80 / 94
*80
しおりを挟む
「____よかったなぁ、肇ちゃん。はやく退院できることになって」
診察の結果、おれは退院が決まった。
気分の悪さを抑える薬や痛み止めをもらい、目立つ障害がないか数回の通院で様子を見ることになった。
「なんかよくわかんないけど、手続きとか色々やってくれてありがとう。一輝さん」
「いいってことよ。あんま医療費の制度とか肇ちゃんにはよくわかんないっしょ」
「うん。紙もらったけど意味わかんなくて投げた」
「ははは、素直でよろしい」
「助かった、一輝。あとは俺がやる」
「おう、肇ちゃん泣かせんなよ?」
「ああ」
一輝さんと志野の関係は、男同士の友情というのを強く感じる。
おれも亮雅とそんな関係になりたかったのかもしれない。友情は、お金よりも得るのが大変だから。
「やっと帰れるぅ……」
「座席倒すぞ。枕敷くから」
「ん」
冷たい枕が首の後ろに敷かれる。
まだ気持ちが悪くて、あまり自由には動き回れない。
志野のサポートがないと当分は不便しそうだ。
「ぺんぺんぺん太~、ぺん太ぁ」
「いまは気持ち悪くないか?」
「ちょっとだけ、目が回ってる感じする……」
「そうか……しばらく安静だな」
「しの、ごめんね。おれ弱くて」
「弱くねえよ。肇は強いって何度も言っただろ」
「ううん、弱いよおれ。毎日幸せすぎて……どんどん弱くなる」
「……それでいいんだよ。力が強いものが守ればいい。力が弱いものは支援する側だ」
「支援できてる? おれ」
「ああ、十分すぎるくらいにな」
「そか……ならよかった」
志野をサポートする側……
おれはそれを目指せばいいんだ。力が強い人間じゃなくて。
「あのね……志野」
「なんだ?」
「…………またごはん、作ってみたい」
「怖くないか?」
「怖い、けど。でもやってみたい……志野がおいしいって言ってくれなくても、がんばりたい」
「ふ、なら頑張ってみればいい。お前の料理は旨いって、俺が保証する」
「まだ食べてないじゃん」
「食わなくてもわかんだよ」
「うそだぁ~、こげこげの真っ黒にしてやる」
「目的変わってんぞ、ガキ」
「えへへー……なににしようかなぁ」
「からあげ」
「こげこげのからあげ」
「焦がすなよ、絶対」
「はぁ~い」
志野のためにできること、きっとたくさんある。それをがんばってみよう。
帰宅してすぐ、おれは志野の書斎からレシピ本をリビングに持ち出してきた。
「肇、そういや手は」
「動くようになってきたよ、ほら。グーパーできる」
「本当に一時的なものだったのか……よかった」
「しのたんは優しいでしゅね」
「赤ちゃんの面倒見るのは大変だ」
「あ、おれ怒った。お肉まるまる揚げよ」
「バカ野郎」
「志野ー、手貸してぇ。キッチンいきたい」
「首痛めてんだから今日無理しなくてもいいんだぞ」
「もぉ、心配性だな~。今日やってみたいの。おれ動き回ってないと死ぬんだよ」
「生きてんじゃねえか。本当に気分が悪くなったら無理するなよ? 殴るぞ」
「おっかなーい」
首に巻いている冷たいタオルのおかげで気持ちいい。ふらふらしないし、今ならおいしいからあげが作れる気がする。
「からあげってなんでこの名前か知ってる?」
「考えたこともなかった」
「から星人を揚げてるからなんだよ……びっくりだよね」
「……お前の頭にびっくりだよ」
「てへ、なんてね。中国の唐ってとこではじめて作られたからなんだって~」
「調べたのか?」
「うん、志野の書斎あさってたら見つけた」
「からあげの歴史なんて本買ったか……?」
「中国ってどこにあるの? 丸之内の近く?」
「高卒認定試験のテスト内容にあっただろ。中国はそもそも日本じゃない、海を隔ててる。俺たちと同じ言語は話さない」
「そういえばスマホで見たよっ、なんか変な言葉しゃべってた! ハムラバヌエホントン! みたいな」
「中国語がそれだよ。たいていは日本語で話しかけても通じないから気をつけろ」
おれは好奇心旺盛だ。
もっとたくさんの世界が見てみたいし、志野といろんな所へ行ってみたい。
死ぬまでにやりたいこと100。
おいしいプリンが食べられて、あったかい布団で眠られて、海に行くことができて、次はなにをしようかな。
