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餅米

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リダウト

No.05

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「…り、理不尽だ。これは良くないですよ、リヒトさん…。暴力じゃ何も解決しません…」
「…まだ文句が?」

不満げに頭を擦るシウを、ドスの効いた低い声色で黙らせる。そんなやりとりをしつつ、カウラの出入り口に向かおうとした時、

「ありゃ、リダウトの坊主じゃねえか」

不意に、背後から声を掛けられる。見れば、一人の男性が立っていた。角刈りで黒髪の、歳は四十代半ばくらいで、白いタンクトップ。枯れ草色のズボン。膝には、黒い布が当てられている、農作業をするような服装をしていた。体格はがっちりとしていて男らしく、強面だが、人の良さそうな笑みを浮かべている。

「親父さん、久しぶり!元気だった?」
「おう!坊主も…変わりねぇようだなぁ」
「うん、オレはいつでも元気だよ」
「ハハッ、そりゃいいことだ!若者は、活気がなけりゃいけねぇ。お前くらいの年は、まだまだ老けるには早すぎるからなぁ」
「あはは、親父さんも若いじゃん、なに言ってんの。これからだろ、これから」
「お、言うなぁ坊主!お前みたいなのから若いと言われる日はくるたぁなあ」

豪快な笑い声。

「…ん?」

暫く会話を続けていると、ふと、全くこちらに見向きもしないリヒトの姿に気付いた男性が、はたとして、視線をそちらに向けた。口許を吊り上げ、近付く。

「よぉ」

変化した口調。

「久しぶりだなぁ、ガキ。少しは、でかくなったんじゃねえか?」

シウと話していた時と同じような、しかし明らかにさっきの態度とは違う。わざとらしく、皮肉を込めたその言葉に乗せて、リヒトに投げる。

「ま、ちいせぇには変わりねぇよな」

笑い飛ばす男性。相変わらずリヒトは、そっぽを向いたままで、こちらを見ない。いつの間にか、周囲には村人が数人集まってきていた。男性は、尚も笑う。

「あいつは、いるのか?」

そう問いかけた瞬間、リヒトはようやくこちらに視線を寄越す。けれど視線だけだ。顔までは向けようとしない。俯き加減で、前髪で目が少し隠れていて、よく窺えない。ややあって、

「…さっさと行くぞ」

ボソリ、呟いた。シウの返答も待たず、足早でフォレスタに歩いていく。有無を問わない、といった感じだ。

「返事もできないらしいな」
「ふん、上司があんなだから、仕方がないじゃないか。なにを今更」
「人としての礼儀もなっていないとは…いや、人なんて大層なものではなかったな」

後に、笑い声。なにが可笑しいのか、なにが面白いのか。近くで聞いていたシウだが、結び付く根拠は想像できない。控えはしない陰口を叩く村人に、わざわざ反応はしない。そんなリヒトに、シウは事態が飲み込めないまま、従うしかなかった。

「じゃあ、親父さん、また」

男性に一言だけ告げる。離れていく間際でも耳に入る村人の声。その意味は分からない。が、男性が、あいつ、と発言した時、村人を静かに一瞬、シアンブルーの瞳に写していた。嫌悪、軽蔑…。それらの感情を滲ませていた。ようだった。気のせいかもしれないが、先でロトに示していたものと全くもって酷似していた。よく分からないが、彼の後を付いていくしかなかった。



*****



首領の間。
机案を挟んで、シウとリヒトはルーザーと向かい合う。今回の目的…、カウラで行った情報収集の報告を終えて、一息。

「そうか…、では、特に変化はなかったと…」
「はい、残念ながら」

ですが、とリヒトが続ける。

「気になる噂はありました」
「噂?」
「はい」

それは、この大地、アズカルドに古来から伝わる言い伝えから派生されたものだった。その遥か昔、天界という異空間で天空神という天界を統べる神の力を我がものにせんとしたひとりの神が、他の神々を引き連れ戦争を起こした。大まかに纏めるなら、そういう内容である。そして争いにより天界は崩れ、その欠片が下界に降り注いだ。神々の亡骸と共に。亡骸といえば連想してしまうのは“死”という生命の終わりを表すものだろう。それが奇しくも、そう伝承されているにも関わらず、出てきたのは“死”ではなく長い“眠り”である。信者は、神は“死”というものを持ち合わせていない。ただ“眠っている”だけなのだと宣う。神々が眠る、とアズカルドの地が詠われているのも、その由縁だ。そして憶測もままならない膨大な力を備えていた存在であったので、この大地に留まり切れない力の余分が、今になってこの世界に干渉してきているのではないだろうか。また、魔物が出現した原因も、そこにあるのではないだろうか。
信じているわけではない。リヒトは、淡々と、話を端まで伝え、ルーザーに意見を促す。報告は報告だ。

「―――なるほど、そんな噂が…」
「はい。…ルーザーさんはどう思われますか?」
「確証はないが…。興味深い話ではあるな」
「…そうですね」

ふむ。
ルーザーは顎に指を置いて考える。噂は、あくまで噂だ。だがその中にも真実はあるかもしれない。

「そうだな…、またカウラに向かってもらうのもよしかもしれないが…」

ルーザーは視線を上げて、二人を見る。
即座に反応したのは、シウだった。

「え、マジですか」

瞬間、横腹に衝撃を受けた。痛みに絶句し、その場で身悶えるシウ。原因は隣に立っている人物だ。引き金を引いたのは紛うことなくシウ本人であるが。人体の急所ともいえる部位を、平手を水平にした状態で勢いよく叩かれた。暗に『話は最後まで聞け』という事だったのだろう。
それにしても容赦のない叱咤である。

