薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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「嫌いになった?」

「んなことで嫌いになってたら俺はいまごろ全人類が嫌いだ」

「でも絶対にその人たちの方が価値あるよ……」

「頭から水ぶっかけるぞ。お前は俺の言葉を信じてればいいんだよ、バーカ」


否定人間にとって、志野のような考え方ができる存在にすごく救われる。
言うなればおれの神さまだ。


「おれの神さま……」

「……んで、通り魔の情報は?」


おれだけの神さまは、カウンターにあごを乗せたおれの目を手でふさいできた。
手をどけようにも握力で勝てない。


「それが、被害者の証言がどれも一致しないようで、捜査が難航しているのです。被害を受けたのは現時点で4人……現場はすべてこの近辺です」

「犯人のなにが一致しないんだ?」

「身長や体型、服装にいたるまでです。気をつけようにも特徴が異なりすぎてみな外出に怯えていると」

「……それだけのことでニュースになってないなら極秘の捜査だろ?  あんたはなんで知ってるんだ」

「関係者ですから、私は」

「え、お兄さん刑事なの?  かっこいー!」


目が見えない状態でワクワクした気持ちを表すと志野にまた口をふさがれた。


「肇、お前ちょっと寝てろ。色々と危ないからなにも聞かなくていい」

「ふふん、んんんー」

「あはは、肇様は愉快な方だ。申し訳ございません、志野様。本来、あなた様にもお話すべきではないのですが」

「俺は警視庁捜査一課に知り合いがいる。ここらの管轄だろうし、あんたが言わなくても嫌でも耳に入ってくるだろうよ」


そういえばおれが誘拐されたとき、志野は捜査一課の誰かに事情を説明して厳重注意で済んだと言ってた。
それに看護師にも知り合いがいる。


「志野、知り合いたくさんいるのになんで電話番号もってないの?」

「しゃべらないと死ぬのか、お前……」

「うん、死ぬ」

「はぁ。……肇を家に連れ帰りたい衝動で一番身近な人間の連絡先を消したけどな、あのあと数人から偶然電話があって連絡先を消すなって散々言われた」

「……ぷふっ、なにそれ。おれのことめっちゃ好きじゃん。てかポンコツだ」

「うっせえ。だからそう言ってんだろ、鈍感。初恋相手がまさかこんなクソガキだとはな……」

「____え?」


初恋?  え?  なに言ってるの?


「ハツコイ?  エ?」

「……肇、うちに帰ったらお仕置きな」

「えぇぇっ!  ちょっと待ってよ、聞いてない聞いてない!  志野の初恋おれなの!?」

「ああ、そうだよ……なんか文句あるか、エロガキが」

「…………初恋は叶わない恋って聞いてたのに」

「なに情報だよ」

「小学生のとき、クラスメイトの田中が言ってた……だっておれも初恋、だし」

「田中に信頼寄せすぎだろ。ガキ守ってるときもその名前聞いたぞ」

「そだっけ?  あ、お兄さーんおいしいカクテルくださぁい」

「かしこまりました」


どうしよう、おれの顔が赤くなってるのが志野にバレる。
はやく飲まないと。
志野の初恋がおれとかそんなのあり得ないってー……

渡されたカクテルをさっと手にとり、躊躇なく口内に流しこむ。
志野にバレるのは恥ずかしい。
おれは照れてない、お酒飲んで赤くなっただけ……!


「おい肇、がぶ飲みはするな。体に悪すぎる」

「んんぅっ、おれのお酒ー!」

「なに焦ってんだよ。お前、想像以上に結構バカだよな」

「なっ」

「まともに飲めない酒をわざわざ飲みだすところがバカだ」

「うるさい……お兄さん、しの虫がおれの耳許で飛び回ってる。退治して」

「ふふ、仲がよろしいようで」

「……お兄さんが言ってる犯人ってさ、たぶん同一人物だよねー」

「肇様はそうお考えですか?」

「だって複数人でわざわざ交代しながら毎日人を襲うって、あまりにも効率が悪すぎる」

「……肇、俺が続けたのが問題だった。もうこの話は終わりだ」

「ええ、そうですね。深入りは危険です。私がここにいるのも偵察のうちですので、誰かに気づかれてもいけません」


それ、おれたちはいいんだ……
無害に見えたのかわからないけど、なんだか変なひとだ。


「志野ぉ……なんかきもちわるい」

「飲むからだよ」


車に乗りこみ、重たいまぶたをこする。


「……トオリマ、だっけ?」

「通り魔な。しばらくのあいだは俺から離れんなよ」

「殺したい人がいるとしか思えない。たとえばさ……殺したい人がいるけど自分だとバレたくないから、何度も変装をして複数人のとおり魔に見せかけて殺すとか」

「……肇、とにかく俺から離れるなよ。絶対だ」

「うん……」


志野には、言えない。
バーにいたときから感じていたこの視線。
きっとおれの気のせい、だよな。
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