異世界へようこそ

飛狼

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第二章 森都グラナダ

◇親思う心にまさる親心と言うけれど。

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「なぁタンガ、やはりハンターのギルドでは駄目なのか?」

「まぁな。このグラナダでは……ヒューマンの地位はそれほど高くない。特に、ハンターギルドは酷いぞ」

 タンガはばつが悪いのか、顔をしかめ言いにくそうに答えていた。

「うぅん、それならやっぱり商業ギルドかぁ」

 俺はため息混じりに呟くと、昨日の事を思い出す。

 昨日の昼過ぎには、ようやく森都グラナダに辿り着いたものの、サラの弟が俄に死病に取り付かれているとの話で、サンタール家の屋敷は大騒ぎとなっていた。そのため、その日の夕刻には俺が弟さんの治療にあたる事となってしまったのだ。
 俺の見立てでは、その死病は魔族による【死の宣告】。所謂、呪詛と言われる呪いだと見当をつけた。だが、魔族などここ百年以上姿を見掛けた事がないらしい。だから、サラの父親にはあまり信用されず、今も司祭達による弟さんへの治療が続いている。
 しかし、霊薬を与えた事で、一時的にではあるが少しは回復の兆しを見せた事も事実。だから、サラがサンタール家を総動員して魔族の捜索を行う事も、父親のケインは苦々しい表情を浮かべながらも了承していた。

 まあ、実際は我が子が心配で藁にも縋りたいというのが本音のようだ。立場上、俺のようなヒューマンに良い顔は見せたくないようだが、この異世界でも、親が子を思う心は俺のいた日本と何ら変わりはないみたいだった。
 そんな訳で、サラ達は今、魔族を捜索するため、呪いに掛かる前のルークの行動を中心に探索を行っている。それは、俺が魔族と直接出会った事があるはずだと言った事を、信用しての行動だった。
 そして俺はというと、このグラナダでは土地勘がある訳でもなく、探索には協力できそうにもない。だから、サラ達が捜索をする間、街の中を自由にうごけるようにと、身分を証明するカードを作ることにした。それには、何処かのギルドに登録する必要があるということなので、タンガの案内のもと街に繰り出していたのだ。

 それと、魔族を発見した後の討伐メンバーに、何故か俺も入っているらしい。引き受ける返事をした覚えもない所か、聞かれた覚えすらない。なのに、何故か当然のようにメンバーに入っていた。その事についてタンガに尋ねると、「へっ」と、首を傾げて変な顔される始末だ。
 この脳筋馬鹿は、俺が喜び勇んで厄介事に飛び込むとでも思っているのだろうか……ったく。
 何とも酷い話だが、魔族の事を言い出したのは俺なので、今更断る訳にもいかず渋々ながら引き受けるしかなかった。
 平和な日本で暮らしてきた俺とは違って、この世界の人々は魔獣などと戦ったりと、命を危険に晒す事自体が日常茶飯事なのかもしれない。もしかすると、この世界では命の重さが、軽いのかも知れないな。どうしてもそんな風に考えてしまう。これが、文化の違いなのかとも思ったりもする。
 だから俺としては、少しでも魔素(経験値)を取り込むため、魔獣討伐を主な仕事にしているハンターのギルドに登録したかったのだが、それはどうやら不味いらしい。

「おい、ヒューマン! 人の話をちゃんと聞いているのか」

 考えに没頭していると、横にいるタンガから少し尖った声が飛んできた。

「あぁ、すまんすまん」

「ったく、人がこのグラナダの説明しているのに……あれか、またカリナの事でも考えてたのか」

 タンガがにやにやとした笑いを浮かべていた。

「なっ、またって、なんだよ。俺とカリナはそんな……」

「そうかぁ? 俺には随分と仲が良さそうにしているように見えたが」

 そう言うと、タンガが豪快に笑い声をあげて、俺の肩をばしばしと叩く。この脳筋馬鹿は力加減を知らないから、結構痛いんだよ。

「止めろよな、そんな話。カリナが知ったら迷惑に感じるだろ」

「そうかぁ、カリナも満更でもなさそうに見えるけど」

「だから、その話はもう止めろって。それより、お前の方こそ仮にも主であるサンタール家が大変な時に、俺の案内なんかしていて良いのかよ」

「んっ……俺にはルーク坊の治療することも、魔族を探し出す才覚もない。あるのはこの命を掛けて戦うだけ……」

 急に厳しい顔をしたタンガが、何処か覚悟を決めたような口調で答えた。しかし、直ぐに相好を崩すと、「まぁそういう訳だ。お前も一緒だろ」と言ってまた笑いだした。

 ――全く……こいつはやはり脳筋野郎だな。

 俺はお前みたいに、おめでたい男じゃないぞ。一緒にしないで欲しいものだ。
 だが、自然と顔が綻んでくる。それは、そんな脳筋野郎を俺は嫌いではなかったからだ。
 俺もぽんとタンガの背中を叩くと、にやりと笑って返す。すると、タンガがきょとんとした顔して物問い気に顔を向けてきた。

「何でもないさ。それより話の続きだが、このグラナダでは、そんなに種族による身分制度に厳しいのか?」

「そうだ……だが、他の国に比べると、まだここは増しな方だと思うぞ。中にはヒューマンを奴隷のように扱う国もあると聞く。ま、そういう訳で、ギルドについても種族による棲み分けが出来ている。俺達獣人はハンターギルド、ドワーフ達は工業ギルド。そして、ヒューマンは商業ギルドといった感じでだ」

 ほぅ、やはりドワーフなんかもいるのか。そういえば、俺は武器や防具といった装備を何ひとつ持っていない。いや、あるにはあるのだが、全てレア物なので装備する事が出来ないだけなのだが。後で、タンガに武器屋にも案内してもらうかな。

 それにしても、この世界ではやはりヒューマンの地位は低いようだ。街の中を案内されながら歩く間、タンガからこの国の事を色々と聞いた。
 この国は森都グラナダを中心として、周辺の村々を傘下に治める、所謂、都市国家と呼ばれるものだった。だから国名も、この都市と同じグラナダ。都市の人口は、約10万人。その内の千人ほどが、エルフである支配層であり、塔の周辺に住んでいる。その周りを囲むように、騎士や兵士など、主に戦闘に関した職業につく士族と呼ばれる獣人達の住む地区があり、外周部にヒューマン達が住んでいる。ヒューマンは農業や商業を主な職業として、約5万人ほどが住み暮らしているらしい。商人については、何かを産み出す訳でもなく、ただ商品を運ぶだけの卑しい職業だと思われているようだった。
 国を富ますには流通も大事だと思うのだが、どうもこの世界では様子が違うようだ。もっとも、俺のいた日本などの元々いた世界の国々も、昔は商人の地位は低かったと聞いた事がある。それと似たような感じなのかも知れないな。
 それと、他の国も似たような規模の都市国家ばかりという話だ。
 しかし、大昔には多数の街を治める大きな国もあったらしいのだが、世界を巻き込む大戦が勃発して人口が激減したらしく、今は都市国家があちこちに点在するだけらしい。そのあたりの事は、タンガも詳しくは知らないようだった。

 『ゼノン・クロニクル』では、都市国家などは無く、普通に多数の街を持つ国が当たり前だったが……。もしかすると、その大戦以前のこの世界を模して作られていたのか。そうなると、ゲームを運営していた企業のアッシュルの思惑が、何かあるのだろうか。そして俺をこの世界に転移させた事にも……。

 幾ら考えても謎が多すぎて、何も答えが出てくるはずもない。

 俺はため息をひとつそっと溢すと、改めて周りに視線を向ける。

 街の通りを歩く俺達は、いつしか獣人街を抜けて、ヒューマン達が暮らす地区へと入っていた。
 商業ギルドの建物はこの地区の先、昨日到着した港湾施設の中にあるらしい。
 港に近付くにつれて、通りは騒々しく賑やかになっていく。

「昨日も思ったが、随分と賑やかだな」

「あぁ、来月には新緑祭が控えているからだ。どこも、それの対応に追われて忙しいのだろう」

「新緑祭?」

「そうか、お前は知らなかったのだな。新緑祭は、エルフの方々が総出で樹精に呼び掛け、周囲の森を活性化させる祭りだ。近在の村々からも人が集まり、大変な賑わいになる。ヒューマン、お前も楽しみにしてな」

 異世界の祭りかぁ。そいつは興味がある。日本の祭りみたいに、屋台や夜店なんかは出るんだろうか。金魚すくいとか、俺も得意だったが……。

 ――俺はいつかは、日本に帰れるのだろうか。

 日本での縁日などを思いだし、胸にぐっと込み上げてくる想いに包まれた。
 
 ――もう、ホームシックに罹ったかな。
 
 少し、苦笑いを浮かべていると。

「そうだ、何ならカリナを誘って祭りにでも行ったらどうだ」

「おいおい、またカリナの話かよ。それはもう勘弁してくれよ。それとも、タンガはカリナと何か関係があるのか」

「……まぁな」

 おっと、珍しくタンガが顔を曇らせ神妙な顔をしていた。

「……お前は信用できる男だと思うから話すが、あのカリナは見た目はヒューマンだが……実際は俺の一族に近い猫人の血が混じっている」

 ふぅん、ハーフというやつか。そういえば、カリナの妹のカイナが、そんな事を言っていたな。

「そのカリナ達の父親の猫人は、幼なじみで親友だった。俺達は元々、辺境にある開拓村で生まれ育ってな。そこでは、獣人やヒューマンなど身分を考える暇もないほど厳しい生活だった。皆が力を合わせて協力しないと生きていけなかったのだ。だから、俺もそいつも、ヒューマンに対しての差別意識は、それほどでもなかった。それが、いけなかったのかも知れないな」

 タンガは、どこか悲しみにも似た表情を浮かべ遠い目をすると、思い出すかのように、ぽつりぽつりと話を続ける。

 あぁ、それでタンガは他の獣人達と比べて、俺への風当たりが違ったのか。俺はただの単純な脳筋馬鹿だと思ってたよ。

「俺とそいつの二人は村での暮らしに嫌気がさし、15歳になると村を抜け出し、グラナダでハンターの登録をしたんだ。そこで、グイドやクルスと出会い、俺達はチームを組むことにした。あの頃は、本当に楽しかった」

 昔を懐かしみ楽しかった頃を思い出したのか、タンガはにやにやと表情を崩していたが、また直ぐに、物悲しげな表情へと変わり話を続ける。

「それから数年後には、俺達はかなり有名なハンターのチームとなったんだ。そうなると、エルフの方々からの依頼を受ける事も、自ずと増えていった。それで何度か、サンタール家の依頼を受けている間に、そいつとサンタール家の侍女をしていたカリナ達の母親が恋に落ちた。そして、カリナ達が産まれ……あの頃は本当に幸せそうだったな」

 んっ、さっきから過去形の話し方になっているが、どうにもそれが気になる。まさか……。

「おい、まさかカリナ達の両親は……」

「あぁ、今はもういない。ちょうど妹のカイナが産まれた少し後に、二人とも亡くなった……」

「それはまた、二人ともとはまた……病気か何かなのか」

「……まあ、色々あってな」

 俺は顔をしかめたタンガの表情から、ただならぬものを感じた。

「それって、まさか身分違いのいざこざとかなのか」

「……まぁ、そんな感じだ。それ以上は勘弁してくれ」

 タンガは言い憎くそうに答えていた。そして少し寂しそうに笑うと、明るい声で言葉を続ける。

「だから、カリナ達には幸せになってもらいたいし、出来るなら信頼できるヒューマンにとも考えている」

「まだ出会って10日程なのに、えらく見込まれたものだな」

「これでもハンター稼業が長かったからな、それなりに人を見る目はあるつもりだ」

 ふぅん……カリナ達、姉妹はけっこう苦労してたんだな。それに、タンガもただの脳筋馬鹿ではなかったようだ。

「まぁ、本人達次第だが。心の片隅にでも、留めておいてくれたらいいさ」

 タンガはそう言って、「ガハハ」と豪快に笑うと、またしてもばしばしと俺の背中を叩いていた。本当にこの脳筋馬鹿は力加減を知らないから、かなり痛いってば。

 それにしても、タンガは俺より歳が少し上ぐらいかと思っていたが、今聞いた話だと結構上だったんだ。そうなると、俺って結構失礼な態度をとっていたような。
 まあ、今更だけど。
 それにタンガはどうせ脳筋馬鹿だから、こんな感じでちょうど良いくらいか。
 俺はそんな失礼な事を考えながら、港へと向かっていた。
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