「…いつものことなので、気にしないでください」

涼しい顔で平然と言って退けるリヒトに、その様子を見ていたルーザーは、

「…そうか」

相槌を打つのみだった。特に疑念を抱く訳でもなく、完璧に流そうといている。…ように見えた。どうでもいいとか、差し支えのない些細なやりとりだとは思ってはいない。そう、思ってはいないのだ。そこまで大それた問題にする程でもないだろう、と。

「…して、」

ややあって、仕切り直しだと、ルーザーは再び二人を交互に見る。

「明日は、ラフルスに向かってもらおうと思う」
「ラフルス、ですか」

リヒトは目を伏せ、考える素振りをする。

「…確かに、カウラ住民の見聞のみでは、判断は難しいですね」
「ああ、範囲が狭い。欲しい情報は掴めないだろう」

リヒトが同意の発言をすると、ルーザーは机案に広げられていた書類の一枚を手に取る。すっ…、微かな紙が擦れる音。文字の羅列を辿るために、パープルの瞳を左右に流した。

「それに、カウラとラフルスは隣町同士だ。似通った空気がある。もしそれが漂うならばラフルスしかない。或いは、掠める程度すらない。これも、なきにもあらずだがな」

そう述べた。
リヒトは、ルーザーの言葉が切れたのを確認すると、ほんの少しの間を置いて、それから口を開く。

「…分かりました。明日、ラフルスに向かい、情報を得てきます」

長くもなく、短くもない間隔で決した承知の意思を表した。ルーザーは、書類から目を放す。

「ああ、頼んだ」

次にシウを見た。

「シウ、ラフルスに行くのは初めてだったな」
「え。あ、はい」
「ラフルスは、ここから道なりに北へ進めば直に着く。道は、リヒトが教える」

───ラフルスという町は、ルーザーも先程言っていたが、隣町ということもあってカウラとよく似ている。調査するのもその町を見回る方がより視野が広がり、情報を得るのは容易い。何せ一番カウラに近い町だ。変化があろうがなかろうが、それはそれで立派な結果に成る。

「はい」

シウが頷き、ルーザーも「よし」と認めた。

「二人共、魔物の出没は少ないようだが、いつどう変化するかまでは分からない。くれぐれも油断するなよ」
「はい」
「…以上。では、自室でしっかりと休んでくれ。散」

解散の合図に、リヒトは一歩引いて、旋毛が見えるか見えないかくらいに屈み、折り目正しく一礼した。そして踵を返し、首領の間を後にする。シウも見計らい、軽く礼をすると、リヒトの背中へ続いていった。…遠ざかる足音に耳を傾け、気配が次第に薄れていくのを窺知したルーザーは、どこにでもなく、そっと紡いだ。

「…俺だ。こちらの現状についてだが───」


*****


階段を下り、自室へ戻ったシウ達は手早く明日の段取りをする。少し遠い町のようなので、持ち物や装飾品等をすぐに取りに戻ることは出来ないからだ。常に前日から準備を整えておくのは基本だが、シウは明日早く起きてやればいいんじゃないかと思った。疲れてるんだから今日はもう寝たいと。しかしリヒトはそれを流すように叱咤すると、微妙な長さの説教をしながら、自分の持ち物を整理していった。それを聞いて、うんざりしつつも、シウも渋々と道具や装備を確認していった。これを毎日はなぁ、と、煩わしささえ感じているのだった。当たり前の事前に行うべきものを省こうとするシウに、いつものことだと、リヒトは気にも止めずまたも流しながら、されど律儀に返答をする。そうしていると、もう準備は終わっていた。あまり時間は掛からない作業である。忘れ物はないか、見落としはないか、色々な事柄を想定して準備をしていたか、それらも再三確かめて、そこでやっと就寝が出来る。明日は早い。道程を考慮して行動せねばならない。シウとリヒトは互いのベッドに腰を下ろし、本日あったことを話する。アズカルドの言い伝え、魔物のこと、村人のこと。聞いた話、世間話…。

「そういえばさ、あの、あれ」
「何だ」
「アズカルドに伝わる話」
「言い伝えか」
「そうそれ」

先程、首領の間での報告内容にあった件だ。

「いい加減覚えろ。話じゃない、言い伝えだ」

シウが放った言葉の部分的な箇所に焦点を当て、すかさずリヒトが訂正する為に言った。呆れた口調のようだが、蛇足だとはこれっぽっちも思っていない。

「えー?別にいいだろ?伝わるんだから」

細かいこと言うなよ。シウは自分の意見が否定されたことに対して、口を尖らせ文句を付ける。ぶーぶーとブーイングをしている様子は、まるで子供のようだった。いや、17歳という微妙な年頃だが、年齢的にはその『子供のような』というのは、事実子供であるので間違いではなかった。

「そういう問題ではない」

それにしても幼稚ではあるーーー動作には触れず、会話に含まれた単語についてをぴしゃり、と叩いて落とすリヒト。

「少しの違いで解釈は変わる。それに今回だけではない。自分が理解していても、相手にとってはそうではないかもしれない。もしかすると、自分とはズレた答えを出すかもしれないだろう?」
「でも、お前は分かっただろ?」
「オレはな」

アズカルドに伝わる話といえば、生憎アズカルドの地に受け継がれてきた言い伝えだという結論にしか至らない可能性は必ずといっていい程ある。そもそも例え話にもならなかった。
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