「ううん」

「…………はぁ、わかった。寝なくていい。ただ手は離すぞ?  運転できねえから」

「……うん」


眠い。
でも、寝るのは少し怖い。
もしかすると、本当に目を開けたときいないかもしれないから。


「心配しなくても、あいつは二度と近づいてこない。肇を脅かす存在は消えた」

「……志野はさ、大丈夫なの」

「なにがだ?」

「おれ……あのオジサンに何回もされてる」

「っ……それを言うな。引き返して八つ裂きにしたくなる」

「汚く、ない?  おれの体」

「あ?  汚くねえよ。あの気色悪い変態の100倍は俺とヤッてんだろ。そのうち記憶ごと消してやるから安心しろ」

「……ぷふ、頼もし。でもおれ、初めて言えたよ。イヤだって、あんなふうに」

「……」

「母さんと縁切るときも、おれは母さんがイヤだって言えなかった。ひとりで生きたいからって嘘ついたんだ。本当はおれのことを空気としか見てないあの人が……ずっと嫌いだった」


そっと頭をなでられる。
言いたかった。
自分の思ってることも、痛みも、志野に言うみたいにぜんぶ言ってしまいたかった。


「お前は優しいな。他人になんて優しくしなくていい、一番大切な自分に向けてやれ」

「志野は……さびしくない?」

「口数も少ない両親だったよ。だが俺は愛されてた。だからいまの人生になにも後悔はしてないし、肇がいてくれればそれでいい」

「そっか」


志野、かっこいいな……
やっぱり大好きだ。
俺の知らなかった家族の形を教えてくれる。

志野もまた、そう感じてるかもしれない。
二度と会えない家族への愛は、きっと誰よりもあるのだろう。


「かぞく……ふふふ」

「お前ほんと素直だなぁ……」

「かいじゅうズコーっ」

「酒飲んでんの?」

「お酒飲めない」

「缶1本でも立てないくらい弱いよな。まじで28かよ。実は4歳とかじゃねーの」

「かいじゅうおいしい」

「頼むから俺の前以外でそういうのすんなよ。確実に誘拐される」

「そういうのって?」

「……いま分かった、やっぱ肇の頭はマシュマロでできてんだな」

「え?  なになに、怖い。なんの話してるの」

「なんでもない。かわいいって言ってんだよ」

「っ……あそ」


志野にかわいいって言われた……
30手前なのに、嬉しい。
熱くなる顔を見られるのはマズいとぬいぐるみに隠したが、志野の顔を見たくなってこっそり盗み見る。

イケメンすぎる……怖いくらいの男前。
前髪が目を少しおおっている。
そこから覗くグレーがかった瞳が、色っぽさを際立たせている。

組織のボスが仮にこんな容姿だったら、いじめられてみたいかも……って。


「あ~っ、おれのバカバカ!  ムリ!」

「うわ、なんだ」

「志野の横顔きらい……死ぬ」

「諦めろ。これから一生見る顔だ」

「いやだぁ……っ、心臓もたない、ファンに刺される、まだ死にたくないぃっ」

「……安心しろ。俺のファンは訓練されてるやつばっかだ。俺が声をかけてくるなと言えば道端で会っても絶対に話しかけてこない」

「それ絶対、志野の顔怖いからじゃん……志野に言われたら誰だってルールやぶるわけない」

「ものは使いようなんだよ」

「……」


ホストの世界はよく知らない。
でも志野の立ち振る舞いにはいつも上品さがあって、なぜかおれまで圧倒される。
真似しているうちにおれも上品な人間になれそうだ。

そして昼前の帰宅。
家についた途端に緊張の糸が切れ、真っ先にベッドへダイブした。


「うぅぅ~っ、ただいまおれの家ぇ」

「そういや今日、一輝がくるっつってたな」

「え、そうなの?  いつ?」

「昼すぎ。何時かは知らねえ」

「それおれ聞いてない」

「ああ、言うの忘れてた」

「一輝さんに言うよ。志野が一輝さんミジンコだと思ってるって」

「どういう解釈してんだ。肇はいいのか?  あいつと会うのは」

「……?」


一輝さんと会うのはずいぶんと久しぶりのことだ。
だから嬉しい。
あの人は初めこそおれを関わると危険な人物扱いしていたらしいが、それは志野を思ってのことで。


「一輝さん、悪い人じゃないし。志野の友達だから、大丈夫だよ」

「悪いな」

「なにに対しての謝罪だ?」

「……ぷ、似合わね。カタコトじゃねーか」

「志野はかっこいいから似合うんだよ」


かっこいい。
声も視線も色っぽくて、見られるだけで下腹部が熱くなる。
さわられたい。
でも恥ずかしくて言えない。


「……」

「肇、腰が動いてる」

「!  ちがっ、ちょっと……かゆくて」

「へえ?  もうやんねえの?」

「……っ、やらない」


ベッドに腰かけた志野が、変な目でおれを見てくる。
どこを向いても恥ずかしさが消えないのに、それを楽しむような視線を感じる。


「な、なに。こっち見ないで」

「べつに?」

「っ……変な顔してる、!  もういいからっ」


志野の顔にぬいぐるみを押しつけた。
おれのことをイヤらしい目で見るから、変な意識を持ってしまった。


「志野のくせにっ」

「どういうことだ。おい肇、顔隠すなよ。顔が怪獣になってんぞ」

「……おれのこといじめるからやだ」

「いじめてないだろ?」

「変な目で見た」

「それはかわいい反応するお前が悪い。俺の身にもなれ」

「……おれのこと嫌いじゃない?  志野がイヤなら、もう……変なことしないから」

「お前ほんとそういうとこな……そうやって男を無意識に煽んなよ」

「?  わっ」


強い力で抱き寄せられ、志野といっしょにベッドへ倒れる。
おれの好きな匂いと熱が伝わって、鼓動が高なった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...