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「はぁー……頭が、ふわふわ……」
深夜1時をすぎても肇は眠れない様子だった。
普段なら22時に就寝するのが当然のようによく寝るはずだ。
『もっしー?』
「一輝、経口補水液とスポーツドリンク買ってからウチに来てくれ」
『え? 全然いいけど、どうした?』
「肇が熱を出した」
『あらあら』
ホストをやっている一輝は深夜帯でも平気で遊び回っていることがある。
肇が1人になるのを怖がっている手前、頼みの綱は一輝だ。
『しゃーない。志野と肇ちゃんのためなら100本でも買っていってやるよ』
「そんなにいらねえよ」
『あはは、嘘だって。つーか志野、人間なんだから熱ぐらい出るっしょ。そんな焦んなくても』
「焦る?」
『ああ、めちゃくちゃ焦ってる。わかるけどなー、肇ちゃんの過去が過去だし、心配にはなるさな。けど熱ぐらいで死なないし、もっと落ちつけよ』
「……」
『待っといて、ついでに栄養ドリンク持ってくわー。どうせ付きっきりなんしょ? 疲れてんなら看病変わってやっから任せな』
焦っている。
一輝に言われたことで、初めて自覚した。
俺は焦っていたのか……
熱ぐらいで、肇が死ぬとでも思ったか。
「……しの……おやすみ、していいよぉー……」
「大丈夫だ、明日は家にいる」
「じゃなくて……志野が、しんどい……俺、子どもじゃないから、大丈夫……」
「……」
やべえ……俺は焦りすぎだ。
肇を幸せにしたいという俺自身の想いが、いつの間にか義務感や責任感となって足枷をしていた。
だからだ。
肇の気持ちと大きくすれ違ったのは。
「……はぁ。すまない……おかしかったのは俺の方だ」
「もう、怖くないから…………ごめんね?」
「一輝が飲みものを届けてくれる。それまでは待っておくよ」
「ありがと……」
肇は俺のそばにいると安心した顔をする。
それが見たいだけだった。
だが、急いだところで状況は変わらない。
俺が混乱していてどうする。
「よっす」
「悪いな、一輝」
一輝がビニール袋をかかえて家にきた頃、肇はパジャマに着替えていた。
少しだけ熱が下がったようだ。
顔色もマシになっている。
「肇ちゃん、やっほ。なにそのパジャマ! かわいすぎんしょ」
「一輝さん飲みものありがとー」
ふらつきながらも笑顔を絶やさない肇が気になって仕方がなかったが、伸ばしかけた手をしまった。
「肇ちゃん寝てないのか?」
「しののんと遊んでた~……」
「これ敷くと冷たくて気持ちいいぞ~。ちょっと顔上げれる?」
「ん」
「OK、ど? ふつうの枕よりいいだろ」
「うんー……きもちいい」
慣れた手つきで肇の看病をこなしてしまう一輝を目にして、やりきれない気分になる。
熱を出してから、肇はあんなに嬉しそうな顔をしなかった。
「よっし、これでもう大丈夫だ。志野、これやる」
「……」
栄養ドリンク……俺にかよ。
「志野はもっと休めよ」
「お前、よく気づいたな。俺が電話しただけで」
「何年いっしょにいると思ってんの? 志野の欠点とか知っててオレはお前を追いかけてきたんだぞー。まだNo.2だけど」
「お似合いじゃねーの」
「うっせ。接客ではオレの方が上だといつか証明してやっからな」
「接客だけかよ」
「どう考えてもヴィジュアルでお前に勝てる気しね~よ。外人並みに顔いいし、オレが肇ちゃんの隣歩いてたらちんちくりんよ」
そういう一輝は努力家の鑑だ。
髪を染めても不潔に見えないヘアスタイルを研究し、いかに顧客が話しやすい接客をするか人一倍学んできている。
ただひとつ大きく不足しているものといえば、自信。
深夜1時をすぎても肇は眠れない様子だった。
普段なら22時に就寝するのが当然のようによく寝るはずだ。
『もっしー?』
「一輝、経口補水液とスポーツドリンク買ってからウチに来てくれ」
『え? 全然いいけど、どうした?』
「肇が熱を出した」
『あらあら』
ホストをやっている一輝は深夜帯でも平気で遊び回っていることがある。
肇が1人になるのを怖がっている手前、頼みの綱は一輝だ。
『しゃーない。志野と肇ちゃんのためなら100本でも買っていってやるよ』
「そんなにいらねえよ」
『あはは、嘘だって。つーか志野、人間なんだから熱ぐらい出るっしょ。そんな焦んなくても』
「焦る?」
『ああ、めちゃくちゃ焦ってる。わかるけどなー、肇ちゃんの過去が過去だし、心配にはなるさな。けど熱ぐらいで死なないし、もっと落ちつけよ』
「……」
『待っといて、ついでに栄養ドリンク持ってくわー。どうせ付きっきりなんしょ? 疲れてんなら看病変わってやっから任せな』
焦っている。
一輝に言われたことで、初めて自覚した。
俺は焦っていたのか……
熱ぐらいで、肇が死ぬとでも思ったか。
「……しの……おやすみ、していいよぉー……」
「大丈夫だ、明日は家にいる」
「じゃなくて……志野が、しんどい……俺、子どもじゃないから、大丈夫……」
「……」
やべえ……俺は焦りすぎだ。
肇を幸せにしたいという俺自身の想いが、いつの間にか義務感や責任感となって足枷をしていた。
だからだ。
肇の気持ちと大きくすれ違ったのは。
「……はぁ。すまない……おかしかったのは俺の方だ」
「もう、怖くないから…………ごめんね?」
「一輝が飲みものを届けてくれる。それまでは待っておくよ」
「ありがと……」
肇は俺のそばにいると安心した顔をする。
それが見たいだけだった。
だが、急いだところで状況は変わらない。
俺が混乱していてどうする。
「よっす」
「悪いな、一輝」
一輝がビニール袋をかかえて家にきた頃、肇はパジャマに着替えていた。
少しだけ熱が下がったようだ。
顔色もマシになっている。
「肇ちゃん、やっほ。なにそのパジャマ! かわいすぎんしょ」
「一輝さん飲みものありがとー」
ふらつきながらも笑顔を絶やさない肇が気になって仕方がなかったが、伸ばしかけた手をしまった。
「肇ちゃん寝てないのか?」
「しののんと遊んでた~……」
「これ敷くと冷たくて気持ちいいぞ~。ちょっと顔上げれる?」
「ん」
「OK、ど? ふつうの枕よりいいだろ」
「うんー……きもちいい」
慣れた手つきで肇の看病をこなしてしまう一輝を目にして、やりきれない気分になる。
熱を出してから、肇はあんなに嬉しそうな顔をしなかった。
「よっし、これでもう大丈夫だ。志野、これやる」
「……」
栄養ドリンク……俺にかよ。
「志野はもっと休めよ」
「お前、よく気づいたな。俺が電話しただけで」
「何年いっしょにいると思ってんの? 志野の欠点とか知っててオレはお前を追いかけてきたんだぞー。まだNo.2だけど」
「お似合いじゃねーの」
「うっせ。接客ではオレの方が上だといつか証明してやっからな」
「接客だけかよ」
「どう考えてもヴィジュアルでお前に勝てる気しね~よ。外人並みに顔いいし、オレが肇ちゃんの隣歩いてたらちんちくりんよ」
そういう一輝は努力家の鑑だ。
髪を染めても不潔に見えないヘアスタイルを研究し、いかに顧客が話しやすい接客をするか人一倍学んできている。
ただひとつ大きく不足しているものといえば、自信。
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