診察の結果、おれは退院が決まった。
気分の悪さを抑える薬や痛み止めをもらい、目立つ障害がないか数回の通院で様子を見ることになった。
「なんかよくわかんないけど、手続きとか色々やってくれてありがとう。一輝さん」
「いいってことよ。あんま医療費の制度とか肇ちゃんにはよくわかんないっしょ」
「うん。紙もらったけど意味わかんなくて投げた」
「ははは、素直でよろしい」
「助かった、一輝。あとは俺がやる」
「おう、肇ちゃん泣かせんなよ?」
「ああ」
一輝さんと志野の関係は、男同士の友情というのを強く感じる。
おれも亮雅とそんな関係になりたかったのかもしれない。友情は、お金よりも得るのが大変だから。
「やっと帰れるぅ……」
「座席倒すぞ。枕敷くから」
「ん」
冷たい枕が首の後ろに敷かれる。
まだ気持ちが悪くて、あまり自由には動き回れない。
志野のサポートがないと当分は不便しそうだ。
「ぺんぺんぺん太~、ぺん太ぁ」
「いまは気持ち悪くないか?」
「ちょっとだけ、目が回ってる感じする……」
「そうか……しばらく安静だな」
「しの、ごめんね。おれ弱くて」
「弱くねえよ。肇は強いって何度も言っただろ」
「ううん、弱いよおれ。毎日幸せすぎて……どんどん弱くなる」
「……それでいいんだよ。力が強いものが守ればいい。力が弱いものは支援する側だ」
「支援できてる? おれ」
「ああ、十分すぎるくらいにな」
「そか……ならよかった」
志野をサポートする側……
おれはそれを目指せばいいんだ。力が強い人間じゃなくて。
「あのね……志野」
「なんだ?」
「…………またごはん、作ってみたい」
「怖くないか?」
「怖い、けど。でもやってみたい……志野がおいしいって言ってくれなくても、がんばりたい」
「ふ、なら頑張ってみればいい。お前の料理は旨いって、俺が保証する」
「まだ食べてないじゃん」
「食わなくてもわかんだよ」
「うそだぁ~、こげこげの真っ黒にしてやる」
「目的変わってんぞ、ガキ」
「えへへー……なににしようかなぁ」
「からあげ」
「こげこげのからあげ」
「焦がすなよ、絶対」
「はぁ~い」
志野のためにできること、きっとたくさんある。それをがんばってみよう。
帰宅してすぐ、おれは志野の書斎からレシピ本をリビングに持ち出してきた。
「肇、そういや手は」
「動くようになってきたよ、ほら。グーパーできる」
「本当に一時的なものだったのか……よかった」
「しのたんは優しいでしゅね」
「赤ちゃんの面倒見るのは大変だ」
「あ、おれ怒った。お肉まるまる揚げよ」
「バカ野郎」
「志野ー、手貸してぇ。キッチンいきたい」
「首痛めてんだから今日無理しなくてもいいんだぞ」
「もぉ、心配性だな~。今日やってみたいの。おれ動き回ってないと死ぬんだよ」
「生きてんじゃねえか。本当に気分が悪くなったら無理するなよ? 殴るぞ」
「おっかなーい」
首に巻いている冷たいタオルのおかげで気持ちいい。ふらふらしないし、今ならおいしいからあげが作れる気がする。
「からあげってなんでこの名前か知ってる?」
「考えたこともなかった」
「から星人を揚げてるからなんだよ……びっくりだよね」
「……お前の頭にびっくりだよ」
「てへ、なんてね。中国の唐ってとこではじめて作られたからなんだって~」
「調べたのか?」
「うん、志野の書斎あさってたら見つけた」
「からあげの歴史なんて本買ったか……?」
「中国ってどこにあるの? 丸之内の近く?」
「高卒認定試験のテスト内容にあっただろ。中国はそもそも日本じゃない、海を隔ててる。俺たちと同じ言語は話さない」
「そういえばスマホで見たよっ、なんか変な言葉しゃべってた! ハムラバヌエホントン! みたいな」
「中国語がそれだよ。たいていは日本語で話しかけても通じないから気をつけろ」
おれは好奇心旺盛だ。
もっとたくさんの世界が見てみたいし、志野といろんな所へ行ってみたい。
死ぬまでにやりたいこと100。
おいしいプリンが食べられて、あったかい布団で眠られて、海に行くことができて、次はなにをしようかな。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる