異世界へようこそ

飛狼

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間章 その四

◇グラナダのサラ  ―動き出した歯車―

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 ――もうそろそろ、モルダ島に到着した頃だろうか。

 屋敷にある海側の窓から外を眺めるも、生憎の曇り空。遥か遠く海の彼方まで、はっきりと見通すことはできない。どんよりと厚く鉛色に覆われる空を見上げ、そっと息を吐き出した。 
 私も行きたかった。それが、私の正直な気持ちだった。

 父には「お前は特別だ」と言われ、小さい頃から大事に育てられた。どこに行くのも、常に獣士の護衛が付きまとう。大勢の者が周りで傅き、私を守護するのが日常だった。それが25年も続いているのだ。贅沢かも知れないが、少々息が詰まるのも当然だろう。
 まるで、籠の中の鳥と同じ。
 だから平穏で退屈な毎日から抜け出したかった。
 父に無理を言って、25年目にしてようやく訪れた冒険。それが禁足地で『大祓の儀式』を行うための旅程。だがそれは、思いもかけず危険なものとなった。周りの者から旅の様子を聞き取った父から、それ見たことかときつい叱りを受けた。そのため、今回のモルダ島行きへの同行も聞き入れてもらえなかった。いくら私が懇願しても、父は聞く耳を持たなかったのだ。それが残念で仕方がない。
 彼のヒューマン、禁足地で出会い連れ帰った男。モルダ島行きも、あの男が自ら願い出たもの。禁足地でもそうであったが、グラナダに戻ってからも弟ルークを助けるためにと魔族すら討伐した。
 サンタール家も私も、彼のヒューマンに感謝してもしきれぬほど感謝をしている。だが……こう言っては憚りがあるが、実に面白い。彼のヒューマンには常に波乱が付きまとう。いえ、災禍そのものを招き寄せているようにも感じられる。だからこそ、面白く思え興味すら覚えてしまうのだ。モルダ島行きでもきっと……。
 私はもう一度海の彼方に目をやり、また吐息をもらす。

 と、その時、背後から「カチャリ」と金属の擦れる音が聞こえた。
 振り向くと、そこに立っていたのはフルプレートの鎧を着込んだグイド。

 屋敷内だというのにご苦労なことだ。まぁグイドらしいといえばグイドらしいが。

「どうした、何か用なのか」

「里カラ知ラセガアッタ」

「ふむ……で、なんと?」

 考えて見ると、このグイドも、あのヒューマンほどではないが不思議な男だ。蜥蜴人はグラナダでも珍しい……いや、グイド以外は見かけることすら殆どない。獣人と違って容姿が人からかけ離れているため、蜥蜴人は里に籠もり人前に姿を現すことすら稀なのだ。それが、タンガたちと組んでハンターをやっていたらしいが、十年前の事件を機に一緒に我が家へと士官した。他の家では断れていただろうが、我が家では逆に歓迎した。というのも、蜥蜴人の一族と我がサンタール家とは昔から縁が深い。我が家が管理する禁足地、『不浄の森』を横切るウル大河の先にある湿地帯に、蜥蜴人の里があるからだ。禁足地を管理するのに、蜥蜴人の協力を仰ぐのは当然のこと。だから昔から行き来があったのだ。
 そんな事を考えていると、グイドにしては珍しく、少し躊躇った後に口を開いた。

「我ガ一族モ、今度ノ新緑祭二参加シタイト」

「ほう、珍しいな……で、どれほどの人数が参加したいのだ?」

「イヤ、ソレガ……」

 また珍しく言いよどむ。

「なんだどうした。何かあるのか?」

「……今度ハ一族コゾッテ全員デノ参加ヲシタイノダガ構ワヌカ?」

「え……」

 表情こそ平静を装っているが、私は驚嘆したといって良いだろう。それも当たり前だ。人と交わるのを嫌って里に引きこもっていた蜥蜴人が、一族の全てが外に出てくるというのだ。私でなくとも、誰が聞いても驚く事だろう。ごくたまに、グイドのような変わり者が出て来ることはあるが、さすがに……。

「一族の者全てとなると、私の一存では答えられぬ。後で父上が帰られたら許可を願ってみるが、それで良いか」

「ソレデ構ワナイ」

 グイドは、タンガと同じく私に付けられた獣士。だから、私に筋を通して願い出たのだろうが、ただでさえピメントや魔族の問題で頭を悩ませているときに、新たな問題だ。それに、新緑祭までの日数もそれほど残されていない。蜥蜴人の一族が大挙して乗り込んでくるなら、早急に手配しなければいけないことも山積みとなる。また厄介な事をと、思わずにいられなかった。
 それにしても、一族こぞってとは――そこで、ハッとひとつの考えが閃いた。

 ――これも、彼のヒューマンが招き寄せた波乱の一端か。

 だがすぐに、まさかなと首を左右に振って、その考えを打ち消した。

「ドウシタ、オ嬢?」

 不思議そうに尋ねるグイド。

「いや何も……」

 それに苦笑いを浮かべ、曖昧な返事で応じる。
 尚も、怪訝な様子をみせるグイド。その探るような視線から逃れるため、窓の外に目をやる。と、ちょうど馬の嘶と共に、門から騎乗した獣士たちが駆け込んで来るのが見えた。

「ん?」

 騎馬の後ろには、サンタール家の馬車も続いている。それが、酷く慌てているように見えたのだ。

「何かあったようだ!」

 グイドに声をかけ、急いで屋敷の玄関へと向かう。


 ちょうど玄関から飛び出した時に、目の前で馬車が停車した。

「父上!」

 真っ先に案じたのは父の無事。だから叫びながら、慌てて馬車に駆け寄った。
 扉に手を掛けようとしたとき、先にその扉が開き中から――

「ご無事でしたか」

 父が元気な姿を見せた。しかし、沈痛な表情で後ろに視線を送った。

「わしは無事だが……」

 父の後ろから、獣士たちに抱えられ獅子族の男が現れた。

「アーツ!」

 その男は、サンタール家の獣人頭を拝命するアーツ。首筋と右肩から左胸にかけて手酷い傷を負い、瀕死の状態だった。
 最近は、父から何やら内命を受け、屋敷内でも姿を見かけなかったが……。
 物問いげな視線を向けるも、父は表情を歪めるだけで、

「すぐに手当ての準備を!」

 父ケインの指示に皆が慌しく動きだす。
 その最中、いつの間にかアーツの側で、首筋の傷口をしげしげと眺めていたグイドが声を発した。

「コノ傷口ハ……」

「ん、何か知っているのかグイド」

「……イヤ、気ノセイダロウ」

 と、首を傾げていた。
 グイドの何かを知っているような態度も気になるが、今は先に――

「父上、何があったのです!」

 それでも険しい表情で、担架で運ばれるアーツを眺めたまま「今夜、サンタール一族を集めた、その席で話す」と、一向に取り合おうとしない。それが腹立たしく、つい、父の腕を掴み激しく詰め寄ってしまう。

「父上!」

 そこでようやく、父が私へと視線を向け、大きく息を吐き出した。

「……アーツにはモルガン家の内偵を命じていた」

「え……」

 父の言葉に、私は絶句するしかなかった。
 背後にいるグイドも、よほど驚いたのか、息を飲む様子が伝わってくる。
 モルガン家は、サンタール家と並び立ちこのグラナダを支配する評議会、七賢人の家柄。その家を密かに内偵するなど、下手をすると内乱にまで発展する危険すら孕んでいるのだ。
 しかも――私は、今まさに屋敷内に運ばれるアーツへと、目を向ける。

「まさか、アーツに怪我を負わせたのは……」

「わしも急を聞いて駆けつけたので確かな事は分からぬが、その可能性が高いだろうな」

 サンタール家は七賢人といっても、どちらかといえば式典や史学などを司る家柄。対してモルガン家は、軍関係に勢力を伸ばす家。まともに直接ぶつかれば、結果は明らか。

「何故、モルガン家に内偵など」

 私の声音に、なじるような響きが混じるのは仕方のないものだったろう。
 父はさらに険しさの増した表情で口を開く。

「……やつらが妙な動きをしておったからだ」

「妙な動き?」

「そうだ、モルガン家の息のかかった軍関係者と何やら画策しておる」

「まさか、他の六家を廃そうとでも?」

「いや、そこまでの無茶をするとは思えぬが……だが、新緑祭の前後に何か事を起こそうとしていることは確か」

「そ、そんなぁ……」

「だから、アーツに内偵させておったのだが」

 そこで父が、今まで見たこともないほど顔を歪めた。
 それが今回の、深刻さの度合いを物語っていた。

「では、すぐにも我が家の手勢を集めなければ。アーツのことが知れたのであれば、モルガン家がここへ急襲をかけてくることもあり得ます」

「ふむ……警戒するに越したことはないが、今すぐにやつらが動く事はないだろう」

「何故それが分かるのです?」

「今回の一件、裏で動いているのは、モルガン家の当主ゴドワではないからだ」

「え?」

「あやつは欲に目が眩んだただの俗物。とても、裏で暗躍するような頭をもっておらん」

「では、モルガン家ではないと」

「いや、そうではない。裏で全てを操っておるのは、モルガン家の次期後継者」

 その父の言葉に衝撃を受ける。何故なら、その人物をよく知っていたからだ。
 グラナダで行われる夜会で、何度か会ったことのある人物。
 モルガン家には現在、私よりふたつ上の娘が一人いるだけ。その女性こそが、モルガン家の次期当主なのだ。
 彼女の名はオスカル・ヴァン・モルガン。
 私も生まれた時は、その精霊力の高さに周囲の人に驚かれたが、彼女は桁がひとつ違う。しかし、それが災いして、生まれた時に精霊力が暴走したのだ。人の身では御せないほどの力。司祭長を始めとした大勢の司祭様の法力で取り鎮めたと聞く。だが、彼女を産み落とした母親はその場で絶命し、それ以外にも多数の死者がでた。
 そして彼女本人も、その半身は崩れ、人の目に見せれない体となった。だから長い間、人前に姿を現さなかった。でもここ数年、父親に言われてか、ようやく夜会などにも姿を見せるようになったのだ。しかし、そこでも彼女は人を寄せ付けなかった。私も感情をあまり表さないが、彼女は別格。感情を一切示さない様子とその凍りつくような視線から、付いたあだ名が「氷の女王」。でも何故か、私とは気が合いよく話をした。私も彼女ほどではないが、精霊力の高さから小さい頃はよく高熱を出し伏せっていたからだろうか。このグラナダにおける数少ない友人のひとりだと思っていた。
 その彼女が、今回の黒幕と聞き衝撃を受けていたのだ。

「……彼女は」

 思わずもれ出た言葉に、父は険しい顔のまま頷き話を続ける。

「それが、今はこのグラナダにおらんのだよ。だから、モルガン家もすぐに動かんと言ったのだ」

「え、ではどこに?」

「ふむ……今回、海賊退治にグラナダの艦隊が出撃したのを知っているだろう」

「あ、はい」

「その艦隊の指揮官におさまっておるのだ」 

「え!」

 その言葉に、私はさらに驚く事となった。
 そして、私の脳裏に浮かんだのは、間の抜けた表情を浮かべる彼のヒューマンの姿だった。
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